死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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名簿の時間の活用頻度ェ・・・
暗殺教室二次やる方は、あって絶対損はないです(断言)


第10話:古都の時間

 

 

 

「知っての通り、来週から京都二泊三日の修学旅行だ。が、聞いてるだろうが吉良八はいつも通りだそうだ」

「ってことは、あっちでも『暗殺教室』ですか?」

「その通りだ。もっとも時間自体は、日中三時間前後とするらしいが。基本は状況と気分によるらしい。

 ルールについては、オーソドックスに武器による攻撃だ。

 向こうはこちらと比べて段違いに複雑。しかも君達はコースを班ごとに決め、奴はそれに付き合う予定らしい」

 

 烏間の言葉に、生徒達は教室で頭を傾げる。

 

「……どーして烏間先生が~、その話をしてるんですか~?」

「……色々作っているらしい」

(((((色々?)))))

「そこは後々分かるだろう。ともかく、やり方は任せる。がくれぐれも、他の観光客の迷惑にならない程度にな」

「「「「「は~い」」」」」

 

 椚ヶ丘中学3-E。本日は担任、副担任ともに朝は遅れるとのこと。後者は家の事情で下手すると一日休み、前者は今のように、烏間が濁していた。

 結果的に一時間目の英語の授業、後半残り十分を使って烏間から連絡が入ったというわけだ。

 

 鐘が鳴り、授業終了。

 席を立つ生徒たち。各々集り、話し合いをはじめた。

 

「楽しみだねー、来週の修学旅行~」

「あはは……、暗殺教室もやるみたいだけどね」

 

 中間テストが開けて、次のイベントは修学旅行。

 学年の成績ワーストクラスたるE組も、同様に目白押しな予定を受けることができた。

 

 片岡メグから手渡されていた紙を見て、渚は唸る。

 両側から茅野あかり、杉野友人が覗きこんでいる形だ。

 

「修学旅行の班か……。あ、カルマ君、同じ班なんない?」

「おぅ?」「ん?」

「んー? 嗚呼、おっけー」

 

 渚の言葉に、爽やかに微笑む赤系の毛の少年。しかしそこに見え隠れする凶暴性に、杉野は渋る。

 

「旅先でケンカ売って、問題になったりしねーよなぁカルマ」

「へーきへーき。心配性だねぇ杉野」

 

 にこにこ笑いながら、カルマはスマホを取り出す。

 そこにとある写真を表示し、無邪気な笑みを浮かべた。

 

「旅先のケンカは目撃者の口も封じるし、誰も知らないよ♪」

 

 なお、無邪気と言っても悪い笑顔である。

 

「(おおおおおおい!? やっぱ止めようぜアイツさそうの!)」

「(う、うー ……でも気心知れてるしなぁ)」伊達に三年間同じクラスではない。

「で、他の面子は? 渚君と杉野と茅野ちゃんと――」

「あ、奥田さんも誘った!」「ふぇ」

 

 カルマも班決めの紙を覗きこむ。と、彼の言葉に合わせて、茅野が奥田愛美を引っ張ってきた。メガネ女子コンビである。

 

「ウチは六人班だし、女子一人要るんじゃねー?」

「えっへへぇ。実は前から、あと一人誘っていたのだッ」

「「「?」」」

 

 得意げになる杉野に、頭上に疑問符を浮かべる三人。渚だけは事前に知ってるので、特に反応はない。

 

「――我がクラスのマドンナ、神崎さんどうでしょうッ」

「ま、マドンナだなんて……」

「おー、異議なし! ていうか杉野、超頑張った!」

 

 うきうきしているのが目に見えてわかる杉野に、茅野が激励。多少失礼な感じの激励であったが、結果が結果なので構いやしないらしい。

 

(神埼さんはあまり目立たないけど、クラスのみんなに人気がある。彼女と同じ班で嫌な人はいないだろう)

 

 渚の視線の先で、杉野の紹介に照れた神崎有希子が頭を下げた。育ちの良さが窺える仕草である。

 

「ヨロシクね、渚くん」

「う、うん……」

 

 無論、渚とてその優しげな笑顔の前には、頬を赤くする他なかった。

 

 なお、生徒たちが楽しそうに修学旅行について話している中。先ほどまで授業を受け持っていたイリーナは、小馬鹿にするようせせら笑っていた。

 

「ガキねぇ皆。世界中飛び回ってきた私に、今更旅行なんて――」

「じゃあ留守番しててよー、ビッチ先生」

「――ほぇ?」

 

 なお、前原の一言で大人の仮面は脆くも崩れ去った。

 続く岡野ひなた達の会話で、更に致命傷を負う。

 

「花壇に水やっといてねー、ビッチ先生。

 ねぇ、二日目どこいく?」

「やっぱり東山からじゃない?」

「暗殺との兼ね合いを考えてさ――」

「千葉いけるか? 狙撃なら――」

「でもこっちでお土産買った方が――」

 

 そしてすちゃ、と拳銃を構えて、駄々をこねるよう叫んだ。

 

「なーによ! 私抜きで楽しそーな話してんじゃないわよッ!!」

「だーもう、行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ!」

「うっさいッ! 仕方ないから行ってあげるわよッ!!!」

 

