死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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今回は本当の意味でタイトルを変える意味がないので、そのままで。
女バスの面々は、名前とか流石にオリジナルとなります;


第22話:球技大会の時間

 

 

 

「んあぁ……、やっと梅雨明けだ」

「暑くなってきたねぇ」

 

 アウトドアな季節ですな、と杉野は笑う。

 3-Eの校舎に向かう途中の渚、杉野、カルマの三人。じめじめとした空気が晴れたのを見て、それぞれ多少気分が晴れたような顔をしていた。

 

「どっか外で遊ばね?」

「何しよっか」

「じゃあ釣りとかどう?」

「いいね! 村松君とか、磯貝君みたい。今だと何が釣れるの?」

 

 カルマの提案に楽しそうに乗る渚。もっとも相手が浮かべてる笑みの種類を見れば、色々と一目瞭然であったが。

 

「夏はヤンキーが旬なんだ。渚君を餌にカツアゲ釣って、逆にお金を巻き上げよう」

「や、ヤンキーに旬とかあるんだ……」

 

 無邪気な悪意に汗を垂らす他ない渚。

 雑談は続く。海なんてどうかと提案する渚。カルマはまだ釣り(?)を諦めていないのか、手元でエア財布を数える仕草を続けている。

 

 そんな最中、杉野の視線がグラウンドに向いた。

 

 ――風をぶっちぎるボールの音!

 グローブがキャッチする音も、どこか重々しい。

 

「ナイスピッチ! キャプテン」

 

 帽子を脱いで汗を拭う、短髪の少年。表情はどこか厳つく、クールに投げ返された球を受けていた。

 

「進藤だったっけ? 彼」

「うん。進藤一考(かずたか)。野球部の主将だよ」

(そして、確か杉野も元野球部。面識はあるはずだけど……)

 

 背は180センチを超え、そこから放たれる超中学級ストレートは、クラブを都内準優勝に導く。

 その成績からして、まさに椚ヶ丘中学が求めるエースプレイヤーの一人といえた。

 

 と、そんな彼の視線がこちらに向く。

 

「お? 何だ杉野じゃないか! 久々だなぁ」

 

 周囲の面々も声をかけ集ってくる。その様子は普段の差別待遇を忘れるくらい普通の光景に見え、一瞬ためらった杉野も笑顔を浮かべるくらいだ。

 

「来週の球技大会、投げんだろ?」

「あー、まだ決まってないけどなー」

「楽しみにしてるぜ。球種増やせって言ったの覚えてるだろー?」

 

「なんか普通だねー、渚君」

 

 カルマの言葉の通りである。

 あくまで表面上は。

 

「でもいいよなー杉野」「E組なら毎日遊んで暮らせるだろ?」「俺等両方だからヘトヘトだしなぁ」

「止せ、傷つくだろ」

 

 これでもまだ、普段に比べれば幾分軽く見えるのは、スポーツマンゆえ勉強に置く比重が軽いからか。

 そして主将たる彼の続く言葉に、渚が表情を消す。

 

「――進学校での部活との両立。選ばれた人間じゃないならしなくて良いことなんだから」

 

(……は?)

 

 一瞬、自分の心の内側から涌いて来た言葉に戸惑う渚だが、しかし顔はあまり笑ってない。少しだけ睨み付けるような色が出ている。

 

「へぇ、面白いこと言うねぇ。まるで自分が選ばれた人間みたいなこと言うじゃん」

 

 そんなカルマの挑発にでさえ、

 

「うん、そうだよ?」

 

 笑顔で断言するこの余裕っぷり。

 まさに理事長、浅野學峯の教育方針が機能している証拠であった。

 

「気に入らないか? なら球技大会で教えてやるよ。

 上に立つ選ばれた者とそうじゃない者。この年でも開いてしまった、絶対的な差というのをな」

 

 優越感に適度に浸りつつも、ほとんど驕りの見られないその姿勢。

 手強い空気をまとう彼等を前に、渚はわずかに拳を握った。

 

 

 

