死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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原作からの乖離はすこーしずつ。


第2話:伸ばし方の時間

  

 

 

 雪村あぐりは、大層困惑した。

 

『お姉ちゃん、良い人そうで良かったねー。かなり変わっているみたいだけど』

「うぇ!? な、ななな――」

 

 電話の先にいるのは、彼女の妹。 

 風呂上り、着替え途中でかかってきた彼女からの電話。本心としては「せめてドライヤーか、下着くらいつけさせて」と言ってしまいたかったが、時間帯が遅かったこともあって無理を言うのも少しどうかと考えた。

 

 バスタオル一枚。扇子で扇ぎながら、あぐりは話を促した。ちなみに百円ショップで買って来た「真珠の指輪を身に付けた豚」のキャラクターが、いつものごとく彼女のセンスを如実に表している。

 

 向こうも「あんまり時間とらないからさ」と言ったので、まあいいだろうと聞くことにしたのだ。

 そんな矢先、落されたのが核弾頭とあっては、流石に狼狽する他ない。

 

「べ、別に、あの人とはそんなんじゃ――」

『ええ~? だって、ころせんせでしょ? 前に聞いたお姉ちゃんの授業のこととか手伝ったり、前の婚約者のことで色々力になってくれたりしたのってさぁ』

 

 妹は、姉の前の婚約者に対する敵意をきっちり言及する。自分が支配する相手に対して、どこまでも加虐する部分について、嫌悪感をにじませた。

 

「……もう、そんなこと言わないの。いい?」

『お姉ちゃんがいうならいいけどさ。前の人、やっぱり私好きになれないし。それにくらべたら、何かエッチっぽいけど、よっぽど善人だよ。みんなちゃんと勉強見てくれるし、色々手回ししてくれたりするし』

「……うん、凄いのよねあの人」

 

 感慨深そうに言うあぐりに、電話の向こうは悪戯っぽく聞く。

 

『でも、お姉ちゃんが好きになったのって、そーゆーすごいところだけじゃないんだよね、たぶん。見ててわかるよ~、たまーにすごく熱っぽい目で見てる時あるし』

「だ、だから何を――」

『もうみんな公認なんだし、いっそ堂々と付きあっちゃえば?』

「お、大人をからかうんじゃありませんッ!」

 

 割合、彼女にしては珍しく無意味に怒った。

 真っ赤な顔でうーうー唸っているその声に、受話器からくすくす笑みが零れた。

 

『うん、うん、やっぱりお姉ちゃんには幸せになって欲しいからさ。私、嬉しいよ?』

「うぅぅ……」

『じゃあ、また今度話そうね。ころせんせーも一緒にさ』

「う……。うん。ごめんね、いつもその、スパイみたいなことさせちゃって」

『だーいじょーぶ! 名字変えてるのは私の都合だし、演技は得意なんだから。これもレッスンのうちうち。バレてもちゃんとするからさ』

「本当に大丈夫?」

『うん。だってさ、私も今、かなり楽しいし』

 

 その言葉を聞き、あぐりはほっと一息ついた。

 またねーと電話が切れ、スマートフォンの受話器ボタンを押す。

 

 視線を向けた先は、クラスの名簿。

 

「……」

 

「何かお困りのようですねぇ、あぐりさん」

「きゃああああああああああああああああああああああッ!」

 

 背後からかけられた声に顔を真っ赤にして、全力で体を抱き、飛び上がる雪村あぐり。

 後ろを向くと案の定、緩んだ顔で鼻血を垂らしながら、ヌルフフフと微笑む「彼」の姿があった。

 色々な意味で圧倒的な防御力の低さを露にする、現在のあぐりの格好に、酷く幸せそうな顔をして胸元を中心に眺めている「ころせんせー」こと「吉良八 湖録(きらや ころく)」であった。

 

 当たり前だが、あぐりは顔を真っ赤にして部屋の隅に後ずさった。

 

