「べ、別に岡島さんのために、数学を教えてるんじゃないんですからね! 勘違いしないでくださいね!」
「ぐ、ぐはぁ!」
血なのか何なのか良く分からないものを口から吹き出して、岡島大河はその場に倒れる。
名状しがたい様を何とも言えない目で見つめる数人の生徒。その光景を離れた場所から、渚はいつものごとくメモを取り出して、今までの経緯を記入していた。
もっとも、経緯というほどの事柄はない。
単純に、岡島が律――正式名称、自律思考固定砲台に懇願したのだ。
「頼む! 一度でいいから、俺にツンデレを味合わせてくれ!」
それを言った次の瞬間にこの対応とリアクションである。どうしたものか、という表情をする木村や三村たち。
「何というか、色々便利だよね、律」
『お褒めに預かり、光栄であります♪』
「いや、何だよその軍服みたいな格好」
ちなみに、こちらの「現実世界にある人間のようなハード」の彼女と違い、生徒達の持つ携帯端末の中にも、ちゃっかり彼女の姿はある。
今答えたのは、スマホの中の彼女だ。
そして教室の奥にある律本体の前面超大型液晶タッチパネルには、複数のテレビ画面を見つつ、それらに何かプログラムを手動で打ち込むモーションをしている、律のポリゴン体(要するに3DCG)が映し出されていた。
無論、制御機構はその映像に依存しているわけはない。完全なお遊びである。
不破が画面をつんつん押すと、内部で彼女が『くすぐったいですよー』と言いながら振り返る。
手前を見れば、倒れた岡島の背中に手を入れながら、アンドロイドボディーの律が彼を抱き起こす。抱き起こしながら周囲の男子女子に「てへぺろ♪」とウィンクしていたりするから、あざとい。
「いや、でもすげーな最新の技術」
「凄いの意味違うぞ、たぶん」
杉野のツッコミを受けつつ、前原は律に確認を取った。
「これって多分、岡島に一番響くのを選んだってことだろ、律」
「はい♪ 皆さんに喜んで頂けるよう、リサーチも兼ねて日々精進しております♪」
「精進……」
「才能あるぞ、律」
「「「「「何のだよ!」」」」」
真顔で断言する前原に、全員が突っ込みを入れた。
「じゃあさー、今度動物園行かない? ひょっとしたら、動物の手なずけ方とか、知ってる?」
「はい♪ ですがこのハードは学園外での使用はまだバッテリーの関係上不可能です。ですから、夏休みまでに何とかします♪」
「わぁい! じゃあ、行こ行こ?」
「自力で何とかできるんだよな……」
「何とか出来るものなのか……?」
磯貝や杉野の疑問はともかく、一人盛り上がっている倉橋。
と、そんな中、律本体の背面パネルが展開し、人影が一つ。
現れたそれは、そそくさと歩き倉橋の背後に回りこみ、そ、と彼女の右肩を力強く、彼女の耳に囁くよう言った。
「もちろん、男性だけじゃなく女性と仲良くなる方法だってあるさ」
「「「「「それ、仲良くの意味が違う!」」」」」
現れた律のロボットハード二台目。というか、男性タイプのハードだ。容姿は女の子の律をベースに、身長を拡張し、細マッチョを目指して作られており、この場に双子が揃っているような絵面となっている。
そして何より、男律の方も当然のように容姿は良く、なんとなくぽーっとしている倉橋。物理的に動物を飼いならせる腕力のそれに、色々思うところがあるのかどうか。
(((転校生の進化の迷走が止まらない)))
そして離れたところから、白目むいてる渚、茅野、菅谷の三名。
「いやー、なかなか劇的だったよね」
「あ、カルマ君」
渚の手前に腰を下ろしながら、スマホを取り出して画面を確認するカルマ。
「なかなか楽しませてもらったよ? 転校生さん」
『ちょ、ちょっと恥ずかしいです……』
頬を染めて苦笑いする画面内の律。
「『固定砲台なんだから、その本分から外れすぎる改造は駄目だ!』とか『アンドロイド端末三つも四つもいらんだろ!』とか保護者に言われて、『それでも協調に必要だから!』とか『ファーザーのあんぽんたん! わからずや!』だったっけ」