 丁度そんなタイミングで、教室の扉が開かれる。

 アカデミックコーデを翻し、胸元には三日月の太いネクタイ。

 

 担任、ころせんせーこと吉良八湖録だ。

 

 ころせんせーの手元には、赤い冊子が複数あった。

 

「さあ、皆さん。一人一冊受け取ってください」

「何ですか? それ」

「修学旅行のしおりです」

「「「「「ええっ」」」」」

 

 冊子としてはまだ常識的な範囲だが、それでもそれらのしおりは、結構分厚く出来ていた。

 流石に辞書というほどまではいかないが、文庫本一冊くらいのページ数はありそうだ。

 

 そそくさと配り終えると、ころせんせーは説明に入る。

 

「イラスト解説の全観光スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門から応用まで、全部昨日徹夜で作りました」

(……あれ、これってQRコード?)

 

 一番最後のページにて、発見した渚が思わずそのリンク先へとスマホで行ってみれば、出るわ出るわとんでもない量の通信データ。

 どうやら、冊子で印刷できなかった分のデータをまとめてアップロードしてあるらしい。

 

「初回特典は、組み立て紙工作金閣寺です。ちなみに当りは銀閣寺」

「「「「「何それ意味不!」」」」」

「どんだけテンション上がってんだよッ!」

「絶対これ、しおり作るので遅れたでしょ!」

「全然ダウンロード終わらないよせんせー!」

 

 各々ツッコミを入れる生徒たち。なおそんな様子を、今丁度やってきた副担任、雪村あぐりが苦笑いしながら見守っていた。

 

(3-Eは暗殺教室。

 普通よりも盛りだくさんになるだろう修学旅行に、やっぱり僕もテンションが上がっていた)

 

 なお余談だが、あぐりの本日の格好は何故かツナギ姿だったりした。

 

 

 

   ※

 

 

 

 そして向かえる修学旅行。

 集合場所は東京駅。

 

「うわ、A組からD組までグリーン車だぜ?」

「ウチらだけ普通車いつもの感じだね」

 

 中村莉桜の言葉を耳聡く聞きつけ、D組担任の大野が鼻で笑った。

 

「ウチの学校はそういう校則だからなぁ。入学時に説明されたろう?」

「学費の用途は成績優秀者優先」

「おやおや、君達からはビンボーの香りが――ヒッ!」

 

 このやり取りの間、元教え子であるカルマは完全に大野の姿を視界から外していた。

 なお、追随して出てきた高田と田中は、苦笑いする渚に一瞬ビクッとなったりもする。

 

 そして、ビンボー臭さとは無縁の彼女がやってくる。

 

「ごめん遊ばせ?」

「「「!!?」」」

 

 ゴージャス、の一言で事足りる。

 現れたイリーナの服装はブランドを適度に使いながらも色気と露出を適度に忘れない、一流スターがレッドカーペットを歩くかのごとき扮装であった。

 

「ビッチ先生なんだよそのハリウッドセレブみたいな格好」

「うっふふふ? 女を駆使するプロとしては当然の心得よ。いい? 良い女は旅ファッションにこそ気を使うものなのよ。必要なのは一目で相手を―ーきゃッ!」

 

 得意げに女生徒たちに、持論を展開するイリーナだったが、背後からのアイアンクローには勝てるはずもなかった。

 

「引率の教師の格好じゃない。着替えろ」

「か、硬いこと言ってんじゃないわよ、烏間――」

 

――脱げ。

――着替えろ。

 

 言葉少なに、鬼のような形相で睨み付ける烏間。

 結局、イリーナは数分後には電車内でめそめそすることとなった。

 

「誰が引率なんだか……」

「ブルジョワばっか殺してきたから、庶民感覚ズレてんのかな、ビッチ先生……」

 

 クラス委員達の突っ込みが的確である。

 ともかく、新幹線は走る。

 

 作戦会議をする班、遊びに興じる班、趣味の話しに没頭する班、ひたすらに無言が支配する班。

 個々別々に様々な様相を呈する中、渚たちの班はと言えば。

 

「渚、そういえばメモどうなってる?」

「あー、これ」

 

 基本的な話題として、せっかくだからと渚のメモ鑑賞の時間となっていた。

 

「おおー、すごーい! 私たちのとせんせーのとで、分けてるんだー」

「うん。みんなの特技とか弱点とか、あところせんせーのアドバイスとかもあった方が、後々いいんじゃないかと思って」

「おー! ちゃんと有田投手の話もメモしてある!」

「……ころせんせー、知り合いなの?」

「いやー、ホントどうなってんだろ」

「はは、ちゃんと寺坂のところにNARUTO描いてある」

 

 今までの授業でしてきたメモを中心に、生徒側、他の教員の授業の際のメモもひろわれている。やや文字は雑だったが、それなりに密度濃く書かれていた。

 

「渚、渚~。けっこう文字書くの早くなったんじゃない?」

「あ、それある。板書少し楽になったかも」

「マジか、俺もやろうかなぁ……」

 

 しばらくそんな会話が続き、ババ抜きに移行する渚たち。

 と、新幹線のドアが開いた。

 

 向こうからは、大きな袋を抱えて帰って来たころせんせーの姿。ちなみに服装はいつも通りだ。

 