「な、い、一体いつから入ってきたんですか『死神さん』!」

「先ほどからですが。ほらほら、あんまり慌てるとタオルが落ちちゃいま――、相変わらずのセンスですねぇ、その柄。三毛猫柄ですか」

「それらしいこと言いながらまじまじと、み、見ないで下さいよもう。この、不法侵入。変態。タコ教師」

「全部否定できないところが何ともダメージ大きいですね……」

 

 真っ赤になりながら静かに言葉を重ねる彼女に、彼は僅かに身を引いた。

 

「……まあ色々な意味でそこのところ、今更な気もしますけどねぇ、私達の場合。

 真面目な話ですが、ベランダの窓は閉めておいた方が良いと思いますよ? 女性の一人暮らしなんですから」

「今圧倒的にそれを理解させられましたよ」

 

 まだ緩んだ顔のまま鼻血を拭き忠告する有様には、圧倒的に説得力が足りて居ないのと同時に、圧倒的に説得力があるという矛盾した現象が起こっていた。

 

「そんな、今の時間で上ってきたんですか? それこそ今時は通報されますよ」

「いえ、ですから近所の住人が家に入る夕暮れの終わり時を狙って上って、今の今までずっとベランダでスタンバイしてました」

「もっと悪質じゃないですか!」

 

 あぐりの脳内には、テキトーに描かれた吉良八が地面からひょいひょいと壁を昇り、ベランダのところで横になってずっと窓ガラスをみているイメージが映った。

 

「というか、えっと、お夕飯食べてないんですね」

「はぁい。サプライズのためには、身を削りますよ?」

 

 悪質なサプライズは心臓に悪いです。

 あぐりの一言に、以降善処します、と苦笑いを浮かべた。

 

「うー、仕方ないですねぇ。ちょっと残り物になっちゃいますけど、食べて行きます?」

「是非! っと、それは別にして、あぐりさん。なにやらお困りの様子でしたが?」

「……」

 

 生徒の名簿を取り出し、彼女は吉良八に見せる。書かれた名前の中で、指差されたものに彼は「ああ」と納得を示した。

 

「そうですねぇ。やっぱり『彼』が、最初のポイントになると思います。おそらく最初の難敵にして、最大の壁の一つでしょうねぇ」

「死神さんでも、ですか?」

「ええ。おそらく私が時速マッハ20で動き、複数の触手を持ち、脅威的な再生能力と愛されフェイスを持っていたとしても、相当に手を焼かされそうです」

「例えが妙に具体的というか……」

「いえいえ。ともかく……、生憎『今の』私は生身ですから。『暗殺教室』を掲げた時点で、最初の接触としては覚悟しておくべきでしたねぇ」

 

 停学が解けるのはもう少し後ですが、と前置きし、彼はあぐりの顔を見て微笑んだ。

 

「色々と準備は必要でしょうし、その時はお力を貸してください」

「あ、はい! 当たり前ですよ? 『私達』の生徒なんですから」

 

 にこりと微笑み、吉良八の胸をネクタイごしに軽く叩くあぐり。吉良八は吉良八であぐりの両肩に手をおき――。

 

 なにやら二人の間に妙な空気が流れ出した、そのタイミングで。

 「五人の生徒が歌う名状しがたい独特な青春サツバツソング」のサビが鳴り響く。

 

「ひゃいいいいいいいぃぃッ!」

「お、おっとっと、失礼ッ」

 

 がばっと両者は飛びはね、体を背けあう、吉良八はポケットから、その鳴り響いてるスマホを取り出し、名前を見た。

 

「防衛省からですねぇ」

「はあ。席外した方がいいですね。

 ……あ!

