死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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書いてたら寝落ちした・・・ 体調不良いくない;


第20話:勝利の時間

 

 

 

――6月15日 二人目の転校生を投入。

――WRIより推薦の、”C”に対する満を持しての本命である。

 

――事前の打ち合わせは不要。介添人の意向に従うべし。

 

 

「ヌルフ。国際研究機関からですか……」

「!?」

 

 ガタッ、と背後を振り返る烏間。防衛省の機密情報が入ったタブレット。そこで受け取った最重要メールを展開し読んでいたところ、当たり前のように吉良八の声が聞こえたのだから、そりゃびっくりもする。

 

 夕暮れの職員室、人影は彼一人だったはず。

 イリーナは早々に帰り、あぐりは会議室でテストの採点中。ころせんせーもコンビニに駄菓子を買いに行ったと思った矢先これである。

 

 勢い余って肘打ちを顔面に叩きこもうというモーションとなっていたが、それをころせんせーは軽く受け流した。

 

「こっちがびっくりしましたよ。東郷さんじゃないんですから」

「誰だ?」

「知り合いです。まあそれは良いとして」

  

 律さんに続き、正式な防衛省からの依頼ですか、ところせんせー。

 

「……言っておくが、我々のセクションからではない。もっと上の方だ」

「当たり前です、誰が顧問してると思ってるんですか。……いやしかし『6月』で『転校生』ですが……」

「どうした?」

「少々、嫌な思い出がありまして。あと、なんとなく顔を合わせたくない相手と鉢合わせそうな予感が……」

 

 訳が分からんとばかりに肩を竦める烏間。

 画面に表示されたそれに、「了解」と返信を返す。

 

「そしてその確認メールを、私ではなく烏間さんに直に渡すあたり、軽くしょんぼりです……」

「一応、お前は外部の人間だからな。……まあ、それなりに悪意もあるだろうが」

 

 やれやれとばかりに頭を左右に振る烏間に、ころせんせーは「タコせんせーハンカチ」を取り出して、目元をぽんぽんと叩いて涙を拭っていた。

 

 

 

   ※

  

 

 

 来る6月15日。

 雨。

 

「ころせんせー、そのタオル……」

「例によって湿気です。さて、おはようございます皆さん。烏間先生から転校生が来る事は、連絡が回ってるかと思います」

「あー、うん……。ぶっちゃけ、今度は何?」

「暗殺ビッチにバーチャル美少女砲台と来て……」

 

 廊下から「誰が暗殺ビッチよ!」という叫び声と「まあまあ」と後ろから押さえる女性二名の声が聞こえたがさておき。

 

「仲良くできるといーよねー、木村ちゃん」

「え!? あ、うん、そうだね」

「流れから行くと、次は宇宙人か」

「いや、魔界からの刺客かも知れないわ! 脳みそを噛むような! 脳 み そ を 噛 む よ う な !」

「不破さん、それ以上いけない!」「その手のパペットは何!?」

「渚たち、律儀にツッコむよなぁ」

「不破ちゃん、よくあの距離から竹林ちゃんに叫ぶよねー」

「譲れない戦いがそこにある」竹林の静かな一言に、ちんぷんかんぷんな顔をする木村。

 

「まあともかく。実は先生もそこまで詳しくは聞かされてませんが、今日来る彼はカテゴリー上、一応殺し屋ということのようです」

「ストレートにいったな!」

 

 前原のツッコミが的を射る。イリーナに関しては偽装あり、律はそもそも固定砲台でもメインは人工知能。

 それに引き換え、殺し屋のクラスメイトという字面はぱっと見て、酷くシンプルなものであった。

 

「いずれにせよ、皆さんに仲間が増えることは、学園的にはともかく嬉しい事です。

 仲良くしてあげましょう」

 

 舌打ちを打つ音など教室の後方からちらほらあったりもするが、概ね教室の声はころせんせーのそれに答えていた。

 

「あ、そうだころせんせー」

「何ですか、渚君」

「律の時は、アドバイザーとか審判で対応したけれど、今度の転校生はどうするの?」

 

