北方の白き少女 Heart of the admiral 作:ハルバーの懐刀
「・・・フゥ・・・・・・」
時間にして数十分程度。
少女は通常の歩行だけでなく、滑る、駆け足などで移動するが、特に変わらない移動だと知る。
(・・・深海棲艦というだけあって、艦娘と同じように航行できるだけ?)
次に、彼女は立ち止まってから四つん這いになり、顔だけ海中に潜り込ませた。
「オオー!?・・・ミエル!」
人間だった時に水中メガネ無しで見えなかった海中が鮮明に見えたのだ。夜間に活動する魚たちの姿に言葉が出なくなる。さらにそこで知ったのは呼吸が問題なく続いていること。深海棲艦と言えるだけあって、息継ぎ無しで潜れるらしい。これは彼女にとって嬉しいことでもあった。
(暇が出来たら・・・海中散歩とかやってみようかな・・・)
次々と少女は人間にはできない能力に目覚めていく。
そのとき、彼女の顔に赤白い小振りのイカがペタッと足から張り付いてきた。
「ンプッ!?」
慌てた彼女は海中から顔を出し、両手で張り付いたイカを引き剥がす。
「ン~~~~!!」
少しイラついたらしく、彼女はそのイカを斜め上に向けて投げ飛ばした。
投擲されたイカ弾は放物線を描かず、そのまま空の彼方へと飛んで行ってしまう。
(ちょっとびっくりした・・・)
張り付かれた肌の部分を摩りながら、再び当てもなく海上を歩き出した。
「・・・・・・・・・オッ?」
さらに数十分経った頃、少女にとって初めての出会いが訪れる。
少女が向かう方向に少し黒っぽいものがいくつか見えたのだ。真っ暗な夜にも関わらず、それは近付くにつれて、形がはっきりと見えるようになる。
一つは、少女と同じ白い肌を持つ女性の姿。ショートヘアに青白く光る眼で、服装は露出度が高いビキニ姿。両手には口付きの砲身がある黒い機械なものを持っている。
その周りに黒く細長い魚雷のような物体が4体。先程のビキニ姿の女性を四方囲むように泳いでいた。
「クチクイキュウ、ト・・・リキュウ?」
少女の知識から引き出された名称“駆逐イ級”と“重巡リ級”
どちらも定番でかなり名の知れた深海棲艦である。
人型のリ級と周りのイ級たちによる5隻だけの艦隊。
何処かに向かっているらしく、少女から見て左側の方へゆっくりと航行し続けていた。
そんな艦隊にどう接触するべきか。少女は立ち止まってから考えた。
(同じ深海棲艦だし・・・こちらは姫級という上だから、友好的かな?)
そう判断した彼女は、リ級たちの艦隊へと徐々に接近していった。
「ッ!?」
艦隊と少女の間の距離があと100m近くになったとき、突然、艦隊が航行を停めた。人型のリ級が左側へ顔を向け、白き少女の姿を目視する。見られた少女もびっくりして再度立ち止まった。
「・・・」
「・・・エ、エット・・・」
どう声をかけるか混乱する少女。
なんとか考えた末に、ひょいひょいと右手を振ってみせた。
「コ、コンニチハ?」
「・・・」
「・・・」
「・・・ニィィ♪」
「ッ!?」
少女の身体に戦慄が走る。それは今まで経験したことのない感覚。
少女に対して、微笑んだリ級の顔はどうみても“歪んだ笑顔”
まるで、捕食者が獲物を見つけた喜びの顔だったからだ。
「ヒッ!?」
少女は本能に従って、右側へと転がり滑る。その瞬間、彼女の居た海面が爆音とともに水柱が吹き上がった。
(な、なんで・・・撃ってきたの!?)
それは先程のリ級が左腕の砲身で少女を撃ったからである。
リ級の周りに居た駆逐イ級も海面から顔を出し、口から砲身を出して少女へ照準を合わせた。
「ヒィィ!?」
リ級を含めた駆逐イ級たちの砲撃が始まる。狙いは正確ではなかったが、広範囲で激しいものだった。
少女は右往左往と移動して回避する。頭の中はすでに混乱状態だが、『逃げろ!』という本能の指示に従っていた。
そんな逃走すら読んでいたのか、リ級の指示で駆逐イ級たちが左右に移動し始める。あっという間に周りを取り囲まれ、少女は逃げ場を失ってしまう。
(か、囲まれた!?)