 あ、えっと、風邪引いちゃうんで、その、着替えてきますね……」

 

 顔を赤くして笑いながら、あぐりはそそくさと寝室を後にする。

 よくよく考えると色々アブないシチュエーションだったと、「死神」はあぐりへ内心懺悔しながら通話ボタンを押した。

 

『吉良八か?』

「はい、ころせんせーですよ? 二週間ぶりくらいですかねぇ。チョーカーの方の『テスト』は問題ないですよ。今後そちらの訓練でも使って大丈夫なはずです」

『いきなりだな。だが、それは助かる……、ん、殺せん……? ああ、下の名前の方か』

「はい。生徒がつけてくれました。それで、本日はどのようなご用件でしょうか? 『烏間さん』。

 ヌルフフフフフ」

 

 電話をしているうちに、吉良八の顔は先ほどまでの気の抜けたものではなく、教鞭をとっている時の教師らしい顔付きになっていた。

 

 

 

   ※

 

 

 

 椚ヶ丘中学校3-E。

 山奥に在るこの旧校舎。その裏手にて、長身のシルエットがなにやら新聞を読んでいる。

 

 ペットボトルにつめられた鮮やかな色合い。漂う香りはトロピカルジュース。

 長いストローをそれに突っ込んで飲みながら、ウッドチェアに寄りかかり、彼はタブレットをスクロールしていた。

 

「It's boring for me that the big topic with the moon is written by an American newspaper. Aren't there any fascinating topics?」

 

 流暢な英語である。画面に表示されているタイムズ誌(有料)には月の欠けた写真が載せられており、概ね、内容もそれ一色。

 面白いニュースよりもそればっかりで、どうやら退屈なようである。

 

「メジャーリーグの情報は載せてくれているだけまだマシというところでしょうか。

 ヌルフ、久々にアんメーリカの友人と、ネット通話も良いかもしれませんねぇ。ん~」

 

 アカデミックドレスを着込んだ彼は、吉良八 湖録(きらや ころく)は、「さて、そろそろですかねぇ」とぼそりと独り言を呟いた。

 最近では生徒からもっぱら「ころせんせー」と呼ばれており、彼自身も気に入っているようだ。

 

 そんな様子を影から見つめる生徒が二人。

 ボールを構えている少年と、メモ帳を構えている少年。

 杉野友人と、潮田渚だ。

 

「(メモ通りだな。この時間帯にここに居るってのは。サンキュー、渚!)」

「(うん。杉野、頑張れ。今回のルールは「授業中以外、銃を使わないでせんせーに一撃与える」だったから、ボールはルール違反にならないはずだよ)」

 

 笑いあう二人は、今度こそ「暗殺(仮)」を成功させようとしていた。

 言いつつ渚は、もう一つ別なメモ帳を取り出した。「ころせんせー」用のメモ帳とは別のメモ帳である。

 

 開いたページ上部に「杉野」と書いた。

 どうやら、これから彼の動き等を観察するようである。

 

 胸を一度叩き、杉野は軟式ボールを取り出した。表面には、接着剤で固定されたBB弾。只のBB弾ではなく、「ころせんせー」とのゲームを想定して作られた(らしい)BB弾だ。

 特殊なチョーカー型装置を付けた対象に当てれば、警報というか銃撃音が鳴り響く仕組みである。

 

「(『自由な学校生活』は、俺達のものだ!)」

 

 木の影に隠れて、投球フォームをとる杉野。足が掲げられ、体を捻る。

 

(僕等は『殺し屋』。ターゲットは『先生』、ということになっている)

「――えいッ!!」

 

 渚が見守る中、杉野の弾丸は直線状に飛んだ。距離が短いからか、それは一切のぶれを感じさせない。

 しかしアマチュアらしく、速度の面では然程と言えた。

 もっとも普通、奇襲ではこのくらいの速度であっても効果覿面である。

 

 だが残念ながら今回の場合、相手の方が一枚も二枚も上手であった。

 

「――おはようございます、二人とも」

 

 言いながらターゲットは椅子の上に立ち上がり、ケープの下から「黄色いタコみたいな笑顔のキャラクター」が張り付いた金属バット(!)を取り出し、サウスポーのフルスイング。

 

 打ち返すのかと思いきやベクトルを上部へと逸らし、投球は高く、高く上がった。

 

「挨拶は大きな声でしましょうね? 杉野君に、渚君?」

「え? え?」

 

 にっこりと、歯を見せながら爽やかな微笑み。

 困惑する杉野。渚もびっくりはしていたが、反射的に「お、おはようございます」と頭を下げた。

 

 やがて再度落下してくる球を、ころせんせーは帽子を外して、その中に入れた。

 

