ISVD〜Infinite Stratos Verdict Day〜 作:高二病真っ盛り
というかセシリア可愛い
「……ん」
知らない天井だ。確か日本のサブカルチャーではこう言うのだったか。
そんな事を思いながらセシリアは目を開く。左の窓から見える空は暗く、浮かぶ星達が夜だという事を告げていた。
どうやら今の自分はベッドに寝かされているらしい。
「おはよう…いや、おそようかな…」
右からかかる欠伸混じりの声に首を向ける。
「今、は…?」
「……時間は11時だ。よく寝てたよお前」
そこにいたのは一夏だった。ベッド脇の椅子に腰掛ける彼は右腕を三角巾で吊り、左腕で書類を眺めている。
そうかなるほど。ここは医務室か。
徐々に覚醒する頭が倒れる前の記憶を鮮明に再生する。セシリアは自分があの後倒れ、そして医務室まで運ばれたのだと理解した。
「ふっ…ぐっ……ん…!」
「無茶すんなよ。脳が
呻き声を上げながらセシリアは上半身を起こす。目線の高さが大体一夏と同じになり三角巾に目を向ける。
「どうしたんですの、
「コレか?……んん、ああもう何処から説明すりゃいいんだ」
パサリとベッドの上に書類を放り、ポリポリと一夏は頭をかく。
どうやら、サイレント・ゼフィルス以外にも何かあったようだ。セシリアはそう判断し、一夏の説明を待つ。
「えっと……あーそうだ。セシリアとサイレント・ゼフィルスの交戦も含めて大きな事件が3つ起きてさ」
うん、よしじゃあまずはこの怪我の方から説明するぜ。そう言い一夏はコホンと咳払いをする。
「えーっとな、まぁ簡単に言うと俺もお前と同じで不審なISと交戦したんだ」
「なんですって!?」
軽く出た一言にセシリアは目を見開く。まさか、一夏も襲われていたとは。
「その右腕はその時に?」
「正確にはちょっと違うな。ソイツは、IS関連企業の社員のフリをして俺に近づいてきてな。不甲斐ない話だけどさ、俺ソイツに取り押さえられて…あの、ISからコアを剥離させる…」
「
「ああ、知ってたんだ。なら話は早いぜ、俺は剥離剤を黒い鳥につけられてISコアを分捕られそうになったんだ」
幸いなことに財団が干渉を跳ね除けてくれたお陰で何一つ奪われなかったがなという一夏の発言にセシリアはホッと胸を撫で下ろす。
それが友の愛機の無事によるものか、はたまた自らが超えるべきものの喪失ではない事によるものかは…彼女のために言わないでおこう。
「俺が戦ったISの名は『アラクネ』。蜘蛛の名の通り八本の脚を持ったISだ」
そう言いながら一夏は器用に左腕だけで携帯端末を取り出し操作。
端末に映された戦闘データには黄色と黒の毒々しい配色のISがその自慢の脚から弾丸を放つ様があった。
「隻腕の操縦者とは随分と珍しいですわね…それにしては、ヤケに痛そうですが」
暗に「なにをしたんだお前」という視線をぶつけるセシリアに、一夏は目を逸らしながら答える。
「IS戦になる前に生身で取っ組み合いをしてな、その時に俺は右腕をやられて相手は…な」
「……相手は?」
「言わせんな察しろ」というニュアンスが込められた一夏の言葉を笑顔で無視し、セシリアは続けるように促す。
「…黒い鳥の、ACのハンドガンで相手を撃ちました」
「バカですか貴方は」
観念して白状した一夏の言葉にセシリアは大きく呆れた。
当然だが、ACの武器は戦車を容易く壊す。それはISに変化した今も変わらない。そしてその威力が人に向けられれば――――まず原型は残らないだろう。
よくまぁ画面の中のこの女は肉塊と化さなかったものですわ。
腕を奪われた不運な女ではなく、間一髪で命を拾った幸運な女とセシリアは認識し直した。
まぁだからといって
「ンンッ!…話を戻すぞ。片腕のハンデもあって俺はアラクネを撃退。ただ装備と装甲だけを自爆させる曲芸で逃げられちまった」
「それは随分な無茶を。正気の操縦者なら絶対にやりませんわ」
ISコアが再び装甲に馴染むまでに長い時間がかかる。彼女が起こした曲芸はそのISコアを暫く戦闘不能にしただろう。
「んで、剥離剤と千切れた操縦者の腕を持って学園の方に戻ろうとしたら…サイレント・ゼフィルスを発見した」
「やはりあの狙撃は一夏さんでしたか」
合点がいったセシリアは呟く。
鈴が助けに来る直前に、ゼフィルスの右腕を撃ち抜き動きを止めた徹甲弾。
アレはどうやらこの男が放ったものだという事にセシリアは深く納得した。
「ああ…。付け足しなんだが、正確には発見したのは箒なんだ。喫茶店が落ち着いてきた事を知らせに来てくれてさ」
そういえば一夏さんのISの索敵能力ってリコン無しでは無いに等しかったような…。
以前チームを組んだ際にされた説明を思い返す。
なるほど、確か箒さんの機体『紅椿』にはエネルギーを増幅する
それを用いてアラクネとの戦闘で消費したエネルギーを回復し、すぐさま狙撃特化の機体に黒い鳥を作り替え撃ち込んだという訳のようだ。
「それで次は…私の事件ですか」
「んーまぁそれはいいぜ。ラウラや鈴の証言に、ブルー・ティアーズのムービーログで大方確認できてるしな…話すんなら、朝に聞きに来るだろう先生にしとけよ……フワァ…」
