ただ一つ言わせてくれ。律、何 故 脱 い だ
珍しく学校行事の関係で、午前中で授業が終了する椚ヶ丘中学。
一応そのルールは3-Eにも当てはめられており、ホームルームが終了すると、わらわらと生徒たちは帰りの準備を始めた。
そんな中、ころせんせーは教卓に座って映画雑誌を眺めている。
「ごきげんですね、ころせんせー。この後何かあんの?」
「ええ」
磯貝の射撃も帽子で受け流しながら、ころせんせーは紙面を向ける。
「ちょっと、律さんの開発者さん……覚えて居ますか? あの人にお呼ばれして、ちょっくらグアムまで」
「グアムって……」
「マリアナ諸島の一つですね。戦時は日本が支配していたこともありますが、それはさておき。
片道三時間前後なので、せっかくだから映画でも見ようかと」
「映画?」
「あー、先行上映でしょ?」
磯貝ところせんせーとの会話に、中村が参加してくる。
「最近少なくなりつつあるんですが、ここの航空会社はまだやっているらしく。せっかくですから『知り合い』に情報収集してもらって、どれを見るか考えてるんですよ」
「へぇ……、どんな知り合い?」
「律さんみたいな方です」
「「は?」」
ころせんせーの懐の画面で、とある彼女がガッツポーズをしたかどうかはともかく。
「でもせんせー、ずるーい!」
「ヌルフフフフフ。予定では入間までお茶菓子を買いに行く予定でしたが、それが潰れるんですから多少は役得もないとですねぇ」
「で付箋張ってあるけど……、ソニックニンジャ?」
「あー、あのヒーローものね?」
「日本での上映まであと一月前後ですが、全米話題沸騰中らしいですし、楽しみですねぇ」
明日感想聞かせてよー、などなど片岡や中村、磯貝、前原らに囲まれるころせんせー。
にやにや笑ってるそんな彼の姿を、約二名がじっと見ていた。
「「……!!」」
「およ、渚、カルマ君、どしたの?」
特撮雑誌を開きながら固まっていた渚と、背後から覗き込んでいたカルマ。
茅野がそれを見て見れば、さり気なくページが「ソニックニンジャの歴史」が開かれたままだった。
はっはーんと何かを察した茅野は、「じゃ、またねー」と、スマホを出しながら何処かへ連絡を入れた。
「あ、お姉ちゃん? うんうん、ちょっとお願いが――」
そんな彼女のことなど気付く余裕もないくらい、渚とカルマは目を見合わせて、何事か相談を始める。
そしてころせんせーが外に出ると、ちゃっかりあぐりが、珍しく白衣を纏って待っていた。
「お待たせしましたね。ちょっと気が早いですが」
「え? あ、そうかお昼……」
「どちらにしても向こうで貸し出しされるでしょうし、わざわざ持ってこなくても大丈夫でしたよ?
ではではさて――」
「こ、ころせんせー!」
と、あぐりを連れて移動しようとしたタイミングで、渚とカルマが(後者に至っては珍しく)ばつが悪そうな顔をして、やってきていた。
「ニュ、どうしました?」
「む、無理を承知でお願いなんだけど……、僕等も連れてってくれない? 現地には入れなくてもさ」
「おやおや」「まぁ」
あぐりはびっくりしたように手を口に当てる。ころせんせーは渚が手に持つ特撮雑誌を見逃して居ない。
う~んと唸ってから、ころせんせーはスマホを操作して承諾した。
「…… 一応許可が取れました。ま、お金は先生持ちではないので、先方に頭を下げてください。
往復七時間弱。渚君はお母さんに勉強で遅くなる、みたいなことを言っておいて下さい」
「やった!」「よかったね」
ハイタッチする渚とカルマ。渚はらんらんとハイテンションである。
「一応は抜け穴的に、飛行機に乗るだけならパスポートは提示しないでも大丈夫ではありそうなんですが、本来はこういうことをしてはいけませんよ?
