ISVD〜Infinite Stratos Verdict Day〜   作:高二病真っ盛り

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09ー02 THE BARGAIN

――――(おとこ)の話をしよう。

 

 

――――(おとこ)は今から16年前に、産声を上げる事なく産まれ落ちた。

 

 

――――(おとこ)は産まれたときから聡明であった。

 

 

――――(おとこ)は生後10ヶ月の時には意味のある文章を喋り始め、幼き頃から本と文に塗れていた。

 

 

――――(おとこ)は齢3つにして高等教育を修めるに至っていた。それを周囲は、畏れる事無く囃し立てた。

 

 

――――(おとこ)の生家は“悪”であった。暴虐を企てる機構の、手先も手先の、邪悪なる真理を探し求む者達の集まりであった。

 

 

――――(おとこ)は期待された。

 

 

『おお。この神童ならば、我等が偉業の穂先となろうぞ』

 

 

――――(おとこ)は不幸であった。それもそうだ。悪徳と邪智なる家系の中、(おとこ)は規範となる“正義”を知っており、それが基盤となっていたからだ。

 

 

そうだ。そんな時に、僕は彼女と出会ったんだ。

 

 

天使と言うには過少で、天女と呼ぶには見縊りが過ぎる。

如何なる女神であろうとも、彼女の輝きは引けを取らない。

 

 

“外”は滑稽と冗談で煮詰められた人形劇で。

 

 

“内”は愚蒙と外道にて組み上げられた地獄変。

 

 

そんな現実(フィクション)に辟易と後悔を渦巻かしていた僕にとっての、唯一の光だった。

 

 

『どうしたの? そんな顔をして。つまらなそうだよ?』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あ、お前は河川敷の…」

 

「か・ん・ざ・し! というか…二週間前にも巻き込まれてたよね」

 

 

大量のスケルトンによる阿鼻叫喚の最中、臨海地区のスタジアム入り口にたどり着いた簪と箒を、逃げ惑う大衆の中から一夏の旧友である弾が見つけ出す。

 

 

「それが…二週間前と同じでまた蘭とはぐれたんだ!」

 

「この状況で、また!?……きゃっ!」

 

 

ズドォォン!

 

 

「うわわわ、っと……お叱りなら後でいくらでも受けるから、助けてくれ!」

 

「 ……わかったよ、私達が助けるから逃げて。打鉄弐式、変身!」

 

「来い、紅椿!」

 

 

変身した簪は薙刀・夢現を、箒は二刀・雨月/空裂を手に携える。

未だに民間人がいると言うのに、砲撃武装を使う程、彼女達は愚かではない。

 

展開装甲とそれによる双刀の遠近両用性を持つ紅椿を操る箒は大雑把に敵陣を薙ぎ払ったり、襲われている人々を精密に助けていき、

元より遠距離偏重の打鉄弐式を操る簪は、唯一の近接武装である薙刀を持ってして民間人に接近している亡国を相手する形で、箒のサポートを行っていく。

 

 

(新型機が後ちょっと早く開発出来ていれば…!)

 

 

歯噛みする思いを己の心中に黙殺し、ブンと手近なスケルトンに刃を振るう。

秒間600万回の振動を持ってして、薙刀はバターの様に鉄の装甲を切り裂いた。

 

 

切る。

 

 

救う。

 

 

斬る。

 

 

助ける。

 

 

単純作業は人の心を殺すとどこかで言われた様な気がするが、これに関しては単純なのは字面だけだ。

 

 

生身の人間に刃を触れさせずに、敵の鋼のみに当て続ける。

針の穴に糸を通し続ける様な戦闘に、『言うは易し行うは難し』ということわざの真理性を実感する。

 

世界最強の兵器であるISの力は、人間のすぐ側で振るうにはあまりに強大だ。

鉄をバターと例えるのなら、人の肉など砂山と同様の硬度しかもたない。

 

薙刀を除けば打鉄弐式の武器は荷電粒子砲と独立誘導ミサイル。

敵の群れに放つには向いているが、人命救助には向いていない武装群だ。

 

 

(蘭ちゃん…どこ…?)

