イトナ編をやったほぼ直後に終了後のイトナが出てくると言うね;
感覚的には、ハヤテのラジカルドリーマーズみたいなもんです。ここまで話を続けられるといいなぁ・・・(白目)
椚ヶ丘中学3-Eに、新たな仲間が増えた。
堀部イトナ。渚たち3-Eの手によって、「触手」の呪縛から解放された少年。
解放されたとは言っても、それで全てが丸く収まるわけにもいかない。未だにイトナは、防衛省の研究班にて、定期的に「改造痕」の様子を確認されている。
だが、本人はそんなこと大して気にはしていないらしい。
改造した本人に対して思う所はあるだろうが、恨んでいるというわけでもなく。
「あれ、何作ってるのイトナ君?」
放課後。後ろの入り口から出ようとしてた渚は、座席にて寺坂グループ新顔たる彼が、なにやらせかせかと机の上で工作をしていることに気づいた。
棒キャンディーを咥えながら、彼は渚を一瞥。
「見た通りだ。ラジコン戦車。危ないからあんま触るな」
イライラしてやった、とイトナは断言する。
堂々と目を見て言うその姿勢は、渚より低い身長であっても、威圧感を覚える。
触手が抜けて多少はとっつきやすくなったと思ったら、未だにこれである。
おそらく地なのだろう考えて、渚は深くそこを考えたりはしなかった。
「昨日一日勉強漬けにされて、ストレス溜まった。腹が立ったから、
そして血走った目は、やっぱり冗談に聞こえない。
余程昨日、ナイフを振り回していたのを片手間にあしらわれながらテストをさせられたのが堪えたらしい。
リモコン装置と思われるトリガーに基盤をネジ止めし、液晶パネルの接続を確認しながら、彼は言った。
「そこのでっかい馬鹿が馬鹿面で俺に言った」
「あぁ!?」寺坂である。
「百万回失敗してもいい。一発でも成功させたら俺達の勝ちだって」
それは寺坂に限らず、渚たちが共有している一つの認識だ。
いくらころせんせーが、生徒の猛攻を何度防ごうとも。「リゾート地」の時のように困難な状況であったところで、一発成功させてしまえば生徒の勝ちなのだ。
だからこそ同時に、立ちはだかるかの担任の背中が巨大なものに見えてくるわけだが。
「相手にとって不足はない。だから、
「そっか……」
僅かにほっとした表情の渚。だが、その横で杉野が目を剥く。いや、渚もほっとした表情の後、思わず見入ってしまうくらいに、イトナの工作は「工作」ではなかった。
「なんかスゲー、ハイテクだぞ!?」
ラジコン戦車と言っても、もはやそれは市販で売られている完成品などでは断じてない。
脚はキャタピラではなく四輪駆動、ボディは板金ベースを裏側に組み込み強度強化。
何より電子回路の制御機構を、半田ごてを使って目の前で調整しているくらいだ。
「すごいなイトナ。自分で考えて改造してるのか?」
「基本は親父の工場の方で覚えた。小さい頃から見てるから、こんなの寺坂でなきゃ誰だって出来るようになる」
磯貝の言葉を受けて、さらっと寺坂をディスるあたり、やはり元から良い根性しているらしかった。
(イトナ君……、何というか、触手を持っていた頃と全然違う! 毒舌は全然変わらないけど)
メモを取り出し、イトナの変貌について記述する渚。
理由について色々あるが、「触手?」と書いているのがこの場合、地味に正解ではある。無論本人はそのことに気付いていないのだが。
下方のボディーにカバーを被せ、上体の基盤を接続しネジ止め。
上部からカバーを更に被せ、首の部分のベヤリングがきちんと稼動していることを確認。
「クリアランスは問題なし、と」
少し路面空けろ、と命令調に言うイトナ。
かちんと来るよりも、興味が勝るE組男子。まあ、こういうメカは幾つになっても男の子のビッグドリームだ。
今の律は、もはやビッグドリームとかとはちょっと違う。
「~♪」
