死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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あー、あー、すまない
神崎名人とかお風呂とか、男子女子トークとかは次回に回させてください。


第11話:古都の時間・2時間目

 

 

 

「よく練られた動きです。短時間でより効果的に脚本を動かし、見ている人を飽きさせずに回す。早く魅せるために、考えられたものですね。

 あの動きは君達も参考にすると良いでしょう。」

「でも、前に烏間先生が、劇とかで使われる動きだと無駄が多いって……。動き早くて格好良いけど」

「確かにそうですね、岡島君。先生、こういう殺陣(ヽヽ)は大好きですが、問題はそこじゃありません。

 基本的に魅せる動きというのは、大本になる型というものが存在します。また演出として魅せるということには、必然的に無視できない要素がありますね。不破さんはわかるのでは?」

「う~ん……。ハッタリ?」

「そんな感じです。つまり、相手の視点誘導を齎すことができるわけですね。見てください?」

 

 修学旅行、3-E第二班 自由行動時間。午前十一時半前後。

 ころせんせーたちは、某映画村にて、その場で広げられる即興劇を見ていた。

 

「ほら、例えば最初の部分。刀を引き抜くと見せかけて、肘打ちを入れて、意識がそれた瞬間に居合い抜きをしています。まさにこの当りがそれですね。そして居合い抜きは、刀を抜いてから切る、の抜く動作を省略した動きとなるので、その分速度が速いのです。

 また、一度手前の味方がやられた際、間髪入れずに襲いかかるのもグッドでしょう。君達も、これは教わっていますね?」

「何だっけ? えっと、相手に状況を分析させる隙を作らない、とか」

「はい。周囲を観察して、敵の配置と地形を見て、余裕を持って動くのが理想です。そこは時代劇などでの動きでもありますが、どうやら今回やっているアクターさんたちは、なかなか本格的なようですねぇ。

 立ち回りの派手さに比べて、なかなかどうして理論立てて動いています」

 

 ヌルフフフ、と楽しそうに観察するころせんせー。へぇ、と関心してるんだかテキトーに聞いているんだか分からない生徒たち。

 ちなみに第二班は速水凛香、中村莉桜、不破優月、岡島大河、三村航輝、千葉龍之介、菅谷創介の七人構成だが、そのうち速水と千葉がいない。

 速水は「お花を摘み」に行き、千葉は全員分の飲み物を買いに行っているためだ。

 無論、両者共に「表向きの理由」である。

 

「ニュル? 不破さんも渚君のようにメモをとりはじめましたか」

「いや~、ちょっと自分でもネタ探ししてみようかなぁと」

「「「ネタ?」」」

「……次こそは絶対ぎゃふんと言わせちゃるッ」

 

 何かに私怨というか、情熱というかを燃やす不破。

 ちなみにその発言を受けて、どこかでメガネの蔓を押さえた男子生徒がくしゃみをしたかは、定かではない。

 

「うぉ、こっち来た!」

「ヌルフフフ。上手い具合に重心を足と胴体の筋肉でコントロールしてますねぇ。これは、アクターさんに共通している部分として――」

「せんせー、こっちこっち!」

「どっちどっち」

 

 殺陣が段々と迫ってきているのに対して、平然とその場で動きの解説を続けるころせんせー。

 中村がころせんせーの腕を引くと、高台の方に目配せ。

 

 そこに居るはずの二人が、こちらの動きに気付いてくれるだろうことを祈るばかり。

 

 そしてその視線の先では、速水がスナイパーライフルを構えていた。千葉が双眼鏡を構えて、目算で距離や風向きを測っている。

 当然のごとく、彼女の装備はいつもの訓練用装備である。撮影所という場所のせいか、カメラに艤装してあったもののフルセットで高台を登っていく二人に、周囲の客は興味深そうに見つめるだけであった。

 

「(準備はできた?)」

「(もうちょっと……。なんかアクターさんたちが派手に動きすぎてて、照準定まらない)」

「(せっかく修学旅行一週間前に駄目元で許可出して、OK出してもらったのに)」

「(仕方ない。でも、大丈夫。私達ならやれる。空間把握は任せるよ、千葉君)」

「(わかった、速水さん)」

 

 仕事人である。会話に無駄がほぼない両者。

 目元を被う前髪の隙間から、照準を合わせる千葉。

 