……それにしても、そこまでしてとなると、かなり好きなんですか二人とも、ソニックニンジャ」
「うん大好き! 続編出るのずっと待ってたんだ!」
「カルマ君がヒーローものとは、少々意外ですねぇ」
「監督が好きでさ。アメコミ原作手がけるのは珍しいから」
「まあ、公開まで待てないその気持ち、せんせーよく分かるのであまり止めることが出来ませんねぇ」
『私も見たかったです!』
「?」
聞こえた声は律のもの。渚がスマホを取り出すと、画面には例によって縮小された彼女の姿が。
モバイル律である。アンドロイドハード含め、彼女も大概何でも有りだ。
「あー、そういえば飛行機に携帯電話は電源入れたまま持ち込めないか……」
『お二人とも、ずるいですよ!』
「ごめんね、律。円盤出たら一緒に見ようか」
『それってどれだけ先の話ですかッ!』
カルマの言葉にぷりぷり怒る彼女。いや、それ以前にAIが映画鑑賞したいだの、見れないから怒るだの、既に色々とおかしな光景だ。
「で、ころせんせー。今から成田? 三時間って言ってたけど、結構時間かかるんじゃ――」
「いえいえ、ご心配には及びませんよ。空港までは、直通便が――おっと、そろそろ来ましたね」
「「へ?」」
渚とカルマが同時に、ある違和感に気付いた。音である。ダバダバと空気が切れるそれは、地面に反射してるものと、ジャイロが絡み合うようなそれも含めて鳴り響いており――。
反射的に頭上を見上げると、そこには黒塗りの「防衛省」の印字が刻印された、明らかに通常のそれではないヘリが飛んできていた。
「プロジェクトとしては、まぁ緊急ですからねぇ。これくらいのご足労はして頂かないと。では
「……カルマ君、軽い気持ちで頼んだけど、僕等ひょっとしてとんでもない事してるんじゃ」
「さぁね~……。って、あれ、四人?」
ころせんせーの言葉に違和感を覚えて振り返ると、そこには、茅野あかりが腕を組んで仁王立ちしていた。
「な、なんで茅野……?」
「さっき二人の動きを見てて、面白そうだから先回りして頼んでおいた!」
「何で手回しそんなに良いのさ!」
えっへんの威張る彼女に、思わず突っ込みを入れる渚。
「このヘリの時速は約400km。少々左右の転換や風に煽られた時にぐらつきますが、まあ、何事も挑戦ですねぇ」
「吉良八さん、そんなこと言って自分が一番乗り物弱いのに、大丈夫ですか?」
「な、何のことでせうかねぇ」
(((そう言えばそうだったな)))
渚のメモにも記入されている、乗り物に弱い、という弱点項目を思い出す三人。
ともかく気を取り直して、ヘリに先生二人と、生徒三人は乗り込んだ。
内部は大体十人ほど座れる構成をしており、なかなかに特殊な用途で使われていそうな。
「鶴田さん、ではお願いします」
ともあれ、離陸。
最初多少ぐらつきはしたが、シートベルトのお陰で投げ出される心配はない。
「……まさか飛行機に乗るより先に、ヘリに乗るとは」
思わず口にした渚の感想が、ある意味で全てを物語っていた。「道中は色々危ないので、暗殺教室は一旦休止とします」と事前に言われていたが、まさかこれを指し示しているとは思いもしまい。
「あはは……。でも、不思議だよねー」
「何が、茅野ちゃん」
「ヘリコプターって、そもそもどーして飛べるんだっけ。前にテレビで『ド○えもん秘密道具を実現できるか』みたいなのがやってたんだけど、その時タ○コプターの実現が難しい理由について、色々あったような」
「そうですねぇ。まず技術は一旦置いておくとして、ヘリコプターが空中を自在に飛ぶ為には、四つの力について考えなければなりません。
一つ目は揚力。
二つ目は引力。
三つ目は抵抗力に、四つ目は推進力。
これらのバランスをとることで、空中を自在に動き回ることが出来るわけですねぇ。
例えばヘリのコントロールにおいて、体自体を傾けて動いている時がありますね。あれは皆さんも毎日利用するものにも使われていますが、さて、何でしょうか」
(((飛行中に授業始まっちゃった!)))
