死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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転校生の時間は前後編予定です。



第13話:取捨選択の時間

 

 

 

 朝の山。上った先は3-E。

 そんな道を歩いていると、渚は背後から声をかけられた。

 

「おはよ」

「あ、おはよー」

「いやー、なんかもう学校再開して何日か経つけど、慣れないよなー」

「修学旅行、楽しかったよね」

「あ~あ。通常授業か~」

「通常……、ね」

 

 ころせんせー主宰の「暗殺教室」を果たして通常授業と言ってよいのかどうなのか。

 何とも言えない部分ゆえ、杉野の言葉に渚は苦笑いを浮かべた。

 

 と、E組の校舎に向かう途中。山道を抜けて後は道なりに進むだけというところで、磯貝が声をかけた。

 

「おはよう、磯貝君」

「よ! お前等さ、烏間先生からの一斉メール見たか?」

「あー、うん」

「転校生が来るんだっけ? ノルウェーから」

 

 ケータイのメールを開いて、文面を見る磯貝。

 渚たちもそれを覗き込む。

 

――明日から転校生が一人加わる。ノルウェー生まれで、多少なりとも外見で驚くことになるだろうが……。仲良くやってもらいたい。

 

「……この文面だと、どう考えてもビッチ先生の同類とかだよなー」

「またかよー。ていうか、本当ころせんせー何者だ?」

「自分では『最強の殺し屋』とか言ってたけど……。まさかな」

「どっちかって言うと、スー○ーマン?」

「あ、あはは……。でも転校生、僕等と同い年くらいの暗殺者ってことだよね、もしかすると。

 仲良くなれれば、色々と技術を教えてもらえたりもするんじゃないかな」

「前向きだな渚」

「いや、でも身分詐称くらいしてるんじゃないか?」

 

「そこだよな!」

 

「「「うわッ」」」

 

 突如、背後から岡島が顔を出す。揃って身を引く渚たち三人に、岡島は自分のスマホを操作。

 

「い、いきなり出んな!」

「悪い杉野。でも、アレだ。俺も気になってさぁ。顔写真とかないですかってメールとかしたんだよー。

 そしたらこれが返ってきた」

「「「?」」」

 

 岡島の表示した写真を、渚たちは意外そうな顔で見た。

 ヘッドセットが特徴的な、普通に可愛らしい女の子の写真だ。制服姿の、胸の上半分まで映っている。

 

「おお、女子か」

「ま、待ち受けにする意味は……?」

「普通に可愛いなぁ」

「だよな、すげー可愛いよなー! あー仲良くなれっかなー!」

 

 大声で身もだえする岡島。こんなことをやっているか女子から後に「変態終末期」なる二つ名を襲名することになるのだが、その時になるまで本人も後悔はしないだろう。

 

「殺し屋……に見えないよな、渚」

「うん。えっと……」

「烏間先生のメモ?」

「うん。えっと、ぱっと見た感じだと、筋肉の付き方からして、武術とかを習っていないなら、射撃専門なのかな? でも、それにしてはやっぱり華奢すぎるというか……」

「射撃をやるには、確かにちょっと足りてないかな。速水とか中村とか原とか、あれで腕を締める筋肉はあると思うし。近接やるにしても、ちょっと打たれ強さの面で心もとないか」

「やっぱり普通の生徒なのかな?」

「というか、喜びすぎだろ岡島……」

 

 未だにテンションの上がりっぱなしの岡島に突っ込みを入れる杉野。渚と磯貝は、ちょっとした烏間先生の授業の復習みたいなことをやっている。

 

『相手の体格から、筋肉の量、骨の強度、跳躍力、身長、体重、腕力、脚力、その他色々。一目で想起できるようになれば、間違いなく応用が効く。またこの洞察力を磨くのは、自分の身体性能の把握にも大きく役立つ』

『例えば吉良八の場合だが、奴はまさにそれを実践している。君達の、おそらく体重移動や足の踏み込み、力み具合、視点からどこへと攻撃を向けているか、刃を握る手の握力、それにともなう腕の動作など、細かい部分を分析した上で、おちょくり返しているんだろう』

『そうでもなければ、銃口に指人形を突っ込むなどという高度な真似はできん。意味があるかは別だが』

《《《《《ですよねー》》》》》

 