「(とにかく、正面にせんせーの気が向いてる隙に――?)」

「……千葉?」

 

 突然黙った千葉に、速水が頭を傾げる。地味に呼び方が千葉君から千葉に変わっていたが、そんなことに気付かず、千葉は双眼鏡で周囲を見る。

 速水もスコープを再度覗くが……。その先には、中村たちの頭こそ見えるが、見慣れたアカデミックコーデの姿はどこにもなかった。

 

「どこ行った……?」

「……いた、柵の向こう! ていうか、何してるわけ、あれ!?」

 

 思わず絶叫する速水。思わず千葉もそちらを探す。

 両者の視線の先には、全く違和感なく劇の間に侵入し、鍔迫り合いをする「和風装束に着替えた」ころせんせーの姿があった。

  

「迷惑でしょ、何やってんのせんせー、アクターさんたちに混じって!」

 

 だがしかし、元々大人しくしてれば二枚目な外見。長身に割と万能な基礎能力。

 カツラではなく髪をポニーテールのようにまとめていただけだったが、いつの間にか着替えた地味目な和服とその真剣な表情は、全くもってその場にそぐっていた。

 しかも。

 

「助太刀致す。悪党共に咲く徒花は血桜のみぞ」

「……! かたじけない!」

 

「「ちゃんと劇の世界観に溶け込んでる!」」

「「「「「決め台詞も完璧だ!?」」」」」

 

 堂々として、主演の侍に背中を合わせるころせんせー。あまりにもモデル然としたその容姿と、素人とは思えないその動きに、アクターさんは思わず合わせたらしい。

 どうやら、アドリブで俳優が混じってきたとでも思っているのかもしれない。

 

「ど、どうする? 流れ弾が当ったら危ないし」

「そもそも烏間先生の言ったルールには抵触する。最悪、ペナルティがあるかも」

「「……」」

 

 高台の上で、二人は沈黙しながらころせんせーの動きを観察していた。

 いつものようにワイヤーアクションめいた動きはしない。しないが、おお、どうしたことか。一目で相手の動きを見切り、一撃で三、四人を同時に切りつける。読みを極めて最小の動きで敵を仕留めるその様は、嗚呼、なんと殺人剣めいた光景か!

 

 不破が何やら「サム○イX! 抜刀○! ヒテンミツ○ギスタイル!」とか色々叫んでいたが、それはおいておいて。

 

「……飲み物でも買いに行くか、速水」

「……わかった、千葉」

 

 そんなこんなで、両者はため息をついて諦めたらしい。

 なお、千葉の方も彼女の呼び名を速水さんから呼び捨てに変えていたりするが、特にそのことに彼女は気付かなかったようだ。

  

 

 

 3-E第三班 自由行動時間。午前二時十分前後。

 

「おそいよ、ころせんせー!」

「ニュニャ! 失礼。さっきまで時代劇した帰り、雪村先生とお昼を食べてまして……。」

「なんだそりゃ」

「清水もう回っちまったよ」

「寺坂君が喉に詰まらせましてねぇ」

「ほうほう?」

「竹林、てめぇ黙ってろオラ!」

 

 五重の塔が見える、清水からの下り坂。少し下れば土産物屋が多く並ぶこの場所にて、三班はころせんせーと遭遇した。

 

「では、二寧坂でお土産探しといきますか」

「どーせ甘いもんしか買わないだろアンタ」

「そんなことありませんよ、寺坂君。せんせーだって、人付き合いというものが多少はありますからね。

 皆さん、道わかりますか?」

「ほら」

 

 狭間がスマホで開いた「修学旅行のしおり(完全版)」に書かれた局所地図(地理地形のみならず、写真、店舗、ネコのたむろする場所、近所のおばあちゃん情報などなど無駄情報まで書かれた拡大図)。

 それに従いながら、第三班は移動する。

 

 ちなみに三班は寺坂グループ(寺坂竜馬、村松拓也、吉田大成、狭間綺羅々)+原寿美鈴に竹林考太郎だ。ちなみに何故か竹林はマスクをしている。

 

「ころせんせー。油とり紙使ってみなよ」

「う~ん、なんか後が恥ずかしいですねぇ……」

 

 いいからいいから、ところせんせーの顔面にぺたぺたと貼り付ける原。

 と、その手が一つ押さえられて、ぽとりと紙が手から落ちた。

 