口笛を吹く男の子ハードのそれは、もはやアンドロイドだの云々以前に、完全に男子生徒の一人として溶け込んでいた。
いや、正確には彼女のジェンダーは男、女ではなく「律」だというだけなのだが。
(触手が俺に聞いてきた。”どうなりたいか”ということを)
ラジコンを操作しながら、イトナは思い返していた。
己が触手を受けてからの日々と、今の3-Eでの生活とを。
(「強くなりたい」。理不尽にさらされても決して折れない。立ち向かい、絶対に勝利する)
(敗者として奪われる事のない、絶対的な強さが)
(時に誰かに手を差し伸べられる、勇気のある強さが欲しいと)
「カメラも……、ちゃんと電池から供給されてるか」
(願ったそれに頭が被い尽くされ、ただ朦朧と、勝つこと中心にしか頭が回らなくなっていた)
渚の足元を掻い潜り、壁の端から直角にその場で回転。
前進しUターンするような形で帰って来ると、その進路の先には手作りのターゲット空き缶が(描かれている絵はころせんせーらしい)。
(「最初は細い糸でもいい。徐々に紡いで強くなれ」)
(どうして忘れてたのかな。俺のルーツを。親父がくれた名前を)
三村、木村の村コンビが息をのみ見守る中、戦車の砲撃はずれなくころせんせーの眉間に!
「すげぇ……。走って撃ってる時も、ほとんど音しない」
「これならレッド先生の言ってた『動く砲台』とも言えるか。使えそうだな……」
感心する生徒たちに、イトナの解説が続く。
「電子制御を多様することで、ギアの駆動音を最小限に押さえてる。咥えてガン・カメラはスマホのを流用して、照準調整と一緒にコントローラーに映像を送る。
ネックは電力に関してだけど、今の所はタブレット端末一台分の稼動くらいで済んでる」
「新しい方式がないと、なかなか電力は下がらないからねー♪」
男律が楽しそうに背後で呟く中、やはりちゃこちゃこ目の前で組み上げられたマシンが動く光景というのは、更に男子生徒が集ってきている時点で面白さ明白である。
スパイっぽい、とは前原の評。
「……あと、お前等にもう一つ教えておいてやる。俺がここに居る以上あって損のないことを」
「あん?」
立ち上がると、イトナは戦車砲身の角度を上げる。
目の前には、渚。
「狙うべき理想の一点。……シロから多少、あいつのことは聞いた。
元々俺みたいに『外部』に装置を置いているのと違って、奴と、俺に殺させようとしていた生物兵器とには『内部』に制御機構がある関係上、ある共通した弱点があるらしい」
「弱点?」
ここだ、と言うと同時に、戦車から弾丸が発射される。
速度調整も出来るのか、その威力は渚が軽く手で捕まえられるほど。
そして捕まえたその場所こそが、イトナの指し示す「ころせんせー」の弱点。
「『暗殺教室』としては使えないかもしれないが、そこだ」
「……心臓」
掴んだ左手をそのまま裏がして胸に当て、渚は確認のように繰り返す。
「奴の心臓は、普通の心臓じゃない。特殊弾でダメージを受けるごとに『能力が落ちる』のも、『半日ほどかけないと回復しない』のも、この心臓が特殊なものだからだ。
そしてここの付近……、たぶん胸の地肌あたりに攻撃を当てれば数秒の間、奴の動きを完全に封じることが出来るかもしれない」
「「「「「……!」」」」」
齎された情報の意味は、絶大だ。絶大という一言で言い表せないほどに絶大である。
暗殺教室において、難攻不落の怪物教師たるころせんせー。
その弱点――今まで渚たちが見知ってきたそれらと大きく違い、致命傷になりかねない重大さを孕んでいる。
「……わかった。ありがとうイトナ。
よし皆、気を引き締めていこう!」
磯貝のハンズアップに、一斉に堪える男子組。
こういった仲の良さは、リーダーたる彼の人徳や、夏休みの大きなイベントを乗り越えたためか。
「弱点については律、女子組にも後で回しといてくれ」
「了解したでありんす、おやびん♪」