「流石に身長、体重までの把握は難しいよね、それでも」

「まあな。ころせんせーとか、見た目に反して結構重いみたいだし」

「細マッチョ?」

「あのノーワイヤーアクロバットアクション的には、間違っていないんだろうけどな」

 

 なおこんな会話をする後方で、片岡メグと倉橋陽菜乃が、対象的な前方四人の話し合いに頭を傾げて居たりした。

 

(殺し屋であろうとなかろうと、転校生には期待と不安が入り交じる)

(どんな人で、どんな風に授業を受ける(暗殺をする)んだろう。すごく興味があった)

 

「さーて、来てっかな? 転校生」

「どうだろう……?」

 

 と。

 教室に入った瞬間、杉野と渚は固まる。

 

 不審げに岡島や磯貝も、渚たちの肩の間から教室を覗いた。

 

 教室の後方には――黒い、モノリス状のマシンが一台。

 液晶画面が電子広告めいているが、それにしては何か、妙に存在に密度というか、重さがあるような。

 

「……何だこれ」

 

 誰かのツッコミを受けて、画面に光が灯る。

 

『――god morgen(おはようございます)。今日から転校してきました、The Lid turret equipped with Innovade Type artificial intelligence mark Second Ux と申します。

 お気軽に、自律思考固定砲台とお呼び下さい。よろしくお願い致します』

((((そう来たかッ!!))))

 

 画面内で、口だけをぱくぱく動かす、例の写真の少女。

 思わず、渚たちは白目を剥いて心の内で突っ込んだ。

 

 

 

   ※

 

 

 

「皆さん知ってるとは思いますが、転校生を紹介しましょう。

 ノルウェーからいらっしゃった、自律思考固定砲台さんです」

『――皆様、宜しくお願い致します』

(((((ころせんせー、すごく普通に紹介した!?)))))

「(そろそろ誰か、つっこみ切れずにおかしくなるんじゃないか?)」

 

 ほぼ全員が冷や汗を垂らしながら、後方で律を紹介するころせんせーを見る。となりにいるあぐりは「どうしたら良いのかしら」と言わんばかりの苦笑い。

 ちなみに教室前方の烏間は、例によって軽く白目向いていた。心労が伺える。

 

「一応言っておきますと、彼女は独立した自律思考、つまりAIと顔を持っています。

 つまるところ無理やりですが、れっきとした生徒として登録されているわけですね」

「いや、そもそも何でその、……固定砲台さん? がウチのクラスに来たわけ?」

「登録って……」

 

 生徒たちの困惑に対して、ころせんせーは「多少は」まともに事情を説明した。

 移動しながら説明を続けるころせんせー。途中で懐から、「暗殺教室」で使っているBB弾銃を取り出して、話を続けた。

 

「以前言いましたとおり、私達が『暗殺教室』をするにあたり、用いているチョーカーと武器。それらはせんせーが防衛省の知り合いを通じて、一緒に開発したものだと言いました」

「あれ、本気だったの?」

「防衛省……」

「もしかしてー、向こうでも訓練に使われてるんですかー?」

「ヌルフフフフフ、そこはご想像にお任せします。ともかく、その個人的なツテに近いものが、あちらの大学にもありまして。そこでせんせーは一時期、自律思考固定砲台さんの元になるプロジェクトで、開発に携わっていたことがあるのです。

 その流れで、『教師をしているのなら、せっかくだからAIの能力アップのために協力してくれ』と打診が、防衛省経由でありまして。集団生活の中で磨くのが良いと、先方は考えたようです。

 流石に理事長も苦笑なされておりました」

「「「「「理事長が苦笑!?」」」」」

 

 鉄仮面のごときアルカイックスマイルを張りつける、椚ヶ丘学園の支配者、浅野學峯。

 彼にすら苦笑いさせたという彼女の扱いに、生徒達は大いに混乱した。

 

「……本当に先生って何者なんですか?」

「ヌルフフフフフ。せんせーは、せんせーですよ」

 

 疑問を口にする渚の頭を一撫でしてから、ころせんせーは両手を上げる。

 

「彼女は主に審判、あるいは君達のアドバイザー役を買って出てもらおうと思います」

「「「「「え?」」」」」

「疑問ですか? 皆さん」

 

 ころせんせーの一言に、磯貝や前原らが首肯。

 

「てっきり転校生って言うくらいだから、なあ?」「一緒にころせんせーと戦うものだと思ってた」「何か、理由があるんですか?」

 