「カルマ君の作戦を見て思い付いたんでしょうが、生憎せんせーも予想はしていました」

「ば、ばれたか……」

 

 舌打ちする寺坂。彼女の手から落ちた紙の裏面には、カルマがかつてやろうとしたように、模造ナイフを細かくしたものがびっちりと貼り付けてあった。

 

「あー、しかし何とも言えないですねぇ。そんなに先生あぶらギッシュじゃないのに、結構とれちゃいますから……」

「ど、どんまい!」

 

 と、そんなやり取りをしている最中、ころせんせーが突如「タコせんせーぬいぐるみ」(大型)を取り出して、自分の顔の側面に配置。

 一瞬だけ出すと、すぐさまアカデミックコーデの内側へ。

 

「……何したの、ころせんせー」

「いえ、大した事じゃありませんよ。……ニュル? 雪村先生からですか」

 

 と、突然なり出した「男子三人、女子三人が歌う青春サツバツソング」を聞き、スマホを取り出す先生。

 電話に出でしばらくして、表情が曇る。

 

「すみません皆さん。せんせー、ちょっと用事が出来ました」

「用事?」

「どうも渚君たちの班がトラブルに巻き込まれたようなので、そちらの対応に向かいます。

 ではみなさん。時刻いっぱいまで、皆さん楽しんでください」

 

 ヌルフフフ、と叫びながら、アカデミックドレスが宙を舞う。3-Eからすれば見慣れた光景であるが、道行く京都民たちは目をひんむいてその様を見ていた。

 

 

 

   ※

 

 

『今回君が狙うべきは、この男だ。吉良八湖録。とある中学校の教師で、来る一月後には修学旅行の引率もする。先に言っておくが、この男は只者ではない。君よりも先に私の教え子が返り打ちにあっている。

 充分な準備をしてから臨みなさい』

 

 通信端末越しに受けたその内容を思い出し、森の中で彼はため息一つ。

 

(俺の名は「レッドアイ」。狙撃専門の、プロの殺し屋。)

 

 ニット帽をずらし、サングラスの位置調整をして、彼はターゲットが現れるのを待つ。

 事前に「依頼主」の弟子たる彼女から、今日の奴の行動予定を聞き及んでいたレッドアイ。

 

(確か1グループの生徒達の引率で、解放的な列車を移動するはずだ)

 

 まだ朝早い時間帯。数箇所に設置したカメラと己の目に映る光景を中心に、レッドアイは目標を探す。

 

――きた!

 

 窓からやや上体を乗り出す、アカデミックドレスの男。頭に付けている帽子は流石に外し、流れる風景と下に広がる川に楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

(のんきなもんだぜ。だが――)

 

 スナイパーライフルを準備しつつ、レッドアイはにやりと笑う。

 

 ここ、保津川橋梁にて停車したこのタイミングこそ、絶好の狙撃ポイント。

 橋の真下を川下りする客船に指を刺す生徒。覗きこみながら、何やら薀蓄を述べているらしい。

 

(中東の砂嵐の中、2キロ先の標的も仕留めた俺だ。

 この程度の条件の狙撃、very easyだ)

 

 百発百中、一撃必殺を旨とするレッドアイ。

 その正確無比な狙撃が、ころせんせーの眉間を狙う――!

 

 だが、しかし。

 成功を確認するため再びスコープを覗くも、ぶっちゃけ、それはころせんせーを殺すことに成功していなかった。

 

「や、八ツ橋で止めただとおおおおおおおおッ!?」

 

 心中、察して余りある程の衝撃だ。

 先ほどまでのクールな表情が崩れ、目を見開いて思わず叫ぶ。

 完全にコメディアンのようなそれである。

 

「あ、ありえねぇ……! 秒速1.5キロの弾丸を、高速回転しソニックブームを放つ弾丸を!