「だから方向性がわかんないっての」
岡島の突っ込みに、てやんでぃ、と鼻先で風呂敷きを結んだ男律は、からっとして笑っていた。
※
廊下に出したラジコン戦車を、直線的に走らせる3-E、というイトナ。
元々校舎が一階しかない分、3-Eのある旧校舎はかなり簡単な構成をしている。
トイレだけ何故か改修されていたりするが、それ以外はシンプルな土の字型のまま。特別教室は理科室など一部を除き、倉庫から運び出したものを教室で展開して使う形。となっている。
そして職員室の扉が開き、副担任の彼女が走って出たのを確認してから、戦車はその半開きの方へと前進。
「……あれ、ころせんせー居ないな?」
「ひょっとして、会議室? 雪村先生、なんか資料持って行ったし」
よく見れば、烏間の姿も見えない(座席の配置上、扉の一番手前が東西で烏間とイリーナ、奥にころせんせーとあぐりとなっている)。職員全員で集って、何を話しているというのだろうか。
「しゃーねぇな。ま、試運転がてら、そこら辺ちょっと偵察しようぜ?」
だがこの岡島の提案こそが、今回の戦車プロジェクトの方針を、根底から一変させる。
職員室を抜けて走行中。教室へ帰るルートにさしかかる直前のことだ。
『校庭まで競争ね!』『よーい、ドン!』
「おっと、踏み潰され――」
吉田の一言で車輪の前進を停止させたイトナだが、次の瞬間である。
カメラが捉えた映像は――脚。
脚という脚。
見知った脚、ぱっと見て覚えのない脚。筋肉質な脚。ちょっと機械の駆動音が聞こえる脚。モデルのように妙にすらっとした脚などなど。
そして頭上(カメラの上)で揺れるひらひらとした布地が、言わずとも男子生徒たちの大半の心を釘漬けにし、がっしりとホールドした。
「見え……、たか?」
神妙な顔をして確認をするのは岡島。
「いや……、クソ、カメラが追い付いていない。視野が狭すぎるんだ!」
苦悶に満ちた表情で分析を展開するは前原。
「カメラをもっと大きく高性能にしたらどうよ?」
「重量が嵩んで機動力が落ちる。根本的な解決にはならない」
「なら、魚眼レンズにしたらどうだろうか。送られた画像を専用ソフトに通して歪みを調整すれば、小さいレンズでも広い視野を確保できる」
村松の進言に、竹林が更に考察を交えて指摘を加える。
(こ、これは……)
「……わかった。視野角が大きい小型魚眼レンズ。この命に代えても調達する」
――カメラ整備:岡島大河
「じゃあ、歪み補正のプログラムは僕が組もう。ショータイムだ♪」
――画像補正プログラミング:小野津 律也(自律思考固定砲台)
録画機能も必要だな、とか、効率的に分析するには、などなど途端に戦車の改良に躍起になる男子生徒たちに渚は思わず冷や汗。
(下着ドロにはあんなにドン引きしてたくせに……)
「ダブスタなもんだよ、こーゆーのはさ」
カルマの耳打ちもまた、渚の微妙な表情に追い討ちをかける。
かくして、教室へ帰還してきた戦車のトライアンドエラーが行われる。
再度出撃、そして転倒。
「足回りの復帰をさせてくる」
――高機動復元士:木村正義
「段差に強い構造が、そもそも必要なんじゃないだろうか」
――参謀:竹林孝太郎
「駆動系や金属加工なら、シャーシとかの原理を持って来れるな」
――駆動系設計補助:吉田大成
車体の色がカーキだと目立つという指摘に、
「……引き受けた。学校の景色に紛れる迷彩。あるよ」
――偽装効果担当:菅谷創介
「ラジコンと人間とじゃ段差とかの幅が大きく違うし、最適経路の準備が必要だな」
――ロードマップ製作:前原陽斗
「もうしばらく掛かるだろ。校庭で栽培してあるゴーヤ使って何か作ってやらァ」
――食糧補給班:村松拓哉
(……無愛想な性格のイトナ君がクラスに馴染めるか心配だったけど)
(エロと殺しとモノ作り。男子のツボをがっしり押さえているじゃないか!)
