死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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あまり派手にフラグは建てない方針


第12話:古都の時間・3時間目

 

 

 

「おお! どうやって避けてるのかまるでわからん!」

「これ、絶対当ってるよね?」

「一応、連射に合わせて発生するラグを使ってるんだけど……。は、恥ずかしいなぁ何だか」

「おしとやかに微笑んでいながら、手つきプロだッ!」

 

 カルマを除いた第四班の面々に囲まれながら、神崎は笑顔でシューティングゲーをしている。

 時刻は夜。ころせんせーに連れられて宿へ帰った彼らは、現在レクリエーション中だ。

 

 夕食も終わり風呂上り。浴衣姿で集る彼等は、案外と彼女の手元の動きに白熱していた。

 

 アーケード筐体の古いマシン。ブラウン管の画面にぼやけて表示されるビットとビット、当り判定とを、大和撫子然とした佇まいのまま、シビアに切り分けギリギリでかわす。

 そして自身の攻撃も、弾幕をはるように移動しながら狙撃し、相手の防御を誘爆させ、地味に距離をつめていく。

 

 何をしているかまるでわからんぞ、な杉野の反応に、神崎は照れながら答えていた。

 

「すごい、どんどん削れてく……!

 でも意外です、神崎さんがこんなにゲーム得意だなんて」

「黙ってたの。遊びが出来ても、家じゃ白い目で見られて、止めさせられるだけだし」

 

 画面に表示される自機の放った弾が、相手の回転する壁の隙間を貫通し、戦力を順調に削る。

 会話をしながらも、プレイに一切の余念がない。

 

 そしてこんな時でも、渚とてメモをとるのに余念がない。

 

「……でも、周りの目を気にしすぎてたのかも。

 服も、趣味も、肩書きも。逃げたり流されたりしてたのだから、自分に自信がなくって」

 

 適度にシールドを破壊しないその撃ち方のせいで、敵の前線がなかなかこちらに下りて来ない。それを利用した似非名古屋撃ちを用いた増援破壊に、舌を巻けるほどの知識がある生徒は、残念ながらこの場には居なかった。

 

「でもころせんせーに言われて気付いたの。大事なのは、私が前を向いて頑張ることだって。

 あと、茅野さんもありがとね」

「い、いやぁ……。あ、ステージクリア!」

「うん。じゃあ、茅野さんもやってみる?」

「ええ!? いや、無理無理だって~」

 

(神崎さんの意外な一面。あと攫われた時、茅野と何か話したのかな。

 なんか、二人の空気が軽い)

 

「あー、だからやられるってばー」

「茅野さん、ここのところもう少しずらしてやると」

「――あ、本当だ! うそ、すごいこれ!」

「あはは。ね?

 じゃあ、みんなもやってみる?」

 

 神崎の誘いに、残りの三人も頷く。特に杉野が張り切る。

 

「最大で四人対戦が可能だから、そっちの対面の方に行って……」

「うなー、もーいっかい!」

「じゃあ、奥田さんと杉野君、茅野さんと渚君で。私、色々教えるから」

「おっしゃー! じゃあ始めようぜ!」

「あはは……。あ、対戦だと100円で何回か出来るんだ」

「渚君、ここの操作は――」

 

 

 

「――イヨシッ!」

「く……、やはり上手くはいかないか」

「大丈夫か? 竹林。額に当ったけど」

「三村君ほど素直に打ち返してくれるのなら成功するかと思ったんですが、案外球が軽かった」

「何やろうとしてたんだ?」

「一泡吹かせようと、手○ゾーンでも」

「「卓球だからこれ、テニスじゃねーから!」」

「回転と打ち返す箇所だったら上手くいくかと思ったんですけどねぇ」

「まー、テニスと卓球だと接触面積とか、空気抵抗とか重量とかも違うからなぁ」

「じゃあ、次磯貝やれよ」

「おっけー! 覚悟しろよー竹林」

「そちらこそ、簡単には――」

 

 休憩室にて卓球に講じる三人。その奥、自動販売機の隣のベンチで、烏間は今日の分の報告書を読んでいた。

 