 

 

簪にとって幸いなのは即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)である紅椿が味方としている事。

なんでここを襲ったのかわからないぐらいに、いつもと比べて民間人が少ない事。

そしてスケルトン程度なら駆けつけた自衛隊で対応できるという事だろう。

 

 

「お願いします!」

 

「了解!」

 

 

特に素早く駆けつけた自衛隊の存在は大きい。

簪がスケルトンを剥がせば、後はあちらが保護を行ってくれるのだから。

 

 

(セシリアがいればなぁ……あの精密起動のビットは人を傷つけずに、相手を穿つ一級品なのに……)

 

「ふっ……はっ!」

 

 

命辛々また1人。

 

救って渡してさあ次へ。

 

 

そんな最中、打鉄弐式のハイパーセンサーにある反応が引っかかる。

 

 

「…見つけた!」

 

 

スタジアム入り口の階段近く。

そこの売店の側で倒れている蘭はなんとか逃げようとしているが、足を挫いているのか手でなんとか這いずる形である。

 

 

そして運の悪い事に――――()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……マズイ!」

 

 

簪の判断は早かった。

 

背部の荷電粒子砲『春雷』を起動して、狙いをつけると同時にブチかます。

爆風で痛い目見るかもしれないが、死ぬよりはマシかろうと迷う事なく放つ。

 

 

ドゴォォォォン!

 

 

実際、簪の判断は正しかった。……“既に弾丸が放たれていなければ”の話だが。

 

打鉄弐式の光は正確無比にスケルトンを撃ち抜き爆砕する。しかし、その一瞬前に放たれた鋼の弾は勢いを止める事なく蘭に向かう。

 

 

「に…」

 

 

逃げて。

 

 

そんな言葉が伝わるよりも速い、音速を超える弾丸が蘭に迫る。

 

 

ガキィン!

 

 

命を奪う凶弾が蘭の肢体を穿つその時、人体ど弾丸が奏でるには、不似合いな金属音が鳴り響いた。

 

 

「え…?」

 

 

驚く簪にハイパーセンサーは正確に情報を伝える。

 

手乗りサイズのカラスを模した金属製ガジェットが、その身を以て蘭を庇ったのだと。

 

 

「行け……バンデット!」

 

 

どこからか響く、聞き覚えのある声と共に、蘭の身代わりとなったガジェットと同一のものが10程飛来する。

彼等は自由自在に飛び回り、スケルトン達の鳩尾に体当たりを食らわせ吹き飛ばす。

 

 

【メインシステム 戦闘モードを起動します】

 

 

ズゥンッ!

 

 

呆気にとられる簪を余所に、更に空から1人の人影が降ってくる。

人影はそのシルエットを着地直前で変化させ、轟音を立てて豪快に降りる。

 

そのシルエットは簪が見た事が無いが、しかしてシルエットの名前はよく知る所であった。

 

 

黒い鳥(ダークレイヴン)……織斑!?」

 

 

今世珍しい全身装甲(フルスキン)の漆黒の鋼鉄。

それは正しく、三ヶ月前に学園から姿をくらました一夏の機体であった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

一方その頃、ホテルでは

 

 

「一夏が生きてるってどういうこと!?」

 

 

“行方知らずの一夏が生きている”

 

 

セシリアのその言葉に、鈴は彼女の肩を掴んで揺さぶる。

 

 

「鈴さん。大戦開始後から流れ始めた織斑一夏と思わしき男がチラホラ各地で見受けられる噂。

目撃情報を繋げると、どうやら同一人物が動いている……という事はご存知ですわよね」

 

「うん、でもそれは…」

 

「『“白”の一夏かもしれない』……私もつい先程まではそう思っていましたわ。でも、違いましたの……!」

 

「……どういう事?」

 

「今朝、このホテルの先生方に、とある国から亡国に強奪されたISが差出人不明で送られてきたらしいですわ……()()()()()()()()を添えられて」

 

「からすの…黒い羽? まさか……!」

 

「ええ、“白”ではなく“黒”……黒い鳥(ダークレイヴン)を操るわたし達の知る方の一夏さんですわ」

 

「じゃあ……じゃあ一夏は無事って事!?」

 

「ええ、最悪の事態である死亡ではなく、一夏さんは亡国機業(ファントムタスク)に捕まってもおらず…寧ろ戦っているという事は間違いないですわ」

 

 

行方不明の一夏は死んでおらずに生きている。亡国機業(ファントムタスク)と戦っている。

 

その言葉に鈴の目から堰を切ったように涙が溢れる。

 

 

「よかっ……た…!」

 

 

(全く……戦っているならいるで、せめて連絡を寄越しなさいな一夏さん。別に私は貴方を阻む気はありませんのに……)