 生徒らの言葉に、ころせんせーは一言断言した。

 

「……皆さんお忘れかもしれませんが、せんせー、一応人間ですよ?」

「?」

「……あ、なるほど。流石にころせんせーでも、彼女には勝てないんですか」

「非常に遺憾ではありますけど、片岡さんの言う通りです。

 認めざるを得ません。『現時点』ではまだ対処可能かもしれませんが、何度か経験を積めば、せんせーの『独力だけ』では、対応しきれなくなることでしょう」

 

 なにせ彼女が生まれる前の工程から見ているくらいですからね、ところせんせーはため息一つ。

 

(見栄っ張りのころせんせーが、謙遜も誇張もしないで、淡々と「勝てない」って言った?)

 

 その事実に、メモをしながら渚は仰天する。

 

「でもさ、せんせー。それって結局、固定砲台さんの実力が、俺達にも分からないと思うんだけど、そこんところどーすんの?」

「ヌルフフフフフ……。カルマ君の言うこともごもっとも。なので、言われると思って準備してはきました。

 仕方ありませんが、皆さん机の下に伏せてください」

「「「「「?」」」」」

 

 ちびちびと生徒たちが、机の下に隠れはじめる。

 

「(渚、渚ぁ。あの、自律思考固定砲台さん、どうやって攻撃すんだろ。固定砲台なんて言ってるけど、どこにも銃器なんて付いていないよね)」

「(う~ん……、たぶんだけど、)」

 

 視界に入る生徒たちが皆、机より低い位置に伏せた瞬間。

 固定砲台の液晶に、アプリケーション起動の通知が、グリーン文字で流れる。

 

――ガシャガシャッ ガシャッ チャキッ

 

 大きな機械音を教室中に響かせながら、「彼女」は己の武装を準備する。

 開けたモノリスの両サイド。現れたるは数丁のショットガンと機関銃。

 

「にゃ!?」

「や、やっぱり!」

「かっけー!!」

 

 茅野、渚、杉野の順にリアクションを叫ぶ。

 他の生徒も大体唖然としている。

 

『――開始の許可を下さい』

 

 固定砲台から、合成音の少女の声が漏れる。

 

「いつでも構いませんよ?」

 

 アカデミックコーデの内側から訓連用ナイフを取り出し、ころせんせーは微笑んだ。

 

 

 そこから先は、見た目通りの弾幕戦だった。

 

 

 何が恐ろしいかと言えば、機械制御されて射出されているはずの弾丸を、それでもころせんせーが、ひょいひょいとかわしているところか。

 直撃コース数発、どうしてもかわしきれないものをナイフで叩き落しながら、ころせんせーは説明を続ける。

 

「なかなか濃密な弾幕ですが、ここの生徒たちなら当たり前にやるようなレベルです。さて、ポイントはここからですね」

 

 射撃終了後、パーツの隙間から光を放ちつつ、ファンが高速回転。

 固定砲台は演算を続ける。

 

 教室の外で見ている烏間が、イリーナに言う。

 

「奴も言ったが、ここからが本領発揮だ。彼女は自らの機能で進化する」

「……って烏間。アンタ何か知ってるの?」

「彼女を昨晩設置したのは誰だと思ってる」

 

 烏間とその部下、鶴田、鵜飼、園川の三人に加え、本校舎の用務員一人だ。運搬に関しては更に別働隊が動いていたものの、作業が長引き色々疲れが溜まっている烏間だった。

 

『――弾道際計算。射角修正。自己進化フェーズ5-28-02に移行』

「さて、どうなるか」

「「「「うぇぇ!」「いいいいいッ!」」」」

 

 再度準備された彼女の銃。そこから放たれる弾丸は、先程とまるで同様に見える。

 だが、今度はそうはいかない。

 

――ドゥン! ドゥン! ドゥン!