 メモ帳を取り出して確認を取る渚。確かに律程ではないだろうが、本職ともなれば彼の加入は「ころせんせー」不利に傾く。

 だが、彼は当たり前のように微笑んだ。

 

「『暗殺教室』に関しては、今日来る彼も一応は含めて行います」

 

 どうやら彼の中で、転校生の扱いはイリーナと同じか、それ以下というレベルであるようだ。

 と、原が振り返り律に話を聞く。

 

「お律っちゃん、何か聞いてないの? 同じ転校生として」

「残念ながら。ただ、一つだけ聞いています。元々その転校生は、私とほぼ同じ時期に転校してくる予定だったと」

「へぇ」

 

 その言葉に人知れず、ほんの少し顔を顰めるころせんせー。

 と、あぐりが扉を引きながら、ちょっと乱れた髪を手直ししつつ入って来た。

 

「おやおや。イリーナ先生相手にご苦労様です」

「あはは……。みんな、おはよう」

「「「「「おはようございます」」」」」

 

 生徒たちの挨拶も程ほどに、ころせんせーの方に小走りで駆け寄るあぐり。

 

「吉良八先生、タオルもうぐしょぐしょになってますよ、ほら……」

(((((一体全体どんな髪型してんだよ、それ!)))))

 

 アフロのように膨張する膨らみ方をする髪型は、明らかに質量保存の法則とか無視しまくってる。

 

 ころせんせーの頭のタオルをとりながら、さっと自分のジャケットの懐から別なタオルを取り出すあぐり。

 対するころせんせーはと言えば、それをやられながらアカデミックドレスの内側から取り出した櫛やらブラシやら何やら小道具を駆使して、彼女の髪をいじる、いじる。

 

「(何だこの光景)」

「(お互いでお互いの世話してるよ)」

(ころせんせー的には手入れかな)

 

 絵面があまりにシュールすぎるところだが、実際のところいちゃついているだけである。

 それを見て、思わず茅野が一言。

 

「ころせんせーたちってさ。前から思ってたけど付きあってるの?」

「にゃ?」「ニュル? いえ、今の所そういう話はありませんねぇ」

(((((説得力ねーよ!)))))

「付きあってないとは言うけど、絶対友達以上何とやらって奴でしょ」

「ニュ?」

「そんなアツアツなの見せつけられて、ネタにするに決まってんじゃん!」

「お、俺はノーコメントかなぁ」磯貝の一言に片岡も似たような笑い。

「っていうか、あんなだらしない顔を間近で見せ付けられ続けたら、普通だったらぶん殴ってる」

「速水さん、意見が容赦ない……」

「雪村先生もー、ころせんせーとの距離感は近いんじゃないかなー?」

「そうよね。っていうか普通、髪まで触らせないでしょ、憎からず思っても居ない相手に」

「マジで!?」岡島の絶叫に前原が訳知り顔で頷く。

 

「あ、あの、みんな……?」

「あ! 雪村先生、さり気なく背中触ってる!」

「後ろに回るんだから、触るよ! っていうより、どうしたのみんな!?」

 

 段々と教室の空気がおかしな方向に振れはじめたのを、あぐりは察してころせんせーの背中へ回る。

 対するころせんせーはと言えば、例によって不気味な笑いをヌルフフフと上げながら、さてどうしたものかと思案していた。

 

「いやはや、本当仲が良いですよねぇ」

「はい♪ 私が転校してきてから、ころせんせーたちの接触回数は実に生徒たちのそれの三倍! もう事実はあったことにしても良いのでは?」

「風表被害はきんし!」茅野、スタンドアップ。

「渚、俺こういう空気、どしたらいいかわかんねー」

「杉野、えっと……」

 

 渚も渚で同様に、微妙な表情だ。こういうのには慣れてない。

 

 だが、皆が皆、場の空気に飲まれていて一瞬、その違和感に気付かなかった。

 ぐりん、と振り返り、彼等の視線は教室の入り口の方へ。

 

「ん、どうしましたか?」

「「「「「って、アンタ誰!?」」」」」

 