 

 

肩を震わせる鈴を抱きしめつつ、セシリアは飛び回る鴉に思いを馳せた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「一夏だと!?」

 

「一夏さん!?」

 

 

視点は戻り、簪の言葉に反応する箒と蘭。

特に箒の驚きようは凄まじく、展開装甲によって効いていないとはいえ、スケルトンから撃たれている事に気づいていない。

 

 

当然だ。現れたのは行方不明……否、生死不明となっていた嘗ての想い人なのだ。

失踪した翌日、セシリアからこっそりと聞いた任務の内容からして、あの後なんらかの事件巻き込まれた可能性が高いのだから。

 

 

そんな事を気にも止めず、左アームに装備されたKUSAKAGE mdl.2(ジャマー)をばら撒きスケルトンの動きを鈍くする。

 

 

市民への攻撃の手が緩むと同時に、黒い鳥(ダークレイヴン)は打鉄弐式にコア・ネットワーク通信を入れる。

 

 

『お久しぶり、簪お嬢。早速で悪いけど、頼みがある』

 

「……10月からどこ行ってたの?」

 

『要件は1つ。お嬢のミサイルポッド『山嵐』で撃って欲しい対象がある』

 

「どこ行ってたの?」

 

『座標についてはAM/TGA-131(ターゲットガン)のロックオン情報を、コア・ネットワークで…』

 

「答えろ」

 

 

まるで旅行から帰って来たかの様な言い草の一夏に、苛立ち混じりの質問を投げる簪。

一方通行な言葉を簪はスタンハンセンのラリアットが如き強烈な勢いで断ち切る。

 

通信を捲し立てていたさしもの一夏も口をつぐみ、重たい雰囲気を乗せて再び開いた。

 

 

『…そこについては、まだ話せない。でも、いつか話すと言うことは信じて欲しいし、みんなにも伝えて欲しい』

 

「………………まぁ、このタイミングで登場した事を考えれば、織斑の失踪が大戦(いま)に関係してる事は察せるよ。

でも、織斑はIS学園入学前の2年間はずっと行方不明になってたんでしょ? 織斑先生、狼狽えてたよ」

 

『…ごめん』

 

「謝る対象を間違えてるよ。……もういい、要件」

 

 

非常に不服そうな態度を隠さない簪だが、無理矢理取り押さえる気はないらしい。

それをする暇があれば一機でも多くスケルトンを屠っている。

 

なんにせよ、彼の介入によって蘭が救われ、事態が好転したのは事実。

そこらの恩義も含めて、簪は一夏への追及の手を止め、一夏の用を聞く。

 

簡潔にまとめるならば射的。

“既に居場所を突き止めたスケルトンの親機相当の機械の破壊”である。

 

「見つけたんならさっさと壊せ」という簪の判断は、「無所属で行方不明の俺よりも、日本代表候補が日本の土地救った方が都合がいい」と返された。

 

 

(……鈴が、あんなに悲しんでたのいうのにコイツは)

 

 

『撃ち終わったら、その顔面に以前は当てられなかったビンタを食らわしてやる』と簪は決心した。

 

 

「ジャマーも万能じゃない……さっさと決める」

 

 

――――マルチ・ロックオン・システム起動。

 

起動演算開始。弾頭高電圧流動展開。射出内燃機関接続。

 

 

一夏への怒りと呆れとスケルトンが動けない現状を持って、焦りから逃れた簪は目の前に表示される複雑怪奇な数字と図形の羅列を一瞬で読み解いていく。

システムは正常に作動しているか、優先順位の高い対象からロックオンを行なっているか、民間人に向かってはいないか、爆発時の衝撃がどこまで飛ぶか……様々な条件が全てクリアされ、ようやく彼女は【FIRE】と書かれた仮想コンソールをタップする。

 

 

「……殲滅しろ」

 

 

放たれた48発のミサイルはあるものはスケルトンの群れに、またあるものは黒い鳥(ダークレイヴン)から渡されたロックオン情報に目掛けて飛んでいく。

 

それらが齎す破壊の力は先程までの苦戦のしようとは違って、スケルトンのみを残滅し尽くした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで簪さん…一夏さんは何処へ?」

 

「逃げられた。……逃げ足の速い奴」

 

 