「いやー、疲れました。目立たないようにお菓子を買ってくるのも大変ですねぇ」

「「「「「いや、それ買いすぎ!」」」」」

 

 そう、いくら何でも電車内の購入だ。まかり間違っても、両手でぎりぎり抱えられる量のお菓子を買ってくるとか、尋常じゃない。

 そんな指摘を受けても何処吹く風とばかりに、座席についてころせんせー。

 

「そうそう、皆さんにも半分あげましょう」

「半分は自分で食べるんだ……」

「あはは……」

 

 茅野と渚が、何とも言えない笑みを浮かべた。と、ここで杉野が気付く。

 

「……あれ、雪村先生は?」

「実家の都合で遅れるんだってー。さっき先生に聞いた」

 

 茅野の言葉に納得して、再びババ抜きに戻る杉野。

 

「そんな沢山お菓子買ってくんなよせんせー。大人げない」

「ヌニャ!?」

「只でさえころせんせー、目立つのにー」

「黙ってればイケメンだしね。身長高いし」

「てか、外で付き添いの先生が悪目立ちしちゃヤバくない?」

「ご心配には及びません。ヌルフフフフフ……」

 

 ころせんせーは、インバネスの内側からあるものを取り出し、顔に掛けた。

 ……俗に言う、鼻メガネである。

 

「……はい、これで大丈夫です」

「「「「「それ本気で言ってないよね!?」」」」」

「皆さんの分もありますから、ほしい人は気軽に――」

「「「「「要らないよ!」」」」」

 

 ほぼ満場一致の突っ込みである。ちなみに何故ほぼなのかと言えば、さりげなく菅谷が一個貰っていたからだ。

 彫刻刀で少しいじり、付けひげを切り落し、やすりで成形する菅谷。意外と器用なようだ。

 

「ほら、せんせー。これなら少しはマシじゃない?」

「お? ――おお、なかなか綺麗にフィットしますねぇ」

「顔の曲面と、不自然に見えない程度に削ったんだよ。俺、そーゆーの得意だから」

 

 すげーな菅谷、と磯貝がもてはやす。

 

「旅行になると、みんなちょっと違った一面が出るね。……って、早いね渚、メモかまえるの」

「うん。まあ、習慣だし」

 

 さらさらと以前から作ってあった菅谷のページを開き、そこに情報を追加する渚。

 

「これから旅の出来事次第で、もっと皆のいろんな顔が見られるかも」

「ねえ、皆の飲み物買ってくるけど、何飲みたい?」

 

 神崎の言葉に女子二人が続く。メガネ二人に挟まれる形で、三人は席を立った。

 

 

 

 

 

「なんかボロ。てか古ッ」

「ちっちゃい……」

「ま、いつも通りだよね」

 

 宿泊先に着いた3-E。案の定、旅館はA~Dとは別で、更に予算もかかっていない。

 むしろ「最低限の設備があるだけあり難く思え!」と言わんばかりの構成だ。

 

 ちなみにそんな中で、ころせんせーはソファーの上でぶっ倒れていた。

 

「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは……」

 

 ころせんせーの弱点に「乗り物に弱い」を書き込む渚。

 なお、せんせーの周りに要る三人は、容赦なく模造ナイフを振り下ろしていた。

 

「大丈夫? 寝室で休んだら?」

「いえご心配なく……。岡野さん、片岡さん、磯貝君、流石に今暗殺はちょっと待ってください。かわすのに問題なくても、あんまりやると吐きます」

「「ひゃあ!「うわっ!」」」

 

 珍しく止めてくれというころせんせーだが、発言内容から飛び退く三人。

 カルマは何やらごそごそと準備している模様。

 

「雪村先生、早く来てくれませんかねぇ……」

「ころせんせー、その調子じゃなぁ」

「いえ、昨晩職員室で寝泊りしたので、枕を忘れてしまいまして……。枕変わるとよく眠れなくて」

「そんだけ荷物あって忘れものかよッ!」

 

 ころせんせーの真横には、登山にでも行くのかと言わんばかりの大きさの荷物が置かれていた。

 

 せかせかとペンを動かす渚の横で、茅野と神崎が不思議そうに話をする。

 

「予定表見つかった? 神崎さん」

「ううん……。確かにバッグに入れてたのに。どこかで落したのかなぁ」

 

 考え込む彼女に、答える声はなかった。

 

 なお数分後、カルマの手によってころせんせーが苦悶の表情に立たされるのだが、それはまた別な話。

  

 

 

   ※

 

 

 

 翌日の昼間。

 バスで移動しながら、渚たちは暗殺場所の相談をする。

 

「渚、ここなら結構狙えるんじゃないか? 見晴らしも悪くないし、距離もそこそこだし」

「あとは、僕等の狙撃力とかも考えないとね」

「変な修学旅行になったねー」

「そうだね。でも、結構楽しいよ」

「でも、うわーん!