「こんだけ皆で改良に参加してんだ。もうプロジェクトだな」
「さしずめ”プロジェクト
「rett på mål! 竹林君、適確だね♪」
「何言ってるかわかんないって律。……そうだイトナ。せっかくだから機体に名前とかも付けようぜ? せっかく1大プロジェクトなんだしさ」
(そこまでの規模か……)軽く白目剥いて額を押さえる渚。
「……考えとく」
「あバカ! 慎重に動かさないとまた転ぶぞ」
「俺がやる、貸せや!」
「「「「「寺坂が一番慎重にやれ!」」」」」
「何だよ俺の扱い!」
(別に、一人で抱え込まなくても良かったんだよな)
徐々に、徐々に折り重なって行く。それはまるで、糸が布になるように。
(……最初から、俺もここから始めれば良かったのかな)
ふっと、気が付くと。頭をいじられたり肩を引っ張られたりとしているイトナ。
そんなもみくちゃにされている光景が、我ながら不思議と楽しくて、思わず頬が緩む。
そんな彼の様子を、渚はどこか安心したように見ていた。
※
テイク5。
「……まさかイタチが出てくるとは」
意気消沈する”プロジェクトE”の面々含めたクラス男子ほぼ一同。
チーム戦のように一丸となって(?)挑み続けたトライアンドエラーは、まさか、まさかの野生動物に襲われ、物理的に再起不能となるというオチが待っていた。
「もうちょっとで、せめて雪村先生のは見れそうだったんだけどなぁ……」
「ビッチ先生は距離的に微妙だったし」
「っていうか、何なんだ? アレ。絶対気付かれてなかったと思うけど、ころせんせーの位置取りが絶妙だったというか、それで時間稼がれたというか」
「ともかく、次からはドライバーとガンナー、分担した方がいいな……。頼むぜ、千葉」
「……お、おう? 後で凛香が怖そうなんだけど」
「頼む、我等E組男子に最後の希望を……!」
「……まあ、別にいいか。ほどほどにならな」
――搭載砲手:千葉龍之介
「開発には失敗が付き物」
テンションの落ちる面々を前に、しかし開発者たるイトナはめげない。
キャップを空けて破損したカバーの裏側に、マジックで「糸成I」と記入した。
「1号は失敗作だ。でも、ここから紡いで強くする。いつか、もっと強靭に編めるように」
百万回失敗してもいい。最後には必ず勝つ。
「……よろしく頼むぞ、お前等」
「おうよ」
答えた前原の言葉が、この場全員のそれを代弁している。
今日の僅かな時間だけではったが、イトナとみんなが共有したそれは、今までのブランクを埋めるのに、かなり大きな影響を持っていたと言っても過言ではないかもしれない。
(……「闘志」が結ぶ、皆との絆か)
「事件録」のメモ帳を開き、さらさらと今日の出来事についておさらい記述をする渚。
文末の部分は、また楽しくなりそうだ、と締めた。
だが、ある意味ここまでが
「よっしゃー! 三月までにコイツで全員のスカートの中を、潜入調査だー!」
思わずハイテンションに叫ぶ岡島の声に、
「――ほう、岡島君ちょっと詳しく聞かせてもらっていい?」
冷ややかな片岡の声が重ねられるわけである。
ぎぎぎ、とロボットのように振り返れば、片岡、矢田、中村、岡野などを筆頭とした女子面々。
そしてその場には、男律と同様にニコニコする律の姿が。
「……あ、あれ? ひょっとして――」
「はい♪ 情報共有は平等にです♪」
つまるところ、彼女(彼)は二重スパイ(?)のごとき存在だったわけで。