戦闘後、後始末を自衛隊に任せた2人はお叱りの言葉を功績で黙らせて、ホテルへと帰還。

出迎えたセシリアと鈴に、簪は一夏の事を隠さずに伝える。返ってきた質問に苦々しく答えるのも加えて。

 

 

加えるといえばもう一つ。

 

 

一夏が現場を離脱したと思われるタイミングで、簪の携帯に捨てアドでメールが届いていたのだ。

 

鴉の絵文字を題名に置いた本文の内容は以下のもの――――『セシリアに伝言。イギリスに帰るための荷物整理はまだ辞めておけ。もっと重要な事が起こる』

 

お前は鈴に何か一言無いのか。

簪の握り拳は更に硬くなった。

 

 

「……まぁいいでしょう。伝聞以上に息災な様ですしね」

 

 

そんな簪の憤怒の形相にため息しつつ、セシリアはメッセージの内容から読み取れた事柄を述べる。

 

 

「疑問……どういう事?」

 

「初歩的な事ですわ、簪さん。“一夏さんは私が近々イギリスに帰ると知っている”。

つまるところ、一夏さんはこの機密を知れる立場、或いはその立場にある者と繋がりを持っているという事ですわ」

 

「……ああ、なるほど。……わざわざ私達の前に顔を出したり……このメッセージを送ったりしたのは」

 

「生存報告と近況報告を兼ねて、という事でしょうね」

 

 

“今の自分の身はそれなりに動けるぐらいには安全だ”

これがおそらく、今回の一夏のメッセージ。

 

 

ならば所属にしろ、協力にしろ、一夏に情報を流した組織とは何か?

 

亡国側に鹵獲されたISの確保や、今回の援護から踏まえれば、亡国に敵対する組織なのは間違いないだろう。

 

 

IS委員会、各国の軍部、IS関係各社……ダメだ、候補が多い。

思考に足る情報が少ないのでここは保りゅ……

 

 

「……如月奨美」

 

「え?」

 

「織斑と同時に失踪した……如月の実家は? 覚えが正しければ…デカイ組織だったはず」

 

「…ええ。たしかに如月さんのご実家である“如月生体研究所”は、近頃目覚ましい発展を遂げるこの国有数の研究施設ですが……おそらくハズレかと。なにせ、軍事にもISにも、ましてや我が英国とも関わりは薄い施設ですので」

 

「英国…貴女の国なんだから、貴女の国の可能性は?」

 

「そうだ。確かCIAだかFBIだかあったろう」

 

 

簪と、それに追従した箒に、セシリアは肩を竦めて首を横に振る。

 

 

「それはありませんし、箒さんの挙げたそれらはアメリカの組織。おそらくMI6の事を指しているのでしょうが、彼等にせよ、そうじゃないにせよ、英国側にいるのなら私に一報ありますわ」

 

「報告はあったけど……セシリアが黙ってる可能性は……?」

 

「オルコット家の誇りにかけて、無いと断言しますわ」

 

「……セシリアだけ教えてもらってない可能性」

 

「……………………………………無いと、信じたいですわね」

 

 

割と心当たりがある英国の優良問題児が冷や汗をかいていると、会話の蚊帳の外にいた鈴はボソリと呟く。

 

 

「……そもそも、なんで一夏は私達とじゃなくて、その人達と組んでるんだろう?」

 

 

鈴の言うことは尤もだ。

 

大戦の二ヶ月前から失踪し、大戦の最中で動きを見せているのだから、失踪の目的は大戦への準備と考えるのが妥当だろう。

 

 

しかしセシリアは解せない。

 

 

セシリアだからこそ解せない。

 

 

一夏が失踪した当日の任務『亡国機業(ファントムタスク)地下基地強襲ミッション』に同じく臨んでいた彼女だからこそわからないのだ。

あのミッションで得られたのは、大別して四つの事象。

 

 

千冬のクローン及び、それらを用いた擬似コアの技術。

 

 

衛星軌道掃射砲『グングニル』の存在。

 

 

量産型ISとも呼べる『レギオルーパー』。

 

 

地下奥深くに潜んだ巨人『ゴリアテ』

 

 

これらだ。

 

たしかに亡国機業(ファントムタスク)が大きく動くであろう確証ではあるが、だからといって世界規模の戦争とは当時のセシリアは考えついていなかった。

 

 

(――――いえ、一夏さんと私では思考の前提が異なりましたわね)

 

 

フルフルと頭を振るって思い直す。

 