 せっかく京都来たんだから、抹茶わらびもち、わらびもちー!」

「あはは……」

「では、それに何か毒を入れるのはどうでしょう!」

「普通に味わおうよ!?」

「ころせんせー、甘い物に目がないですから」

「ちゃんと覚えてるじゃん、奥田さん。でもなかなか面白いんじゃない? 名物で暗殺とか――」

「勿体ないよ! あとカルマ君は昨日のこと反省して! 流石にかわいそうだったじゃんころせんせー!」

「ころせんせーが感知できない毒があればいいのに……」

 なお神崎の言葉を証明するように、以前のバーベキュー大会で「毒キノコと普通のキノコの見分け方講座」なるものを開催し、ほとんど無味無臭であるはずの二つを、嗅覚だけで識別したころせんせーである。結局わからないと生徒達からは不評であり、結論は「知らないものは手に取らない」となっていたりした。

 

「でもさぁ、正直修学旅行の時くらいは、暗殺教室忘れたかったよなー。寺坂とかは『休みの後に休みとかサイコーだろ!』みたいなこと言ってたけどさぁ。

 いい景色じゃん。暗殺なんて縁のなさそうな場所でさ?」

「んん、そうでもないかな?」

 

 渚はスマホを取り出し、タッチ操作でファイルを展開。妙に展開に時間のかかるそれは、間違いなくころせんせーが準備していた、完全版修学旅行のしおりのデータだった。

 

「……。ほら、こことか」

 

 道の先に指差す渚。とある商店が連なる場所の一角に、それはあった。

 

「坂本竜馬の墓石……? って、あの?」

「あー、1867年、竜馬暗殺。大宮の跡地ねぇ」

「他にも、歩いて数分の距離に本能寺があったり。場所は当時と少しずれてるらしいけど」

「あ、そっか。明智光秀の裏切りも暗殺の一種かー」

 

 それに限らず、京都という場所の歴史は古い。偉人賢人問わず、数多くの人間が陰謀やら何やらで暗殺されていてしかる場所だ。

 

「ずっと日本の中心だったからこそ、暗殺の聖地でもあると思うんだ」

「なるほどなぁ。……って、すげー字面だな、暗殺の聖地っていうのがもう」

「うん、今言ってて自分でも思った」

「でも、言われてみりゃ確かに、こりゃ立派な暗殺旅行だなー」

 

 なお、その暗殺のターゲットはいずれも何某か重大な影響を持つ人物であることが多い。

 その中に彼等の担任が含まれるかどうかを、生徒たちはまだ知らない。

 

「次は八坂神社ですね」

「ねえ、もういいから休もう? 京都の甘ったるい珈琲のみたいよ」

「そそ、のもーのもー! あと抹茶わらびもちー!」

「茅野さん、拘るね……」

 

 と、渚はふと後ろを振り返る。

 

「どしたの? 渚ー」

「……いや、何でもないよ、茅野」

 

 一瞬誰か人がいたような気配を感じたが、気のせいだと判断して渚は足を進めた。

 

 祇園の町を行く一行。神崎の誘導に従っていくと、段々と人気が減っていった。

 

「碁盤目だからっていって、みんな同じくらい人がいるわけじゃないんだよねー」

「うん。奥に行くと一見さんお断りの店が多くなるから、目的もなくふらっと来る人もいないし、見通しが良い必要もない。だから、私の希望コースにしてみたの」

 

 つまるところ、「目立ってはいけない」というルールが追加されている修学旅行中の「暗殺教室」において、いつもの教室のように銃器を出しても問題がなくなるフィールドであるということだ。

 

「さっすが神崎さん! 下調べ完璧ィ!

 じゃあ私達は、ここで決行にしよっか――」

 

「マジ完璧ィ」

 

 突然、渚たちの手前に、彼等よりも高身長の男が立つ。髪をオールバックにした、黒い学ラン。ゴリゴリにバイオレンスな男子校臭がする印象だ。

 そんな彼の登場と共に、前方向、後ろ方向ともに退路が、彼と同様の制服らに塞がれる。おそらく同じ高校か。

 

 動揺する全員。そんな中、カルマはともかく渚は不思議と冷静だった。

 

「何? お兄さんら。観光目的じゃないっぽいけど」

「男に用はねぇよ。女置いてお家帰り――」

 

 その先の言葉が続く前に、カルマの平手が太った男の頭を地面にダイブさせた。

 蹲るわ、蹲るわ。

 

「ほら渚君。今ならケンカしても大丈夫っしょ」

「! そうか、目撃者今ならいないし――! カルマ君!」

 

「てめぇ刺すぞ!」

 

 地味に五徳ナイフを抜いた、左右で目の開き方がちょっと変な男。

 もっとも飛びかかられる前に、近場の自転車にかけてあった布を引っぺがして、顔面にかけるカルマ。

 視界を回復しようと男が動く前に、軽やかに飛びあがりシャイニングウィザードを決める!