ポケットに手を突っ込み、さっと立ち上がるイトナ。(・3・)みたいな表情をしながら、そそくさとその場を離れようとする。
が、そんなものを逃しはしない生徒が一人。
丸い縄投げの要領で、彼の胴体を拘束し、ぐい、とその見た目の華奢さから想像し辛い力強さで引っぱる。
ぐて、と倒された彼は、原と狭間とが阿吽像のように待機する、机と机の間のスペースへ。
「岡島ァ! アンタ、又なにやってるわけ!」
「イトナ君もイトナ君よ!」
「寺坂くん、流石にちょっと……」
「リアルエ○戦車とか、ちょっとないわー」
「不破さん、その割に楽しそうだね……」
他にも女生徒から、男子生徒(主にプロジェクトE)へと、怒りを露にしたり一言入れたりといった事案、大量発生。なおそんな中「龍之介こっち」「ちょッ!」と腕を掴んで、掴まれて教室の外に出て行く二人が居たりもしたが、それはさておき。
逃げ出そうとする生徒に関しては、「ある生徒」が積極的に、投げ縄(カウボーイとかがやりそうなアレ)を用いて拘束し、引き寄せ、説教から逃げられなくする状態だ。
「カルマ君はあんまり興味ないと思ってるけど……」
「実際、渚君同様参加はしてなかったしねー? でも……、なんであんなに燃えてるんだろう、茅野ちゃん」
そう、茅野である。茅野あかりである。
ころせんせーから貰ったのか、修学旅行の際に使われた「タコせんせーロープ」を巻き、両手に持ってブンブンブンブン振り回していた。
その動作が怖すぎて、片岡と岡島の間に入って仲裁ができなさそうな渚。
まあ、結果が残ってないためそこまで強くは責めていないので問題はないかもしれないが。
――びゅん、びゅんッ!
もっとも、その場からじりっと離れようとしていた、寺坂や杉野、渚たち同様ほぼ無関係の磯貝まで捕獲している茅野だけは、何か、何かが普段と違った。
逆行でメガネの奥の瞳が見えないことも、それに拍車をかけている。
「か、茅野っち? どしたの?」
流石に変なことに気付いた岡野が、思わず彼女に尋ねると。
「雪 村 先 生 の ぱ ん つ 見 よ う と し た の ど い つ ?」
(((((か、完全にホラーだ!?)))))
首をぐりん、と傾け、光のない目で周囲を見まわすそれは、完全にホラーもののサイコ系犯人のそれである。
不意に渚は思い出す。そういえば彼女にとって、雪村先生は「憧れ」なのだと。頼りがいがあって、色々と理想的なまさにお姉さんなのだと。
(でもまさか、ここまで心酔してるレベルだったとは……)
結局、茅野に拘束された男子たちが解放されたのは、しばらくして様子を見に来たあぐりが、彼女を宥めてからだったとか何とか。
※
「まったくー。渚、何で止めなかったの!」
「い、いや……、元々はころせんせーに使う用に作ってたものだったし、イトナ君が馴染めるかそうじゃないかっていう感じだったから」
「だからって、黙認は犯罪なんだから! 法律でもそうなってんだからね! ネット上とかに流されたら回収不能なんだよ!」
(何だろう、具体的でどこか私怨みたいなのを感じる)
帰り道。椚ヶ丘駅に向かいながら、渚は多少落ち着いた茅野を宥めていた。
なにせ雪村先生からの直のお願いである。茅野のテンションも相まって、断れる雰囲気ではない。
「わかってるの? そういうの、新しい犯罪の温床とかになったりするんだから!