「よ、よく覚えてるねカルマ君」
「インパクトは大きかったよねぇ」
『インパクトと言えば、ほら、渚さんの中学一年生の頃の写真です』
「何で律、そんなの持ってるの!?」
「うわ、渚、かっわいいー! うひゃー!」
スマホに表示された写真に、一気にテンションの上がった茅野。
きゃっきゃとはしゃぐ彼女に、渚は何も言えなくなる。
カルマはと言えば、
「渚君、せっかくだし、今からでも中村さんにスカート借りにいかない?」
「少しは男らしくなったからね! 二次性徴あるからね!? 足だって太くなってるから!!」
案の定からかいに走っていた。
なお、渚自身が自称するほど、二次性徴は起こっていない模様。
そんな会話の中、
「あはは……。あれ、菅谷君、何書いてるの?」
「んー、手直し。授業中何となく書いたやつの」
渚が覗きこむと、そこには、一人の女生徒の横顔が書かれていた。
案外派手な容姿をしているが、クラスの中では割と目立たないポジション。
速水凛香だ。
「……何で速水さん?」
「授業中、後ろ姿の横顔が目に入ったら、何となくビビビっと」
芸術家肌な一言。
それ以上の感情がなさそうな台詞であった。
「いや、でも上手いよね菅谷君」
「んー、いいことばかりでもないけどなぁ」
「?」
「ねえ、せっかくだからこの律が出した写真の渚、書いてよ」
「止めてよ茅野!?」
「あれあれ、渚君。女の子の頼みは、男の子なら聞いてあげないと駄目じゃない?」
「それとこれとは話が別だよ!」
とか何とか騒いでいると、渚達の横を、とある女子が横切ろうとして。
その視線が、ちらりと菅谷のノートを確認。
「……」
「……あ、速水さん」
硬直する四人。
一瞬だけ目を見開く彼女。
菅谷は、言葉を選んで一言。
「……べ、別に他意はないから」
「…………そう」
それだけ言うと、自分の席に戻る彼女。気持ち、どこか早足だったことは否めない。
渚たちの方を見て、菅谷は一言。
「な、良いことばかりじゃないだろ」
(((き、気まずいッ)))
何とも言えない苦笑いを浮かべる渚たちあった。
なお、前方にて速水に律が空気を変えようと、『軽音楽部の頃の千葉さんです』と千葉の2年生時の写真を出し、前髪を逆立て楽器構える彼本来の容姿を見た彼女が、ちょっと吹き出していたりもする。
もっとも周囲の注意が逸れていたため、後ろの席の千葉本人がびくりとしたばかりだったが。
※
(梅雨、雨の季節。一学期終了まで、残すところ2ヶ月弱)
「さて、美術一つとったとしても、相手に伝える、という分野でいえば、国語や英語などと共通する部分です。このことを念頭において、教科書の今開いてるページの――」
黒板の前に立ち、生徒達に授業をするは、ころせんせーこと吉良八湖録。彼等の担任は、いつものように知識や手腕を発揮して、生徒達に指導を行っている。
だがポイントはそこではない。
(大きい……)(なんか大きいぞ)
生徒達の意識は、ある一点に集中していた。
(((((どうした、その髪型)))))
ころせんせーの頭髪は、いつものようなクセのあるものではなく、アフロ状と化していた。
『ころせんせー。普段より33%ほど肥大化した髪型についてご説明を』
「ニュル? ああ、水分を吸って膨らんだんじゃないですかねぇ。今朝ドライヤーで乾かしてきたんですが」
「「「「「限度があるだろ!」」」」」
多少湿度が高いと普通に起こりうる現象ではあるが、それにしたって限界がある。
副担任たるあぐりが取り出したタオルを受け取り、帽子をとった頭に巻き付けるころせんせー。なんとなくターバンを連想させて、更にその上から帽子を被るので、完全にギャグだった。
ちなみにだが、ささっところせんせーのメモに「弱点その14:しける」と書く渚。
「朝降ってなかったのでそちらは大丈夫だったのですが、こればっかりはどうにも……」
