「7月に入り今日から衣替え!
肌色が眩しいぜ……、健全な男子中学生には鬼のような季節だぜ……」
「ま、まぁね岡島君」
涎を垂らしながらニヤニヤと女子の姿を見守る岡島に、渚は若干引きつった表情。
ブレザーを外して薄着になるこの季節。誰しも一度は胸を躍らせるだろうが、ここまで露骨ではあるまい。
時刻は未だ朝のホームルーム前ゆえ、生徒達の登校率はまばら。茅野も杉野もカルマも居ないためか、岡島が渚に話しかけるタイミングも発生していたりした。
「下らない話してるわねぇ」
「あ、狭間さん。と、神崎さん」
「おはよう、二人とも」
にっこり微笑む神崎に、渚も自然に挨拶を返す。修学旅行で一緒に行動していたためか、多少なりとも免疫が付いたと見るべきか。
そして狭間は狭間で、同じ寺坂グループの吉田大成の方を見てニヤニヤ黒いオーラを放っていたりするのが、何とも言えないところ。
「珍しい組み合わせ……って、いう訳でもないかな? 前原君の時、一緒だったみたいだし」
「珍しいわよ。たまたま図書館でばったり遭遇したっていうのが」
渚の言葉を肩を竦め否定する狭間。
「その後一緒に本探そうとか言ったから、まあ断る必要もなかったし、一緒に行ったけど」
「へぇ。……で、えっと、狭間さん何噛んでるの?」
「フーセンガム。朝食べ損なったし。授業中じゃなきゃ、ころせんせーもとやかく言わないでしょ」
会話しながらも、興味なさ気に口元のそれを膨らませる態度は、やはり彼女もまた寺坂グループの一人だということを思い出させる。
「今朝もまあ、そんな感じでばったり」
「せっかくあの作家さんの新刊が出たから、回し読みとかしないかって」
「だから、神崎のそれと私の趣味は微妙に合わないって。純愛ってカバーに書かれてるけど、どーせまた怨念小説でしょ」
((ど、どういうこと!?))
会話に参加し辛い岡島共々、渚は彼女の言葉の意味を計り兼ねる。神崎は笑顔ではあったが、何とも言えない具合に微妙な感情が滲んでいた。
第一この作者、いっつもキャラクターのヘイトを軽くするつもりないでしょ、と狭間。
「図書館で童話とか、色々解釈について、改めて話した時もそうだったじゃない」
「童話? ごんぎつねみたいに?」
「うん。どのくらい読んでる本の趣向が違ってるかなって。それが分かれば、薦めやすいし」
「結果惨敗だったけど」
狭間の言葉に容赦はない。
ちなみにどんな会話だったのか、渚が聞くと狭間は鼻で笑う。示し合わせていた訳でも無いだろうに、神崎がタイトルを言ってそれに答える形式らしい。
「桃太郎――」
「ブラック企業ね。きびだんご一つで快楽殺人者疑惑のある野郎に雇われて、命がけで己の何倍も何十倍も強大な敵と戦わなきゃいけないっていう。犬も猿も雉も、色々な方法で戦ったって言ってるけど、証人たる鬼は皆殺しなわけだし、誰も語らなきゃ歴史は勝者にのみぞ有り」
「かぐや姫――」
「最終的に誰も得してないってことを考えると、体の良い托卵みたいなもんじゃないかしら。宇宙人説がある以上、あながち間違いでもないだろうし。翁の家が潤ったとしても、かぐや姫が昇天してからはどうなるか。
そもそもこの世界に居られないって泣きはしてるけど、あくまで表面上と言えなくもないんじゃない? 誰かを傷つけたく無いというよりも、後腐れなくして誰からも恨まれないようにするためにって考えの方が、私的にはしっくり来る。後、無理難題は当てずっぽうで言っていた説を提唱」
「シンデレラ――」
「この一言に集約されるわね。結婚した後の生活が描写されてないのが全て。継母を一人殺してるって噂もあるし、ロクな結末じゃないでしょ」