 

「鼻、折れてたらごめんねー」

 

 気楽に転がる男に声をかけるカルマ。その流れるような動きは、明らかにケンカ慣れしたものだった。

 

「刺すとか言った? そのつもりもないのに」

「茅野!」

 

 だが、背後で神崎ら女子二人が腕を掴まれているのを見て、状況は変わる。

 なめて掛かっていたからこそか。このメンバーの中で、最大戦力がカルマであるのだから。

 

「わかってんじゃんか、刺しはしねぇよ!」

 

 がん、と殴り飛ばされるカルマ。転がった彼に、高校生らの私刑(リンチ)が加わる。

 ただそれでも頭と手先を器用にガードしているあたりは、烏間の教育が生きていた。

 

「カルマ君!」

「おい止め――ッ!」

 

 吹き飛ばされる杉野。巻き添えに転がる渚。

 

「みんなー!」

「渚!」

「おい、車出せ!」

 

 無理やり連れて行かれる神崎たち二人。

 倒れるカルマに杉野。

 耳を打つ、茅野の声。

 

「――!」

 

 この瞬間。渚の内側で何かが再びカチリとかみ合い、動き出した。

 

 烏間の授業のイメージ。磯貝のナイフの動きが、フラッシュバックする。

 

 渚は前方に飛びこみ一回転し、カルマが倒した男のナイフを奪う。

 それを腕に持ち、アンダースローではあったが、男の左半身肩方向に勢い良く投げつけた!

 

「あん!? チッ」

「あッ!」

 

 だが残念ながら、ぎりぎりでかわされた。

 その場で顔面を蹴り上げられ、吹き飛ばされる渚。

 

「中坊が、ナメてんじゃねぇぞ?」

 

 渚の前に、更に高身長の男達が三人並ぶ。

 

(目の前に立つ高校生たち。僕等より一回り大きい体。振るわれた暴力は、未知の生物のような衝撃だった)

 

 振りかぶった拳が顔面に向けて振り下ろされる。

 だが、今の渚は渚ではあるが、決して普段の渚ではない。

 反射的に彼は、顔を手で被い隠そうとして――。

 

 

 

   ※

 

 

 

―― ……さ君、杉野君、――

 

「……? あ、良かった、奥田さんは無事だったんだ」

 

 揺さ振られる前に起きあがった渚。軽く意識を失っていたらしい。

 頬を擦りながら笑う渚。頭と腹をなでる杉野に、奥田は申し分けなさそうに言う。

 

「ごめんなさい。ずっと、そこの横道に居ました……」

「いや、それせーかい。犯罪慣れしてやがるよアイツら。

 通報しても、すぐには解決しない程度に調整してやがるしさぁ。っていうか――」

 

 庇っていた頭を解き、起き上がるカルマ。

 その表情は普段の無邪気さよりも、最初期にころせんせーに挑んでいたような獰猛さが見て取れた。

 

「――俺に直接処刑させろって言ってんのかな、アイツら」

「でも、どうやって探し出す?」

 

 ふと、渚は指先に違和感を感じる。

 どうやら顔を庇った際、相手の手の甲か何かの皮を抉ったらしい。

 

 それを取り除いてペットボトルの水で流し、ポケットからハンカチを取り出した瞬間。

 

「……あ、そうだ! しおりだ!」

「「「?」」」

 

 すぐさまポケットからスマホを出し、修学旅行のしおり(完全版)を起動する渚。メニューの検索欄を開き、「拉致」と入力。

 果たして、数秒とかからずにレスポンスが帰って来た。

 

「あった。『班員が拉致された時にとる行動』」

「うっそ。いや、普通ここまで想定したしおりなんてねぇよ。というか渚、しおりダウンロードしといてくれてサンキューな」

 

 恐ろしくマメな彼等の担任である。他のコラムも開きつつ、思わず苦笑いする渚。

 

「……何か、何でも書いてあるよ。『八ツ橋が喉に詰まった時』とか『哲学の道でいまいち哲学できなかった時の対処法』とか」

「どこまで想定してんだよ……」

「『縁結びの神社で、告白されるかソワソワしてたのに何もなかった時の対処法』とか」

「大きなお世話だッ!」

 

 思わずつっこむ杉野。

 僅かに四人は、いかにもころせんせーらしいそれに落ち着きを取り戻す。

 

「渚君、どう?」

「……うん、大丈夫。今するべきことがちゃんと描いてある。とりあえず、誰か他にスマホ出して」

 

 渚の指示に従って、準備は進む。

 

「待ってて、神崎さん。……茅野」

 

 つぶやく渚の表情は、少し険しいものになっていた。

 

 

 

「連れに召集かけといた。『記念撮影』の準備もなぁ。

 ここなら多少騒いでも誰も来ねぇ」

 

 一方その頃、茅野たちは。

 両手両足を縛られて、ソファの手前に転がされていた。

 

 高校生等を、茅野は睨み付ける。

 

「そっちのキューティクルな方。どっかで見たことあると思ってたんだけど、これお前だろ。

 東京のゲーセンで、去年の夏ごろ」

「!」

「目ぼしい女居たら報告するようダチに言っててよぉ。一発拉致ろうと考えてたんだが、いつの間にかいなくなっちまってたってわけぇ」

 

 オールバックの男のスマホに映る写真は、髪を染めて、ウェーブがけて、やや柄の悪そうな服を着てはいるが。

 まぎれもなく、神崎そのものであった。

 

「まーさかあのエリートんところの生徒だったとはねぇ。通りで見つからねぇわけだ。

 でも俺らにゃわかるぜ? 毛並みの良い奴等ほど、どっかで台無しにされたがってんだ」

 

 にたりと笑いながら、顔を近づける男。ころせんせーの笑いと違い、全体に悪意が滲む。

 