「まあ、E組の校舎じゃ仕方ねーわな……」
「そ、そのうち天井だけでも直すから」
あぐりが気をとりなして言うが、ぴちょーん、ぴちょーん、と天井から金ダライに落下する雨粒ばかりは、どうしようもない。完全な雨漏り状態である。
「エアコンでベスト湿度の本校舎が羨ましいわー」
「お化粧とかもー、崩れちゃうからあんまり出来ないしねー」
「倉橋さんも中村さんも、今の内は気にするべきは化粧より肌年齢よ。今はまだそこまで影響はでないけど、不摂生はどんどん出てくるから。二十の中ごろ過ぎたあたりから段々『あれ?』って思うようになっていくし、十年前から食生活も含めて色々と意識をして――」
「ゆ、雪村先生ストーップ!?」
段々と目から光が失われ、何事か言葉を口走るあぐり。にこにこ笑いながら、女子生徒達にレクチャーするように優しげに言っている分、全く目が笑っていないのが怖すぎだった。
茅野の絶叫に我を取り戻すと、少し恥らって一歩下がった。
「まあでも、湿気には恩恵もあるものですよ? ほら」
「……何それ、シイタケ?」
「先生の家庭菜園でとってきました。適当に準備してみたら、ほとんど手入れしてないのに生える生える。
せっかくですから、後で家庭科の時間、みんなで試食してみましょうか」
「「「「「おー!」」」」」
「そんなわけで、暗くならず、明るくじめじめ過ごしていきましょう」
ヌルフフフフフ、と笑いながら、ころせんせーは今出したビニール袋に入ったシイタケを、アカデミックインバネスの裏側にしまいこむ。
「では、そうですねぇ……。神崎さんと狭間さん、前に出て来てください」
「はい」「何で?」
「君達の得意分野です」
黒板の前に立った二人に、ころせんせーは懐から、絵本を取り出した。
「同じ文章を読んでも、捉え方一つで大きく内容が違って読めます。例えばこの『ごんぎつね』ですが、二人とも読んだことはありますね?」
首肯する二人に「結構です」と頷き、ころせんせーは続けた。
「では、それぞれ感想を聞かせてもらえますか?」
「えっと……」「具体的に……」
「例えば、キャラクターの心情や、結末に至るまでの経緯など。律さんは、多いにこういった点を学ぶと、今後コミュニケーションの幅が拡張すると思いますよ?」
「わかりました♪」
教卓に置かれたごんぎつねを見て、二人のうち片方が口を開いた。
「……そうですね。やっぱり切ないです」
「というと? 神崎さん」
「だって、ごんは反省したんですよね。その罪滅ぼしにとやっていた事が、何一つ理解されないで、最後には撃ち殺されてしまって。……因果応報なのかもしれませんけど、やっぱり」
杉野が訳知り顔で何度も頷く。
と、これに異を唱えるのは、狭間である。
「私は、まあ、そんなものかしらってくらいね」
「ほう?」
「このごんは、本当に反省してるのかしら」
(((((根本的なところにツッコミ入った)))))
ぺらり、とページをめくりながら、狭間は文章を読む。
「『ちぇ、あんないたずらをしなけりゃよかった』。つまり、別ないたずらならしたかもしれない、ということよね?」
「どうかな、それは」
「私はそう思う。神崎の解釈だと、後でごんが拗ねるところが繋がらないと思うから。
拗ねるってことは、自己顕示欲があるってこと。
つまり、自分がやってることで『これだけ頑張ってるんだから、許してくれてもいいよね? いや、むしろ許すべきだろ』っていう開き直りがあると思わない?」
(((((解釈に悪意がある)))))
しかし言ってることはある意味正しい部分もあるため、下手に反論できない神埼である。
暗黒色の笑みを浮かべながら、狭間は白目むきかけている寺坂組を見て一言。
「火縄銃で殺されて、初めてイーブンになったんじゃないかしら。
良かったわね、誰かさんが大怪我してなくて」
(((((積極的に責めてきた!)))))