 実際のところは生徒たちの話の途中の時点で、既に教室に足を踏み入れ、「いやはや、本当仲が~」なる台詞を口走った男。

 身長は高い。3-Eの彼等より、烏間やころせんせーに近い。

 

 だが、目を見張るのはその格好。全身、白ずくめ。

 和服装備のそれは、明らかに場で浮いており、顔まで覆っている頭巾もまた装着者の素姓を被い隠す。

 

 唐突に手先から、ぽんっ! と鳩を呼び出して、彼はにっと笑った(声音と僅かに見える目元でそう判断できた)。

 

「私は、今日来る転校生の保護者さ。お取り込み中だったようなので、お先に入らせてもらった。

 ……まあ白いし、シロとでも呼んでくれ」

 

「いきなり白装束で、手品やられたらビビるよね」

「うん。ころせんせーでもなければ――」

 

 見れば、確かにころせんせーは微動だに動いていなかった。

 動いてはいなかったが……、シロを名乗る彼を見る目は、どこか、こう。

 

「……ドーモ、初めましてシロさん。ころせんせーです。

 それで、肝心の転校生は?」

 

 どこかこう、普段のそれより獰猛と言うか、威圧的というか。

 わずかにあぐりを背中に庇いながら、彼は頭巾の奥の目を見据える。

 

 あぐりの方は、「あれ、ひょっとして……?」と口が呟いているような、呟いていないような。

 

「ドーモ、ころせんせー。シロです。

 彼は性格とかが特殊な子でねぇ。私が居ないと、コンビニでまともに買物も出来ないようだから、私から直に紹介させてもらおうと思う。

 あ、これお土産の竹羊羹」

「それはどうも」

 

 わずかに口元を緩めつつ、ころせんせーは竹筒に入った羊羹を受け取った。

 もっとも、このやり取りの中で渚は一つ、気付いた事があった。

 

(ころせんせーが……、あの笑いを浮かべてない?)

 

 笑う、というのは例の不気味なヌルフフフである。シロが登場してから、あぐりを背中に庇いつつ、彼はずっと微笑んだまま。だが、微笑んだまま、というだけだ。それ以上の感情表現は、表面上は見て取れない。

 それが指し示す意味とは。

 

 少なくとも油断は出来ないと思い直し、渚は表情を引き締めた。

 

 と、そんなタイミングでシロの視線と渚の視線とが、一瞬交叉する。

 彼は彼で渚の方を見て、それからあぐりを見た。

 

「ほう。ほう……? 嗚呼なるほど、そうなったのか」

「何か?」

「いえいえ。皆良い子そうですねぇ。これなら、あの子の拗らせっぷりでも馴染めそうだ。

 さて、席はあの……? えっと、んん? 電子広告?」

「『律です♪』」

「あ、ああ……。彼女の隣で合ってますよね。

 では、紹介しましょう――」

 

 首肯したころせんせーのそれに応じて、シロは彼の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

「――現れろ、我等がイトナ! 人類最後の希望、I☆TO☆NA!」

「「「「「へ?」」」」」

 

 

 

 

 生徒たちに困惑走る。

 そして次の瞬間、席の真後ろの壁が、粉々に「蹴り砕かれた」。

 

「……俺こそ、勇者」

 

 何を言ってるんだ君は。

 粉々に砕け、自ら作り出したその道を、一歩一歩、悠然と歩き進む。

 

 身長の小さな少年。白い髪に血走った目。首には赤いマフラーを巻いており、手には指貫、腰は冗談みたいに大きなバックル(タイフーンみたいなレンズまで付いている)。

 

 席に座りながら、彼は呟く。

 

「俺は勝った。己の道を遮る教室の壁に。強さとは証明。そして道は己で作り出すもの。

 すなわち英雄。俺こそ勇者。それで良い……、それだけで良い……」

「「「「「ドアから入れ!」」」」」

 

 大変にごもっとも。

 クラス全体は、「なんかまーた面倒臭いの来やがった!!」に固定されていた。

 

「どうです、私の苦労が分かると言うものじゃないでしょうか? 色々な意味(ヽヽヽヽヽ)で。

 ねぇ、ころせんせー」

「……貴方、隠す気実はさらさらないんじゃないですか?」

「さて、何のことやら」

 