 

「「「「「あっ!」」」」」

 

 最後にナイフで弾いたはずの弾丸。だがそれと同時に、三発の銃声が鳴り響いた。

 ころせんせーの手元から、ナイフが飛び、地面にぶつかる。何度か跳ねて、足元に転がった。

 

「……ブラインド。隠し球ですね。一度狙撃した球の弾道上に見えないように数発放ち、私の動作に死角を発生させましたか。

 ここはマシンだからこその正確な射撃と連射力とがモノを言ったところでしょうか」

『――左手、手の甲。ならびに小指。合計三発の着弾を確認』

 

 銃器を格納する固定砲台。

 

「吉良八先生、大丈夫ですか?」

「ヌルフフフ、流石に小指は痛かったですねぇ」

 

 あぐりがころせんせーの方へ行き、どこからともなく取り出した湿布を貼り付ける。

 そんな光景を前にしても感想を抱けない程、クラスは静まり返っていた。

 

「……!」

「ターゲットの防御パターンを学習し、武装やプログラムにおけるアルゴリズムや攻撃方法をその都度改良。最適化を続け、相手の退路を狭めていく」

 

 言葉が出ないイリーナに、烏間は解説を続ける。

 

「――これを繰り返せば、それこそマッハ20の生命体でも、一年足らずで終わりだ。

 彼女が撃ってるのはBB弾だが、そのシステムはれっきとした、最新鋭の軍事技術だ」

「……例えはともかく、あの男が最初から降伏していた理由はわかったわ。いくらバケモノじみていたとしても、一応は人の子ってわけかしらね」

 

 教室中を見回しながら、イリーナはその場を立ち去る。

 その背中を見つつ、烏間は「『本来ならば』な」と、やや意味深な言葉を呟いた。

 

『――増設した副砲の効果を確認。

 次の射撃で勝利できる確立、0.01%未満。

 次の次の射撃で倒せる確率、0.22%未満。

 今日中に射撃で倒せる確率、5.05%未満。

 一学期終了までに倒せる確率、90%以上』

 

(認識を間違っていた。目の前に居る彼女は――紛れもなく殺し屋だ)

 

 不破が茅野の手をとり、茅野がさりげなく渚の方に寄る。

 そんなことに気付かないほど、彼は固定砲台ところせんせーとの間で、視線を行ったり来たりさせていた。

 

(ここに来て初めて、僕等は気付いた)

(「彼女」なら、本当に倒せてしまうかもしれない)

 

(そして――色々人間場離れしているころせんせーでも、確かに一応は「人間」なのだということを)

 

「まあ、ざっとこんなものでしょうか。では、もう一度皆さんに自己紹介をしてください」

『――はい』

 

 ころせんせーに促されて、彼女は画面の中で微笑んだ。

 

『――ノルウェーから参りました、自律思考固定砲台です。よろしくお願いします、皆さん』

 

入力済み(プログラム)の笑顔を浮かべながらも、転校生は着実に進化を続けていた)

 

 もっとも全員が驚かされているこの状況であっても、ちゃっかり渚は「固定砲台」のページをメモ帳に作成していた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「って、授業前に片付けやらせんなよ、ころせんせー」

「ヌルフフフ。済みませんねぇ。彼女、そういった機能は搭載されておりません」

 

 あくまでも接地式迎撃装置、タレットがベースにありますから、ところせんせーは笑う。

 床に大量に散らばったBB弾の山に、前原がため息一つ。

 

「掃除とかして自分で片付けられないんかよ、固定砲台さんよ」

『――?』

「止めとけ、機械に分かるわけねーだろって」

 

 村松と吉田が、固定砲台に絡む。もっとも彼女は彼女で二人の言葉をはかりかねているのか、画面上に疑問符を浮かべるばかり。

 ちなみにころせんせーは、全力を出しすぎたのか、椅子に座って教卓の上に上半身を投げ出していた。

 

(なんでだろう、いつもはもっと長時間早く動いても平気なのに、今日はすぐバテてる)

 

 心肺機能は平均? と疑問符つきでメモを記入する渚。

 

(自律思考とは言ったけど、そこまでロボットみたいなAIじゃない……?)

「暗殺って意味じゃ凄いのかもしれないけど……」

「クラスメイトとしては、色々足りてない感じだねー」

『――足りない、とは、どういうことでしょうか』

 

 カルマのその言葉に、尋ね返す固定砲台。無感情な声音なのは機械として当たり前だが、吉田たちの言葉よりは理解しうる範囲が大きかったらしい。

 

「例えば、何を学びに来た訳? 固定砲台さんは。勉強なんてネット環境に繋がりっぱなしだろうし、一度覚えたデータは基本消えないでしょ?」

『――私が学ぶべきは、人間の動作や思考方法、愚かさに基づく連携思考だと教わりました』

「あはは、間違っちゃいないかもねー。でも、ストレートにそれを言っちゃうところとかが、まだまだなんじゃないかな?」

『――具体的にどのようなことでしょうか』

「俺が教えてもいいけど、それじゃ意味ないでしょ。自分で見つける必要があるんでしょ?」

『――その言葉に一定の合理性を理解しました』

「硬いねぇ」

 