(生徒達の戦績は、まずまずといったところか。以前なら対策すら思いつかなかっただろうに、今回はそれぞれ戦略を練った上で対応していた)

(しかし……。

 イリーナから先ほど教えられたスナイパー。この程度では奴を仕留めることは難しいだろうが、少し警戒度は上げていかなければならないかもな)

(なにせ、防衛省も派閥は決して一つだけとは言えない)

 

「――烏間先生、卓球やりましょーよ!」

「……まさか○式を返されるとは」

「いやいや、跳ねたらそりゃあ、なぁ」

 

(……まあ何にしても、あまり彼等にも負担はかけるものではないか。今日に関しては、もう自由時間だ)

「ふっ、良いだろう。俺は強いぞ?」

「そうこなくっちゃ!」

「じゃあ先生、俺達勝ったら何か奢ってよ! 焼肉とかさー」

「駄目だ。精々……、何だ? 入り口の売店で売っていた、ミニパフェアイスくらいだ」

「「「気前良い!」ですね」」

「まあ、この時間に食べると糖尿の元だ。せいぜい俺が力いっぱい相手してやるとしよう」

 

 にやり笑う烏丸に、三人は笑みを浮かべたり、メガネをおさえたりしていた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「しっかしボロい旅館だよなぁ」

「岡島、声大きいってば」

「あ、悪い悪い。でもアレだぜ? 寝室も男女大部屋二部屋だし。E以外はみんな個室ありだってよー?」

「あはは……。でも良いじゃん、にぎやかで」

 

 渚、岡島、杉野の三人が廊下を歩く。

 

「そういえば、カルマの奴ってどうしたんだ?」

「さっき、お土産のところ行ってたかな」

「自由だな相変わらず。……そういえばお前等、今日大変だったみたいじゃん」

「ま、まぁ……」「だな」

 

 何とも言えない表情の渚。と、見知った二人の女子生徒が、なにやらこそこそと動いているのを発見する渚。

 杉野らを促して、一緒に彼女等の後をつける。

 

「ねえ、二人で何してんの?」

「(しっ!)」

 

 不破が口に手を当てて、強めに主張。

 中村がにやりと笑って、断言。

 

「(決まってんでしょ、覗きよ!)」

「覗き!?」

「(それ俺等のジョブだろ!)」

「ジョブじゃないんだよなぁ……」

 

 何とも言えない杉野の表情。とりあえず渚は不破に近寄り、耳打ち。

 

「あ、おっけーおっけー! 後でね、メモの共有」

「うん、ありがと」

「律儀なもんね渚。

 いや、でも三人とも、アレを見ても同じ事言える?」

「「「?」」」

 

 建物の隅にある男湯。その戸を引くと、ぶら下げられた着替えが見える。

 籠の中には何故か侍とかが着ていそうな和服が置かれており(普段ならスーツ)、手前にはアカデミックドレスがぶら下げられていた。

 

「(言いたい事、わかる?)」

「う、うん」

「(今なら見れるわ? ――ころせんせーの、あの、服の中身!)」

 

 頷く渚は、中村の意見に多少は同調できた。

 

「(縫いぐるみをクラスメイト全員分取り出したり、バットを抜いたり時には着替えを入れたり、中華なべを出したとか言う証言もあるわ。なのに昼間は、たぶん和服の中にしまってしまえてたくらいだし。

 あの服の構造とか中とか、少しでもわかれば良し。暗殺的にも知っておいて損はないわ!)」

「で、でも流石にそれは……」

「(大丈夫、雪村先生の許可とってきたから! 壊したり盗まなければいいって)」

「「「(結構こすい!)」」」

 

 許可をとるのが本人じゃなく、あぐりである辺りがなおのこと狡っ辛い。

 

「さあ、いよいよ先生の四○元そでの正体が明らかに!」

「いや、そこまで現実離れはしてないんじゃ……。

 あ、でもバット出した時は、ちょっと丈が合ってなかったような」

「わかってるじゃない杉野君!」

 

 テンションの上がる不破である。

 ちなみに本日に関して言えば、それらにプラスして修学旅行のしおり(完全版)の紙媒体バージョンを四冊ほど内部にストックしておいたわけだ。謎は深まる一方である。

 