 何処吹く風という風に吹かすシロに対して、ころせんせーは軽く頭を抱えていた。

 

「……どうして『ここまで』捩れた」

「……(なんか、『聞いていた』のと大分違うみたいね)」

 

 さらっと耳打ちするあぐりに、彼はどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「堀部イトナだ。名前で呼んであげてください」

 

 では仕事があるのでまた後で。そう言ってシロは、一旦教室から立ち去った。

 

(白ずくめの保護者と話の読めない転校生)

(……今まで以上に一波乱ありそうだ、というかその変なポージング何!?)

 

 モノローグをやるどころではない渚。席に着席しながら初代ライダーっぽいポーズを取るイトナに、突っ込みが追いついていなかった。

 茅野は半ば試合放棄。当初はツッコミにする予定だったらしい不破に至っては、なぜか激写する有様。

 

 注目こそ色々な意味で集めてはいるが、皆一様に一歩引いている。

 

 そんな空気をシャイニングウィザードで粉々にする生徒が、教室の後ろには常に控えているのだが。

 

「ねぇイトナ君。ちょっと気になったんだけどさ。雨降ってるのに、何で君、塗れてないわけ?」

「勇者は風邪を引かない」

 

 説明になっていない。がそれだけ言って充分と考えているのか、無言で立ち上がり、カルマの顔を覗きこむ。

 

「お前は……たぶん、戦闘力で一番強い。このクラスの中で。

 でも安心しろ――人間じゃ『勇者』には勝てない。だから俺はお前と戦わない」

「……!!」

 

 頭に乗せられた手を払うカルマ。珍しくそこには動揺が見え隠れしている。

 

「俺が倒すべきは、俺より強いもの。怪物か、あるいは”勇者”か」

 

 教室の前の方に歩いていき、ころせんせーを見上げるイトナ。

 あぐりも思わず気圧され、ころせんせーから数歩下がる。

 

「この教室では、ころせんせー、アンタがそれだ」

「……勇者の含意が広すぎて反応が難しいですが、さてイトナ君?

 君の言う強い弱いとは、ケンカのことですか? それとも別な何かでしょうか?」

「”勇者”は、何があっても負けない。不条理すら打ち砕く」

 

 確固たる信念を持って放たれる言葉。思春期の子供らしい、ちょっと夢と現実とが混同してるというか、デリケートな自律神経の成長の症状的病気の気はあるものの、総じてころせんせーは確信した。

 

 嗚呼、この子の本質が変わったりした訳ではないのだと。

 

「例えそれが――系譜()を分けた兄であったとしても」

「「「「「!」」」」」

 

 そして続く発言もまた、覚えのある言葉であって。同時に今の彼の状態を指し示す一言でもあり。

 その言わんとしているニュアンスは、生徒達にまるで伝わらないことも理解もしていて。

 窓で見ていた烏間やイリーナの表情も、また何とも言えない衝撃に襲われているようだ。

 

「兄より優れた弟なぞ存在しねぇ!」

「不破さん、それ先生の台詞……」

 

 どうしたものですかねぇ、と彼は羊羹を一口かじり、そのままあぐりに投げ渡す。

 ナイスキャッチであった。

 

「暗殺教室とか言ったな。なら小細工は要らない。

 兄よ。お前を倒して俺は次のステージへ向かう。時は放課後、この教室で待てり」

 

 バンッ! と力強く、輪ゴムで巻かれた画用紙がおかれる。「はたし状」と辞書を引いていない感ありありの、乱暴な筆致のそれを教卓に置き、彼は部屋の入り口へと向かう(自分の破壊した方へ行かないあたり、何のために破壊して入ってきたと言われても仕方ない。どちらにしても破壊してる時点でアレだが)。

 

「勝って俺の強さを証明する。そうすれば俺は兄さんより英雄らしいということだ」

「あ、イトナ君? どこ行くの?」

 

 思考停止からわずかに回復したあぐりの確認に「大」と一言だけ答えるイトナ。

 