 先端から尾部まで入る事で炸裂する衝撃波を含めて、モチモチやわらかなもろい物体で止めるだぁ!?」

 

 あまりにも物理法則を無視した動きである。

 

「アメコミじゃねぇんだぞ、どんだけの早業が必要だと思ってんだ!」

 

 当のターゲット、ころせんせーは弾丸を抜き取り、そのまま八ツ橋を食べる。少々指先をさすっていたので、決してノーダメージというわけでもないらしいが、しかし攻撃が相手を殺すに至りはしない。

 食べながら、足元に攻撃してくる生徒達のそれを余裕綽々にかわしている。

 

 やがて動き出す列車を見て、レッドアイはほくそ笑んだ。

 

「へん、なるほどなぁ……。ブロフスキの旦那が、成功報酬7億かけるだけはあるってか」

 

 とんでもない怪物を殺す依頼に、彼は「面白れぇ」とばかりに、にやりと笑った。

 

 

 

 もっとも、その好戦的な笑みが結果に生かされたかどうだかは別である。

 

 撮影村では、1キロはなれた矢倉からの狙撃を狙うが、アクターたちに混じる彼を前に断念。わざわざアクターには、派手に動いて注意を引いてもらうよう準備したというのにこの体たらく。

 続く三寧坂の出口では、突然取り出した謎の黄色い、タコみたいなキャラクターのぬいぐるみに防がれ(恐ろしいことに貫通すらしなかった)。

 

「何なんだ……、何なんだあいつは!」

 

 五重の塔の最上階にて。

 流石にいくら百戦錬磨のレッドアイといえど、疲弊する他なかった。

 

「スピード、防御、身体能力も完璧。

 まるで、殺されないためだけに生まれてきた怪物だ。いや、まさかNINJAか!?」

 

 ちょっと間違った日本観を口走ったりもするが、大体そんな認識が世界共通だ。

 流暢な英語で早口に喚きたてるが、周囲に人がいないため気付かれはしない。

 

「どうする、NINJAには勝てないと俺のボブは言っていた。NINJAは神すら殺す、世界を超越する象徴的存在。嗚呼、まさにあいつじゃないか! マッハを超える速度の弾丸を止め、あまつさえまるで『こちらの動きを予期していた』かのように動いて――!」

 

 バイブレーション音を聞き、己のジャケットからトランシーバを取り出す。遠隔地にある端末とIP通信して、通話記録の解析を困難にする装置だ。数年前、今回彼に依頼を出した雇い主から「友人のオモチャ」だと言われて譲られた一品だ。

 

「……Hello. Ms.Jelavic?」

『Speak in Japanese, "Red eye". 今日はもう中止しなさい?』

「何?」

 

 日本語に切り替えて、レッドアイは彼女、イリーナ・イェラビッチの話を聞く。

 

『この後あの男が合流する予定だった第4グループの生徒たちが、余所の高校生の起したトラブルに巻きこまれたみたいなのよ。で、私達やあの男も、その処理にあたるわ。流石にそんな状況で、仕事任せられないわよ』

「そうか……。わかった」

 

 力なく微笑みながら、レッドアイは彼女の言葉を肯定した。

 

 

 

   ※

 

  

 

 夜の京都の町を歩く男が一人。駅前のデパートを抜け、人気のない場所を目指す男。

 季節に合わせず厚着をし、手にギターケースを持つ彼は、本日ずっところせんせーを狙っていたスナイパーに相違ない。

 

(……この業界に身を置いて八年。俺のスコープがターゲットの血で染まらなかったことはない)

 

 思い返す戦歴の数々。ロシアでの雪原にて成功させた要人暗殺。ロスにおける抗争に紛れた依頼暗殺。中東における長く続く遠距離狙撃の毎日。

 いずれも最後は、スコープの先が真っ赤に染まっていた。

 

(それが、レッドアイの名の由来だってのに。笑わせるぜ、我ながら)

 

 シャッターの閉じた商店街の狭間。背を預け、彼は黄昏れた。

 

「俺の目の何処に、今レッドが映ってるってんだ」

「――どうぞ」

 

 と、男の眼前に赤い、小さなひょうたん状の容器が吊るされた。

 

「三寧坂で買った七味です。関西の方はトウガラシより山椒が効いていて、辛味より香りが強いので、ひょっとすると口に合わないかもしれませんが」 

「……ああ、アンタか。ありがとよ――」

 

 彼の掌にぽとり、と落される七味。

 それをじっと見て、やや時間がたって、レッドアイは気付いた。

 

「――って、暗殺対象(あんた)ああああああああああああああッ!?」

「ヌルフフフフフ。『前』も思いましたが、案外良い反応しますねぇレッドアイさん」

 