盗撮ゆるすまじ! 慈悲はない!」
「お、岡島君とかは……」
「あっちは何だかんだでヘタレだから、一番やばいデータは残ってないから、まあ、うん」
「そ、そうなんだ……」
言いながらも律儀にメモをとる渚。何もこんな情報まで拾わなくとも、と言っていた茅野自身、思わなくもない。
『まーま、茅野さん。落ち着いてください♪』
「律……」
『暗殺バドミントン中に撮影されそうになった際、一応は撮られてなかったと思いますし、ここは一つ、三村さんのエアギターのムービーでも♪』
「うわぁ……」
噂で聞いた事はあったが、実際映像としては初めて見た二人は、思わず言葉を失った。
「九人の男性アイドルボーカルが歌うセンセーションズ」なJポップに合わせて、ぴょんぴょん跳ねる三村。
「って、こんなのいつ撮影したのさ、律」
『ころせんせーから以前、提供されました♪』
「まず、ころせんせーが何時撮影したのかっていう謎だよね」
「そいうえばこの間、不破さんが設置してた『最強ジャンプ』のトラップも、動かされた形跡なかったのに、しれっと全部読み終わってたし」
二人と一台は、揃って疑問符を浮かべた。
ますます謎が深まるころせんせー。「強化改造された人間」であること、暗殺教室の条件であるダメージを13回喰らうと身体能力が一般人並に落ちる事、それらが「特殊な心臓」に由来することが今日新に分かったものの。
依然として頑なに、本人はそのバックボーンを語ろうとしない。
「……そう考えると、烏間先生が元防衛省だっていうのはわかるとして、雪村先生がころせんせーのこと、色々サポートしてるのも怪しいかな」
「どゆこと?」
「だってサポートできるってことはさ――」
渚の言わんとしていることを、流石に茅野も理解する。
つまるところ――雪村あぐりは、生徒たち以上にころせんせーの背景に深く関わっているのではないか。
そうでなければ、あの「付き合ってるんじゃないか」という程の距離感の近さに、説明が付かない。
「結局
「……流石に先生の個人資産とかじゃないよね」
「野球選手と知り合いなわけだし、最近テレビとかにも出てくる『タコせんせー』の版権も半分持ってるみたいだし、他にもお金稼いでるかもね……」
とは言っても、明確な回答がそこで現れるわけでもない。
そんな話をしているタイミングで、渚たちの方にサッカーボールが飛んできた。
「あっ」と茅野が口を開くよりも先に、渚はボールの位置を把握。
彼の方が、ボールの飛んできた公園には近い位置だからだ。
どうやら、PKでボールのフリースローの時、後ろにやった瞬間に手から抜けてしまったらしい。
自分の背後に茅野がいるという状況であったためか、渚のクラッチはことさら早く繋がり、勢い良く普段の単なる小動物さを「振りきった」。
脳裏に過ぎるのは、前原と岡野の二人。加えて前に千葉に聞いた一言。
狙撃の際の空気抵抗や、方向性のぶれについての知識がめぐる。
その状態で前原の動きを参考にしつつ、頭に飛んで来たボールの角度を調整し、上部へ。
高く上がったボールを、一歩下がって脚を中段に構え、岡野の蹴りのように、一撃!