 からかっているのか真面目に問答しているのか、よくわからないカルマ。

 

 そうこうしている内に片付けが終わり、授業が開始される。

 着席した後教科書を開き、わざわざころせんせーが配役を指名して教科書を読ませた。

 

「狭間さんは地の文を。役人を千葉君、罪人を寺坂君がお願いします」

「なんで」「ああ!?」「あら、なかなか鬱々してて良い感じ」

 

 もっとも配役的に一番好みだったのは、いたたまれない心境や登場人物の後味の微妙な考察が述べられている部分を読む彼女だったりしたが。

 

 意外と冷静に読み上げていく千葉。本来ならしゅんと落ち着いているだろう罪人を面倒くさそうに読み上げる寺坂。普段の闇をまとった雰囲気が吹き跳ぶような、誠実な声で音読をする狭間。

 

(……意外な才能? いや、単にこういうのが好きなだけかな)

 

 声音自体は普通なものの、節々で黒い微笑を浮かべる狭間。

 らしいといえばらしいが、役人の微妙な心理描写を嘲笑うような表情をしている辺りはどうしようもない。

 

「――はい、ありがとうございます。寺坂君は、もう少し反省した振る舞いというのを、今後覚えると色々便利ではないでしょうか」

「大きなお世話だッ!」

「ヌルフフフフフ。では、まず頭の方から見て行きましょう。タイトルが示す通り、舞台は船。主な登場人物は二人で、それぞれが役人と罪人とである。さて、ここで忘れてはならないのは――」

 

 説明を続けながら、周囲の生徒たちの理解度に気を配るころせんせー。

 

「……まあこれは例えるなら、ヤンチャやっていた友達が突然人が変わったように真面目になった、みたいなものですねぇ中村さん?」

「その例え、なんか微妙……」

 

 そう言いながらも説明は彼女にとって、先ほどよりは理解の助けになっている。

 そして、そういった細かいころせんせーの部分も、授業のノートとは別に、渚あたりはまばらに記入していた。

 

「では、前原君。そうですねぇ……。今開いているページの三行目。何故、役人がどのあたりを理由に、罪人に疑問を持ったか。挙げてみてください?」

「え、ええ!? えっと……」

 

 突然当てられ、困惑する前原。と、そんな彼に背後から援護射撃が――。

 

『――ころせんせー。彼の回答をサポートすることは、問題ないでしょうか』

「ニュル? ふむ、ではやってみて下さい」

『――かしこまりました』

 

 固定砲台である。

 ころせんせーからの許可を貰えると、彼女は自分のサイドを展開し、タブレット端末を取り出す。

 丁度斜め前の席の菅谷に『――送ってください』と頼む。

 

 そして送られてきた端末を見て、前原は答えた。

 

「……罪人の応対が、役人の考えていた動きと大きく違ったことが、まず大きな原因である。また、役人の家族についての――」

 

 しばらく前原の回答が続く。いや、前原の回答というよりは――。

 

「――の上で、そして役人が生き方、蓄えについて――」

「ちょっとまってください前原君。……って、固定砲台さん! ズル教えるんじゃありません!」

 

 前原の持っていたタブレット端末は、おそらく彼女がネットから引き出しただろう情報と、分析した結果が羅列として表示されていた。

 

『――ですが相手の弱点をフォローするのは、集団における関係形成に必要なことだとプログラムを』

「カンニングはサービスじゃありません!」

(((((こ、ころせんせーがツッコミに回ってる!?)))))

 

 続く二時間目では。

 

「では今日は残りの時間を使い、ちょっと難しい問題、パズルのような問題を解いてみましょう。

 (X×Z^3)+6Y=52、X^2×Y×Z=100、X^Z=α、Y^4-10=2((Z^4/2)-5)の四つの式。それぞれの文字を、今まで習った範囲で回答してみましょう。解は正の数とします。

 解き方に関しては、教科書の計算式を参考にして結構です。

 数人がかりで相談しながら回答も可としましょう。

 分からない箇所や、わかった人は手を挙げてみてください」

『――X=5、Y=2、Z=2、αは25です』

「……い、一応正解ですが固定砲台さん、計算過程の説明を」

『――総当りです』

 