にやにや笑う彼女に、寺坂が舌打ちをする。
明らかに彼女が皮肉にしているのは、暗殺教室開始前後にあった、自爆テロまがいのアレだ。
「で、でも、やっぱり兵十さんが好きだったから、そのために色々やったんじゃないかな」
「空回る好意ほど滑稽なものはないわよ。相手にコミュニケーションとるつもりがなければなお更ね。
むしろ兵十とごんとが言語を用いて会話出来たら、もっと拗れたんじゃないかしら」
そういう意味では狐畜生で良かったのよ、これは。
名作童話の一つといわれる話に対するその切り込み方に、クラス全体が一気にじめじめとした空気に包まれた。
二人を席に返した後、ころせんせーは何とも言えない表情のまま続ける。
「ま、まあぁ、この通り人によって、捉え方や解釈のされ方は変わってきます。文章は分かりやすく意志伝達、感情伝達が出来るのでこうやって話し合えますが、美術となると更に細々とした解釈が入ってきますね。
ですので皆さん、元気出しましょう」
「「「「「は、はーい」」」」」
残念ながら、もうしばらくは梅雨以上にじめじめとした空気から逃れられそうになかった。
(そう、梅雨はじめじめした季節)
(ヒトの心もちょっぴり湿る。それこそ、どんな人間でも)
窓の外を見上げていると、茅野が渚の視線に気付いて、ツーサイドアップを何故か押さえた。
その日の放課後。
「なあ、上に乗ってるイチゴくれよ」
「やー! 美味しいのは一番最後に食べる派なの! 渚にあげるならともかく」
「何で渚ならいいんだよ?」
「渚、女子枠だし」
「男子だからね!? なんでカルマ君といい、中村さんといい……、あ、岡野さんも何か言ってよ!」
「男子……」
「女子だよね?」
「茅野っち……、うーん……」
「そこ、同意を求めて黙らせないで!!」
そんなやり取りをしながら歩いている四人。
と、ちらりと目ざとく、岡野ひなたが発見する。
「ねえ、あれ」
「お? 前原じゃんか」
彼等のクラスメイト、3-Eの女たらしこと前原陽斗である。
その不名誉な二つ名に恥じず、今日も今日とて女子生徒を引き連れていた。
しかも。
「一緒に居るのは……、C組の土屋果穂」
「相変わらずお盛んなことだねぇ」
「ほうほうほう……、駅前で相合傘とはまた、ヌルフフフ」
杉野が笑いながら言うと、彼等の背後から聞き覚えのある不気味な笑いが。
渚のほぼ右横で、雨合羽をまとったころせんせーが、ハートマークの書かれたノートに色々記述していた。
「相変わらずゴシップ好きだよなー、ころせんせー」
「ヌルフフフ。三学期までに生徒全員のコイバナをノンフィクションで出す予定ですからねぇ」
「「「「何言っちゃってるの!?」」」」
「ちなみに第一章は、杉野君の神崎さんへの届かぬ想い」
「ぜ、絶対出版前に倒して、差し押さえしてやる」
「それ以前の問題として、杉野君はまず神崎さんにどう認識されてるかということを、一度振り返ると良いかもしれませんねぇ」
「へ? どういうこと」
「これ以上は、野暮ですかね。ヌルフフフフフ」
「腹立つッ」
「まあまあ。……でも、だったら前原君の章は長くなるね」
「女たらしが」
岡野が言うまでもなく、それは全員が首を縦に振るところだ。
なにせモテる。一緒にいる女生徒がしょっちゅう変わる。基本的に真面目系な磯貝と比べなくとも、その変遷は歴然としすぎていた。
(スポーツ万能、行動的イケメン)
(普通の学校なら成績も上位で、もっと人気もあったろうなぁ)
「あれ、またやってんのか前原」
「あ、磯貝君……、と、片岡さん」
ビニール傘を差す磯貝と、折りたたみ傘を展開する片岡。
渚たちに遅れて下校したようだ。
ふと、茅野が確認する。
「あれ、片岡さん今日傘持ってなかったよね」
「あ、これ磯貝君の」
「烏間先生の訓練の座学終わって、片付け手伝ったら持って居ないっていうから。とりあえず傘持たせて、俺は買ってきた」
「何もそこまでしなくても、磯貝君……」
「いや、弟たちの傘も多めにあった方が助かるから、このくらい気にしなくていいよ、片岡。
時間はかかったけど、高い買物でもないし」
(((((さり気ない気遣いッ!)))))
前原とは違う類のイケメン力を振り巻く磯貝悠馬である。
だが、そうこう色々と話していたのが、色々まずかったかもしれない。
渚たちが視線を前原の方へ再度向けると、状況は一変していた。
「……あれって、五英傑?」
椚ヶ丘中学の中には、特に優れた成績を収める生徒が五人居る。学園では、彼等に尊敬を込めてそう呼ばれている。
そのうちの二名を含むA組のグループが、前原たちと話していた。
「あっ」
そして、C組の土屋が前原の方を離れて、指差したり言い合ったりしている。
「あー、そういうことか……」
「磯貝、なんかわかるのか?」
「前原、珍しくキープにされてたんだなぁ」
「な、なるほど」
会話の内容は断片的にしか聞こえないが、ぎらり、と表情を変えた土屋が、前原に強く言葉で当たる。将来的にE組は椚ヶ丘高校へ行けないので接点がなくなるだとか、気遣ってはっきり別れなかったとか。
まあ、全体的に馬鹿にしているわけで。
何故か岡野がいらいらしているようだったが、次の瞬間、事態は一変。
前原が彼女に近づくと、土屋が腕を組んでいた瀬尾が、一発蹴りを喰らわせた。
受身こそとったが、不意打ちであったため転がる前原。
他のグループの連中も集り、よってたかって前原に足の裏を振り下ろす。
当然のように、待機してるE組は黙っちゃいない。
「あいつら――」
だが杉野がボールを構え、磯貝が走り出す構えを見せた瞬間。
支配者の、声が響いた。
「――止めなさい」
リムジンから降りてくる男性。それを見て、A組たちが固まる。
「駄目だよ、暴力は。今日の空模様のように荒んだ心となってしまう」
「(((((理事長!?)))))」
椚ヶ丘学園理事長、浅野學峯である。
圧倒的スクールカースト制を導入することで、強い生徒を生み出し続ける学園の支配者。
彼はA組の生徒達をどけながら進み、前原にハンカチを手渡した。
「拭きなさい。……良かった、酷い事になる前で」
「へ?」
「危うく学校に居られなくなるところだった。――前原君、
「積極的に勘違いさせていくスタイルですねぇ、浅野さん……」
(((((?)))))