脚の動きほど鋭くない返球となったが、これは狙い通り。
ボールを投げようとしていた小学生の足元に、渚の一撃は、ぽん、ぽん、といった具合の弱さで着地した。
「あ、ごめんなさい! ありがとうございます!」
「うん、気を付けてね! あとボールは確か、頭の後ろにやってから投げると飛ぶよ!」
さり気なく以前烏間から言われたアドバイスも交え、渚たちは公園の前を去る。
公園から見えなくなる位置まで来て、渚は、思わず蹲った。
慌てて茅野が、彼の頭を撫でる。
「な、渚、大丈夫……?」
「痛た……。頭、鍛えようがないよ」
ほぼ完璧に前原のモーションをトレースしたところで、肉体その他のスペックまでもが追いついているわけではない。
見た目通りに強度は強くないため、擦る茅野の手には、たんこぶの感触があった。
「あー膨らんじゃってるじゃん……。無茶しちゃ駄目だよ、渚」
「い、いや、まあ……、うん」
「でもありがと。たぶん、私庇ったんだよね」
よいしょよいしょとバッグの中から保冷剤(!)を取り出し、渚に手渡す。
「たまーに渚、さっきみたいに『別人みたいな』動きをする時あるけど、こーゆーの見るとやっぱ渚は渚だよねー」
「まあ一発芸みたいなものだからね……。カルマ君とかみたいな、純粋なスペックは不足してるし」
「ロヴロさんの猫騙しとかも出来る渚がよく言う……」
「いや、だって殴り合いしたら、きっと勝てないし……」
「私の今日やってたロープとかだって、またメモしてたし。そのうち出来るようになるんじゃないの?」
「それでも、結局本人には勝てないからさ」
「う~ん……、謙遜じゃないのかもしれないけど、嫌味に聞こえることもあるからね、渚それ」
「へ? あ、うん。わかった」
頷く渚だが、この部分を理解しているかどうかは未だ微妙だ。
自覚していないようなので、改めて茅野は言う。
「ころせんせーにも前に話したことあるけどさ。渚のその、コピー? みたいなの。練習とかもしてるんだろうけど、才能か何かの一種だと思うよ?」
「へ? そ、そうかな……」
「……あと、その女の子っぽいところとかも」
「それ才能とか言わないよ絶対!」
素直に可愛らしく照れた直後、恥ずかしがって絶叫を入れるあたりはいつもの流れだ。
「ま、そこんとこ気を付けた方がトラブル少なく生活できるんじゃないかなーと、
「あはは……。うん、気を付けるよ茅野」
「……やっぱ速水さんみたいに上手くはいかないか」
「?」
『茅野さん、トライアンドエラーです♪』
律の言ってる言葉がわからない渚と、ちょっとだけ残念そうな茅野。
それに気付かず、渚はふとさっきのボールのことを思い出した。
「……あれ、そういえばワールドカップって、どうなってたっけ?」
「にゃ? あー、そういえば日本代表がどうのこうのって、この間言ってたよねー」
「あの子達、なんかユニフォーム着てたのそのせいか……」
『ころせんせーが、今からどのタイミングで決勝戦の観戦になるかなど、パソコンで試算をしていました♪』
「「一体何を基準にした計算式!?」」
思わずツッコむ二人だが、まさか「以前にも」同様の時系列の動きがあったため、それを参考に違う箇所を諸条件鑑みて調整してるとか、そんなぶっ飛んだ発想は出て来ない。
「あはは。……まあ、渚、立てる?」
「あ、うん。もうちょっと」
たんこぶを保冷剤で冷やしつつ、渚は手を差し伸べてきた茅野に笑う。
「あんまり痛むようだったら、病院連れてこっか?」
「そ、そこまでじゃないと思うけど――」
そして、茅野が近寄り前かがみになった、次の瞬間。
何がどうしてそういった作用が働いたのか定かではないが、不意に、彼女の背後から風が吹いて来た。
位置関係をおさらいしよう。
立ちながら渚の顔を覗きこむ茅野と、片足を立てて座りながら頭のたんこぶに手をやる渚。
現状の位置関係で、茅野の背後から風が吹けば何が起こるか。
加えて、一瞬彼女はそのことに気付かず。
「ほぇ?」
変な感嘆詞を上げる茅野と、表情が困惑気味なそれに固定された渚。
だが、その相手の顔がどんどん真っ赤に染まっていくのを見れば、流石に彼女にもわかる訳で。
「か、か、か、茅野? あ、あの……」
思わずスカートを押さえ、渚以上に顔を真っ赤にする茅野。そして勢い余って。
「
「うわー!」
「って、きゃ!? 渚、大丈夫ー!!」
思わず反射的に回し蹴りをクリティカルヒットさせてしまい、伸びた渚の対処に困ったりもした。
さらっと新情報を紛れ込んでいたり・・・ 一応ほのめかす程度ですが;