   ※

 

 

 

「着うた変えたんですよ、ほら」

「せんせー、その話何の意味が?」

「気付いてないと、誰の着信かわからなくなりますからねぇ。一応授業中は切るように言ってますが、私達教員側はそうもいきませんから。で、何の話でしたっけ」

「黒板に書いてあるじゃん!」

「っていうか、私、今説明してたところじゃないですか!」

 

 自力本願な進化ソング(前の着うたと歌っているメンバーは一緒)を流しながら、ころせんせーは生徒たちに確認をとった。

 もっとも磯貝が板書していたり、あぐりに解説されていたのを中途半端に流してしまったため、生徒側と副担任からはちょっとバッシングものである。

 

「まあまあ。

 クラス対抗球技大会ですか……。健康な心身をスポーツで養う! というばかりでもなさそうですね」

 

 トーナメント表に眼を通せば、当たり前のようにE組が除外されている。

 

「E組はエントリーされないんだよ。1チーム余るって素敵な理由で」

「三年前までは、A組をシードにしてたんですけど、やっぱり習熟度に差が出ちゃって……。

 その変わり、大会の締めのエキシビジョンマッチに強制参加になってるんです」

「ヌルヌル」

 

 頷く時の語呂が相変わらず妙なころせんせー。しかし表情は真面目に「球技大会3年男子」の面を見ていた。

 

「よーするに見世物さ。全校生徒が見てる前で、それぞれ男子は野球、女子はバスケットやらされんだ」

「なるほど、いつもの(ヽヽヽヽ)やつですか」

「「そうそう」」

 

 三村の言葉を受けたころせんせーに、片岡とあぐりが頷く。

 

「でも心配しないで、ころせんせー。基礎体力ならある程度付いてるし、良い試合してみんな盛り上げよ!」

「「「「「おー!」」」」」

 

 片岡の声に応じて、女子の面々がほぼ全員手を挙げた。狭間あたりは「やれやれ」と肩を竦め、律は「どちらで参加したら良いんでしょう」と、画面内の女子姿と手前の男子ハードで、それぞれ左右逆に頭を傾げていた。

 

 と、がたりと教室の後方で約三名が自主的に起立。言わずもがな寺坂グループである。

 

「俺等、晒しモンとか勘弁だわ。お前等でテキトーにやっといてくれや」

「あ、おい寺坂! ……ったく」

「ラーメンくらいなら出前するぜー」

 

 最後の村松の宣伝はともかく、この退場はある程度仕方ないと見るべきか。

 

「(……考えてみれば、『この時点での』寺坂君はチームプレーに向かないし、撤退したのはそれも考えてのことですかねぇ)」

 

 ぼそりと呟くころせんせー。無論、誰にも聞こえてない。

 前原が振り返りながら言う。

 

「野球となりゃ頼れるのは杉野だけど……、なんか勝つ秘策とかねーの?」

「……難しいよ。体力面で言えばともかく、三年分経験に開きがあるのが大きい。

 後かなり強ぇんだ。ウチの野球部」

 

 渚ではないが、その事実を知っている、あるいは調べている生徒も少なくはない。ローカルテレビ局で休日に試合風景が流れている時点で、かなり勝ち進んでいることは否定できない。

 

「特に今の主将。進藤って言うんだけどさ。剛速球で名門高校からも注目されてる。

 勉強もスポーツも一流とか、世の中なかなか不公平だよな……」

「杉野……」

「……だけどさ、勝ちたいんだ。先生」

 

 それらの事実をして、なお杉野は一言、食い下がる。

 手を握り、リストバンドを見つめて言う。

 

 周囲の視線を集めながら、彼は独白のように続けた。

 

「善戦じゃなくて勝ちたい。

 好きな野球で負けたく無い。

 部活追い出されてE組に来て、むしろその想いが強くなった。……みんなとチーム組んで勝ちたいんだ!」

 

 そして顔を上げた瞬間、ころせんせーはアカデミックローブを脱ぎ捨てた!