 彼の目の前には、驚愕でギャグのような顔になっているレッドアイをニタニタ笑う、ころせんせーの姿があった。

 崩れ落ちる彼に、ころせんせーは笑顔を向ける。

 

「生徒たちのトラブルも、無事解決したのでねぇ……。少々ある生徒に対して懸案事項が増えましたが、それは一旦おいておきましょう。

 せっかく今日一日、一緒に観光した貴方にも、ご挨拶しておこうと思いましてねぇ」

 

 ぐにゅぐにゅと、妙に手の関節が柔らかいころせんせー。

 

「私は、向かってくる暗殺者には容赦をしない主義です」

 

 きらりと光るその目を前に、レッドアイは己の命を覚悟し――。

 

 

 

 

 

 

「……何だこの状況」

 

 数分後。連れて来られた料亭にて、思わず頭を抱えていた。

 

「何もかもお見通しで遊ばれていたわけかい」

「いえいえ。『今回も』貴方が来ているとわかっていれば、最初からそれを前提に組んで、より効率よく皆さんと遊べましたし」

「今回も?」

「こちらの話ですよ」

 

 微笑みながら、目の前の鍋の蓋を外すころせんせー。

 ぐつぐつ済んだ出汁が湧き、豆腐の白が水面でゆれる。

 

 今日一日を振り返って、レッドアイは思わず言った。

 

「いや、確かにアンタが、いつも旦那が言っていた『世界最強の――」

「ヌルフフフ、誰が聞いているかわかりませんから。今は、吉良八湖録ですよ。子供達の劣等感を暗殺する、凄腕の殺し屋先生。

 まあそっちの話、イリーナ先生には、ロヴロさんの方針で内緒ですが」

 

 豆腐を器に救い、ふー、ふー、と息を吹きかけ続ける。

 

「そうかい? まあ、こっちとしては納得した部分はあるんだ。アンタについて聞いていた話が、全くの嘘デタラメじゃなかったっていうのが、こっちからすればデタラメじゃあるんだが。

 で、俺を殺す気か? いいぜ、()れよ。

 こんな商売やってんだ。覚悟ならとっくの昔にできてる」

 

 ふー、ふー、と息を吹きかけ続けるころせんせー。

 そのままふー、ふー、と息を吹きかけ続ける。

 

 ふー、ふー、と息を吹きかけ続ける。

 ふー、ふー、と息を吹きかけ続ける。

 

 ふー、ふー、と息を吹きかけ続ける。

 

 ふー、ふー、と息を吹きかけ続け――。

 

 

「早く食えッ!」

 

 裏返った声でツッコミを入れるレッドアイ。律儀なものだ。

 

「いえ、猫舌なもので。こればっかりは何とも……」

「どんだけ猫舌なんだ、アンタ……」

 

 ちなみにこれらの会話は、シングリッシュ(シンガポール英語)で行われている。

 情報の秘匿を前提にしたものなのだろうが、何故シンガポールなのかは不明だ。

 

「殺すなんてとんでもない。

 私の暗殺者への報復はねぇ。手入れなんですよ」

 

 にこにこ笑いながら、ころせんせーは続ける。

 

「私の教室では、私の本職に沿って、『暗殺教室』という遊びをしているんですよ。そして今回は私を倒すポイントを探すため、生徒達は沢山京げほげほッ」

「お、落ち着いて食え。こっちに飛ばすなッ」

「し、失礼……。ともかく、普段より沢山、この京都について調べたことでしょう」

 

 地理。地形。見所や歴史。成り立ち、人々、生活、名産やイベントなどなど。

 

「それはつまり、この町の魅力を知る機会が、多かったということです」

「町を知る機会?」

「人を知り、地を知り空気を知る。暗殺のためにと通して得た物は、生徒の今後の人生を豊かに彩り、一つの経験としてつながっていくことでしょう」

「経験……」

「はいどうぞ」

 

 豆腐をよそい、ネギやゴマを乗せ醤油をかけ、レッドアイの手前に置くころせんせー。

 

「私から一つ、インストラクションを与えましょう」

 

 指を立てるころせんせーは、同年代に見える男にとって、しかし同時に教師のようでもあった。

 

「だから、私は彼等が真剣にことに当るのを、喜ばしく思います。

 私を倒すために真剣になればなるほど、それは彼等に新しいつながりを作ります」

 

 ――さて、では貴方はどうでしたか?