「せんせーの指定した今日のルールに当てはめて、それから外れずなお自分の得意なフィールドで勝負する。軟式でやってくれているあたり『暗殺教室』の趣旨を理解してくれているようで、先生嬉しいですね。

 更にグッドアイデア! この方法なら銃が使える日でも、発砲音もなく使えるでしょう」

 

 ですが。

 

「残念ながら時速700マイル以下なら、先生にとってはさほど脅威ではありません」

「ま、マジで!?」

 

 杉野は顎をあんぐりとする。開いた口が塞がらない。

 当たり前だ、日本のプロ野球でいうなら記録速度は時速100マイル(約161km)前後がせいぜい。

 

 700マイルとか、もはや人外の領域である。

 というか、その自称が正しいならもはやマッハの域だ。

 

 速度自体理解していないものの、冗談半分だろうなぁと思いつつ渚はそれを「ころせんせー」のメモの方に記録した。

 

「倒せると良いですねぇ、卒業前に。まあ、本当に卒業直前だと意味ありませんが」

 

 ヌルフフフ、とにたにた嫌らしく笑いながら、彼は帽子をグローブのように使いつつ立ち去る。

 ああいう表情さえなければ二枚目なのに、と渚は思った。

 

「さ、ホームルームがはじまりますよ?」

「……はい」

 

 立ち去る殺せんせーの背後で、杉野はため息一つ。

 

「……やっぱ、俺の球じゃ無理なのかな」

「杉野……」

 

 目に見えて落ち込む友人に、渚は言葉が見つからなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「はい。ではこの『汚れっちまった悲しみに』から続くフレーズですが――」

 

 黒板にチョークで記述しながら、ころせんせーは今日も授業をする。

 

(先生は、月を七割蒸発させた生物……の先生だと言っている)

(来年の三月には、地球も破壊されてしまうという)

(他人事のようにそれを言う先生は、どこまで本気なのかよくわからない)

 

 渚は今日のメモを見返しながら、ころせんせーの解説を聞く。

 

(ともかく、そんなことを言う先生が、突如僕等の担任になった)

(やる気、元気のなかったクラスに、先生が一つのゲームを挑んだ)

 

(――模擬の実践的な方法で先生を倒す『暗殺教室』。成功すれば―― 一年間自習!)

 

 微妙に凄いのか凄くないのかわからない報酬だが、ともかくクラスは全体的にやる気になっていたようだ。

 現在、一応は先生の授業を受けていることからもそれが窺える。

 

 授業に出て学べば、それだけ先生打倒の成功率も高くなる、とのことらしい。

 そんな渚の考えていることも知らずに、容姿だけなら二枚目なころせんせーは、にこりと微笑んだ。

 

「(ね、渚)」

「(ん?)」

 

 と、考え込んでいると隣の席の茅野あかりが、耳に口を寄せ、ひそひそ話。

 

「(杉野元気ないよね。今朝暗殺失敗したんだって?)」

「(うん……。それからアイツ、すっかり元気なくして)」

 

 生徒用メモの「杉野」と書かれたページを開き、渚は目を落す。そこに書かれた一連の流れを見て、茅野は頭を傾げた。

 誰も成功していない暗殺、というか打倒。ことさら何度もため息を繰り返すほどに落ち込んでいる彼に、どうしたのだろうというところか。

 

 と、そんな風に会話をしていると、突如ころせんせーが空中を舞い(!)、菅谷創介の教科書を持ち上げる。

 

「菅谷君、先生はもっとキラキラしてますよ?」

「少女漫画!?」

 

 菅谷のテキトーな落書きに、赤ペンで目の大きな絵が上書きされていた。瞳の中に星が沢山ある絵柄は、非常に少女漫画チックなものであった。

 

 ちなみに格好は中原中也仕様である。

 相変わらず、ころせんせーのテンションは生徒に難しかった。

 

 そんなこんなでチャイムが鳴り、午前の授業は終了。

 

「それではみなさん、今日先生は用事があるので、これにて失礼します」

「用事?」

「ええ。ちょっと、防衛省の知り合いとお仕事ですね」

(((((ぼ、防衛省?))))