(一応、授業受けるつもりはあるんだ)

 

 意外に思いはしたが、すぐさまメモ帳を取り出し「口は悪いけど案外真面目?」と記入する渚。

 

「ちょっとせんせー、兄弟ってどういうこと!」「てか、似てなさすぎ」「年離れすぎだろ!」

 

 が、イトナが居なくなった次の瞬間に爆発した教室には、思わず両手のものを落してまで耳と目を塞いだ。

 何故か三村のツッコミに、あぐりと茅野が同時に左の眉頭をぴくりと動かしたりもしたが、幸運にもころせんせー以外にその類似に気付いた者は居なかった。

 

「いえ、いえいえいえ全く心当たりありません『本当の兄弟』なんて!

 先生、生まれはともかく育ちはモーターシティの暗黒街一人っ子ですか……、あ、しまった」

 

 ついついポロっと、話すつもりじゃなったことが口から零れたころせんせー。

 

 数人の生徒が「モータ……?」と頭をかしげ、意味の分かったカルマや中村は半分は意外そうに、半分は本気かと疑うような目でころせんせーを見た。

 

「別に良いじゃないですか、先生の話は。

 先生はタコである。名前はまだ無かった。

 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でヌルヌル泣いていた事だけは記憶している。先生はそこで始めて自分以外の人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは私刑という人間中で一等獰悪どうあくな行為であったそうだ。この私刑というのに時々先生たちを捕つかまえてボロ雑巾にするという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段――」

「それ、漱石の吾猫」

「速水さん読んでるの!?」

「少しくらいなら。……っていうか、よく即興で出てくると思う、ころせんせー」

「いえいえ、まあ、人生そんなものですよ。ヌルフフフフフ」

 

 意外なところでの話題の繋がりに驚く神崎と、よーく見れば他にも本の話をしたそうな速水。

 もっとも、だからといってそれ以上話が展開できるようなら、恋愛相談を律にしていない速水であった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「本当にあのイトナっていうの、アイツの弟なわけ?」

「さあな。だが……、弟と呼ばれうるものに関しては、心当たりがなくはない」

「どういうこと?」

「国家機密だ」

 

 ぶーぶー文句を垂れるイリーナを押しのけ、烏間は、去り際に貰ったシロのラインへ、ハンバーガーを齧りながらコメントを飛ばす。

 

 向こうからのレスポンスは「またイトナの壊した壁が――」だの「イトナが金を払わないで駄菓子を――」だの「いくら子供を助けるためとはいえ、トラック爆破する必要なかったろイトナ――」等など、保護者の苦労というか愚痴をそのまま直接打ち込んでいるものばかりだったが、しかし烏間の質問にもちゃんと答える。

 

 ――弟という意味では、ある意味間違いではないですよ。

 ――「組織」の中でもあの子は機密事項。末端の烏間さんが知らされていないのも無理はない。

 

 ――言葉の真偽が疑わしいなら、放課後を待ってください。誰の目にも明らかとなるでしょう。

 

 そしてそれとは別に、あぐりは何となく落ち込んでた。

 

「……はぁ」

「あぐり元気ないじゃない。どうしたの?」

「うう~、イリーナ先生ぃ……」

「何よ、どーんとお姉さんに話してみなさ……、あれ、お姉さ……、おね……?」

「イリーナ先生、このままバックドロップして構いませんか?」

「止めなさいよ、アンタ私を烏間とかアイツと一緒にすんの止めなさいよね!」

 

 あはは、ときゃっきゃうふふする二人。表面上はいつもの変わりないが、気を緩めるとどこか遠い目をしているあぐり。そして決まって教室の方を振り返り、ぼそりと呟く。

 

「……(死神さん、大丈夫かしら)」

 

 唯一「正解」を知っているだけあって、純粋にころせんせーの様子を心配していた。

 

 只今昼食の時間。ころせんせーは「『合わせる』必要が少しあるので」と言って職員室を抜けて教室へ戻っていった。結果的にあぐりは、イリーナや烏間と昼食をとっている。

 