「はい、雪村先生」
「電車とか新幹線とか? あ、でもあれは遠心力か……」
「正解ではあるんですが、使われている箇所が違いますね。答えは内部の空調設備です。例えば横方向に風を送る際――」
そうこう簡単な授業が終了する頃、時間にして三十分弱もかからず、あっと今に全員成田の地を踏んでいた。
「早ぇ……。しかも全員分ビジネスクラス」
「では、実際に計算してみましょうか。飛行機の来るまでもうしばらくかかりますので、それまで簡単に。
途中途中空路やら強風やらで遠回りをした部分もありますので、簡単に計算をしてみましょうか。まず、成田から椚ヶ丘までの距離が、多摩東部を回って――」
「ころせんせー、ひょっとして授業して気分紛らわせてるんじゃ……」
「にゅや!? そ、そんな訳が、」
「あはは……。大目に見てあげて。今倒れられると、帰りが色々大変だから」
「「「あぁ……」」」
「何ですかその反応、雪村先生も皆さんも、何かを察したような目をッ!」
汗だらだらなころせんせー相手に、三人は何とも言えない表情を浮かべていた。
なお、約一名はニヤニヤと「どうしてくれようか」といった悪戯心を発揮していたが。
配置としては、ころせんせー、カルマ、茅野、渚、あぐりの順。あぐりが一番窓際で、あぐりが窓に近い方の順番で着席していく。
「それはともかく。皆さん、飛行機は初体験ですか?」
「あー、私は撮え――げふんげふん、家の仕事の都合で何度か」
「んー、まあ両親からして旅行が趣味みたいなもんだし?」
「では渚君だけ初フライトですか。ちょっと最初は衝撃が来るので、驚かないで下さいね」
「あ、はい……」
ヘリの中にあったキャリーバッグの中に電子機器類をつめた渚たち。お陰で現在、律はこの場に居ない。
メモを取り出そうにも、現在そちらも上部のケースの中に持って行かれていた。
「うわー、緊張するなぁ……」
「大丈夫よ、渚君。そんなに慣れ難いものでもないから」
「そーそー、急下降のないジェットコースターみたいなものだって」
「その説明だと何か逆に怖いよ茅野!」
渚の突っ込みに「だーいじょーぶ!」と念押しする茅野。
一方のカルマはといえば、イヤホンジャックやら画面やらの配置を既に確認し始めている。
そして我等がころせんせーは、若干遠い目をするころせんせー。
「……そういえば雪村先生。ころせんせーって僕等のベルトとかメガネとかと違って、『治療用』ってことで金属探知機に引っかかっていたと思うけど、ひょっとして何か大怪我とかしてたの?」
「へ? あー、吉良八さんは……、ごめん、ちょっと説明が難しいかな」
渚に軽く頭を下げるあぐり。
そんな彼女を微笑みながら見つめる茅野。
(ん?)