「少年の日の思い出――」
「結局最後にやった行為だって、罪滅ぼしというより自分の罪悪感を少しでも軽くしようとしてるだけじゃない? 見苦しいとは言わないけど、何やったって自分のしたことは変わらないし、信用だって回復しないのに」
「オツベルの象――」
「自 業 自 得。
教訓として何か言うなら、鞭と飴は相互に必須だってことかしら」
((うわぁ……))
闇である。渚と岡島の眼前に、今、紛れもなくドロドロとした何かが広がった。
昇る太陽の光、窓を抜けるさやわかな夏の風。それら全てを一瞬で被い付くだけのダークマタが、狭間の全身から放出されてるような錯覚を覚えた。
と、そんな空気に、突如として救世主現る。
「おはよー、なんか珍しい感じだねー」
「あ、倉橋さん」
突如現れた倉橋に、狭間を除く三人が一気に救われる。
それはまるで北風と太陽のごとく、覆われていた陰気が彼女のゆるふわオーラで中和された。それどころか勢力は逆転。現れるだけで一転して、その場の空気が明るくなった。
「おお倉橋、スカート丈変わんないのかよー!」
岡島が復帰したように会話を始め、彼女に笑いながらスルーされる。
と、そんな風に場の空気が一転したと同時に、非常に居心地悪そうな表情を浮かべる狭間。こころなし、彼女のオーラが吹き飛ばされ、倉橋のきらきらした何かに洗浄されかけているような。
(こ、これは……)
思わずメモを取り出し、渚は狭間のページへ。
「じゃ、私席帰るから」
「あ、私も」
「二人ともまた後で~」
立ち去る神崎はまだ普通だったが、しかし、狭間はどうしたことだろう。普段のドロドロとした得体の知れ無い何かが消失して、というか暗黒系のキャラが見事に殺されて、普段より何割増しで美少女チックに見えるような見えないような。
ギャップが大きすぎる分、見る側の判断基準もおかしくなる。
「綺羅ちゃん、動物系だったら相談のるよ~」
「わかったから。……これ以上居たら、軽くなる」
というか、それ以上に色々と辛そうな彼女である。
苦笑いしながらも、メモに「闇<ゆるふわ」とちゃっかり記述する渚であった。
※
「いや渚、今日から夏服だな、みんな! テンション上がるぞ!」
「あはは、そうだね」
岡島より幾分爽やかに言ったためか、杉野の一言には軽く同意できる渚。まあ彼の場合、主に廊下側二列目のとある女子に意識がロックオンされているのは明白であったが。
「いけませんよ? この程度の露出で平常心を乱しては」
「ころせんせーが言うな!」
地味にアカデミックドレスの下がクールビズになってるころせんせー(ネクタイ除く)だが、朝に杉野の野球のフォームを見ていたため手元には野球の本がある。そしてその本を被せるように、明らかにサイズの大きなエロ本を読んでいたりするあたりがいつも通りと言えばいつも通りか。
読みながら、びくびくとあぐりが来ないか確認してる辺りもいつも通り。
「ではそろそろ、ホームルームを始めます。日直の人は号れ――」
と、ころせんせーが声をかけようとしたタイミングで、がらがらと教室の前の扉が開かれる。
「……計算外だ、全く。今日から半袖だなんて。お陰で朝ギリギリになってしまった」
「「!?」」
現れ出たのは菅谷創介。杉野の一つ後ろであるため、必然的にその動きに視線が向く。
そんな彼の左腕には――花のような、記号のような、独特の刺青じみたペイントが施されていた。
「さらしたくはなかったぜ。神々に封印されたこの左腕をよぉ」
(((((どーした菅谷!?)))))