「午後の授業は雪村先生に代行してもらいますので、みなさんきちんと受けましょうね? ……というか受けてくださいね、お願いしますよ? 本当に」

 

 何度も念押しするころせんせー。

 何かとクラスの副担任、雪村あぐりに頭が上がらない彼のことだ。後の事が怖いのか、しきりに頼み込んでから教室を後にする様は、やはり三枚目というか、ギャグキャラチックであった。

 

「……何なんだアイツ」「てか、前も防衛省がどーのこーの言ってたよなぁ」

 

 クラス内で彼が何者なのかということについて話し合われはするが、今の所決定的な回答は得られていない。

 

「ていうかアレ、絶対嘘でしょ。遊びに行ってるんじゃないの?」

「そうかな。結局チョーカーとか、ゲームの道具の謎も解明されてないしぃ」

「先生もさ~、たまにはお土産とか買って来てくれるといいのにね~」

「いや、あの先生のお土産だよ? 色々困るんじゃない」主にセンス面で、駄目な方に信頼と定評のあるころせんせー。

「食べ物ならいいんじゃないかなー、残らないし」

「現実的ね……」

 

 教室で交わされる、クラスメイトの会話。

 そんな中で、杉野がとぼとぼ肩を落して教室から外へ。

 誰も気付かず食事を取り始めている。

 

「渚~、一緒に食べよ?」

「あ、茅野、神埼さん」

 

 そんな彼の背を、唯一渚だけは目で追っていた。

 

 

 

   ※

 

 

 翌日の同時間帯。 

 

「……はぁ」

 

 ため息をつきながら弁当を置く杉野。何処か覇気の感じられない物腰だ。

 校舎の外、グラウンド手前の階段で、彼はため息をついた。

 自分の右手をにぎりながら、じっと見つている。

 

「――磨いておきましたよ? 杉野君」

「こ、ころせんせー?」

 

 突如背後からかけられた吉良八の声に、杉野はびくりと体を振るわせる。

 彼が昨日の朝に投球した球が、ぴかぴかに磨かれていた。

 

「雪村先生と食べないんですか? お昼」

「食べますよ? ねえ」

「あ、ははは……」

 

 ころせんせーの後ろには、若干頬を赤くしながら雪村あぐりが照れていた。両手にはお弁当箱二つ。

 本日はワンピース姿で、一見するとまともな格好に見える。

 がよく見て見れば、デザイン的には例のタコ型マスコットを模したものであり、スカートは六本の触手モチーフ、両肩はそれぞれ二本ずつの触手モチーフ、背中には変なスマイルといった有様であった。

 

「……ていうか何食ってんの、せんせー」

「携帯保存食の試作品です。これ一本で一日分の野菜です」

 

 食べます? と言って見せられるのは、誰がどう見ても小さな最中にしか見えない代物。ただし中はあんこやクリームなどではなく、ぎとぎとしい鮮やかな色合いだ。

 一体どこが野菜なのか、甚だ疑問である。

 

 反射的に断ると「美味しいのに」と、ヌルフフフと笑いながらバクバク食べる。

 説得力は何一つ感じられなかった。

 

 ご一緒しましょう、と三人で校舎横の階段に座った。

 

「杉野君、どうしたの? お昼。さっきあんまり食べてなさそうだったけど」

「あんまり食欲なくて」

「無理にとは言わないけれど、食べないと体調崩すわよ?」

「ヌルフフフ、では先生用のお弁当から、から揚げでも一つ。はいあ~ん」

「むぐ!?」

 

 彼がわずかに口を開いた瞬間、狙ったようにから揚げを箸で突っ込むころせんせー。

 横暴気味ではあったが、むせないよう前歯でロックする程度の位置にしたりと、きちんと配慮はあった。

 

 嫌そうな顔をしながらも、から揚げに罪はない。

 杉野はしぶしぶそれを食べた。

 