ふと、渚は茅野の横顔を見て、何かに気付いた。
「……何か、雪村先生と茅野って、ちょっと似てる気がする」
「にゃ!?」「えぇ、本当に!」
「おわ!」
不自然なほどびくりとしたあぐりと対象的に、茅野はむしろ目を輝かせて渚の方に顔を近づけてきた。
ちょっと彼女から半身引きつつ、渚は答える。
「どんなとこ、どんなとこ!」
「え、えっと……、黒髪?」
「そこ大体みんなじゃん! 日本人なめんな!」
うなー、と小声で絶叫する茅野。どこにヘイトが向いているのか、普段の彼女の言動を考えれば自ずと予測はできるわけで……。隣の雪村先生の体の一部をちらりと見た後、視線を戻して困ったように渚は笑った。
『――Attention, please! Attention, please!――』
「おっと、そろそろみたいですねぇ。皆さん、荷物は所定の位置に仕舞いましたか?」
「はい」「えっと……」「渚、ここはこっちに繋げて……」「渚君以外は大丈夫そうだよ」
「はい。ではシートも閉めて、ちゃんと準備しておきましょう」
やがて客室乗務員のお姉さんが来て、渚たちのベルトの位置などの再確認。
あたふたする渚に微笑ましい視線を送ったりしながら、彼女は次の列の客の状態を確認して回った。
「接客業に限らず、相手に影響を与えるものは最後まで最終確認を怠らないこと。烏間先生が教えたトラップの時も、そんなことを言われたと思います」
「はい」
「上々。では、舌を噛まない様に」
そして向かえる離陸。
渚を最初に襲ったのは、暴力的な加速だった。
車や電車、自転車などのそれと比較にならない急加速は、椅子に背中を磔にされる錯覚すら覚える。
そして段々と、段々と、車体の移動が直線方向でなくなって行く事が、自分の三半規管で判断できるようになる。
最初は右斜め。車体の感覚がふわりと浮き上がり、左側だけがちょっと強めに上昇。
あぐりの側の窓が青空となった瞬間、一気に血の気が引きそうになる。
「……!」
と、思わず震える渚に、さり気なく茅野が手を上から乗せて握り、にっと微笑む。
(は、恥ずかしいけどありがと……)
ちょっとだけひんやりとした感触に、不安が薄れる渚。
ころせんせーの方の窓を見て、段々と陸路から本体が離れて行くのが理解できる。
カルマなんかは口笛を吹きながら、ころせんせーはどこか懐かしそうな目をしながら。
数十秒後、機体が安定したタイミングで、渚はようやく目の前の画面に目をやることが出来た。
「お昼は一応機内食が出ますが、それまでの間に多少見てしまいましょう。
マシンとしては、映画上映や音楽鑑賞などが出来るようになっていま――にゅや!?」
と、目の前のそれについて解説していたタイミングで、突然ころせんせーが声を上げた。
不審に思い、渚たちもころせんせーのそれに習い、イヤホンを装着。
『――はい♪ 遊びに来ちゃいました!』
「「「(り、律!?)」」」「(にゃにゃ!?)」
端末の画面の右隅に、ちゃっかりと律のデフォルメされたアイコンが表示されていた。
そのアイコンの周囲が白く点滅すると同時に、彼女の声がイヤホンからちょいちょい響く。
「(り、律さん!? かなり暴挙に出てきましたが、そこまでして映画見たかったですかそうですか……。
しかし、色々大丈夫なんですか? これ)」
『はい、ご心配なく♪ 現在皆さんの方に表示されている私ですが、クラウドで操作する私の端末と一時切り離して、機内にある電子端末全部の演算領域をちょっとずつ借りて出力していますので♪』
「(言ってる意味がわからないよ!?)」
「(律、何でもありすぎじゃね? ここまで来ると)」
『いえ、離陸する時間があと十五分くらい遅かったら、追加パッチの受信が終了して、いつもの様にきちんとした姿で皆さんの前に出れたんですけど、残念ながらトーク限定となってます』
それが出来るだけで既に充分アレである。
『皆さんとこうして見る映画なんて、楽しみです♪
ところで茅野さん、渚さんの手をいつまで握ってらっしゃるんですか?』
「あ!」「な!」
思わず、びゅん、と右手と左手が離れる。