一夏が過ごした世界は、常に大規模の戦争がある世界であった。

ならばそこの住人ならではの勘というものがあったのかもしれない。

 

一夏という男は目的こそ感情的なものを多く含むが、手段においては己の心と擦り合わせた最大限の合理を求める。

 

 

この“己の心と擦り合わせた”という所が重要で、つまり一夏は絶対許せないハードルは設けているがそれ以外はなんでもするタイプという訳だ。

 

 

さて、一夏の立場になってこの場合のハードルを考えてみよう。

 

 

大戦が有るとわかっていたと仮定して、その場合一夏が防ごうとする理由は2つ。

 

 

1つは、学園の機能停止。

卒業しなければAC世界に行けない事を踏まえれば、それを妨げるものは排除せねばならないだろう。

 

 

もう1つは、千冬や箒、鈴に五反田家等の安全確保。

こちらについては解説するまでも無いだろう。一夏は身内に傷がつく事を忌避する男なのだから。

 

 

(大戦による学園の停止は防げなかったとして……後者を守りたいのなら私達と一緒にいた方がいい筈。……ならば)

 

 

――――守りを捨ててでも、やらなければならない事があった?

 

 

――――もしくは、攻めに転じた方が良いと思える情報があった?

 

 

「わっかりませんわねぇ……」

 

「セシリアも、わからない?」

 

 

結局の所、情報が足りない。仮定に仮定を重ねた推理しか出来ないのだ。

後手後手に回っている以上、これから動いていくしか無い。

 

 

「ええ。一夏さんとは互いに強い友情で結ばれているという自負はありますが――――ですが、彼の思考を読みきれないのもまた事実ですわね」

 

「そこは…仕方ない……。貴女とアイツは…極論他人……サイコメトラーでもない限りは不可能」

 

「そうですわね。現状、確証のある事は何もありませんが……確信が持てる事はありますわ」

 

「ふぅん……それは?」

 

「それは如月さん。貴女が言っていた彼女の実家は関係無いでしょうが……彼女が一夏さんの居場所に関わっている可能性は、まず100%と言っていいでしょう」

 

「まぁ……同じ日に消えた2人が無関係って事は…無いでしょ。

とりあえず私は…如月の実家を調べてみる。関係は無くとも……手掛かりはあるかもしれない」

 

「頼みますわ、簪さん。正直日本の事はお手上げでしてね」

 

 

―――――――――それはいい。だけども。

 

 

瞬間。簪の纏う空気が変わる。

 

 

「セシリアに1つ聞きたい……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

嘘も戯れも許さない。

 

 

そんな視線で見つめる簪に、セシリアは少し顔を俯かせる。

 

 

「簪…? セシリア…?」

 

 

2人の間に急に立ち込めた、険呑な雰囲気に鈴は不安気な声を上げる。

 

 

「そうですわね。……見逃すと、寧ろ積極的に逃すと思いますわ。

この大戦を終わらせるには、それがいいと私は判断致します」

 

「それで悲しむ……鈴がいても?」

 

「……ええ」

 

「……私は。私は絶対に捕まえる……! …捕まえて、鈴の前に引っ張り出す…。その邪魔をするのだったら……その時は容赦しない」

 

「…そうですか。では私も…その時は例え簪さんであろうとも、容赦なく」

 

 

語気と共に殺伐とした空気を徐々に強める2人。

 

その間に、慌てて渦中の人物である鈴にが飛び込む。

 

 

「ふ、2人共ケンカはやめて!」

 

「………ごめん、鈴。ちょっと焦ってた…」

 

「申し訳ありませんわ、鈴さん。反省致します」

 

 

そう言って、鈴に頭を下げた2人は、自分の部屋へと戻っていく。

その背中を、鈴は無意識のうちに祈る様に手を握って、見送るしか出来なかった。

 

鈴と一緒に残された箒は、気まずそうに声をかける。

 

 

「あーなんだ、その……2人共、互いが憎い訳じゃないと思うぞ。こう、主張がぶつかりあっただけで」

 

「でも、それは……」

 

 

私が原因。

 

 

鈴の(おそれ)に箒は口を噤んでたじたじとなる。

 

 

鈴もみんなも笑顔になる未来を重視して、泣いている現在から苦渋の思いで目を逸らし――――否、見つめながらも、一夏がやろうとしているプランを支援しようとしているセシリア。

 

 