教室中、寺坂グループ含めて大層反応に困ったそうな。
ころせんせーも白目向いて一瞬硬直したが、多少時間をかけて落ち着きを取り戻した。
「ヌルフフフ……。一瞬びっくりしましたけど、ボディーアートですね」
「そうそう」
物珍しさからか、それとも既にホームルームをやる空気でもなくなってしまったからか、席を立ち菅谷の席に人が集りだす。
メガネを押さえる竹林。完全に未知の世界と出会った風であるが、その横で倉橋が関心したように言った。
「へー、これペイントなんだ!!!」
「メヘンディアートっつってな。色素が定着したら一週間は抜けねーんだ」
「ヘナで肌に模様を描くやつだっけ? インドの」
「知ってんだカルマ君」
リアクションに未だ困っている不破の一言に、両親がインド被れで旅行の時よくやってくると言う。
「今日は別に構いませんが、本校舎と合同で行事がある時は駄目ですよ菅谷君。
先生のクラスから非行に走った生徒が出た、とか噂されるのはアウトですし」
「相変わらずそーゆーとこチキンだよね……」
苦笑いする茅野。
その横でメモを取り出しながら、渚は菅谷の情報を整理する。
(菅谷君は絵や造形がめちゃくちゃ上手い)
(ポスター、らくがき、物の成形や塗装から果ては変装まで、彼にかかればお手の物だ)
「よかったらころせんせーも描こうか? まだ作った塗料余ってるんだけど」
「一からですか。本格的ですねぇ……」
「パウダー使うだけだし、そんなでもないって」
「脱皮とか出来ないのでこちらに」と訳の分からないことを言いながら、左手の甲をすっと差し出すころせんせー。さらさらとケーキにチョコレートでも塗るように、菅谷は迷いなく模様を描き始めた。
「ネクタイ的にはこれで正解、かな?」
「ヌルフフフ……。おお、月ですねぇ」
波のような模様を含みつつ描かれた月は、金魚のそれを思わせる模様と合わさってなかなかにオシャレさんだ。
「みんなもやってみるか?」
彼のその軽い提案に、結構な人数が挙手をしてちょっとだけ頬が引きつっていたのは内緒だ。
※
「ふっふっふ。どーよこれ、あぐり!」
「なかなか素敵だと思いますけど……、ちょっと、女子的防御力が弱すぎな気も」
「いいのよこれで。夏は自然と露出させられるし、女を駆使する暗殺との相性は抜群よ?」
ふふん、と得意げに廊下で微笑むイリーナに、あぐりは「一応中学なんですが……」という感じの顔をしていた。まあそこをあえて言わないのは、今更だという自覚があるからか。
肩口が露出したシャツ。脇の下まで大きく開いたそれを、上のボタンを胸の谷間を強調するくらいに露出させているイリーナ。ちなみに黒い下着も、そのシャツの露出に合わせたよう深く胸元が開いたものを着用している。
黒いタイトスカートのスリッドもこころなし普段より上がっており、本人いわくの自然さを彼女らしく主張していた。
全体的に言える事は、白い肌がまぶしい。
「っていうか、そういうあぐりもいつも以上に気合入ってない?」
「単に大学時代に友達と買ったものなんですけど……、ま、まだまだイケますかね?」
「ああ、デザインがまともなのってそういう……」
「どういう意味ですかそれ!」
なお、あぐりは軽いオフショルダーに、七部丈のジーンズである。色合いは青系でまとめられており、地味にさわやかな印象。
服装は一見まともであるが、髪飾りとして付けられたくぬどんが何とも妙な存在感を放っていた。
少しだけこう、格好がゆるふわ系でまとめられているのが新鮮と言えば新鮮か。
「デザインとしては普通に悪くないと思うわよ? でも肩だけ露出しても……あれ? いや、あ、そうか、アイツはアンタより背は高かったし、上目遣いになれば当然前かがみに……、なるほど、ははーん……」
「な、何を察しましたか、イリーナ先生?」