それを見て、カルマが「へぇ……」と半眼になって、ニヤニヤ笑った。どこか中村あたりと通じる笑顔である。
なお、ころせんせーと、珍しい事にあぐりも似たような表情である。
「な、渚が離陸する時、手が震えてたみたいだったから……、お姉ちゃんに昔、してもらったし」
「へぇ、茅野ちゃん、お姉さん居たんだ」
「うんうん、凄く良いヒト。……胸、大きいけど」
(ご愁傷様です、お姉さん……)
いたたまれない顔をする茅野に、渚は何とも言えない表情を浮かべる。
「だ、大丈夫、茅野さん成長期だから――」
「雪村先生に言われたくないから! うなー!」
だが、この一言には思いっきりテンションが上がったあたり、そこまで落ち込んでもいないのかもしれない。
ともかく画面を見ながら、流れてくる音声を聞きつつ一言。
「……あれ? でもこの映画って、ひょっとして字幕まだ付いていないよね。筋、分かるかなぁ」
「大丈夫じゃないかしら。
ほら、英語の成績は三人とも良好だったし、イリーナ先生にも鍛えられているでしょう?」
「それと、律さん。習ってない単語が出たら、簡単にですが解説を頼めますか? 言う情報はこちらの口頭で説明します」
『お任せを♪』
「では、後は頑張って楽しみながら聞きましょう。おや、丁度機内食のようですねぇ」
内容としてはサラダ、レタスドッグ、フライドポテトといったジャンキーなものであったが、ポップコーンなどなくとも、これはこれで映画館の装備といえた。
コーラが全員分行き渡ったことを確認してから、ころせんせーは視聴の準備に。
思わず頬が緩む渚。
ソニックニンジャ。タイトルからして勘違いした日本文化感はそこそこだが、あながち外れてはいない。
人類を守るために「ニンジュツ」(忍者になるための能力)を使おうとする主人公、イーサン・ブレネットとその仲間たち。
それに対して私利私欲のために使い、世界を我がものにしようとする、怪人アダム率いる未来マフィア「ザップ」。
イントロダクションや冒頭のやりとりから、前作の終盤の展開をそれとなく流しつつ、二作目の物語が始まる。
「(やばい、かなり幸せだ……!)」
イーサンが変身するソニックニンジャの元に駆けつけるフーマ・ライデン。共に同じ師匠に師事していた二人が、今一度、共闘する。
「なるほど、ここで元になったコミックの構図を再現するわけか」
「CGすご……」
「茅野ちゃん、実はこれ実写で爆発させてるんだよ。この監督、火薬大好きだから」
「ホント!?」
(悩みながら世界を救おうとする孤独のヒーロー。僕等の年頃なら、一度はみんな憧れるキャラクターだけど……。ころせんせーもそうなのかな?)
映画に集中しながらも、ちらりと横に顔を振る渚。
「G……、いやHですかねぇ。物理法則の無視具合がこれまたなかなか……。『何度見ても』お釣りが来ますねぇ」
(……目当てはヒロインの役者さんか)
どこを見ているとは、あえて言うまでもない。
あぐりが懐からハリセンを取り出そうか取り出すまいかと、仕草をちょいちょいしているのが渚的にちょっと怖かった。
「
「……
画面に映るヒロインの表情が、絶望に染まる。
彼女たちに散々、人間の醜さを見せつけ、絶望させようとした怨敵。
その首魁たるアダムが怪物の面を外せば、現れたのはメリーアンの兄、ダニー。
死んだと思われていた兄。強引な新聞屋の勧誘に負けて一週間くらいとってしまうようなドジを踏んだりもしたその兄が、目の前で今優しさなど影も形も見当たらない姿で立っている。
「……」
その姿を見つめるころせんせー。脳裏に浮かんだのは、誰の、どんな姿か。
急展開は続く。突如ソニックニンジャに刃を向けるフーマ。刃を交える最中、娘ベネットが人質に取られていることを知る。
メリーアンに仲間になるよう言う兄。そうすれば、ベネットを解放しようと、彼女に迫る。
「
「
「
絶叫する彼女の手を軽々しく掴む。私情に我を忘れるその行動は、文字通りニンジュツの間違った使い方だ。
「
まだ中盤だと言うのに、場面は目まぐるしく様変わりしていく。
メリーアンの意識を失わせて担ぐアダムことダニー。それに気を取られた瞬間、フーマの刃がソニックニンジャの胸の中央を――!