「しかし、この世にこんな色気もへったくれもない覗きがあったとは……」

「覗くの、人でもないしね」

 

 だがしかし、ころせんせーは彼等の一手ニ手も先をいく。

 杉野と不破が最初にころせんせーの服に触れた瞬間、それは起こった。

 

『――エマージェンシィ。エマージェンシィ』

「うわ!」「何!?」

 

 突如鳴り響く、けたたましいサイレン音。そして鳴り響く少女の声のような合成音。

 

 がらがらがら、と風呂の戸が開かれる。

 

「ニュニャ! 皆さん何をやっているのですか!」

「うわせんせー!? って、女子か!」

 

 中村が思わず突っ込む。

 長めの髪だからかタオルを頭に巻き、バスタオルも胸から膝に掛けて装備。

 わずかに漂うシャンプーの良い香り。

 そしてわずかに覗く素足が妙にきれいというか、膝の部分含めて女の子しているんじゃないかってくらい綺麗に整っていた。

 

 すぐさま目にも止まらぬ速さで、着替えの籠とアカデミックコーデを引っぺがすころせんせー。

 

「危ない、危ない。

 おそらく雪村先生に許可を貰ってきたんでしょうが、そー簡単にとられては身が持ちませんとも」

「へぇ? ってことは、ひょっとしてその中にせんせーの弱点につながる何かがあるってこと?」

「ヌフフフフフフフフ」

 

 笑うばかりでまともな反応は返さない。

 だが、中村は彼の首にチョーカーが巻かれていることを見抜き、模造ナイフを取り出した。

 

「でも甘いわよ、ころせんせー。出口は私達が塞いでる。

 『暗殺教室』のルール的に倒せないとしても、せめて内ポケットくらいは覗かせてもらうわ!」

「そーは行きませんせー!」

「何で煮こごり!?」

 

 中村にツッコまれた通り、ハンガーを落して開かれた内部には、例の「タコせんせー」容器に入れられた、茶褐色の煮こごりが大量に吊るされていた。

 

 それを闘牛士がするかのごとく、ひらりと動かすころせんせー。 

 その動作に反して、煮こごりがまるで津波のごとく、生徒たちに襲いかかる!

 

「さあ、せんせー特製、京都の新鮮野菜と桁がお高~い牛肉とがぎゅっとつまった、湯葉風煮こごり! 無視できるものなら無視なさい、ほれほれヌルフフフフフフフ!」

「「「「えええええええ!?」」」」

「や、ちょ、何それもったいない!」

「ああ! やばい、踏む踏む~!?」

「す、杉野!?」

「てか無視するしない以前に壁みたいに投げてくんなよせんせ-!」

「ヒ○リマント……。そういうのもあるか」

「不破さん何いってるかわかんない!!?

 って、せんせーいつの間にかいないよ!」

 

 生徒たちの混乱の隙をついて、上にアカデミックドレスだけをまとい、ヌルヌルと歩いたころせんせー。彼等の「意識の隙間」をつくように移動したのか、出口の扉が閉められるまで全く渚たちは、ころせんせーの移動には気付けなかった。

 

「逃げられた……」

「中村、この覗き空しすぎるぞ……」

「ううう……」

 

 もったいない精神で煮こごりを両手に抱えながら、渚たちは何とも言えない顔になる。

 

「修学旅行でみんなのこと、色々知れたけどさ……」

「ころせんせーのことは、むしろ更にわかんなくなるなー」

「大部屋でダベろっか。……お土産もできたしさ」

 

 引き上げながら、三人は肩を落す。

 とそんな中、渚はメモを取り出す。

 

(あれは、見間違えじゃなかったよな……)

 

 移動する一瞬のこと。

 アカデミックドレスを羽織ったころせんせーの胸元に、一際大きな傷が見えたような――。

 

 そのことをメモに記入するか迷い、結局、そのまま放置した。

 

 

 

   ※

 

 

 

 大部屋に集ったE組の男子達。全員ではないが、あらかたメンバーが集中している。

 木のスプーンと煮こごり片手に、彼等は何だか色々と白熱していた。 

 