「これから夜まで、台無しの『先輩』たちが何から何まで教え込んでやるよ」

「……」

 

 神崎は、こらえるように目を伏せた。

 

「おっし、とりあえず集るまで一旦待機な。あっちで少し準備だ」

「「「「おう!」」」」」

 

 一旦茅野たちの手前から引き上げていく男達。だが別に、何一つ油断ならない。

 彼等が離れた後、茅野は神崎に耳打ちで聞いた。

 

「(さっきの写真、神崎さんでもああいう時期があったんだね。今、真面目だけど)」

「(……意外?)」

「(ん、ちょっと)」

 

 ストレートに感想を言う茅野。忌避されているわけでないとわかり、神崎はわずかに微笑んだ。

 

「(……ウチは父がきびしくてね――)」

 

 神崎は、話を続ける。学歴、肩書き共に良いものばかり求める、弁護士の父親。

 そんな生活から離れたくて。名門校という肩書きからも逃れたくて。

 

 亡くなった祖母が切欠で始めたゲームにはまり、気が付けば、知っている人が居ない場所で、格好も変えて遊んでいた。

 

「……馬鹿だよね。遊んだ結果得た肩書きが、エンドのE組」

 

――自分の居場所がわかんないよ。

 

 呟く神崎に、茅野は少しだけ迷って言った。

 

「(私、今期からの『編入生』じゃん?)」

「?」

「(でさあ。入学式……始業式? の後、渚と初めて話した時さ。なんだかわかんないけど、すごく泣かれたんだよねー)」

「(……渚君?)」

 

 確かに、潮田渚は男子なのに、妙に女の子っぽい。泣いた、というイメージができないわけではないが、しかし今の話はおかしい。明らかに、情緒不安定な反応にしか聞こえなかった。

 

「(どんな事情があったかは聞かなかったけどさ。でもみんな、色々あるんだと思うよ?

  私だって、人に言えないけど、事情あってE組に来たし)」

 

 神崎さんに比べれば軽い方だと思うけどね、と、茅野は笑う。

 

「茅野さん……」

「(だから、そういう意味じゃみんな、居場所なんてわからないんじゃないかな、って思うんだけど……、うーん、何の話してるんだろ。私、こういう『キャラ』じゃないのに)」

 

 なにやら勝手に自問自答に陥る茅野あかり。

 なぐさめようとしてくれてるのが分かる神崎だが、でも、表情は簡単には晴れない。

 

「だったら、俺等と仲良くなりゃいいんだよ」

 

 いつの間にか、オールバックの男がしゃがんで、二人に顔を寄せてきた。

 

「知ってるだろ? 俺等も肩書きとか死ねって主義でさぁ。エリートぶってる奴等台無しにしてやってよぉ。なんつーか、自然体に戻してやる? みたいな。

 俺等、そーゆー『自由』沢山してきたからよぉ」

 

「――最ッ低」

 

 彼等の言葉を聞き、茅野がつぶやいた。

 その表情は、先ほどまで話していた明るい彼女のものではない。

 

 

 神崎が未だに見たことのない、全く感情を灯していなかった表情だ。

 

 

 反抗の言葉が気に入らないのか、男が彼女の髪を掴んで持ち上げる。

 

「なぁにエリートぶった顔して見下してんだ」

「見下してないよ。くだらないから、くだらないって言っただけ」

 

 続ける言葉にも、軽蔑が滲む。

 神崎は、思わず目を見開いた。

 

 あまりにも、あまりにも普段の茅野あかりと、その場で高校生相手にメンチ切り替えす彼女とが一致しない。

 

 ツーサイドアップの片方の根元が痛いだろうに、しかし彼女は態度を変えることはなかった。

 

「自分のやってること正当化して、周りに強要してる時点で見下す価値もない。見下されたいなら、せいぜい自分が見下される立場だってことを自覚すればいいんじゃないの?」

「あぁん? チッ、おめぇもすぐ同じレベルまで落してやんよッ」

 

 椅子に放り投げられる茅野。メガネが飛び、転がる。髪留めのゴムも切れたのか、つかまれていた方のテールが解けた。

 

「はっ、案外悪くない顔してんじゃねーか。

 いいか? 宿舎に戻ったら涼しい顔でこう言えよ? 『楽しくカラオケしてただけです』ってなぁ。

 そうすりゃ、誰も傷つかねぇ。戻ったらまたみんなで遊ぼうぜぇ?」

 

――楽しい旅行の思い出の写真でも見ながらさぁ。

 

 堪えるような神崎と、連れてこられた当初とは比べ物にならない迫力で睨む茅野。

 神崎は僅かに思う。こちらの方が、本来の茅野あかりの性格なのではないかと。

 

「……お? 来た来た。紹介するぜ。ウチのカメラマンだ――、ぁん?」

 

 背後で扉が開かれ、暗がりから赤いリーゼントが見えた。男は得意げに笑う。

 だが、現れたリーゼント顔の鼻は折られ、目は白目を向いていた。

 

 どさり、とそれを落す手は、見覚えのあるもの。

 

「――『修学旅行のしおり(完全版)、1243頁。「班員が何者かに拉致された時の対処法」』」

 