 下から現れたのは、謎のユニフォーム(胸元にKOROKと筆記調のロゴが描かれている)である。

 

「あ、う、うん、ころせんせーも野球したいのは伝わったよ」

「ヌルフフフフフ。この日のためにこの服、準備していたのが無駄になりませんでしたねぇ」

(((((準備してたの!?)))))

「せっかくですからせんせー、スポ根ものの熱血コーチみたいなことやってみましょう。

 殴ったりしないので、卓袱台返しで代用します」

「用意良すぎだろ!」「どこに用意してあったんですか、こんなの!?」

 

 食品サンプルが固定されたそれを取り出すころせんせーに、思わず突っ込みが入った。

 楽しそうに笑いながら、ころせんせーは教室中を見回した。

 

「最近の君達は、目的意識をはっきり口に出すようになりました。

 やりたい。

 勝ちたい。

 どんな困難な目標にも揺るがずに……。

 その心意気に応えて、吉良八監督が勝てる戦略とトレーニングを授けましょう」

 

 オブザーバにプロをお招きして、とパッド端末を操作しながら言うころせんせー。

 杉野や渚、茅野あたり事情を知ってる面々はさっと期待に胸を膨らませ、その動作を見守る。

 

「雪村先生は、女子側の方をお願いします」

「わかりました」

「律さんは……、参戦するのも流石にアレなので、トレーニングにご協力下さい」

「『はい♪』」

「それから後は……、LINEでイトナ君にも、一応連絡入れておきましょうかね」

「「「「「やってるの、イトナ君!?」」」」」

 

 本日一番の衝撃的な事実に、生徒達は揃って目をひん剥いた。

 

 

 

   ※ 

 

 

 

『――あーっと! 打ち上げたー!

 センターなんなくキャッチ。試合終了ー!

 トーナメント、三年野球はB組を破ったDを倒し、A組が優勝です!』

 

 球技大会、当日。

 グラウンドの生徒達が肩を抱き合い、お互いの仕事を褒め合う。クラスリーダーの生徒が、髪型が崩れるのを嫌がってかきっちりかっちりワックスで髪型を固定していたりする珍妙な姿も見かけられたが、それを無視する勢いでA組の面々はテンションが上がっていた。

 

 対してD組は肩を落している。珍しくスポーツ特化のB組を破ったといえど、やはり絶対的なエースクラスに勝ちようがないのは、わかっていたからだ。

 

「あーあ。負けた負けた」

「次の試合見て忘れようぜ? 俺等より取り得のない奴等が、もっと恥かくところをよ」

 

 ベンチで交わされる高田と田中の会話が、概ね普段のノリを物語っているだろう。去年まではこの通り、自分達の成績をE組の惨敗を見て癒していた彼等である。

 

 もっとも、体操着姿で並ぶE組の表情は、気負った風でもなく自然体である時点で、何かを察するべきではあるが。

 

『――えー、それでは最後に。3-E対野球部の、エキシビションマッチを行います!』

 

 五英傑の荒木である。楽しそうなアナウンスは、どちらかといえば何かを揶揄した愉快さを秘めていた。

 並ぶE組を前に、進藤が上から目線で言う。表情からは優越感が溢れていた。

 

「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが、選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だぜ杉野」

(五英傑的にどうなんだろう……)

 

 渚の内心の突っ込みはともかく。

 

「お前はどちらもなかった。選ばれざる者だ。

 いつまでも表彰台(グラウンド)に残ってるのは偲び無い。きっちり片を付けやるよ」

 

 チームメンバーに声をかけて士気を上げる進藤。

 

「ヌルフフフ。それでは、こちらもカチドキ上げましょうか」

「いいよそういうの、ころせんせー」

 

 ベンチにてサングラスを装着したころせんせー。格好はユニフォームに加え、誰のモノマネをしてるのかぼやきのようなものが聞こえる。

 

「では皆さん。――殺す気で勝ちましょう」

「確かに、俺等には先生っていう、もっと強いターゲットがいるんだ。

 じゃあ、殺そ(やろ)うぜ!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 磯貝の言葉に唱和する男子の面々。