「気になる女子ランキング……。一位はやっぱり神崎か」

「ま嫌いな奴はいないわなぁ」

 

 マジックでメモしながら、前原がにやりを笑う。

 渚が覗いて読めた順位だけでも、

 

 

順位 名前:点  ポイント

  

 1.神崎:4 ・性格良さそう! ・顔がダントツ可愛い ・気遣ってくれそう

 2.矢田:3 ・ポニテ! ・でかい(確信) ・おねーちゃん

 3.倉橋:2 ・癒し系 ・ふわふわ ・みわく的ポーズ

 4.茅野:2 ・色々小さい ・元気もらえる ・縁の下の力持ち

 5.片岡:1 ・頼りになる ・ぱっつん ・すらっとしてる

 

 といったデータとなっていた。

 

「で? 上手く班に引きこんだ杉野はどーだったん?」

「それがさぁ……。色々トラブってさ。じっくり話せるタイミング少なかったわ」

「何か大変だったらしいなー。お疲れー」

「また今度頑張るよ。はぁ」

 

 肩を落す杉野に、どんまいと軽く叩く渚。どっちも表情に疲れが見え隠れしていた。

 

「気になるのは、誰が誰に入れたかだよなぁ」

 

 もっとも三村のその一言で、周囲の空気が変わったりするのだが。

 

「俺は一人に決められないんだよおおおおおおお!」

「うん、岡島はいいから」

「しってた(こなみ)」

「竹林、こなみって何?」

「小学生並の感想という意味で」

「渚ぁ、お前は誰入れたんだ?」

「うぇ!?」

「お、何その反応。ひょっとして本命居たりするわけ?」

「お、ちょっと気になるかも。やっぱり茅野か? いっつも一緒にいるし」

「い、いや、そこまで一緒ってわけじゃ……。感謝とかはしてるけど、って、じゃ、じゃなくて!」

「そーいう前原こそ誰に入れたんだよ?」

「そいつは言えねぇなあー」

「腹立つ! お前みたいな奴がモテてるかと思うとまた腹立つッ!」

 

 そんな風に盛り上がっていると、扉が開かれ、アイスを片手に持った男子生徒がやってくる。

 

「お? 面白そうなことしてんじゃん」

「カルマ! ……って、その手に持ってるアイスは……?」

「「「烏間先生に卓球で勝ってきたのか!!?」」」

 

 赤羽カルマである。さきほど烏間と戦っていた三人の反応に笑うと、クリームの底に沈んだストロベリーの果肉を一口。

 磯貝が場所をゆずり、輪の中に入れた。

 

「いいところに来た。お前、気になる子いる?」

「渚も言ってんだ、逃がさねーぞー?」

「言ってないよ!?」

「ん~ ……。俺は奥田さんかな」

「でも言うのかよ……」

「お、意外。なんで?」

 

 菅谷や前原の反応を見て、カルマは無邪気そうに笑った。

 例によって、善悪を問わない無邪気さである。

 

「だって奥田さん、怪しい薬とか、クロロホルムとか頼めば作ってくれそうだし。

 悪戯の幅、広がるじゃん?」

(((((絶対くっついてほしくない)))))

 

 真顔で一致するクラスの心。

 

「ともかく皆、この投票結果は男子の秘密な?

 当たり前だけど知られたくない奴が大半だろうし。女子や先生に……。特にころせんせーに知られないようにしないと――」

 

 と、視線を振っていた磯貝の首が、固まる。

 その方向を見る渚たち。

 

 部屋の天井にある照明から、何だろう、彼等にとって見覚えのある、タコのような小さなキャラクターが、ぶら下げられているような。

 桃色カラーなその手元に、こう、スティック状の、いかにも「今までの話は全部記録してました!」と言わんばかりのような、そんなカメラのような装置があるような、ないような。

 

 生徒たちが見守る中、それが徐々に照明の方に引き寄せられ、ぴん、と照明の籠の上を通過した瞬間、一瞬で入り口の方へ飛来し。

 向こうにあるわずかに開いた口から出ていき、ぴしゃり、としまった。

 

「……覗き見て逃げやがった!」

「おい、あれカメラだよな!」

「いつ設置したんだよ!」

「探せー、追いかけて潰せー!」

「見敵必殺じゃああああああ!」

 

 絶叫し戦闘体勢に入る生徒たちを嘲笑うかのように、ころせんせーは廊下の壁や天井を跳ねるわ跳ねるわ。

 いつもと違う浴衣の装いだろうが何だろうが、やってることは大して変わらないらしい。

 

「ヌルフフフフフ! せんせーの超身体能力は、こういう情報を集めるためにあるんですよ!