「何よ、アンタら本当にそういう関係……?」

「にゃ!? え、えっと、うー、い、一応は健全なお付き合いですよ」

「雌の顔して恍惚としたような表情してたくせして、よくそんな白々しく言えるわね……」

「あ、あはは……。でも付き合ってないのは本当ですよ? 今、それどころじゃないですし」

「スマホのロック画面、確か上半身裸のあの男の寝顔写真じゃなかった? アンタ」

「何でイリーナ先生それ知ってるんですか!?」

「ちょっとマジで!?」

 

 カマかけに言ってみたら図星だったらしく、顔を真っ赤にしたあぐりの言葉に逆に目ん玉を飛び出させてツッコミを入れるイリーナだった。

 

 

 

 一方教室の方では。

 

「すげー勢いで甘いもの喰ってるなぁ」

「くぬどんバタービスケット(※激甘)食べてるし」

「あれ昼食で凭れないのか? ……いやでも、甘党なところはころせんせーと一緒か」

 

 山のように積まれた駄菓子やらスナック菓子やらをたいらげるイトナを見つつ、前原、片岡、磯貝は顔を見合わせる。彼等三人に限らず、割と大人しく授業を受けていたイトナところせんせーとを比較していた。

 

「表情が読み辛いところとかもそうだな」

「身長とか大違いだけどね」

「でも、身体能力とかが人間離れしているっぽいのは確定でいいんじゃない?」

「いくらころせんせーでも、壁は壊せないんじゃない?」

「イトナちゃんー、マシュマロ食べるー?」

「献上品感謝する」

「倉橋、完全に動物扱いだな」

「あ、あはは……」

 

 ペンギンに魚を食べさせるように、倉橋がマシュマロ片手に突貫をかける。結果として生まれた光景は、動物園の飼育員のようなそれだった。

 それを見つつ、渚は倉橋のメモページを作り「案外手慣れてる?」と書いた。

 

「兄弟疑惑で皆、やたら私と彼とを比較しますねぇ……。

 仕方ないと言えば仕方ないのですがムズムズしますねぇ」

 

 そんなことを言いながら、気分直しにとグラビアアイドルの写った某青年誌を取り出し開くころせんせー。

 袋とじに手をかけた瞬間、教室がどよめく。

 

「「「「「巨乳好きまで同じじゃねーか!」」」」」

 

 マシュマロを食べ終わった後、ころせんせー同様丁寧に袋とじを剥がすイトナ。そのモーションはどちらも必要最小限の動作で賄われており、結果似通う動きとなっている。

 

「これは……、俄然信憑性が増したぞ。カッターナイフまで準備して、綺麗に切断して!」

「そ、そうかな岡島君……」

「そうだ渚! 巨乳好きは皆兄弟だッ!」

「三兄弟?!」

 

 ばっと同じ週刊誌を取り出す岡島に、渚は軽く白目を向く。

 

「渚だって好きだろ! 第一男子なら皆好きだ。人類皆兄弟だ! おっぱいに始まりおっぱいに終わる!」

「岡島君何ってるか意味わかんないよ……、か、茅野? どうしたの?」

「……なんでもないよー?」

 

 一瞬虫を見るような目で岡島と渚を見比べた後、いつもの笑顔を取り戻す彼女。

 何か内側に溜め込んでいそうで怖い。

 

 「俺のも切ってくれ!」と叫びながらイトナの席へと走る岡島に「勇者は弱者の頼みは聞くもの」と、案外あっさり引き受けるイトナ。

 

 妙に器用な手先で週刊誌を開き、肝心の袋とじのページを出すと、上下にまず切れ込みを入れる。

 次にページの一度開き、輪のような状態に。そのまま内部のページが糊で癒着していないことを確認してから、横に倒し、すすす、と切れ込みを入れて行く。

 前方に岡島が居たのを「前から来るぞ、気を付けろ」と言ってどかし、すぱっと綺麗に切除。

 

 ぱらぱらと捲った、綺麗に切断された袋とじは、軽く職人芸である。

 

「やっべー! イトナすげー!」

「これくらい猿でも出来る。……ただ、あの兄にはまだ勝てそうにないな」

「え?」

 