 そんな中、さりげなく律(アンドロイドハード)がチアガール姿でベンチで「ふれっふれ♪」とポンポンを振っているのが、何とも場違い感溢れていた。

 

 会場が湧き、試合が始まる。

 

『――さあ一回の表、E組の攻撃。一番サード、木村!』

 

 ストライク! と審判の声が上がる。

 これには当然という反応のギャラリーたち。相手は優に140とプロ並の速度である。

 

「いや、すげーアウェイ感。……らじゃッ。

 おっし、行くぞ!」

 

 ベンチにて監督が、ぱっぱと「タコせんせー人形」のカラーバリエーションを切り替えて、サインを出す。頷く木村は、早急に戦略を切り替えた。

 大振りでホームラン宣言をするような動作。素人ゆえの驕りか否か。

 

 野球部の顧問、寺井は、ごくごく当たり前のように半笑いで傍観していた。

 

「一回表三人で終わらせて、とっとと10点とってコールドだな」

『――さあ、進藤君第二球!』

 

 なおこの球技大会においては、観客を飽きさせない為に男子は10点、女子は50点差の時点でコールドゲームとなるシステムである。反撃する糸口さえ掴ませないというところか。

 

(雑魚が。警戒すべきは杉野くらいだが……、打てるわけがない。格が違う)

 

 以前の情報を元に、冷静に分析しつつ投球する進藤であったが、一つ、誤算があった。

 

 ――木村は、バントを当たり前のように成功させた。

 

「なッ!」

『――あっと、宣誓バントだ! しかも転がった先が悪く無い!?』

 

「木村君は岡野さんに並び、E組トップの俊足。これくらい楽々セーフに出来るでしょう」

 

 ころせんせーの言葉通り、試合は予想通り進む。

 

『――セーフ! これは意外! E組ノーアウト1塁だ!!』

「小賢しい」「気にすんな、素人だし警戒すりゃそう簡単には出させない」

 

 二番バッター。潮田渚。

 再び出されるころせんせーの指示を見て、にやりと笑う。

 

 投球されたボールに対して、彼は微笑んだまま、やはり「当たり前のように」バントをした。

 

「くそッ、プッシュバントだと!? 明らかに狙ってやがる」

 

「ヌルフフフ。強豪とは言え中学生。バント処理はまだまだですねぇ」

 

 ノーアウト1塁2塁。

 まさか、まさかの事態である。

 

 焦る進藤。思わずベンチから立ち、3-Eのベンチを二度見する寺井。

 

「ば、馬鹿な……! 狙った場所に転がすどころか、進藤クラスの速球になんで当てられるんだ!?」

 

 素人目の難易度との違いを正確に理解できるあたり、やはり相手もプロフェッショナルか。

 ただし今回に関してはある意味、3-E側がアレであった。

 

「こちとら、アレだったもんなぁ練習の時……」

 

 前原の言葉が示すとおり、試合の練習風景は色々な意味で並じゃなかった。

 

 

『今回の戦略。バント処理が苦手だっていうのは悪く無い読みだと思うぞ。でも相手にやられた時のことも考えておけ。特に杉野君』

「あ、はい!」

 例えば、ころせんせーのコネで戦略面のオブザーバになってくれた、有田投手。今年から日本シーズン復帰とのことだが、そんなこともあって今回は時間的に暇なタイミングで連絡が取れたらしい。

 

「ソニック、オーバアアアアアアッ!」

「速すぎるって、イトナ君!?」

 例えば、ちゃっかり練習に参加していたイトナ。ジャイアントキリングに向けて練習しているという話を聞き、シロの調整を振り切って「(ほどこ)そう」と妙にノリノリで投球だけしてくれたりもした。

 ちなみに「触手を纏った」腕で投げるその速度は450キロ。

 

 なお内野は律×2+烏間が担当し、ほぼ鉄壁とも言える首尾。

 肝心のころせんせーはキャッチャーにつき、往年のある選手のごとくささやき戦術を駆使していた。

 