 聞き覚えのある声が続き、茅野の表情が段々と晴れていく。

 

「『手がかりがない場合、会話の内容やなまりなどから、地元民かそうでないかを判別。地元でなく学生服を着ている場合は、1344頁。考えられるのは、相手も修学旅行生であり、旅先でオイタをする輩です』」

「渚ぁ! みんな!」

 

 現れ出た渚、杉野、カルマ、奥田を見て、ぱあ、と表情が晴れる茅野。

 それを見て、僅かに神崎の頬が引きつった。もっとも茅野以外には見えていないだろうが。

 

「てめぇら、何でここが分かった!」

 

 叫ぶ男を無視して、渚は続ける。

 

「『もっともその手の輩は、遠くへは逃げられない。近場で人目のつかない場所を選ぶことが多いでしょう。その場合、付録134ぺージへ』」

 

 渚の言葉に合わせて、奥田が紙バージョンのしおりのページを開く。

 

「『せんせーが昨年下見してきた、「拉致実行犯潜伏マップ」が役立つでしょう』」

「あ……!」

 

 僅かに驚く神崎。

 ちなみに高校生らは、完全に目が点となっていた。

 

「すごいなこの修学旅行のしおり! スマホの方と両方合わせれば、完璧じゃんか! 完璧な拉致対策だ!」

「いやー、やっぱ修学旅行のしおりは、持っとくべきだよねぇ――」

 

「「「「「ねぇよ、そんなしおり!」」」」」

 

 大変にごもっともである。

 

「で、どーすんのお兄さんら。こんだけのことしてくれたんだからさぁ? あんたらの修学旅行はこの後ぜんぶ――入院だよね?」

「はっ、中坊がイキがんな。聞こえないか? この足音」

「!」

 

 奥田がぎょっとする。確かに出入り口の向こうからは、数人の足音や、何かを引きずる音が聞こえていた。

 

「お前等みてーな良い子ちゃんはなぁ。見たこともない不良共が――」

 

 だが、残念ながら現れたのは不良共ではなかった。

 見事な七三分けの頭。キューティクルリングが輝く黒髪。黒ブチメガネが妙に生真面目というか、サラリーマンっぽく見えなくもない。

 

 どう見ても不良にしか見えない連中が、数人まとめてそんな格好をさせられている。

 おまけに、そんな彼等は「ある男」に引きずられて現れたのだ。

 

「……え、え? えええッ!?」

「不良など居ませんねぇ。せんせーが全員手入れをしてあげましたので」

「ころせんせー!」

 

 彼等の担任、我等が吉良八湖録である。

 もっとも、服装が普段とは色々と違っているが。

 

 ちなみに不良(?)たちを拘束している黄色いロープは、案の定「タコせんせー」系のグッズのようだった。

 

「遅くなって済みません。他の場所を中心に探していて、来るのに手間取りました」

「……で、何? その、死神みたいな全身ローブは」

 

 ころせんせーは、まるでファンタジーに出てくる魔法使いのような、全身を被う真っ黒なローブに身をつつんでいた。

 

「(普通に暴力沙汰ですので、顔が暴力教師として覚えられるのが怖いのです)」

(((((世間体気にするんだ)))))

 

 3-Eの生徒たちは、いつもの様に心の内で突っ込んだ。

 

「渚君がしおりを準備してくれていたから、せんせーにも迅速に連絡が出来たのです。つい先ほども、寺坂君が八ツ橋を喉につまらせかけまして」

「あのコラム、やっぱ超使えるじゃん!」

「狭間さんが完全版、準備してくれていたので助かりましたねぇ」

 

 ヌルフフフと笑うころせんせー。言いながらカルマたちに手渡すそれは、辞書並の分厚さ。まさかの、まさかの修学旅行のしおり(完成版)の印刷バージョンであった。

 

 不良達がオールバックの男に言う。

 

「リュウキ、どーすんだ?」

「せ、センコーだと……? ざけんな、ナメた格好しやがって――――!」

 

 リュウキの叫びと共に、不良達がころせんせーに襲いかかる。

 

「お酒は二十歳になってからですよ?

 それに、ふざけるな? そっくりそのまま、せんせーの台詞です」

 

 だが、自分に振り上げられたボトルを易々と取り上げ、上空に投げる。

 と、手前三人の目の前で一度、拍手を打った。

 わずかにそれだけの動作だというのに、唐突に不良たち全員の動きが止まる。

 

 地面に落下した瓶が砕ける音を聞き、更に数人が地面に膝をついた。

 

(な――何だこれ、体に、力がッ)

「練度も研鑽も覚悟も芯もプライドさえない。

 薄汚いそんな手で『私達』の生徒にさわるなど――巫山戯るんじゃない、戯言を抜かすな!」

 

 フード越しで表情が微妙に見え辛いのが、幸いしたと渚は思った。

 正直、辛うじて見える部分の表情からでさえ、今のころせんせーを直視することは憚られる。

 

 完全に、ポーカーフェイスすら捨て去ったド怒りの顔だった。

 

「チッ……、名門はセンコーまで特別製ってか。てめぇも肩書きで見下してんだろ。馬鹿高校と思ってナメやがって!」

「こ、ころせんせー!」

 