「……ッ!」
最初の方は何だかんだと話し合ったりする余裕のあった面々は、次第に画面の中にどんどん引き込まれていき。
グアムに付いた頃には、小画面とはいえあまりのその映画の威力に、生も根も抜かれたような状態となっていた。
※
「いや面白かったー。ヒーローものだけど、すごく哲学っぽくて」
「カルマ君も言ってたけど、映像の撮影の仕方がすごくドキュメンタリーみたいな寄り方してたし!」
「二度見る事になったけど、あれなら飽きないねぇ」
『はぁい♪ 映画面白かったです』
現在時刻は、夜の七時後半。
椚ヶ丘から中央線で三つ先、結構有名な国立公園のある市の飛行場に、渚たちを乗せたヘリは着陸した。
感想を言いあったり色々している間、前方でヘリを運転している、ガタイの良い黒服メガネの男性は、ちょっとだけ微笑ましく苦笑い。
ころせんせーからすれば、以前から何度も話している、烏間の部下に違いないが、生徒たちにそのことは内緒となっていた。
「しかも最後の最後で、シャカさんがベネットちゃんを保護していたところが分かったり、ソニックニンジャが悪名を背負って、イーサンが記憶を失ったり……。
あー、あそこで引かれると、続編めっちゃ気になるよね! 一年後か二年後か、続き待ち遠しい!」
「けどさぁ、ラスボスがヒロインの兄だったっていうのはベタベタかな? 原作通りなんだろうけど」
「うぇ? ああ、まあ、うん」
『ハリウッド名作映画一千本を分析して完結編の展開を予測できるけど、実行しますか?』
「いいよ、楽しくなくなるじゃん!」
「二人とも冷めてるなぁ」
風情もへったくれもないことを言う一人と一台。
と、苦笑いを浮かべた渚と茅野だったが。
眼前で号泣するころせんせーには、流石にちょっと引いた。
「生き別れの兄と妹……! 何と過酷な運命でしょう、しかも前作までは気付いていなかったのに、ちょいの間健康食品販売屋の入れ違いがなければ、再会できていたでしょうに! さすればまた違った展開にも――」
「……かといってあれもどうなのか、良い大人が」
『グアムに到着してからと、成田に到着してから。それぞれ該当シーンが出た後、泣きっぱなしですね♪』
「「……」」
取り出したメモに「ベタベタで泣く」と記入する渚。
飛行機では使えなかった分、手元にあるそれを見てなんとなくホッとした表情を浮かべた。
「あはは……。じゃあ、私は吉良八先生を宥めてから帰るから。えっと……」
「あ、私、二人とも駅まで送っていくよー。ここの辺り、先一昨年ドラ――げふんげふん、結構遊びに来てたし」
「じゃ、お願いできる? 茅野さん」
「まっかせてー!」
「今日はありがと、ころせんせー。さよなら!」
「ニュルル……、はいさようなら。夜道ですので気を付けて……。あ、それと、後でスマホを確認しておいてください」
「「「?」」」
頭を傾げながらも、三人はその場を後にする。
「ここって市は同じなんだけど、国立公園手前で降りられるように一つ駅が出来ていて……、ほら、あそこ! 大型の電気屋さんのすぐ手前のところ」
「あ、本当だ……」
「詳しいねぇ茅野ちゃん」
「昔、色々あってよく来てたから」
大通り、信号機と照明とに照らされる夜道を、三人でぽつぽつ歩いている。
「はぁ……」
「? どしたの渚」
「人生初の体験だよ。ヘリに乗ったり飛行機で映画見たり、グアム行ったのに下りなくてそのまま引き返したりとか」
「そりゃぁねえ。後、やっぱりころせんせーって謎じゃない? 結局向こうでも、一時間も滞在しなかったし」
カルマの言葉に、頷く二人。
結局向こうに行く理由を尋ねても「確認です」の一つしか返って来なかった。