「××君、初めてクラスでとある女子生徒に『ちゃん』付けで呼ばれた事、つい最近まで大分意識してましたねぇ」

「ッ!?」

「××君、校舎裏でこっそりエアギター、ノリノリでしたねぇ」

「い、ううッ!?」

「××君、片岡さんに美術のモデル、もう頼めたんですか?」

「ファ!?」

 

 生徒のプライバシーも勘案して詳細は濁されるが、ともかく憔悴すること必至である。

 イトナに関しては、あえなく途中退場。「お前達ばっかり楽しそうだ!」という残念な叫びは、大半の生徒が聞かなかったことにして流した。

 

「次は対戦相手の研究です。この三日間、竹林君に事前偵察してきてもらいました」

「面倒でした」

『竹林さん、どうもありがとうございます♪』

「なんのこれしき!」

 

 メガネの下が心なし光ったような気もするが、さておき。

 

「進藤の球速は、MAX140.5km。持ち球はストレートとカーブのみ。練習試合も九割型ストレートでした」

『つくづく中学生離れしてるなぁ……』なお、もはや場の誰もツッコミさえ入れなくなった有田投手。

「球種は俺の方が多いけど、あの剛速球なら俺等のレベルじゃストレート一本でも勝てちゃうのよ」

「ですが、それはまた逆も言えます」

「「「「「?」」」」」

『一長一短ってことだな。逆に言えば、ストレートだけ見極めればこっちのものってことだ。

 おいコピー(ヽヽヽ)タコ野郎、腕は鈍ってないんだろ?』

「ええ、無論ですとも。

 というわけで、ここからの練習はせんせーが進藤君と同じフォームと球種で、彼と同じく『とびきり遅く』投げましょう」

「「「「「!?」」」」」

 

 ここで生徒達も気付いた。

 先程までのイトナの投球に比べれば、そう、約146キロなど止まって見えるレベルである。

 

 つまるところ。

 

『そういう意味でなら、一つの球種のみに絞ったバントだけなら、充分修得できるってことだ』

 

 

 

 実際その戦略はある程度成功しており、三番磯貝のバントで全塁コンバイン状態である。

 

『――ふぇ、フェア!? ライン上ぴたりと止まってしまった!!

 三番磯貝セーフ、ノーアウト満塁だぁぁぁッ!!? ちょ、調子でも悪いんでしょうか進藤君ッ』

 

 汗を垂らす野球部の面々。特に進藤のそれが一番焦りが見える。

 そしてバッターボックスに立つ四番、ピッチャー杉野に怒りを燃やす。

 ころせんせーの指示は、最後に黒く、眼の赤く発光するタコせんせーの混じったもの。

 

 バントの構えをする杉野を見て、進藤はある錯覚を覚えた。

 

(な、何なんだ、何なんだコイツらッ。獲物を狙うような、容赦のない眼)

 

 プロ同士の試合でなら、充分にあり得るその感覚は、しかし一介の中学生では未だ体験したことのないもの。

 何がなんでも勝利を狙うというその姿勢は、暗殺教室のそれに通じる。

 

 自分が立たされている場所が、野球場なのかどうかさえわからなくなるような、そんな類の緊張感を彼は初めて味わっていた。

 

(文武両道か。……確かに武力じゃ敵わねー。お前がナンバー1だって、俺も認めちまってる。

 でもな――)

 

 流れる投球に対して、杉野はごくごく自然に、バットを持ち変え――。

 

(例え弱者でも、狙い澄ました一刺しで、巨大な武力を仕留める事だって――)

「――出来るんだ!」

 

 鳴り響く金属音。

 抉る一撃。狙い済ましたバッティングは高々と上がり、外野を抜けて行った。

 

『――二塁ランナーに続いて一塁ランナーもホームに向かう!