 思い出しますねぇ、ダウンタウンで教え子と遊んでいた時、有名芸能人のパパラッチごっこをした日の夜のことを」

「下世話!」

 

 叫びながら、ころせんせーの方のメモに記入するあたり、渚のメモ習慣はかなり板についてきたようだ。

 

 

 

 

 

「へ? 好きな男子?」

 

 片岡の言葉に、中村は腕を組んでにやにや笑った。

 

「そうよ~。こういう時は、そういう話で盛り上がるもんでしょ?」

「はいはい~。私、烏間先生~」

「はいはい。そんなのは、大体みんなそーでしょ。ていうか、ころせんせーがころせんせーなもんだから、烏間先生の方に寄るでしょ」

「「「「「まぁね~」」」」」

 

 ギャグキャラを目指したがゆえのこの扱いである。

 

「クラスの男子だと例えばってことよ」

「ええ~ ……」

「陽菜ちゃん、どうどう」

「ウチのクラスでマシなのは……、磯貝と前原くらい?」

「そっかなぁ」

「そうだよ。前原は、たらしだからまぁ残念だとして。磯貝はなかなか優良物件じゃない?」

「顔だけなら、カルマ君も格好良いよね~」

「素行さえ良ければね」

「「「「「そうだね……」」」」」

 

 自由な家庭環境で育った結果、男女ともにこの扱いである。

 

「う~ん。でも、意外と怖くないですよ? 結構優しいところもありますし」

「普段大人しいし」

「野生動物か」

「そういう速水さんとか、千葉君とかどうだった? 今日一緒に作戦したわけだし」

「べ、別に関係ないわよ。……まあ、なんか、すごかったけど」

「へ?」

「目力が、こう、スナイパーみたいで」

「その説明……」

「茅野さん、渚君と一緒にいるけどもしかして」

「いや、まあ、一人で放っておくと危なっかしいって感じかな? そういう話じゃなくて。

 逆に、そういう神崎さんは?」

「へ? 私は、特には――」

「ほんとっかなー? ほれほれー! うりうりうりうりー!」

「あ、ちょ、やめ……っ、中村さんも、もう、あはははは!」

「男子だってみんな気にしてるぞー! うりうりー!」

「ほ、本当だってばッ」

 

 きゃっきゃうふふと、楽しそうな光景である。

 そんな場所に、アルコール臭と共にイリーナが現れた。

 

「おーい、もうすぐ就寝時間だってこと、一応言いに来たわよー」

「一応って……」

「どーせ夜通しおしゃべりするんでしょ? あんま騒ぐんじゃないわよ」

「せんせーだけお酒飲んでずるい~」

「当たり前でしょ、大人なんだから」

 

 なお椚ヶ丘学園では、引率の教師に飲酒を勧めることはない。

 

「ビッチ先生、雪村先生は?」

「あぐりなら、男子の方に言いに行ったわよ? たぶんアイツもいるだろうし」

「ころせんせーたちもころせんせーたちで、結構怪しいよねー」

「怪しいっていうか、ほとんど出来てるんじゃない?」

「ビッチ先生、女のカン?」

「別に。なんとなくわかるようになるわよ。アンタらもそのうち。ほとんど隠しもしてないし」

「あ、そうだ! ビッチ先生の大人の話きかせてよ~。

 普段の授業より色々ためになりそう!」

「何ですって! ちゃんと授業受けないさいよ! っていうか押すな、矢田ッ」

「いーからいーからん♪ 先生たっぷり尊敬させちゃってくださいよー♪」

 