空港で待機する渚たちには「危ないから」とあぐりが付き添っていたが、そんな状況もおよそ四十分ほどで終了。とんぼ返りするように、その足でまた飛行機に。
「律とか、せんせーのケータイに入って調べられそうなものだけど、そこのところどうなの?」
『はい♪ ですが残念ながら、それは無理でした』
「へ?」「どして?」
『私は現在、皆さんのスマートフォンに入り込んでいる状態から、学内にある本体サーバとクラウド上で通信をしているのですが……、その私並の通信量か、それ以上のデータがころせんせーのスマートフォンにてやり取りされているのが確認できました。
また、暗号化措置が私に設定されたものよりも、上位権限であったため侵入は拒否されていたことも理由です』
「よ、よく分からないんだけど……」
『色々あって、不可能ってことです♪』
「……何というか、また謎が深まったというか」
そもそも以前から「防衛省」がどうのこうのという話自体はしていたが、その「つながり」を実際に確認できたのは、律のことがある意味初めてであって。
ああも露骨に「防衛省」と書かれたヘリに乗せられたのは、渚たちからすれば僥倖と言う他ない。
「……なんか知れば知るほど、打倒先生って目標が遠退いて行く気がするよ」
「あー……。あんまり暗くなるのも、ね?
そ、そうだ、さっきせんせーがスマホがどうとか言ってたけど、律、どうなの?」
『――ころせんせーから、メールが一件届いていますね。BCCで三人同時送信のようですよ?』
「「「?」」」
頭を傾げる三人に、律はメッセージを展開した。
『――明日の五時間目までに映画の感想を、英文で書いて提出してください、とのことです♪』
「「「別な意味で暗くなるよ!」ねぇ」」
どうやらタダでグアムまで行った分、これくらいは安いもんだということらしかった。
※
「あはは……。きっと前に話してた、『前』の私とあの子のこととか、
「ニュルル……、申し訳ありませんねぇ」
「なんのこれしき。私と『死神』さんとの仲じゃないですか」
「一応戸籍は湖録となってるので、そちらに合わせて頂けると……」
「こーいうのは気分ですよ」
ころせんせーの腕に寄り添いながら、生徒達が向かった駅とは別方向に歩く二人。どうやらタクシーを使うつもりらしい。
「あ、そういえばこの後、三村君の補修用のプリントを作らないといけませんでしたか……」
「でしたら、今日は泊まって行きます? 二人なら、多少楽でしょうし」
「是非!」
「あと映画のヒロインの胸の分も、
「にゅや!!?」
そんなやり取りをする二人とは別に、所変わって椚ヶ丘中学。
山の上、木に登ったまま三日月を見上げる少年が一人。
白髪に赤いシャツを着用した、薄着の少年。
そんな彼に、地面から「紫色をした」複数の触手が、マッハの速度で襲いかかる。
「――ッ」
だが、少年は一歩たりとも動いていない。
動かず、そして首をわずかに振るのみで、それらの攻撃を簡単に往なした。
暗がりで原理こそわからないが、それはまさに、何某か「人ならざる」技術を用いた所業に違いない。
「どうだい? 目で追えたか」
下方で触手の「生えている」トランクケースを片付ける男性。姿は見えないが、白い頭巾のようなものがちらほら影から覗く。
彼の言葉に、木の上の少年は首を縦に振った。
「ならば良し。君なら
「兄さん、を?」
「そう、ある意味で君の兄を――”C”を殺せる。
だがその前に、
さあ、あの月の落し前を付けに行こう。
木から下りる少年、イトナ。
そんな彼の背を叩き、前進を促す白装束。
所変わった、状況も大きく違う二人を、欠けた月は平等に照らしていた。
イトナ編の後にインターバル数話入れる予定ですが、リクエストあればどうぞ。
詳しくは活動報告「インターバルリクエスト募集1」にて