 打った杉野もスリーベース!(何なんだよこれ……)、E組3点先取!?』

 

 空気が変わる。

 あくまでまぐれ、まぐれというノリだったその場が、確実に、着実にE組に暗殺されかけていた。

 

「まずいぞこりゃ……ッ」

「顔色が優れませんねぇ寺井先生。お体の具合、大丈夫ですか?」

 

 と、ここでベンチに現れた長身。爽やかな空気を漂わせる支配者は、この学園において只一人。

 

「すぐ休んだ方が良い。部員達も心配のあまり、力が思うように出せないらしい」

 

 浅野學峯その人である。素立ちで感じるこの圧力は一体どこから来るものか。

 震える寺井に浅野は額を重ねた。

 

「――病気でもなければ、こんな醜態を晒して大丈夫なんですか?」

「――ッ!!!」

 

 気絶である。言外に匂わされた勢いに緊張状態へ至り、精神が追いつかなかったらしい。

 もっとも彼は彼で「このくらいかな」とぼそりと一言。

 

「あー、やはり凄い熱だ。マネージャ、寺井先生を医務室へ」

「あ、は、はいッ」

「その間、監督は私が代わりましょう」

「な、何を……ッ」

 

 ばっ、とスーツの上着を脱ぎ捨てる理事長。

 その下には――くぬどんのロゴが描かれた、ちょっと微妙な野球ユニフォームが装着されていた。

 

「なに、少しギアを上げてあげるだけですよ」

 

 彼のタイムコールにより、試合は更に混迷を極める。

 

 

 

   ※

 

 

 

 一方、体育館にて。

 

「いい? 律が事前に調べたデータをもっかい復習!」

 

 試合直前。スマホ律を展開しながら、片岡は全員に一度確認をとる。

 頷いたのを確認して、律は解説を始めた。

 

『はい♪ まず主力メンバーですが、二年生の大熊猫(おぐね)さんを除き、三年の久万沢(くまさわ)さん、鷲ノ眼(わしのめ)さん、寅川(とらかわ)さん、そしてエースの獅堂(しどう)さんの五人となっています♪』

(くま)(わし)(とら)獅子(しし)……、動物園みたいね」

「あ、あと字的にパンダもー」倉橋の一言により、より速水の感想が強調される。

「っていうか、身長の時点で勝てる気がしないんですけどー」

「あら、その分小回りが利くんじゃない?」

 

 相対する女子バスケ部の面々は、いずれも高身長に堂々とした出で立ちをしていた。

 

「……あれ? 獅堂って、ショートの子だよね。居なくない?」

『あ、はい♪ 女子バスケ部の獅堂さんは、双子のようです。片方はエースで、片方はマネージャーなご様子』

 

 ほぇーと茅野。バスケ部の面々を見回した後、ベンチ側の方に視線を振る。

 いつか見たその女生徒。眼を合わせるまでは普通だった茅野。

 

 

 

 

 だが、両者の視線が交錯した瞬間、お互いに謎の電流走る。

 

 

 

 

「か、茅野さん……?」

 

 思わず及び腰になる神崎。ゴゴゴゴゴ、とか、ドドドドド、とか、そんな描き文字が見えるようである。

 対するベンチに座っていた獅堂鳴子も立ち上がり、女バスの面々の下に走る。あちらもあちらで、背景に何かオーラのようなものが見えるような、見えないような。

 

「響子、勝つのよ。今日は絶対ッ」

「へ? あ、うん。当たり前だけど……、お姉ちゃんどうしたの?」

 

 ロングヘアの彼女は、姉の突然のプッシュに戸惑うも了承。

 

 何度か頷きつつ、姉は茅野と再び視線を合わせる。

 

「ど、どうしちゃったのかしら茅野さん……」

「なんか凄いやる気みたいね」

 

 変貌した様子に心配そうなあぐりと、これまた汗をかくイリーナ。手には本を用意して明らかに暇つぶしを考えているように見えたが、だがこの場の謎の空気に、ちょっと興味が湧いているようだ。

 

 一歩前に足を踏み出す二人。

 チームが並ぶよりも先に、どうしてかお互いが顔を合わせて対面。

 

