ここから真姫ちゃん加入までが難所ですね。どれだけオリジナリティと真姫ちゃんらしさを出せるか……。
その日の放課後。穂乃果たち三人は一足先に、神田明神へ向かった。
今日の朝練で体力の無さを自覚したのか、やはりまずは走りこみを重点的に行なっていくらしい。その辺りは実家が道場である海未の差配に任せている。
そして俺は別行動。いくら体力不足だからといえ、延々と走りこみばかりするわけにもいかない。歌やダンスの練習は曲が無いと出来ないので、今は俺の仕事が最優先事項だろう。
「やっぱりここだったか」
音楽室に近づくにつれて、部屋から微かに漏れ出る音色がはっきりとした輪郭を形成していく。
俺の耳には一流の奏者の紡ぐ音と遜色なく聞こえるそれは、他でもない彼女が音楽室に居る証左。扉のガラス部分から覗いた部屋の中では、幼馴染がとても気持ち良さそうに鍵盤を弾いていた。
「――――愛してる、ばんざーい♪ ここで、良かったー♪」
聞いたことがない曲だ。もしかして、オリジナルなのだろうか。
もしそうであれば、今日の目的を考えるとこの上ない好材料。だがずっと盗み聞きしていると、気付かれたときに不機嫌になられそうだ。
俺は彼女の独奏が一段落付いた頃合いを見計らって、拍手をしながら部屋の中へと入っていった。
「ハラショー。素晴らしい演奏だったぞ」
「………意味わかんない。何よ、ハラショーって」
絵里の真似をしてみたのだが、当然のごとく伝わらなかったようだ。
だが掴みは良かったのか、真姫は笑顔を向けてくれた。それが呆れたような笑みだったことは、この際目を瞑ろうと思う。
「それで、何か用なの?」
「ん。ちょっとな」
さて、どう切り出したものか。真姫は基本的にまだろっこしい物言いを嫌うので、単刀直入に頼んでみるか。
「真姫」
「……な、なによ?」
まだ椅子に座ったままの彼女の正面に立ち、宝石のように綺麗なその瞳を見つめる。少しでも誠意が伝わるようにと両肩に手を置くと、真姫は一度ビクッと体を震わせて頬を赤らめた。
「頼みがある。お前にしか出来ないことなんだ」
「う、うぇぇ……?」
普段はシミ一つない白い肌が、更に赤く染め上がる。その目は潤み始め、どことなく色っぽい妖艶な雰囲気を醸し出していた。
だが今の俺は、そんな彼女の様子に気づかない程度にはいっぱいいっぱいだ。汗ばんだ手に力がこもる。これ以上ないほど狼狽している彼女を見つめながら、俺はようやくその頼みを口にした。
「スクールアイドルの歌を、作曲してくれないかっ?」
――――――――。
「…………は?」
一気に真姫の目が絶対零度もかくやというほど冷たいものになったその瞬間、俺が何かを失敗したということだけは何とか悟ることが出来た。
「つまり、今度音ノ木坂のスクールアイドルのマネージャーになったから、私にそのスクールアイドルが歌う曲を作って欲しいってこと?」
「そうそう。理解が早くてたす」
「嫌」
「かる――――って、即答!?」
考える間もない即答に愕然とする。っていうか、そろそろ足が痺れてきたので音楽室の板張りの床に正座は勘弁してもらいたいのだけど。俺が何をしたと言うんだ。
「……その三人って、可愛いの?」
「え? あ、ああ。そうだな。三人とも可愛いし、ビジュアル面は何も心配していない」
音ノ木坂は総じて女子の容姿のレベルが高いと思う。そしてその中でも、あの三人の容姿は特に群を抜いている。
元気系の穂乃果に、癒し系のことり。海未は大和撫子ってところか。それぞれのタイプが違うというのは、アイドルとして大きな利点だろう。
「へぇ、そうなのね」
「お、おう。だから、後は曲さえクオリティが高いものがあれば――――」
「絶対嫌」
「酷くなってる!?」
恐ろしいくらい平坦な声で断られた。その様子は前にエリノゾコンビと一緒に居るところを見られた時に似ている気がする。
「……はぁ。本当に浩一は浩一ね」
「何それ、新手の罵倒?」
「はいはい、ちょっと黙ってて。……これじゃあ私が馬鹿みたいじゃない」
「え、なんて?」
「何でもないっ!」
後半部分がよく聞こえなかったから聞き返すと怒鳴られた。すごい理不尽。