キョロキョロと見回す少女に、一体の駆逐イ級が突っ込んでいった。それは少女の手前で飛び上がり、砲身を引っ込めた巨大な口で噛み付こうとする。
「アッ・・・」
(こ、ここで・・・死ぬの?)
少女は初めて味わう絶望に涙を流す。走馬灯のような感覚で今までの記憶を鮮明に思い浮かべた。
(こんな・・・女の子になってまで・・・)
(しかも・・・同じ深海棲艦に・・・)
(・・・・・・・・・)
(・・・・・・)
(・・・イヤ)
(提督になって・・・戦いたかったのに・・・)
(ここで・・・終わるなんて・・・)
「ソンナノ・・・イヤダッ!!」
少女の怒った目が光り、強く握り締めた右手で駆逐イ級の鼻先を殴った。
「グォ!?」
殴られた駆逐イ級の装甲にひびが入り、数百メートル先まで吹き飛ぶ。殴り飛ばされた駆逐イ級は目の光を失い、そのまま物言わぬ遺骸となった。
「!?」
思わぬ反撃で仲間を失ったリ級たちは再び砲撃を開始する。吹き上がる水しぶきで少女の怒りがさらにヒートアップした。
「チョウシニ・・・ノルナッ!」
その言葉を発した直後、少女のスカート後ろの中から赤黒い機械のような蛇が出現した。
それは左側に小さ目の口からクレーンが出て、右側の大きめの頭には口だけでなく、目の部分に二門の砲塔、左側に取っ手、右側に飛行甲板が付いていた。
少女は右手で砲塔の頭の取っ手を持ち、駆逐イ級の一隻へ向けて発砲した。
「ガ・・・」
叫ぶ暇もなく、それは爆音とともに木端微塵に吹き飛んだ。
少女の放った砲撃は、明らかにリ級たちの砲撃とは段違いの轟音だった。
「ッ!!」
リ級が驚いている隙に、残る二隻の駆逐イ級も砲撃される。気付けばあれだけいた艦隊が壊滅状態となっていた。追い込んだはずの獲物によって、逆に手痛いしっぺ返しを受けたことに彼女は歯軋りを立てる。
少女と同じように怒ったリ級は無謀な特攻をかけた。
しかし、少女の怒りの方がさらに格上だった。
「エイッ!」
少女は左側の頭クレーンを伸ばし投げる。リ級の右腕の砲身にクレーンのフックが引っかかり、その身体ごと海上から釣り上げられた。
「ッ!?」
体勢が整えられず引き寄せられるリ級に、少女は取っ手を離した右手に力を溜める。
砲身で狙うことすらできないリ級は、左腕で身を庇うことしかできなかった。
「カエ、レッ!!」
少女のストレートパンチがリ級の左腕を砕き、鳩尾まで衝撃を与える。渾身の一撃をまともに受けたリ級が青い血を吐き、駆逐イ級より遥か遠くまで殴り飛ばされた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァァァ・・・」
戦いを終えた少女が荒ぶる息を整える。
初めて経験した戦い。命が刈り取られる感覚に恐怖し、理不尽な死に怒りを覚えた。
少女・・・そして、彼にとっても困惑するほどの体験をしてしまう。
(これが・・・戦い・・・)
少女はお尻辺りから出現した武装に目を向ける。右側の砲塔と左側のクレーン。これと自分自身の異常な力がなければ死んでいたであろう。何故か、少女はそれに向かって感謝した。
「アリガトウ・・・」
少女の言葉が伝わったのか、それらは頷く仕草をして、縮むかのように消失した。
また一人となった彼女は海の向こうへと歩みを進める。
(あれは・・・仲間じゃない・・・これからは不用意に近付かないようにしよう)
皆さんの思う「ぅゎょぅι゛ょっょぃ」ってこんな感じだろうかw