「……修学旅行の時、電車で少し見た顔ね」

「……そっちこそ、()たちがちょっと世話になったみたいだよね」

 

 渚、という呼び捨てに、獅堂の眉毛がぴくりと動く。

 

「……まあ良いわ。今日はコテンパンにしてあげるから、精々良い試合になるよう頑張りなさいよ」

「……そっちこそ、簡単には負けないからね」

(((((何だろう、この状況)))))

 

 お互いのチームリーダーを差し置いて、一般プレイヤーとマネージャーが眼を飛ばしあう謎の空間に、会場全体疑問符が尽きない。

 

 それでもお互いに手を出し、握手をしながら笑顔で睨みが続くと言うこの状況。見下ろし見上げているような背丈であっても、そこにお互いの力の差は存在しないように見える。

 

 何の力かという話かもしれないが、背中からオーラのようなものが出ていれば、丁度ライオンと巨大プリンとが見えるかもしれない。

 戦いになるのかツッコんではいけない。

 

 握手を離して、お互いのチームへ戻る二人。

 茅野は当然、質問攻めされる。

 

「あれ茅野ちゃん、知り合い?」

「違うよ。話したのもさっきが最初ー」

「えー? でもー、その割になんかー……」

「し、修学旅こ――ッ」

 

 さ、と猛烈な速度で奥田の口を塞ぐ茅野。にっこり笑っているが、なんだか怖い。

 

「ふふふ……、みんな、勝とうね」

 

 サムズアップをして不敵に笑う彼女に、3-E女子面々は謎の衝撃を受ける。

 

「この茅野あかりには、やると言ったらやる………『スゴ味』があるッ!」

 

 不破の感想が、ある意味では適確なほどに、いつも以上にテンションがおかしい茅野。

 そして開始される女子バスケット。試合模様は、事前作戦も踏まえてなかなか好調である。

 

「イケメグ、パス!」

「中村さん、イケメグ言わないで!?」

 

『――おおっと、3-Eどんどん追い上げていってるー!? このまま一気に、行ったー!』

 

 こちらでも先制先取はE組。

 ゴールから落ちたボールを手に取り、投げる女バス部員。受け取った獅堂妹が走る走る。

 

「速水さん、大周り!」

「了解」

「け、結構上手いじゃん!」

 

 不破の指示を受けて、大周りにディフェンスへと動く速水。側近で近づいてこなかった分、反応が送れてボールを取りこぼした。

 そのまま岡野にパスが回ると、獅堂が稼いだ距離をぐいぐい追い上げていく。

 

 そのまま再び片岡にパスが回る。

 が、ロングシュートの手間には大熊猫を中心としたディフェンス陣が、壁のように並ぶ。身長的には同じ位である分、伸ばした手はシュートの軌道をそらすが――。

 

 

 そこで、誰しも想像しなかった光景が起こる。

 茅野あかりである。誰にも気付かれず、守備の位置から疾走。そのままの勢いで、ゴールコースから逸れるボールを、二段ジャンプとしか形容しようのない飛びあがりでキャッチし――。

 

 

「うりゃー!」

『――だ、ダンク!? うっそ、あの身長で!!』

 

 

 アナウンスがもはやアナウンスにならないほど衝撃を受けていた。

 これにはE組だとか関係なく、会場が大盛り上がり。スーパープレーとしか言いようがない。

 

 相手のベンチで、獅堂でさえ「へぇ」と関心した表情である。

 

「すごいよ! 茅野っち何あれ!」

「か、茅野ちゃん大丈夫? そんなパワフルにやっちゃって……」

「だ、だ、だいじょうぶー! さー、片岡さん勝つよ!」

 

 握った拳を付き上げる彼女。どうしてか妙にやる気の彼女に引っ張られる形で、3-E女子組は拳を付き上げた。

 

 

 




今話まとめ:

別件の仕事でいない烏間先生
男子を中心にサポート回ってる律
制御されてるからちょっとだけ顔出しできたイトナ
何故かお茶目さを忘れない理事長

 女 の 斗 い

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