ISVD〜Infinite Stratos Verdict Day〜 作:高二病真っ盛り
一夏や如月の手を借りて、村橋の身も心も救ったラウラ。
しかし、外で待ち構えていた狙撃手によって村橋が撃たれてしまう。
はたして、村橋の命は―――
「……やられた!」
なにがあったのかをすぐに読み取った一夏は、撃たれた村橋を抱え、揺らさないように飛ぶ。
隣がホテルなのを見て、近くの窓を破って侵入、丁寧にベッドに寝かせる。
村橋は胸を撃ち抜かれており、もうすぐ死ぬと財団は告げたが、一夏は諦めない。
(確か、AC世界だと…!)
銃で撃たれたのなら、まず止血しなければならない。
銃弾を受けた時の一番の死因は失血死だからだ。
それは狙撃の今回でも変わらない。
そして胸部に傷穴が開いていたら、空気が入らないようにするのも重要だ。
さもなければ、緊張性気胸や肺の虚脱などになり、呼吸能力が半減してしまうからだ。
変身を解いて思考と同時に体を動かす。
通気性の無いラップで空気が出入りするのを防いだ後、手で傷口を抑え止血を試みる。
「叔父!村橋!」
財団が一夏のスマホをハックして、119番に通報していると、扉が壊さんばかりの勢いで蹴破られる。
「ラウラさん…速いわよ…!」
ラウラ、そして如月が駆け込み、ガラスの割れる音といきなり押し入った2人を追ってホテルの従業員が続く。
「こ、これは一体…なにをしてるんだ!?」
「うるせぇ人が死にそうなんだ黙ってろ! ここの客に医者はいねぇのか!?」
止血をラウラと如月に任せて一夏は従業員に医者の有無を問い、従業員を確認に行かせる。
手にベッタリついた血を服で拭って、財団が通報を終えたスマホをタップする。
コール音は一度で途切れ、番号の主である楯無の声がスピーカーから聞こえた。
『…織斑くん?』
「もしもし、会長! 村橋を発見しました。今撃たれて応急処置してます…! 場所は〇〇ホテル、今すぐ応援を要請します!」
『なんですって!? わかった、今すぐ人を送るわ!』
「お願いします…!」
一夏は通話を切り、必死に止血するラウラの方を見る。
すると失われていた村橋の意識が戻り、その目が開こうとしていた。
「村橋!?」
「俺、は……撃たれて…」
「喋るな。血が…」
朧げな意識で自らの状況を悟った村橋は、ラウラの制止も無視して口を開く。
「ラウラ……お前は…言ったな…逃げるな、と。生きて、足掻けと……!
悪いが、俺はもう…永くねえ。俺の体だ……嫌でもわかる。だけど…だけどな……
最期に……お前が聞かなかったことを…お節介で教えてやる……! これが、俺なりの……足掻きだ…」
喋るたびに口から血が溢れる村橋に、ラウラは“黙れ”と返す。
しかし黙らない。灯滅せんとして光を増すとばかりに口を動かし続ける。
「
だから俺が知っている情報は基本役立たずだ…!だけど、アイツらの喉笛に噛み付けるだろうものは知っている…!」
血反吐と共に残りの命を吐き出しながら、魂と共に言葉を1つ1つ発していく。
「ポイント、“0-98-369-52”……ここに行け……ラウラ。 後は、任せたぞ…俺の分まで……ありがとう…!」
村橋がそれを言い終えると同時に救急隊員が部屋に入って来る。
プロの手つきで村橋の止血を交代して、ストレッチャーで運んでいった。
ラウラは、ただそれを眺めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜、やるべきことを終えた3人は学園に帰ってきた。
サイレンを鳴らして車が行く。
村橋を乗せて、その命を救うために行く。
そんな今日を思い出して、一夏はラウラ、如月と共に寮への道をトボトボ歩く。
生きててほしいな。一夏は願った。
死んでるだろうな。一夏は思った。
いつだって一夏の前では、命とは消えるものだった。
自分に人の命を救う才能が無いというのはわかっているが、こうまで身の回りで死が頻発していくと感じるものがある。
今でこそ死体や血、殺人に対して平常でいられるが、AC世界に行ったばかりの頃は死体に戸惑ったものだし、初めて人殺しをした時にはトラウマ一歩手前まで追い込まれていたものだ。
命の尊さなど最初からよくわかっているが、知っていても身体は闘争を求めるから彼は傭兵をやっているのだ。
だからこそ一夏は、普通の少女となったラウラに危険な道は歩んで欲しく無い。
鉄火場に踏み入り、火傷をする羽目になって欲しくは無いのだ。
(傲慢だな…俺がそれを望むのかよ)