本人にあくまで、特定の誰かに対するアピールの意図はないと言っているのだが、イリーナはしたり顔で取り付く島はなかった。
「見てなさいよ、あぐり。この素肌で男共を悩殺して、普段ビッチビッチ言われてる分、手駒にしてやるわ」
「あはは……」
「……アンタこそ何よその反応」
「あはは……。あ、ほら、付きましたよ? 大体そろそろホームルームも終わりですし」
笑うだけで回答を避けていたあぐり。イリーナと比べてどちらが大人の対応なのかは、まあ微妙なところだ。
ともかく教室の扉を開ける彼女だったが。
「ギャ――ッ!」「にゃああっ!」
そろって目をひん剥いて叫ぶ、仲の良い大人の女子二人組だった。
事前情報を知らなければ、叫ぶのも無理からぬ話ではあるが。なにせメヘンディアートは、ヘナタトゥーとも言われる。要するに一見すれば、ほぼ刺青のそれだ。
そんなもを教室中の生徒という生徒がしていれば、仰天もする。
「な、何皆でバケモノメイクしてんのよ!」
「あー ……、まあ、何かノリで?」
量が量なため、多少疲れてるらしい菅谷。足元に塗料を数本転がしている時点で、作業が連続だったろうことは想像だに難くない。
ヌルフフフ、と二人に笑いかけるころせんせー。
「しばらくしてから塗料を剥がすと定着するらしくて、なかなか楽しみですねぇ」
「……吉良八先生? この調子だとホームルームどうしました?」
「ニュ!?」
当然のようにあぐりのハリセンがスパーン! と飛んだ訳だが、その程度では懲りないころせんせー。
「遊ぶのも良いですけど、最低限やるべきことはやって下さい」
「面目ない、ヌルフ……。
と、ところで菅谷君。見てたらせんせーも誰かに描いてみたくなりました」
「へ? あー、でももう大体皆やっちゃったし……、あっ」
二人の視線が、先ほど新に入ってきた
「わ、私はちょっと……。家の方で色々あるから、そういうのは」
「じゃあ、もうビッチ先生しかないか」
「は、はぁ!?」
「ヌルフフフ。誂えたように面積の広いキャンパスですねぇ」
ころせんせーの不気味な笑いに拍車がかかる。
ここまでくるといつものノリではあるが、E組全体として止めに入る事は無い。基本、彼女はいじられキャラなのだ。
「ちょ、ざっけんじゃないわよ! 誰がそんな――」
「あ、イリーナ先生、足元ッ」
指差しながら一歩一歩後ずさったイリーナだったが、足元に転がっていた塗料のそれに気付かない。
あぐりの注意も空しく、イリーナは足をすべらせ、そのまま頭を打った。
すぐさま彼女を抱き起こすあぐり。意識はないようだが、血が出てるといったこともなかった。
「だ、大丈夫かしら……」
「雪村先生、少々良いでしょうか」
しゃがみこみ、ころせんせーはさっとイリーナの頭の裏に手を入れ、なにやらわちゃわちゃとする。
生徒たちが頭を傾げる中、ころせんせーはふぅ、と一言。
「軽い脳震盪のようですが、一応出血はしていないみたいですね。頭蓋にもダメージはなですし。ただタンコブにはなってるので、氷水とか準備した方が良いですね」
(((((触診で分かるものなの、それ!?)))))
「じゃあ、私、行って来ます」
壁を背凭れにし、イリーナを置いてあぐりは走る。
ちょっと心配気味の生徒たちに、ころせんせーは「大したことではなかった」と言った。
「まあ、でも本当に脳みそというのは精密機械みたいなものなので、皆さんもここのダメージには充分ご注意を。
とりあえず、しばらく安静にして駄目だったら救急車ですね」
「け、結構大事だね……」
「デリケートな部分ですから。さて……」
「ほっほー、俺と競うか気かね」
す、ところせんせーはイリーナの左半身側に。
何かを察するまでもなく、菅谷は右半身側に。
お互いが塗料を手に取り、さっさかさっさかペイントを始めた。あぐりが居ないのがタイミング的に最悪と言えなくも無い。これ起きたら怒られないかな?