 ちなみにころせんせーは、イトナがやったことを「素手」「指先」で完全再現。速度も確認作業をほとんど残さず、超高速である。

 

「絶対下してやる」

「お、おう、頑張れよ」

 

 謎のやる気に燃えるイトナに、岡島は一言言い残して席に戻った。

 

「とっつき辛そうだけど、案外性格は普通かな?」

「そこもころせんせーっぽいね。

 ……でも、もし本当に兄弟だとしたら、なんでころせんせーは知らないって言うんだろ」

「うーん、きっとこうよ」

 

 唐突に不破が、渚たちの会話に乱闘を仕掛けた。

 

 

 

 

――米国某所、大豪邸にて。

 銃を持った男達が、パーティー会場に乱入。乱射。

 警護の面々が立ち向かうが、全体としては防戦一方。

 

『ファーザー! シンジケートがすぐ近くまで迫ってます!』

『ご苦労だった。もう楽にしろ。……心臓にまで撃たれて、ここまでよく頑張った』

『あ、ありがと……う……、ご―、』

 

 倒れ伏すスーツ姿の部下を見て、髭面の、なんだか簡単な点と線で書かれた顔をしたマフィアっぽいのが振り返る。

 

『止むをえん。子供たちよ、お前らだけでも逃げろ。シロ、こいつらのことを頼むぞ』

『ハッ』

『状況によって、こちらから連絡を入れる。ペースメイカーが止まった場合そちらに連絡が回るだろう』

 

 深々と頭を下げるシロに、マフィアの首領は満足そうに頷いた。

 と、その手がころせんせーっぽい少年と、イトナっぽい幼児の頭を撫でる。

 

『さあ先に行け、子供たちよ! ここのゲートを潜れば生き延びられる!』

『だぅ?』『でも、父上!』

 

 ――パーンッ!

 

『ぐわ!?』

『父上!』『だッ!』

『か、構うな行け! シロ頼むぞ!』

『仰せのままに』

 

 そしてころせんせーたちを抱えて、非情脱出口から逃走を図るシロ。

 だがしかし、その出入り口では砲門を構えた男達が立ち塞がる。

 

『シロさん、弟の事を頼みます』

『ころ坊ちゃん、いえいえ、何をおっしゃいます!』

『いいから! 走れ!』

 

 飛び蹴りを決めて先回りしていた男の顎を蹴り飛ばすころせんせー。

 そのまま銃を奪い、某宇宙戦争映画の緑色の小人宇宙人のような立ち回りを演じる。

 

 頭を振ってその場から逃げるシロとイトナに、叫ぶころせんせー。

 

『イトナ、強く生きるんだー!』

 

 

 

 

 

「で結局倒れて掴まったころせんせーは、記憶を失ったまま相手のシンジケートで訓練を積んで、イトナ君はマフィアの仇たるシンジケートを恨んで、再会を果たすのよ!

 そして始まる宿命の戦い……!」

「お、おう……」

「う、うん……、で、どうして二人とも身体能力がすごいの?」

「へ? そ、それはまあ……、サイボーグ?」

「肝心なところの説明が甘い!」「キャラ設定の掘り下げが甘いよ不破さん! もっとプロット良く練って――」

「えー? リアルを追い求めるばっかがストーリーじゃないよぉアメコミのヒーローものとか」

 

 原と茅野が、唸って反論する不破に色々ダメ出しなんだか突っ込みなんだかわからないことを言い続けたりする中、渚はふとイトナの方を見る。

 

「……へぇ」

 

 一瞬イトナは渚の方を見て、関心したようにニヤリとし、再び視線を週刊誌の方に落した。

 

(兄弟のことを語るなら……、きっと過去についても必ず触れる)

(ころせんせーが頑なに語らない過去について、何かわかるかもしれない)

 

(暗殺者転校生、堀部イトナ。彼は僕等に何を見せてくれるんだろう)

 

 わずかな期待と不安とを胸に秘めながら、渚は勢い良く惣菜パンを素早く口に納めた。

 

 

 




※アンケートは来週金曜あたりまでにしようかと思います

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