千冬の制止を振り切って、戦いの中で生きようとする一夏が言っていいことではないのは、本人が1番よくわかっていた。
それでもきっと、身近な人の幸せを願う自由はある。
そんな祈りを受けるラウラもまた、頼み事から始まった長い1日を思い返す。
楯無からは丁寧に謝罪と感謝された。
一般生徒を危険に巻き込んだ事の謝罪と、
『ポイント、“0-98-369-52”』
ラウラが先に村橋を見つけなければ。
ラウラが村橋の心を開かなければ。
あのポイントの情報を得ることは出来ず、
そういう意味では、今日の
しかしラウラの心はどこか曇っていて、どこか晴れていた。
間違いなく、ラウラは村橋は助けることは出来なかったが、救うことは出来た。
ただ逃避していた村橋の魂に火を入れて、前向きに戦おうと奮い立たせることができた。
だけどもラウラは楽天家ではない。村橋の生存確率はよく理解している。
理解しているからこそ、守れなかったことが悔しい。
結局、彼の罪を償わせることも、戦わせることも叶わなかった。
「……村橋さんはきっと生きてるわよ。うん、きっと」
落ち込むラウラを見かねてか、如月は明るいトーンで希望的観測を述べる。
そうだ、奇跡中の奇跡が起きて村橋が生きる事が出来れば、ラウラの望みは果たされる。
一般人の立場のラウラと如月では、無事かどうかを知ることはかなわない。
だが、それを知れる一夏が、生死を匂わすぐらいはしてくれるかもしれない。
そんな期待を如月は視線に込めて、一夏に向ける。
「千冬姉…」
当然のようにスルーした一夏の目線の先には、寮長である千冬が立っていた。
暗闇の中、後ろの寮からの明かりで顔は見えずらいが、どうやらいつもの厳しい教師の顔をしているようだ。
「織斑、ここでは“織斑先生”だ…。
話は聞いている。早く部屋に戻って明日に備えろ。
食事が必要だと思ってサンドイッチを部屋に用意してある。それを食べておけ」
「あ…はい。おやすみなさい、織斑先生」
「……待て織斑…ああ、ラウラの方だけ残れ」
千冬はラウラのみを呼び止め、一夏と如月が寮に帰って行ったのを見届ける。
ラウラが一体何用かと問おうとすると、千冬は息が止まるほどギュッと抱きしめた。
「織斑先生…!?」
「どうしてお前まで危険に突っ込んでいくんだ…馬鹿者…!」
今にも消え入りそうなか細い声。
感情を押し殺しきれない静かな叫び。
普段の廉潔かつ堅気な教師としてのなりは失せ、そこにいたのは不器用で未熟な母親の姿。
涙を眼に浮かべてラウラを優しく強く抱きしめる。
離したら消えてしまうと言わんばかりに固く、壊してしまわないように柔く。
「お前は…私の家族なんだぞ…!
危ないと思ったら、逃げろ。逃げてくれ…
またもう一度、もう一度家族を失うことはしたくない……!」
3年前のモンド・グロッソ決勝戦直前に、一夏はAC世界へと飛ばされた。
当時の千冬にそんな事を知る由もなく、まるで神隠しに遭ったように消えた一夏は彼女の心に穴を開けた。
その穴は一夏が帰ってきた今でも完全に塞がったとは言えず、気を張り詰めていなければ酒に溺れていた頃のように酒瓶に手を出しそうになっている。
そんな彼女にとって、ラウラは新しい家族としてとても大切な存在で。
ある種一夏以上に平穏無事な生活を送って欲しいと願っているのだ。
「自分を…あまり軽く見るな」
ラウラには、戦う力はない。
花形の舞台に上がる資格もない。
だけども、そんな彼女が家族としているから千冬は、そして一夏は頑張ろうと思えるのだ。
武器を振るうことだけが戦いではない、信じて帰る場所としているのもまたーーー戦いなのだ。
その想いを受けてラウラもまた千冬を抱き返す。
「ごめんなさい…
抱き合う親子を、寮の窓から1人の男が見つめる。
「……千冬姉を頼んだぜ。ラウラ」
その視線はどこまでも優しく、あの場に入れない自分への自嘲が含まれていた。
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「……」
そしてもう1人。
織斑親子を見る人影があった。
黒く長く、無造作にバラけた髪を厄介そうに除けて、窓からそれを眺める彼女は、深窓の令嬢というにはやや足りないが似たものは持っていた。
彼女はその光景に微笑みを浮かべ――――
「……待っていろ篠ノ之束。
僕は僕のためにお前を穿ち殺す。
そして――――世界も救ってみせる」
――――固く唇を結んだ。
次週1話挟んで、ミッション8のクライマックスに向けて動き始めます。
誤字脱字、わからないところは遠慮なくどうぞ
次回『失恋話は突然に』は5月19日です。