「……普通に美味しいです、雪村先生」

「ふふ、ありがとう。まあ昨日の夜の余りモノなんだけどね」

「ヌルフフフ、雪村先生の料理は家庭的ですよねぇ」

「嫌味にしか聞こえませんよ? 吉良八先生の料理を食べちゃうと、ちょっと自信なくしますもん」

「いえいえ、これ本心ですよ。食べてて殺伐とした世の中を忘れられる安心感があります」

「……ころせんせー、そんなに凄いんですか?」

「もし吉良八先生がから揚げを作るなら、たぶん朝から起きてタレから仕込んで、油もきちんと良いものを使うんじゃないかしら。鳥にも切れ込みとか入れたりして」

「運動会か何かですか?」

「ヌルフフフ」

「あとたぶん、私のこと気にしてタレはしょうがだけでニンニク使わないし、油も何か特殊な分離機? でいくらかカットしたものにするだろうし」

 

 随分と細かく、詳しい予想である。

 実際に作ってもらったことがあるのだろうか。

 胸を張るころせんせーに、杉野は苦笑いを禁じえなかった。

 

「教育も暗殺も、健康が一番ですからねぇ。

 それはそうと杉野君、昨日は良い球でしたねぇ」

「よく言うよ。考えてみたらBB弾の雨あられを余裕綽々で避けるんだから、当るはずないよな」

「君は、野球部に?」

「あっ ……前はね」

 

 前? と杉野の顔を見るころせんせー。

 

「……E組は、部活禁止なんですよ。吉良八先生」

「ヌル?」

 

 あぐりがころせんせーに解説をする。成績が悪くE組になったのだから、生活は勉強第一。それでいて学校行事は継続して存在しており、E組は更に嘲笑の対象となる。

 

「随分な差別ですねぇ。ふむ、あの条件で食いついた理由、そこら辺にも理由がありそうですね」

「……でも、もう良いんだ。見ただろ? 遅いんだよオレの球」

 

 バカスカ打たれてレギュラー落されて。

 

「それから勉強もやる気なくなって、今じゃE組だし――」

「杉野君」

 

 ふと横を見れば、ころせんせーはにやりと、普段の彼らしくない二枚目な笑顔を浮かべていた。

 

「先生から一つ、アドバイスをあげましょう」

 

 

 

「(……先生たち?)」

 

 そんな彼等の様子を、渚は窓から見ていた。授業の課題提出のために先生を探していたのだ。

 

「(杉野と何話してるんだろう)」

「渚、どしたの?」

「あ、茅野」

 

 ざっくりと現状を見ると、彼女はふと、不安げな顔を浮かべる。

 

「ころせんせーもしかして、昨日の暗殺を根に持ったりして――」

「ええ!?」

 

 なお彼女の表情は、不安げなものになる直前に一瞬ニヤリとなったのだが、渚の視界には入っていなかった。

 慌てる彼に、茅野はのらりくらりと一言。

 

「雪村先生もいるから、大丈夫じゃないかな?」

「でも、本気出したら雪村先生だってたぶん……。行かないと!」

「あ、待ってよ渚~」

 

 駆ける渚と追う茅野。

 

「「って、何だあれ!?」」

 

 渚たちが入り口に立つ頃には、杉野は大リーグ養成ギプスのごとき謎の機械に全身を包まれていた。バネに引っ張られて動き辛そうである。

 

「雪村先生、何やってんですかころせんせー!」

「えっと、何て言ったらいいかしら……。一応、危害は加えてないみたいだけど」

 

 ちなみに彼女の手元にある、ころせんせーの分のお弁当は既に完食されていた。

 

「ヌルフフフ。杉野君、それは防衛省が開発した、生物の身体機能を分析する装置です人間型あるいは人間『サイズ』の生物の分析のために作られたものですね」

 

 何でもかんでも防衛省の名前を出せば、通ると思って居るのだろうかこの教師は。

 渚も茅野も杉野も完全に意見の一致した顔をしている。

 

「さて、ではアドバイスです」

 

 と、言われた瞬間渚は「杉野」のページを開く。

 

「昨日見せたクセのある投球フォーム。メジャーに行った有田投手を真似ていますね?」

「むぐ……ッ!」

「でもねぇ」

 