「すごいですね菅谷君。あっという間に教室が彼のカラーになっちゃった」
「だねー」「うん……」
奥田らのコメントを背に聞きつつ、菅谷は鼻歌を歌いながらペイント。
「芸術肌なだけに、さっきみたいに目立ちすぎる時があって、二年生の時にそれが原因で素行不良扱いされたんだって」
渚の説明を聞き、菅谷の脳裏に自分がE組に落とされた際の映像が流れた。
――ただ成績が悪い人間と、その上で求められて無い技術がすごい人間がいる。どっちの方が評価が悪くなると思うかしら?
元担任の言葉に、彼は表面上は涼しい顔をしていた。
「……ま、正しいんだろうけどねー」
元々、芸術系と学業双方の素地がある程度高かった彼だ。学業に関しては限界をここに来てから知り、その落ち込んだまま過ごした日々は芸術方面を更に高める結果に繋がった。
皮肉にも、ここまで凝るようになったのも二年生のその頃からか。
「おお~」「さっすがー」
「そもそもファッションアートだし、外出ても自慢したり、話のネタに出来るくらいに仕上げてやったぜ」
ハートを基調として、植物を思わせる柄模様。肩から肘にかけて伸びたそれは、よりボディアートらしさを表に出した感じの出来である。
「これなら逆にビッチ先生喜ぶんじゃない?」「ねー」
矢田や倉橋など、よりイリーナに絡む層からも評判は上々。ある種、職人らしい出来と言えばそうなのだろう。
もっとも、対するころせんせーの側は側で問題だった訳だが。
『夏は衣替えの季節だよタコ君』
『ぼくもころもがえしたいよー』
『よーし、おじさんに任せろ!』
『まずは衣の準備からだな』
『?』
『それでどうするの?』
『まずは、ソデを切るところからだ』
「「「「「なぜにマンガ!?」」」」」
屋台のおじさんがタコ焼きを作る様を、ブラックユーモアに描写した四コママンガ。
何故にそんなものがイリーナの左腕に描かれているのかという話だが。
「いやぁ……、育ちの関係で、そういうのは疎いものでして。まだしも弟子の方が詳しかったですねぇ」
「逃げに走るくらいなら描くなよ!」「ってか弟子って何!?」
ころせんせーの弱点⑳ 安い絵しか描けない
「右と左で違和感ありすぎィ!」「これじゃ外出歩けないじゃん!」
――スパーンッ!
「にゅや!? ゆ、ゆきむらせんせ……い?」
「……」
笑顔のままころせんせーの前に立つあぐり。その後、無言のままハリセンが数度振るわれたのは言うまでもない。
彼女の頭の裏に、保冷剤を手ぬぐいの下に入れ、縛り付けるあぐり。鼻の下で結ぶあたりが彼女のセンスらしいと言えたが、さておき。
「内容はともかく、あえてポップアートみたいにして生かす手もあるぜ? 枠の周囲をいじれば……」
「おおっ!」
さらっと菅谷がリカバリーをかける。これに負けじと、ころせんせーも「どこか一箇所で笑いをとらなくては」と構えたりもするが、あぐりがにっこり笑いながら首根っこを掴んだり。
「ど……、どうせですから、雪村先生もやりませんか?」
(((((ころせんせー、駄目な方に誘惑してる)))))
「にゃ!? い、いや、確かに楽しそうですけど、それは……」
「ヌルフフフ。さあさあハリセンを置いて、ぜひぜひ」
「え、ええ……?」
どうやら巻きこんでしまって、うやむやにしてしまおう戦略のようだ。本人も共犯にさせてるあたり性質が悪い。事前情報として落せなくはないというのがあるからかもしれないが、いざ塗料を握ると、案外あぐりもノリノリだった。
そして。
「――Beat to death! Son of a bitch!!」
「うわーん! 出来心だったんですーッ!」
目覚めた後状況を確認したイリーナである。大層ガチ切れだ。カオス極まり無い惨状に対して、既に堪忍袋の尾は切れるどころか粉微塵である。ぶっ殺すぞ、クソ野郎! くらいのニュアンスで罵倒しているが、両手に持っているマシンガンが実銃で洒落になってない。
「ご、ごめんなさい、ついヒートアップしていしまいまして……。多少上手くなってはいるんですが。
でも危ないからせめてゴム弾でッ!」
撃たれながらも銃を生徒たちが使っているそれに取り替えるという妙に器用なことをしながら、ころせんせーはイリーナの射撃をひらりひらりと交わす。こころなし表情に余裕がないのは、今回に関しては全面的に悪いからか。
「い、イリーナ先生落ち着いて! す、すぐ落せば定着しないそうですから! 杉野君とか、えっと、誰かふきんとバケツ、倉庫から持って来て!」
「「「りょ、了解!」」」
「安心するわけないでしょ、ってかアンタの描いたこれが一番アレよ! 何、何で宣伝描いたし!