 

「レッドアイさん。人生には無駄はないと言います。私も、正式な弟子に教えた事があったのですが……。

 だからこそ、もっと広く見聞を広め、心から楽しみなさい。

 『狙撃』や『暗殺技術』だけで通じるほどこの業界、浅くはありませんよ?」

 

「……能力も考え方も、行動さえイカれてるぜアンタ。見ず知らずの殺し屋に、アドバイスまでしてきて」

 

 肩をすくめながら、レッドアイは笑う。

 

「だが……、なんでかな。アンタは紛れもなくプロなんだが、同時に先生してやがるじゃねぇか」

「そりゃ、ころせんせーですからねぇ」

 

 ヌルフフフ、と微笑む彼に、レッドアイは適わないとばかりに肩をすくめた。

 

 

 

『依頼を放棄するのか?』

「ああ。とりあえず、この町を好きに観光したくなった。悪いな旦那。

 俺はまだまだ、暗殺者として未熟だったよ」

 

 その日の夜。雇い主に対して、レッドアイは連絡を入れる。

 

「でも旦那、まさかこの通信装置を作った本人を殺しに向かわせるってのは、趣味が悪いね」

『必要なことだ』

「アンタにとってか? それとも、俺に?」

『……ほう、どうやら気付いたようだな』

 

 まあ少しはな、とレッドアイは肩をすくめた。

 

「一つの色に拘らず、たまには色々な色を見て回るさ。

 ひいては、それが俺のためってことだろ」

『……今回、君を向かわせた価値はあったようだな。

 その点、果たしてイリーナはどうなっているか』

「さあ。それこそ、コロセンセーに聞けばいいんじゃないか? あんたら、トモダチなんだろ」

 

 通話を終えると、レッドアイは三日月を見上げる。

 

「さぁて……、明日のスコープには、どんな色が映るかなぁ」

 

 その表情は、妙にはればれとしたものとなっていた。 

 

 

 

   ※

 

 

 

「大丈夫だった? 今日」

『ごめんごめん。でも、大丈夫だったよ。みんな助けてくれたしさ、お姉ちゃん。

 そっちこそ大丈夫だった? 実家の方、色々大変だし』

「んん……、まあ、何とか大丈夫ね。吉良八先生もいるし」

 

 温泉上がり。宿の入り口にて、雪村あぐりは何処かへ電話をかけていた。

 あて先は、彼女の妹。

 

 浴衣の胸元を片手で扇ぎつつ、彼女は困ったように笑いながら話をしていた。

 

 と、背後から見知った男性に声をかけられた。

 

「おや、あぐりさん。妹さんと電話ですか?」

「吉良八先生――」

『あ、そうだ! お姉ちゃん代わって!』

「え?」

『「ちゃんとしたタイミング」で、先生に挨拶したいからさ! 食事に行ったりもまだできてないし』

「そ、それは私が悪かったから……」

 

 困ったように笑いながら、ころせんせーに事情を話すあぐり。

 とりあえず、妹が直接話したいので代わってくれ、という話だった。

 

 無論、ころせんせーは快く引き受ける。

 

「はい、吉良八です」 

『どうも、吉良八先生。姉と実家がいつもお世話になって……。特に実家の方は、重ね重ね』

「いえいえ、こちらこそあぐりさんには、大層お世話になってます。ヌルフフフフフ」

『……そっか、オフだともう下の名前呼ぶんですねぇ』

 

 結構距離縮んでるんだなぁ、と彼女はくすくす笑った。

 

「それでええと……、雪村さんと呼んで良いでしょうか。なんだか色々、しっくりこなくて」

『大丈夫ですよ。普通にされると、私も「どっちで」応対していいかわかんなくなるんで』

「では雪村さん。一体どうしたのでしょうか? お姉さんから聞いていた『お食事会』は、今期のスケジューリングから少々難しいから延期したと思いましたが……」

『そっちじゃなくて……。あの、今日思ったことがあったんですが。

 私の、「クラスメイト」の話です』

 

 その一言に、ころせんせーはゆるんだ表情から教師の表情へと戻る。

 

「では、詳しくお聞かせ願えますか?」

 

 修学旅行の夜は、まだ長い。

 

 

 




今回の原因;赤目さんがやっぱり好きなので

一応予定では、レッドアイさん再登場ワンチャンあります

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