「真面目な話、どうして駄目なのか教えてくれないか?」
正座から立ち上がって、俺が意識して真面目な声を出すと、真姫も姿勢を正して真剣な目を向けてきた。こういう風に察して切り替えてくれるところも、彼女の美点の一つだろう。
「そもそも私はクラシックやオペラしか聞かないし、アイドルが歌うようなものには詳しくないわ。それに……アイドルソングって何だか、薄っぺらくて嫌なの。軽い気がして」
「薄い、軽いか。まあ言いたいことは分かる」
偏見かもしれないけれど、アイドルという響きがチャラチャラした雰囲気を連想させるのは間違いではないだろう。
でも、だからこそ知って欲しい。本気でアイドルを目指す者たちの、その気持ちの厚みを。重みを。
「真姫、とりあえずこれを見てくれ」
そう言って開いたのは、朝に穂乃果たちに見せたものと同じ動画。A-RISEの『Private Wars』。
真姫は最初こそ少し難色を示していたが、歌とダンスが始まるとその目は興味の光と共に画面へと釘づけになった。
PVは時間にして約5分。しかしその5分間に凝縮された、重厚な完成度は十分に伝わったことだろう。
「これがスクールアイドルの頂点だよ、真姫」
「…………さっきの発言は訂正するわ。でも、だからって私が作曲する理由にはならないじゃない」
「俺はもしかしたら、あの三人はA-RISEを超えるかもしれないと思ってる」
「えっ?」
「あくまで可能性の話だけどな。それでも真姫、お前が作曲した歌じゃないと、その高みには昇れないと思う」
野暮なことを言えば、別にA-RISEを超える必要なんてどこにも無い。穂乃果たちの目的は音ノ木坂学院の廃校阻止なのだから。
だがA-RISEと競えるほどメジャーになれば、よりその確実性は増す。目標は大きく持って損は無いだろう。
「…………」
真姫は俺の言葉が意外だったのか、考え込むように目線を逸らした。
彼女は、俺の言葉が過大評価だと思うだろうか。確かに自分でも大それたことを言っているとは思うが、紛れもない本心だ。
――――あれは、二年ほど前だっただろうか。
ちょっと作曲をしてみたから聞いてみて欲しい。そんな文面と共に彼女はいつものメールのやり取りの中で、一つの音楽ファイルを送ってきた。
真姫のピアノによる主旋律だけで、編曲もされていなかったそれはしかし、若干14歳の女の子が作ったものとしては明らかに異質な完成度を誇っていた。
ひいき目かもしれない。的外れかもしれない。それでも俺は、彼女の音楽に関する才はアマチュアのレベルを逸脱しているんじゃないかと、どうしても思ってしまう。
「………少し、考えさせて」
たっぷり数十秒は黙考していた真姫は、やがてどこか申し訳なさそうにそう呟いた。
「わかった。急な話なのは承知してるし、正直考えてくれるだけでもありがたい。――――そういえば真姫、あの神社覚えてるか?」
「神社って………神田明神のこと?」
「そう、昔よく一緒に遊んだよな。そんで、今はそこで音ノ木坂のスクールアイドルが練習してる」
「え?」
「俺からの又聞きじゃ分かんないことも多いだろ。一度練習してるところだけでも見てやってくれないか? こっそりでもいいから」
「………それも考えとくわ」
今度は呆れながら。だが先ほどまでより解れた表情になったところから察するに、練習の見学は来てくれるだろう。俺の幼馴染はこういうとき分かりやすい。
「頼む。しばらくは朝も放課後もやってるはずだから。……さて、それじゃあ俺はそろそろ」
「ほら、何してるの浩一。置いていくわよ」
「練習に――――って、は?」
いつの間にやらピアノの鍵盤蓋を閉じ、スクールバックを肩に掛けた真姫が、音楽室の扉を開けてこちらを見ていた。
「いや、だってお前、考えとくって」
「考えた結果、行くことにしたの。何か文句でもある?」
「――――はは、お前にゃ敵わねえわ」
思わず笑いが零れてしまった俺に対して、彼女もまるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるのであった。
MUSIC-08へ続く
作者の真姫ちゃん成分補給完了(・ω・)