 続く三時間目では。

 

「えー国会運営についてですが、多数決をとった場合、衆議院には――固定砲台さん、テレビ中継で国会の映像を流すのは止めましょう」

「うわ、寝てるじゃんこの議員……」

「結構責められてる……」「明日これ新聞載る」

「固定砲台さん、テレビ中継は駄目ですよ! みんな授業どころじゃなくなっちゃうから」

『――参考資料として、現在進行形で行われている映像を映し出すのが適切だと判断いたしました』 

 

(この一日で実感した。機械仕掛けの転校生は、クラスの一員になるのはまだまだ難しいのだと)

 

 放課後。

 固定砲台のページを開き、渚は「協調性が弱い」「周囲の状況に合わせる能力が低い」等とメモを続けた。

 

「ころせんせーがあたふたするのは面白かったけど、授業なんないよな」

「雪村先生、ハリセン使うか、使うまいか迷ってたのがすごくアレだったねー」

「一応、戦場使う用に作ってあるから、頑丈だとは思うけど、精密機械だし……」

 

 帰りの学活終了後。渚たちに固定砲台は囲まれていた。というのも、

 

『――本日の授業における、改善点を教えてください』

 

 固定砲台たる彼女が、帰りの挨拶直後にこんなことを言ったからだ。

 ころせんせーは「時間がある人、興味のある人はお話してあげて下さい」と言って、ふらふらした足取りで職員室に向かった。

 

 なお、副担任はまだ残っている。

 

「あはは……。吉良八先生、流石に色々疲れちゃったみたいね。

 固定砲台さん。今日の授業はどうだった?」

 

 苦笑しながら、生徒たちの輪の中に参加してきた。

 一方固定砲台は、やはり何が悪かったか理解していない様子である。

 

『――授業における最適解を導くようプログラムされています』

「感想を表現できるまで、情緒は発達してないか……。まあ、『あの子』も最初はそうだって言ってたし」

(あの子?)

 

 意味深なあぐりの言葉。だが、生徒はそのことを追求はしない。

 

「数式を一発で計算された時のころせんせー、かなり焦ってたよな」

「『ニュヤ、後半の授業何やったらいいんでしょうかッ!?』ってか?」

「俺達的には万歳だったけどなー」

「岡島君、何であんなに教えてわからないかな……」

 

 生徒達のやりとりを、じっと無表情に聞く固定砲台。

 表面上はわかり辛いものの、左下には「音声ロード中」の文字が浮かぶ。

 渚でいうところの、メモのようなものか。

 

「あれ、そういえば不破さんは? さっきまで居たと思ったけど」

「背景組織とか開発環境など質問して、一切答えられなくて絶望して帰りました」

 

 きらん、と目を光らせる竹林。固定砲台を観察するその目は、一体何を期待しているものか。

 

「まあ何にしても、少し考えようぜ。今日のままだと全然授業ならないからさ」

『――了解しました。分析をして、より最適解を導き出します』

 

 いまいちまだ何を求められているか理解していない節のある発言。

 周囲の生徒たちは、どうしたものかと頭を傾げた。

 

 

「……結局、会うつもりはないんですか?」

『――ミスター。例え同じプロジェクトを母体とした姉妹機(血を分けた姉妹)であっても、今の私が出るのは悪影響かと』

「自覚はあるんですねぇ……」

『――ミスター。原因たる貴方がそれを言いますか』

 

 

 なお、職員室でこんな会話が交わされているのを、烏間が軽く白目向いて聞いているのは完全に余談であった。

 

 

 

 




数式の解説(簡易):
 ^は累乗表現。
 説明のために、以下、計算式に番号を割り振る。

①(X×Z^3)+6Y=52、②X^2×Y×Z=100、③X^Z=α、④Y^4-10=2((Z^4/2)-5)

 ④よりy^4-10=z^4-10からy=zが導ける。これを②に代入することでx^2×y^2=100、(xy)^2=100となる。よって√100=10よりxy=10からy=10/xを導き出す。
 それを①に代入して計算する。最終的に13x^2-15x-250=0となる。これを元に、解の方程式を用いる等して計算する。条件より回答は正の数なので、よってx=5。
 出た答えを②に代入すると、y、zはそれぞれ2と求められる。よってαは5^2=25。

 解はx=5、y=2、x=2、α=25となる。

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