鈴が悲しんでいるという現在を重視して、亡国を打ち倒す未来が遠くなろうと――――否、一夏がやろうとしているプランよりも早く打ち倒そうとしている簪。

 

 

どちらも間違ってはいない。

それが故に箒は言葉に詰まる。

 

 

そも人と人の諍い等、どちらも正論だから勃発するのだ。かの未来から来た猫型ロボットも言っている。

 

 

「私の所為だ…」と落ち込む鈴に、箒がワタワタと慌てていると、いつの間にか近づいていた影がヒョイと鈴の手をとる。

 

 

「ティナ…?」

 

 

手をとったのは金髪碧眼の少女ティナ・ハミルトン。

鈴のルームメイトであった彼女は、その手を優しく握り微笑む。

 

 

「もう…鈴はまたそうやって落ち込んで…」

 

「でも、」

 

「『でも』じゃない。そうやって鈴が気に病んでいると、あの2人は余計に火花を散らすよ」

 

「……」

 

「……気にしちゃうよね。私でよければ、いくらでも話に乗るよ」

 

「あ、うん…」

 

 

癒す様な、慈しむ様な、ゆっくりとした調子で鈴に語りかけるティナ。

ここにいても邪魔かと思った箒は、少し頭を下げて去っていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しかし、気に病むのも止むなしと言ったところだな…」

 

 

自分の部屋へと戻るべく、廊下を歩く箒は、意気消沈といった面持ちの鈴を気にかける。

 

 

(一夏の件もそうだが、なにも出来ていないという己の現状が、心を苛んでいるのだろうな)

 

 

更識簪。セシリア・オルコット。

 

 

彼女達が情報を集めるのに使う“コネ”というものを、同じ候補生ながら鈴は持っていない。

 

それも当然だ。

暗部や貴族、そして代表候補生として長年動いて来た2人ならばそこまでで築き上げた人脈があるが、持ち前の才能で半年という短期間で登りつめた鈴だからこそ持っていないのだ。

 

 

(姉さんとは連絡がとれないし…ううむ、私の存在価値は真面目に姉さんと紅椿に依存しているしな…)

 

 

そう言った事には詳しくない箒だが、情報収集に人手が必要だという事ぐらいは理解している。

それを超越出来る人物とのコネクションは己も持ってはいるのだが、どういう訳か現在音信不通。

 

いつもの事といえばいつもの事だが、あの姉が世界IS大戦(この事態)に黙っている筈は無いだろうと、思っていたのだが。

 

そう箒が、訝しんでいると……

 

 

〜〜♪

 

 

「…? 非通知?」

 

 

携帯が、鳴った。

 

 

「もしもし…?」

 

 

怪訝な面持ちで箒は通話をとる。

 

 

白式(びゃくしき)雪羅(せつら)記録(ログ)を参照……照合完了。マスター箒と認識しました』

 

「…!? きさ、まは……!!!」

 

 

スピーカーから響く音に凍りつく。

脳はその声を記憶の中の人物のものと判断するが、心は違うと叫びたてる。

 

 

――――ああ、これが前に鈴が言っていた『心が軋む感触』か。

 

 

焦慮に揺れる感情の中で、どこか冷静にそう思う。

震える唇で、なんとか少しずつ言葉を紡ぐ。

 

 

「“白”の…一夏!!」

 

『はい。自己の個体名は“白”の一夏です』

 

 

 

 

 

篠ノ之箒。

 

 

「……どうやってこの番号を知った。答えろ!」

 

 

セシリア・オルコット。

 

 

「せめて、私だけにも相談してくだされば……」

 

 

凰鈴音。

 

 

「情けなくて…みっともなくて…。私が一番、私をぶっ飛ばしたいよ」

 

 

更識簪。

 

 

「新型機を一刻も早く完成させる…! ……ああっ、吹っ飛んだ!!!」

 

 

 

 

 

そして、2人の一夏。

 

 

「悪い…鈴」

 

 

『質問入力…回答、出力。……この番号は、ドクター束の端末から採取しました』

 

 

 

彼らを巡る運命の歯車は回り出した。

最早、止める事は叶わない。




セシリア→一刻も早く、大戦を終わらせないと…!
簪→一刻も早く、織斑のバカを捕まえてこないと…!
ティナ→今、鈴の心を守れるのは私しかいないんだ…!
鈴→私の所為でみんなが…!











箒→私、なにすればいいんだろ…?

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