 なんだかんだで、クラスの女子会にとりこまれるイリーナ。

 ころせんせーお手製の煮こごりに目をひんむきつつ、それをおつまみにビールを飲んでいた。

 

「「「「えええええッ!?」」」」」

「ビッチ先生まだ二十歳!?」

 

 そして、話の中で明かされた重大事実である。

 

「経験豊富だからもっと上かと思ってた……」

「毒牙みたいなキャラのくせに」

「そ、濃い人生が作る毒がみたいな色……、誰だ今毒牙っつった奴ッ!」

「ツッコミが遅いよ」

「ノリツッコミか」

 

 こういった風に生徒に翻弄されるあたりも、まだまだ二十歳ゆえだろうか。

 

「若く見られる事に関しちゃ、アンタら東洋人がチートなだけよ。

 まあそうでも、いい? 女の賞味期限ってのは短いの。アンタたちは、私と違って危険とは縁遠い国に生まれたんだから。感謝して、環境の整ってる今のうちから全力で女を磨きなさい。

 発揮できる女の力は、時に国の未来すら左右するんだから」

「「「「……」」」」」

 

 めずらしくしんとし、顔を見合わせる生徒達。

 

「……何よ」

「ビッチ先生がすっごくまともなこと言ってるー」

「なんか生意気ー」

「やかましぃわ、このガキ共ッ!」

 

 渾身の叫びである。半ギレゆえか、妙に魂がこもっていた。

 

「じゃあさ、じゃあさ? ビッチ先生が落してきた男の話きかせてよ♪」

「あ~! 興味ある~!」

 

 だが、この話題にすっかり機嫌を良くするイリーナ・イェラビッチだった。

 それでいいのか、プロの殺し屋。

 

「んっふふ、いいわよぉ? 子供には刺激が強いから、覚悟なさい?」

 

 ごくり、と生徒たちがシンクロする。

 

「例えばアレは十七の時――ってそこ! さりげなく紛れ込むな女の園にッ!」

「「「「「うわ!」」」」」

 

 白目向いて指差すイリーナの先。女子部屋の入り口手前で、ころせんせーが壁に張り付きながら、にたにたと話を聞こうとしていた。

 

「えー? いいじゃないですかぁ。私もそういうお話聞きたいですよ。ノンフィクションなら特に」

「そーゆーころせんせーはどうなのよ! 自分のプライベートはちっとも見せないくせに」

「ニュル?」

「そーだよ、人のばっかずるいー」

「先生はコイバナとかないわけ?」

「ニュニャッ」

 

 ちょっとずつ追い詰められていくころせんせー。

 

「そーよ! 巨乳好きだし、片思いくらい絶対あるでしょ!」

「雪村先生とはどこまで行ったの!」

「か、茅野さん、ストレートに行くね……」

 

 女生徒たちからも指を刺され、つめよられる形のころせんせー。

 そんなタイミングで、背後の扉が開かれる。

 

「こんばんは、みんな。吉良八先生って見なかった?

 さっき男子部屋の方で声かけに行っても誰もいなかったから――」

 

「「「「「……」」」」」

 

 ――びゅん!

 

 そう形容できる速度で、ころせんせーはあぐりをお姫様だっこして、その場から逃走をはかった。

 

「……山賊か何かか!」

「逃げやがった、捕らえて吐かせるのよ!」

「「「「おー!」」」」」

 

 殺気に満ち溢れ、どたどたと移動しだす女子生徒たち。

 

「にゅ、ニュルフフフフフフ――」

「(……『死神』さん、お遊びもほどほどにしましょうね?)」

「(す、すみませんあぐりさん、一応今後必要になる情報収拾もかねてと思いまして――)ニュニャ!」

 

 廊下の角にさしかかった瞬間、ころせんせーはぎょっと飛び上がる。

 

 右方、男子。

 左方、女子。

 

 それぞれがそれぞれに、ころせんせーの自業自得な理由へと殺気だっていた。

 

「ころす、ころす!」

「ヌニャ!?」

「こっちよー!」

「ニャフ!! しまった挟み撃ちに!」

「吉良八さん、本当何したんですかー!」

 

 叫ぶあぐりに、ころせんせーは状況判断。

 