 不良たちは、今度こそ相手を刺そうと躍起になった。

 手にはより刃渡りの長いナイフ。

 

 だが、そんなナイフを相手にしても、ころせんせーは表情一つ歪めない。

 

「エリートじゃありません」

 

 そう続けるころせんせーは、目にも留まらぬ速度で、自分の前方を横薙ぎに回し蹴りした。

 側面に一撃を喰らったナイフ二本が、見事に叩き折られた(ヽヽヽヽヽヽ)

 

 驚く二人に、そのままの姿勢から更に足を引き、かかとで二人の顎を吹っ飛ばす。

 

「確かに彼等は名門校の生徒ですが、学校内では落ちこぼれ呼ばわりされ、クラスの名前はエンド、終わり、最底辺と蔑まれ、最下層として差別を受け続けて居ます」

 

 言いながらも、接近してくる高校生たちの頭をアイアンクローして投げたり、接近してくる男達に両足でローリング・エルボーとシャイニングウィザードを叩きこんだ。

 

「ですが、彼等はそこで腐らず、前向きに……、実に前向きに、様々なことに取り組んでいます。決して――」

「ああああああああああ!」

 

 ナイフを突き出して走りこむリュウキの眼前に、「タコせんせーストラップ」を投げるころせんせー。

 ぎょっとしてそれをかわそうとした瞬間、ころせんせーは彼の鼻先より少し下のあたりで、フィンガークラップ、要するに指パッチンをした。

 

 モーション自体はあまりに小さかったにも関わらず、部屋全体に行き渡る強烈な指ぱっちん。

 間近で聞いたリュウキは、一瞬意識を失いかける。

 あえて(ヽヽヽ)ころせんせーが、気を失わない程度に威力を調整してるとも知らずに。

 

「――決して君達のように、他人を沼底に引きずりこむようなことはしません」

 

 動けないまま睨む相手。ころせんせーは、その胸元を軽く押した。

 軽く押しただけにしか見えなかったが、しかし彼の身体は、まるで強く殴り飛ばされたかのように宙を舞った。

 

「学校や肩書きなど関係ない。例えそこが闇の底であったとしても、前に進む勇気と覚悟があるのなら、見えなかった闇の中で仲間すら作り、美しく、まっすぐに育つのです」

「……ぁ!」

 

 神崎が、わずかながらにころせんせーの言葉を咀嚼して、反応する。

 目の前で起きたあっという間の光景に若干混乱しているようだが、しかし、彼の言葉は彼女に届いた。

 

 神崎の表情に、光が差し込む。

 

「さて、生徒諸君。彼等を手入れしてあげましょうか。修学旅行の知識を、たたきこんであげるのです」

「チィ……!」

 

 と、突如背後に人気を感じ――。

 気が付けば、「鈍器」が振り下ろされていた。

 

 「修学旅行のしおり」を、直接頭に叩きこまれたのだ(物理)。

 

 躊躇いもなく振り下ろされた一撃に、リュウキたちは言葉を発する間もなく、撃沈した。

 

(狙う相手……、間違えたかも)

 

 その感想は、気絶する直前の今となっては、今更過ぎるものであった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「いやー、一時はどうなることかと思った!」

「俺一人ならなんとかなると思ったんだよねぇ」

「怖いこと言うなよ……。いや、お前の場合冗談になってねーんだよ」

 

 辟易する杉野の一言に、渚と奥田は顔を見合わせて笑う。

 時刻はすっかり夕暮れ。流石に色々と時間をとられてしまった。

 

 レンズが無傷だったメガネを吹きながら、茅野が一言。

 

「あー、でも良かった! 大丈夫? 神崎さん」

「ええ、大丈夫」

 

 微笑み返す神崎。ころせんせーは、何かあったかと聞く。

 

「酷い災難にあって混乱してもおかしくないのに、逆に迷いが吹っ切れた顔をしています」

「……はい! ころせんせー、ありがとうございました」

 

 曇りない笑顔で返す神崎。見蕩れる杉野や渚を見つつ、ころせんせーは一度、満足そうに頷いた。

 

「いえいえ。ヌルフフフフフフフ。それでは、修学旅行を続けましょうか。一度、雪村先生にも連絡を入れないと。心配させたままですからねぇ」

「あー、そうですね」

 

 スマホを取り出すころせんせー。と、背後でナイフを振り回して攻撃するカルマ。

 一行に攻撃が当らないという脅威的なことをしているものの、これもいつもと大して変わらぬ風景というのが恐ろしい。

 

「そーいや、結局暗殺実行できなかったの、俺達の班だけ?」

「じ、事情が事情でしたし……」

「いいじゃん。修学旅行はあと一日あるんだし」

「ヌルフフフ、倒せると良いですねぇ。まだ今日は一発も当っていないですが」

 

 不気味な笑いを浮かべるころせんせーの方を見て、渚は思う。

 

(困ったことに僕等のターゲットは、限りなく強くて――限りなく頼りになる先生だ)

 

 かくして、修学旅行はまだ続く。

 よし、と気合を入れて、渚は今日の出来事をメモにまとめ始めた。

 

 

 




渚君の方が泣いちゃった理由は、一応そのうちやります。

※7/4 誤字一部修正

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