一見して前原を介抱しているように見せつつ、実際の姿勢は崩れて居ないことが如実にわかる一幕。事を荒立てず、なおかつ差別を失くすわけでもなく。
しかし、そんな光景にころせんせーは意味のわからない一言を呟いた。
理事長がその場を去った後、散々前原を馬鹿にして、土屋たちは帰る。
「前原、大丈夫かー!」
「立てるか?」
「杉野、磯貝……。あー、アレだよな。あの理事長上手いよ、絶妙に生徒を支配してる」
「んなことよりあの女だろ!」
「いや、別にいいよビッチとかでも」
「「「いいの!?」」」
渚や杉野らは突っ込むが、磯貝は「だろうな」というような苦笑いを浮かべていた。
「好きな奴なんて場合によっていくらでも変わるし、気持ちが覚めたら振りゃいいわけだし。
俺だってそうしてる」
「中三の分際でどんだけ達観してんのよ。……もっと一途になるとかないの?」
「はは、そんなキャラでもないだろ」
岡野のハンカチを受け取りながら、前原は珍しく、自虐的に笑っていた。
「さっきの彼女、声はともかく顔は見えたろ? 一瞬だけ罪悪感とか感じたみたいだったけどさ。
その後、すぐ攻撃モードに切り替わったんだよな」
それは、ある意味で個人個人としての付き合いから、クラスとしての扱いに切り替わった証でもある。
正当化と逆ギレができるようになってしまえば、いくらだって醜いところを恥ずかしげもなく巻き散らせる。
「なんかさ、怖ぇし悲しいのかな。相手の弱いところが見えたら、ヒトってああなっちゃうのかなぁ」
「「「「「……」」」」」
(僕も考えたことがあった)
(自分がもしE組じゃなければ。それこそカルマ君とかと一緒にD組のまま進級して、田中君や高……、えっと、高田君? と一緒に、そのまま一緒にいたら)
(その時の僕は、E組にどう接していたのか)
生徒達の間を、沈黙が支配する。
だが、そんな陰鬱な空気を、許すはずのない教師がこの場に一人。
「――さて、では皆さんに特別授業です」
ぱん、と拍手を打ったのは、間違い様もなくころせんせーそのヒト。
渚たちが視線を向けると――。
「「「「「うわ!?」」」」」
「膨らんでるよころせんせー!」
「完全にディスコとかのアレだよー!?」
雨合羽のフードからはみ出たアフロヘアをした、ころせんせーがその場に立っていた。
なお、その表情はいつになく目のつりあがった、怖い笑顔である。
頭にタオルを巻きながら、ころせんせーは続けた。
「理不尽な屈辱を受けた仲間がいる。力なきものは泣き寝入りをするところですが――君達には、力がある。
気付かれずに証拠も残さず、確実に標的を仕留める、
「「「「「……」」」」」
具体的に何を言いたいのか語らないころせんせーではあったが、しかし、周囲の生徒たちはなんとなく何を言わんとしているかを察した。
「あはは、何企んでんの、ころせんせー」
「ハンムラビ法典ですかねぇ。ただワンポイントアドバイスです」
前原以外の、どこか影のある笑顔を浮かべるE組の生徒たちに、ころせんせーはニヤリと笑った。
「――やりすぎると、烏間先生からカミナリ落されますので、そこだけ注意しましょう」
「「「「「
なにやら不穏な空気が漂い始めたこの場に、前原は微笑みながらも冷や汗をかいた。
事件編たる今回。どういう報復になるか、ヒントは多少出したつもりです;