欠伸をしながら自分の事件を飛ばす一夏にセシリアは、右腕を伸ばし「フン!」と不機嫌そうに鼻を鳴らしながらデコピンをお見舞いした。
「痛ってーな。いいだろ?お前に伝える事が沢山あるし、俺も長居は出来ねーしさぁ」
「……長居出来ない?」
おデコをさする一夏の言葉にセシリアはどういう事と疑問を投げかける。
「ああいや、ほら…
一夏は自らの説明に合わせ左手でセシリアから見て左側にある窓を指差して笑顔でのたまった。
「――――入っちゃったぜ☆」
「一夏さん、それ絶対私以外にしないでくださいよ」
サラリとなされた不法侵入宣言。加えて時刻はとっくに消灯時間なので寮からの脱走も含まれている。
ハァァとため息を大きく吐く。
不思議なものだ。少し前までは男に怯え、男を嫌い、男に憤っていた自分がまるで嘘のように
織斑一夏。
普段は穏やかで甘い所があるが、命がかかると途端に容赦がなくなる男。
戦いの中でしか生きられない
多分きっと、そんな感じで言い表わせるのだろう。この男は。正直、何故ここまで付き合いがあるのかがわからない。
(ま、それでも好きなんですけどもね。……友達として)
クスリとセシリアは笑う。
「……?続きいいか?」
ため息を吐いたかと思えば、今度は微笑する。
そんなセシリアに一夏は疑問符を浮かべ、話を再開した。
「……んで、3つ目なんだが。
「それはまぁ、名前くらいなら…確か裏社会の大手の組織でしたっけ?」
「ああ、その認識で間違ってねぇよ。そして、臨海学校での大量の無人機は覚えてるよな?」
「ええもちろん。肝心な時に気絶していたというのは屈辱以外の何物でありませんもの」
「回収したソレ全部、ソイツらに奪われた」
「なんですって!?」
目を見開き、仰天するセシリア。
一夏は神妙な面持ちで語り出した。
臨海学校での
回収されたソレらは検査の後学園の地下深く、限られたものしか入れないエリアにて封印されていた。
しかし、文化祭のこの日に亡国機業の工作員により奪われた。相手は銃で武装しており中には撃たれた職員もいた。幸い死人は出なかったが。
そして、追跡虚しく逃亡を許してしまった。
これらの事を纏めて伝えられたセシリアは頭を抱えた。
「全部って…確か4567機ですわよ?ソレを全部?……それに誰一人捕まえられてないなんて…」
ギリィと歯軋りし、怒りを露わにする。
「無能にしても程があるでしょう…!」
「……」
その言葉に無言を返しながら一夏は熱り立つセシリアをベッドに抑える。
セシリアの後頭部を枕につけ、一夏はサイドボックスからミネラルウォーター『おいちいお水』を取り出し、「喉乾いたろ?」と蓋を摘んでフリフリ振る。
「ま、今回はあちらの作戦勝ちかな」
「……作戦勝ちィ?」
ガバリと起き上がったセシリアは顔を歪め乱暴にペットボトルをひったくる。
開けた蓋をポイ捨てせずにゴミ箱に入れるあたりやはり育ちが良さが見て取れる。
「……いやさ、この作戦で動いた亡国からの学園潜入者と思われる者の人数がさ………
セシリアは口に含んだ水を思わず吹き出しそうになり、咳き込む。
「……ハ?」
「俺だって初めに聞いた時はなにをやってんだと思ったよ。でもこんなん聞かされるとね…」
遠い目で一夏は語る。
流石の彼も、
傭兵として裏切る裏切らないには慣れていたつもりだが、それはあくまで戦場の話。
日常で接していた人間が実はスパイだったなんて事は経験に無く、彼自身傷ついていた。
「……なんですのよ、それ」
反則でしょう。セシリアは一言、そう呟いた。
相手の強大さに、そう言うしかなかった。
今回の戦いは、IS学園側の完敗だ。
奪われた無人機だけではない。今まで潜入していた彼女達が得たデータに、それらが一気に抜けたことによる連絡の混乱。そして一夏の様に親しかった人の裏切りによる憔悴。
あまりにもダメージが大きすぎる。
対してこちらが奪えたのはアラクネの操縦者の左腕に剥離剤、そして『スコール』という名前。
釣り合ってないにも程がある。
「……なぁ、セシリア」
「……どうしました?」
一夏がセシリアに語りかける。そのトーンは先程までのものではなく、少し落ち込んでいた。
「俺さ…平和ボケしてた」
「平和ボケ?」
「この世界に帰ってきて、千冬姉に無事を知らせて、またもう一回あっちの世界に行く方法を見つけて…そしてそのこと全てを話すべき人に話して。やるべき事が終わって後は学園を卒業するだけになって俺は…」
巻紙に取り抑えられた時、一夏は自分が前の動きをしないことを知った。
ACショップで強盗に襲われたり、街中で急に銃をブッ放すヤク中から逃げたりとそんな時に出来ていた動きが出来なくなっていたのだ。
たった半年足らずでセシリアは一夏との関係が大きく変わったと思ってほっこりしていたが、一夏は半年足らずでボケていた身体に戦慄し、そして判明した身近な人たちの裏切りにより恐怖していた。
「……俺は、弱くなった」
「一夏さん……」
目に見えて弱った一夏。
こんな時に掛ける言葉をセシリアは知らない。なにを隠そう彼女にはIS学園に入学するまでは友達と呼べる存在はいなかったからである。
だがそれでも何か出来ることは無いかとセシリアは考える。何か、そう何か。落ち込んだ一夏に出来ることは――――
(お母様ー!)