 胸についたパネルのボタンを操作して、ころせんせーは装置を外す。メジャーの巻き取りのごとく集るバネと、その最終的に表示される数値を確認して、「やはり」と言ってから彼は続けた。

 

「有田投手に比べて、君の肩の筋肉は配列が悪い。彼のような剛速球は投げられません。どれだけ真似をしようが無理なものは無理です」

「!?」

 

 杉野が目を見開いて、絶望に染まる。

 渚はメモをしながらも、しかし、静かに呟く。

 

「な――」

「何で、先生にそんな断言できるんだよ」

「ヌル?」

 

 渚は、普段の彼らしくない表情だ。ペンを持つ手を強く握り閉めるその様に、茅野も杉野も意外なものを見る目をしている。

 

「僕等がエンドのE組だから……、落ちこぼれは何やっても無駄だって、言いたいの!」

「……」

「渚……」

 

 しばしの沈黙が場を支配する。

 

「そうですねぇ。何故無理かと言いますと――」

 

 だが、おもむろにころせんせーは、胸からタブレット端末を取り出し、操作して渚たちに提示した。

 

「――先ほど本人に確かめましたので」

『あー……』

「「「た、確かめたんならしょうがない!?」」」

 

 タブレット端末の画面の向こうで、有田投手が何とも言えない表情を浮かべていた。これほどテレビ電話の機能で、衝撃を受けたこともあるまい。

 

 ちなみにこれサインです、と言いつつ懐から色紙を取り出すと「タコ教師」と言う殴り書きと有田選手のサインが記入されていた。

 

「な、何何、一体どういうわけ、どうしてそんな!?」

「先生、有田さんとは親友(マブ)ですから。以前一緒に練習したこともありまして――」

『昔話とかふっざけんなこのエロ教師! これから試合なんだもう切るぞ!』

「「「思いっきり罵倒されてる」」」

 

 ちなみにころせんせー、その言葉を受けて涙目である。さもありなんといったところか。

 しかし友人というのは本当のようで、「忙しいのであまり出てくれませんが」と言いつつ見せられたアドレス帳には、きちんと投手の本名が記載されていた。

 

「ともかく、君は有田投手のスタイルを真似ても意味はありません。ですが一方で、肘や手首の柔らかさは君の方が素晴らしい。鍛えれば彼を大きく上回る才能があるとも言えますねぇ」

 

 杉野の右腕をとりながら、くるくると回すころせんせー。

 はっとする杉野。確かに彼の手首はやわらかく、前後に大きく曲がるようであった。

 

「才能の種類は一つではない。君の才能に合った方法(あんさつ)を探してください?」

 

 ヌルフフフ、と笑いながら彼等に背を向ける。

 「あ、じゃあまた後でね」とあぐりもそれに付いていく。

 

「……ひじや手首が、オレの方が?」

 

 確認するように繰り返す杉野。そして今一度自分で試して、安堵した表情を浮かべた。

 

「俺の、才能か……!」

 

「良かったね杉野」

「うん、そうだね」

 

 彼の方を一瞥して、渚はころせんせーの背を見つめる。

 同時に、渚は思った。

 

(……ころせんせーの言葉は、今確かに説得力を持っていた)

(でもそれは、やっぱり有田選手に聞いた、という部分が大きい)

 

「あ、課題出さないと」

 

 杉野に手を振って、渚は走る。

 

(……つながりって、そういう意味でも重要なのかな)

 

 ころせんせーのメモ帳に記入してから、渚は声を掛けて二人を呼び止めた。

 

「嗚呼、課題ですね。チェックしましょうか。……そして渚君、何か聞きたそうな顔をしていますね?」

「……防衛省とか、あと有田選手とか。色々あってやっぱり思うんですけど、先生って何者なんですか?」

「ヌルフフフ……」

 

 曖昧に微笑みながら、ノートを添削するころせんせー。

 渚は思う。最強の殺し屋というその名乗りが、どうしても彼の挙げる名前や組織と一致したイメージを呼び起させない。

 

「――渚君。先生は、ある事情から教師を『させてもらって』います」

 

 その言葉に、あぐりが少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。

 

「……例え何があっても、先生の過去が何であったとしても、その前に今は君達の先生です」

 

 さらさらと、流れるように赤ペンを入れると、彼は渚の手元にノートを返却した。

 

「例え一年後に何が起こっても、『私がどうなっていても』。君達と向き合うことは、地球の終わりと天秤にかけても、お釣りが来るほどに重要なことです」

 

 学生も暗殺も、真剣に向き合ってくださいね?