なんで夏服デビュー初日からこんなんなのよーッ!!!」
なお、イリーナの左足には「タコせんせー」数体の絵と、「夏休み、お台場に進出!」という謎の宣伝広告だったりするから相当である。対するあぐりは「れ、連日の疲れが」と言ったりしながら、背後から彼女の腕を押さえていたり。
そんな様子を、生徒たちは机に隠れながら様子を伺う。
「菅谷君が全部やれば、たぶんあそこまで怒られなかったのにね。
ころせんせーとか遊ぶから……。雪村先生まで巻きこんで」
なお、茅野は一目散に倉庫に向かって行ったあたり、危機回避に全力なのか、イリーナが可哀そうに思ったのか。何にしても、アンチ巨乳をうたう彼女にしては、そこそこ珍しい行動と言えたかもしれない。
菅谷本人も、渚の感想に「だろーな」とは同意する。
「……っていうか、あのタコせんせー人形って、何? 売るの? お台場で? テレビ局か何か?」
「地味に売れてるとは聞くけど、どうなんだろ……」
『はーい♪ 地味にネットを中心に口コミから広まってるみたいですよ?』
渚のスマホ画面に、菅谷デザインのスマホをあしらった模様を腕に描かれた律が、しゃららん! という具合に登場する。
「……普通さ。答案の裏に落書きしたらスルーか怒られるかだろ?」
ころせんせーがお菓子を取り出して気を宥めようと、逆効果なことをしはじめたタイミングで、菅谷が渚に愚痴る。
「だけど、先生二人とも安っぽい絵を加筆したりさ。むしろ無駄に楽しそうに」
「……雪村先生も、そんなに上手じゃないんだね」
「いや、ころせんせーより上手いけど、デザインセンスというか……」
さり気にメモを取る渚に、菅谷は「お前いつもメモしてんな」と汗を流した。
「……まあ、考えてみりゃ当然だわな。
落書き程度でマイナスにはならないよな。なにせ、ニ、三日に一回は倒しに行ってるわけだし」
少しだけ照れくさそうに笑いながら、菅谷は言う。
「ちょっとくらい変な奴でも、ここじゃ普通だ。機械とか、人間超えてるのまで居るくらいだし。
……悪くないかもな、こーいうのって、案外」
「……うん」
「……騒がしいから来て見れば、随分また楽しそうなことをしてるじゃないか」
「「「ッ!!!」」」
眉間を中心に黒いオーラを纏う烏間の登場に、大人三人は硬直。
その後、珍しくあぐりも含めて説教されると言う絵面が見られたりもしたが。
(――梅雨も明け、今は七月)
(本格的な夏が始まり、暗殺教室は残り8ヶ月!)
メモを仕舞いながら、渚はそんなことを考えつつ、今日の日誌の内容を検討していた。
※
余談だがその日の昼休み。
「そういえば、菅谷君の日誌のページに目みたいなのが沢山描いてあったのがあったけど、あれって……」
「ん? ああ、千葉の目元隠れてるじゃん。だから色々想像してやってみた」
「ちなみに全部外れ」
「は、速水さん?」
会話に突然乱入し、それだけ言って座席に付く彼女に、渚はちょっと困惑した。
後日多少リテイク入ったらすみません。
さて、次回そのまま鷹岡回行くか、パズルの時間を片付けるか……。