――――そんな時、ふと蘇る。幼き頃の記憶。
「……一夏さん、そこを動かないでくださいね」
そういいセシリアは一夏を引っ張り、抱きしめた。
「……!?」
「…昔、落ち込んだ時にお母様にこうしてもらいましたの」
一夏を抱きしめながらセシリアは亡き母との記憶を呼び起こす。急に抱きしめられた一夏はただただ困惑していた。
「……ねぇ、一夏さん。確かに貴方は弱くなったのかもしれませんわ。でもそれは当然の事ですわ…」
「……」
「だって一夏さん。どんなにあちらの世界に焦がれても元々こちらの世界の住人では無いですか。この世界に、平和に馴染んでしまうのは当たり前の事ですわ」
でも、それでもとセシリアは一夏の両肩に手を置き目を合わせ向かい合う。
「貴方は、旅立つと決めたのでしょう?千冬さんに銃を向けてでも、この世界から消えると誓ったのでしょう?ファットマンという人が待っているのでしょう!?……なら、足掻きなさい」
「セシ、リア…」
「もし貴方が、平穏に浸かって血の匂いを忘れてしまうなら――――私が思い出させてあげます!」
肩に置いた手をギュゥっと握りしめ、セシリアは叫ぶ。その双眸は炎を宿し始めていた。
「AEOS、
今日の
しかし一夏は
故に誓う。更に強くなる。強くなり、一夏も警戒を怠れない程の存在となる。
それはきっと、鉄と硝煙が舞う世界に行く友への最高の贈り物となるから。
「セシリア…ありがとう。なんかゴメンな、色々とさ」
「気にすることではないですわよ。貴方が傭兵であるなら、私は貴族ですもの」
「さて、そろそろ話す事もお終いでしょう?戻らないと千冬さんに怒られますわよ」
「まぁまだ大丈夫だろ。それに、あと一つ話さなきゃいけないことがあるんだからな」
『それを話すには、少々手遅れだったみたいだけどねぇ』
「「え?」」
今までなにも口を挟まなかった財団から放たれた一言に、2人は病室の入口に目を向ける。
「織斑…そこで何をしている……?」
アレはだれだ?羅刹か?修羅か?もちろん――――
「「――――お、織斑先生……!?」」
その姿を確認するが早く一夏は左手をベッドにつき、それを支えに一回転する形でセシリアの胴体を飛び越える。
セシリアから見て入口側から窓側に移動した一夏は素早く窓の鍵を開けて叫んだ。
「
『それじゃあおやすみ、ブルー・ティアーズ』
その言葉と共に一夏は窓から消える。
ガサリと聞こえた音は着地に成功したということだろう。
「全く、怪我人の癖して元気な奴め……目が醒めたかオルコット。おそようだな」
姉弟だなあ。
自分にかける第一声にそんなことを思いながらセシリアは窓から千冬に目を移した。
千冬も視線を窓からセシリアに切り替え、視線を合わせ口を開く。
「もう日付も変わる。脳が急激な負荷に耐えきれずに倒れたんだ。ゆっくり寝ろ。……ああそれと、お前達4人がISを無許可で展開したことに関しては不問となった。いいな?絶対交戦した相手の事を言いふらすなよ?」
「了解しました。ご心配をおかけして申し訳ありませんわ」
とりあえず元気ですよと肩を竦めるセシリアに千冬は沈痛な表情で頭を下げた。
「すまなかった。本来なら、あそこで戦うべきは我々の筈だ。する必要のない怪我を私はさせてしまった」
「……別に頭を下げてもらうためにしたわけじゃありませんわ。事情は聞きましたし、先生は早く
「……そうだな。おやすみ、オルコット」
曇った表情を晴らすことなく出て行った千冬を、セシリアは同情の視線で見送る。大変なんでしょうね……。
「……」
カサッ……
織斑姉弟がいなくなり、セシリアだけとなった病室で紙の擦れる音が伝わる。
「え…え……!?」
一夏に言われた通りセシリアは書類に目を通し、そして見開いた。
その表情は彼女の困惑と歓喜を忠実に写していた。
誤字脱字や、変な所は言ってください。
次回でミッション7も終わります(多分)