 

「まあ、後者は相当難しいとは思いますけど。ヌルフフフ……。行きましょうか、雪村さ――雪村先生」

「……はい」

 

 立ち去るあぐりところせんせー。二人を見つつ、渚は今聞いた言葉を聞いて、ふっと微笑んだ。

 

「……採点速度の早さはともかく、後ろに変な問題書くのはやめてくれませんか?」

「ヌニャ!?」

 

 これじゃペナルティだよ、と言いながら、返却されたノートに書かれた問題に苦笑いを浮かべた。

 ちなみに問題は「この触手の外周の長さを求めよ。なお□と△の合計した角度は90度以内とし、円周率は3.14で求めよ」というものであった。

 

 

 

   ※

 

 

 

 後日。 

 

「ヌルフフフ、見てください雪村先生。点数がちょっと上がりましたよ!」

 

 昼休み、微笑みながら数学のテストを採点するころせんせー。

 あぐりは、校庭を見つつ微笑み返した。

 

「やっぱり、続ける気になってくれたみたいですね」

「何事もやる気が肝心ですからねぇ。彼の場合、そこはどちらも一連托生といったところでしょう」

「元々真面目な子だから、周りがちゃんと『見て』あげれば、もっと早く立ち直れたのかも」

 

 少し思いつめるような表情をするあぐりに、「貴女は充分、見ていると思いますよ?」ところせんせー。

 自分の三倍近い速度で採点をする彼に、彼女は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。

 

「…… 一年後。どうしても、貴方がやらないといけないんですか? 『死神』さん」

 

 普段教室で見せるのとは、少し違った色の表情だ。

 ころせんせーもそれが分かって居るからか、普段あまり見せる事のない、自嘲げな笑顔を浮かべる。

 

「……元はと言えば、私の失敗です。烏間さんたち防衛省と色々協力はしていますが、いざとなれば、私も『反物質』を使わないといけないかもしれません」

「でも……ッ、そんなことしたら貴方も――」

「あぐりさん」

 

 ころせんせーは、立ち上がる彼女を手で制する。

 椅子に座ったのを確認して、彼は続ける。

 

「私は、本当に感謝してるんですよ? 今ああして渚君や杉野君が、投球の練習をしているのを見られるのだって。こうして貴女と二人で一緒にいられることだって。充分……、充分すぎる程に幸せな人生です」

「……」

「だから、そう思いつめないでください。笑顔の貴女が一番素敵ですよ」

 

 力なく投げ出された手に、ころせんせーは自分の手を重ねた。

 丁度そのタイミングで、窓がこん、こんと叩かれる。

 

「おやおや。ヌルフフフ……。」

 

 窓を開けると、杉野がグローブをして身を乗り出す。

 

「先生、ちょっと倒したいんだけど、来ない?」

「ヌルフフフ、懲りませんねぇ。雪村先生、ちょっと残りの採点お願いしますね?」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 そんなやりとりを見つつ、渚は思う。

 

(僕等の先生は、正直倒せる気がまったくしない)

(でも不思議と、僕等をやる気にさせる、ころせんせーの『暗殺教室は』――ちょっと楽しい)

 

 あぐりに手渡されたテストのプリント。五十点満点中三十二点の、杉野の回答用紙だ。

 そこには彼の文字で「少しあがりましたね、Congratulations!」と記入されていた。

 

 

 




あぐりといちゃいちゃする他に、マッハ20じゃなくなった先生が生徒にどう対処するかっていうのも、考えていて楽しいところです。
では、今回はここまで。

※7/29 後々のことも考えてタイトル変更しました

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