「少々無理しますから、雪村先生、しっかりつかまってくださいッ」

「え、ちょ――ニャああああああああああああああ!」

 

 首に手をまわしていた彼女を、もっと強く抱き寄せるころせんせー。

 ほっぺとほっぺがくっつき、流石に赤面するあぐり。

 

 そんな状態で襲いかかってくる生徒達を、残像が残りそうなほどの早さでかわし(おそらく今までで最高速度である)、煙を上げて移動先を見えなくするころせんせー。

 げほげほと咽る生徒たちを見て、カルマが一言。

 

「なんだかんだで、結局ゲーム関係なしに『暗殺教室』になるね」

「う、うん」

 

 かく頷く渚でさえ、その手には授業で使っている訓練銃が装備されているのだった。

 

「どこ行った本当にー!」

「絶対吐かせちゃるんだから!」

 

 修学旅行の夜は、まだまだ長い。

 

 

 

   ※

 

 

 

 職員、男部屋。

 大部屋ではない少人数用の個室だが、そこで烏間はPCを開き、展開されたファイルと手元の資料を比べて、嘆息していた。

 

「修学旅行開けに配備される固定砲台と……。システムメンテナンス費用に、メモリのパッチアップ?

 何ともまた骨の折れる……。

 そして肝心のメインウェポンが、詳細開示不明? 指令系統はどうなっている」

 

 わずかに愚痴をつぶやきつつ、端末のファイルを整理しながらレポートを書いている烏間。

 と、窓がからからと開かれる。

 

「……ん?」

「いやぁ、危ないところでした」

「お、お邪魔します……」

 

 汗をかいているころせんせーと、僅かに浴衣の胸元が乱れ掛けているあぐりの二人だ。さり気なくころせんせーが彼女の肩を押さえながら、直しているのだが、わずかに鼻の下が伸びているのが小憎らしい。

 

「どうした。さっきから騒がしいが」

「生徒たちのコイバナを集めていたら、こちらの方も聞かれそうになりまして……」

「いい年した大人が何をやってんだ。『吉良八湖録の戸籍』では、俺とお前同い年だろ」

「ヌルフフフフフ……」

 

 微笑みながらも、「これ差し入れです」と、手作りの煮こごりを渡すころせんせー。

 

「ヌルフフフフフ。

 風呂上りということもあるのでしょうが、烏間先生、髪を下ろして居た方が女子人気高くなるのでは?」

「邪魔だ。潜入任務の際には使うこともあるから、伸ばしているだけだ」

「そういえば、元情報部でしたねぇ。ヌルフフフフフ」

「死神さん、あんまりやりすぎると私、生徒側に味方しますよ?」

「ニュニゃ!? そ、それはご勘弁を……」

 

 ころせんせーの鼻をつまみながら、つんとする雪村あぐり。それにわたわたするころせんせー。

 光景としては、これほど平和で幸せそうなものもあるまい。

 

 そのことを、この宿において誰より知っている烏間は、しかしだからこそ、確認をとった。

 

 

 

「――『心臓』の具合はどうだ?」

 

 

 

 わずかに、二人の表情がかげった。

 

「……あ、すみません。電話みたいですので」

 

 あぐりが席を外した後、ころせんせーは思案しながら口を開いた。

 

「……ニュル、フフフ。まあ、良くはなってきているんですがねぇ。『プロト律さん』があっても、ぎりぎり仲介してまだ一本がやっとといったところでしょうか」

「完全でないのはわかる。だが……間に合うか? 三月までに」

「五分五分でしょうかねぇ。今の所、本気の無茶はしてませんので」

「いくら時速『2000マイル』まで知覚できようが、反応速度は700マイルがせいぜいだ。

 この『暗殺教室』も、なかなかに無理があるんじゃないか?」

 

 ご心配には及びませんとも、ところせんせーは微笑む。

 

「最悪あちらが来ても、皆さんが最低限対抗できるようにと、準備してますからねぇ。まあそれでも、私が教師をやるという無茶を通したのは、あぐりさんですが」

「……女は強いな」

「常日頃からよく思います」

 

 言いながら、ころせんせーは月を見上げる。烏間もそれにならい、七割が欠けた三日月に目を細めた。

 

「正直な話をすれば、いくらお前が『C』の関係者だとは言えど、仕事を請け負った立場からすれば、お前とはプロ同士だと思っている」

「ニュル?」

「だからこそ……、同時にすまなく思うこともある。事情は、こちらの方もおおまかに把握しているからな」

「……そこは、ぜひとも生徒たちにも向けてあげてください。彼等もまた、私達につきあっている側ですし。

 なにせ一年というのは、長い様で短いですが、同時に365日と長いですからねぇ」

「……そうだな」

 

 懐からビールの缶を取り出すころせんせー。「ノンアルコールです」と詮を開け、烏間に勧めた。

 

「とりあえずあと一日、がんばりましょうということで」

「……こっちはともかく、何で煮こごりなんだ」

 

 今更ながらのツッコミに、ヌルフフフところせんせーは笑った。

 

 

 

   ※

 

 

 

「あれ、茅野?」

「……うん、じゃあまた。はい、ありがとうございますー」

 

 騒動が一段落した後。窓際で電話をしていた茅野に、渚は声をかけた。丁度切れるタイミングだったためであるが、しかし周囲から離れて一人でいる彼女が、珍しいと思ったのもある。

 もっとも、髪が解けていたこともあって、一瞬誰だかわからなかったのだが。

 

 メガネの位置を調整し、彼女は手を挙げた。

 

「お、渚。どしたの?」

「いや、なんかお土産でも見ようかなあと……。茅野は?」

「私? は、えーっと……。ちょっと、家族と電話を」

「実家?」

 

 一瞬、茅野の表情が固まる。

 

「……まー、ほら、今日色々あったし、心配かけないようにって」

「あ、そうだねぇ」

「渚の方は?」

「僕は……。まあ良いかな。今かけると、後が怖いし」

「結構怖いの?」

「べったりって感じかな……」

 

 困ったように笑う渚に、深くは追求しない茅野。

 こういった距離感のとり方が、地味に神崎あたりから感謝されていたりもする。

 

「やー、でも楽しかったねー修学旅行。みんな色々な面見れて」

「そうだね……」

「んー、どしたの?」

 

 わずかに表情が陰る渚に、茅野が聞き返す。

 

「……ちょっと思ったんだ。修学旅行ってさ。終わりが近づいた感じするじゃん?」

「うんうん」

「この一年は、始まってまだ間もないし、月が壊れた影響で地球がどうなるかとか、今後のことはさっぱりわからないけどさ。

 でも――いつか絶対、このクラスは終わるんだよね。来年の三月で」

「……そうだね」

 

 月を見上げる渚。茅野は、その横顔を覗きこむ。

 

「みんなのこと、もっと知ったり、せんせーと戦ったり。

 できれば、やり残すことないように暮らしたいなーって」

「……とりあえず、もう一回くらいみんなで旅行行きたいね」

「うん」

 

 となりの茅野に、渚は視線を下ろす。

 

 二人の視線が交叉する。

 わずかにメガネを下ろした茅野の上目遣い。彼女の頬が、心なしか赤いような。

 今更ながら、わずかに漂うシャンプーの匂いが渚の鼻腔をくすぐる。

 

 髪を下ろした彼女は、どうしてだろう、いつもよりもどこか大人びて見えて――。

 

「渚?」

「……ッ、な、何でもないよ」

 

 少しだけ緊張した渚に、茅野は頭を傾げた。

 と、何かを思い付いたように、茅野が手を叩く。

 

「あ、じゃあさー、せっかくだからアレ作らない? 金閣寺」

「……しおりの付録のやつ?」

「そーそー! せっかくだしさ。せっかくだし、何人かさそってさ――」

 

(こうして、僕等の修学旅行は幕を閉じていく)

(最終日が終わればまた、学校での生活がはじまっていく)

 

(――僕等の、『暗殺教室』が)

 

 茅野が主導して足を進めながら、渚たちは他の生徒たちの集る男子部屋へ。

 就寝時間が過ぎても、まだまだ修学旅行の夜は長いらしかった。

 

 

 




次回、転校生の時間の前に一つインターバル予定

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