自分で書いておいてなんですが、最近真姫ちゃん成分が足りない……っ!!
「…………ふぁぁぁぁぁ、ふぃ」
あくびと共に何とも間の抜けた声が出てしまった。まだほとんど回っていない脳味噌を何とか覚醒させようと、大きく背筋を伸ばす。
穂乃果たち三人による、スクールアイドルグループ誕生から一夜明けて。先ほど激しい音を奏で、振り下ろされた俺の右手によって沈黙した目覚まし時計は、まだ今が早朝の5時半であることを示していた。
流石に眠い。まだ上半身しか起こせていないベッドが、じんわりとした温かさを以って抗いがたい睡眠欲を促してくる。それを何とか振り切って、もそもそとジャージに着替え始めた。
さて、朝に弱いと評判の俺が、何故こんな早朝から活動を始めているのか。
家を出て、二度目のあくびをかみ殺しつつのんびりと歩き始めた俺は、その理由となる昨日の出来事を思い返していた。
「浩一さん、私たちのマネージャーになって頂けませんかっ?」
「…………え?」
手を重ね合わせて思いを共にする三人を微笑ましく眺めていたら、突然こちらを振り向いた穂乃果に驚くべき提案をされた。
「ほ、穂乃果? いきなり何を………」
「だって、もうあんまり時間が無いんだよ? 私たちも出来ることはするけど、やっぱり手伝ってくれる人は必要だよ。だったら浩一さんがいいなって」
「それはそうかも………」
驚いた様子の園田さんに、穂乃果は諭すように自らの希望を伝え、ことりがそれに納得したように頷く。
なるほど、確かに道理だ。何もかもがゼロからのスタートなのに、肝心の三人は歌と踊りをマスターしていくだけでも手一杯だろう。
歌作りに衣装作り、振付も考えなければならないし、ライブをするなら日程や場所の調整も必要。となれば、人手や協力者は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
俺がいいっていうのは良く分からないけど、まあ背中を押したも同然だし、事情も理解しているしってところだろう。そこまで自惚れているつもりはない。
「他の二人はどう思ってるんだ?」
もしマネージャーをやることになれば、当然穂乃果だけではなく三人ともに接触する機会が増える。
ことりはともかく、園田さんは男子に余り慣れていないのか、まだ俺のことを警戒してるっぽいし。まあまだ会って数時間の男を信頼しろという方が無理な話か。
「ことりも、出来ればお願いしたいです」
「……私もです。お願い、出来ますか?」
しかし、意外なことに二人の反応は穂乃果に追従するものだった。俺の訝しげな視線に気づいたのか、園田さんが少し顔を赤らめて目線を外す。
「その………確かに私たちは会ったばかりで、お互いのことをよく知りません。いきなりこんなことを頼まれて困っているかとも思います。ですが、先ほどの穂乃果へのあの言葉―――あれは、穂乃果が後々傷つかないように、ですよね?」
……参ったな、気付かれてたか。それだけ親友のことが大切で、友達思いな子なのだろう。
無言を肯定と受け取ったのか、彼女は逸らしていた目を再びこちらに向け、真っ直ぐにその心の内を曝け出す。
「正直、男の人には慣れていないので気恥ずかしさはあります。けれど今日、穂乃果の気持ちを知るきっかけを作ってくれた貴方に、私たちの活動を手伝って頂きたいんです。だから―――」
「「「お願いしますっ!」」」
園田さんが頭を下げると同時に、まったく同じタイミングで穂乃果とことりもシンクロした。その早くも高い完成度を見せているチームワークに、内心で苦笑する。
―――俺の心は、もう決まってるんだけどなぁ。
打算的に言えば、廃校問題を解決出来る可能性があるから。真姫のために廃校させたくないという初心は何も変わっていない。
しかし、そういったものを除いたとしても、答えは変わらなかっただろう。――――何を隠そう、俺も穂乃果の熱に当てられた一人だからだ。
「三人とも、頭を上げてくれ」
俺はあえて平坦な声を装って、つむじを見せる三人に声を掛けた。
三人揃って、不安そうな表情で顔を上げる。それを少しでも解せればと、俺は満面の笑みで答えを返した。
数秒後、俺が穂乃果に猪の突進が如く抱きつかれ、園田さんはそんな穂乃果を真っ赤な顔で注意し、ことりがその様子を見て楽しそうに笑う――――穂乃果の部屋の中には、そんな光景が広がっていた。
回想を終えると、無意識に歩みを進めていた体はタイミング良く目的地に到着していた。
神田明神。俺のお気に入りの場所にして、今日からは穂乃果たちの練習場所になるであろうこの神社には、早朝ということもあってか
「おはよう、海未にことり」
「あっ、浩一さん。おはようございます♪」
「おはようございます、浩一先輩。こんな朝早くから来てくださって、ありがとうございます」
柔軟体操をしている二人に声を掛けると、振り向いて笑顔と共に挨拶を返してくれた。
ちなみに、好きに呼んでいいし敬語も要らないと言ったところ、ことりは少しフランクに、そして俺と海未もお互いを名前で呼ぶようになった。
ことりはともかく、やはり海未は男に慣れていないからか、名前を呼ぶだけで少し頬を赤く染めているところが何とも初々しい。誤解を招くので口には出さないけれど。
「そんなに畏まらなくていいよ。初日くらいはマネージャーとして見ておきたいしね。……あれ、穂乃果は?」
「……まだです」
「あ、あはは」
見当たらない言い出しっぺの姿に所在を尋ねると、普段より一段低い海未の声と、ことりの乾いた笑いが返ってきた。
まあまだ集合時間の五分前だし、流石に大丈夫だろ――――と思ったが、昨日の穂乃果のドジっ子エピソードを思い出すに不安は拭えない。
……寝坊した穂乃果が大慌てで来て、海未にめちゃくちゃ怒られて、ことりが苦笑しながら仲介するところまでは容易に想像出来た。うむ、リアルすぎて笑えない。
結局穂乃果は集合時間ギリギリに到着した。海未によるお説教もそこそこに、俺は横一列に並ぶ三人の前に立って口を開く。
「さて、早速今日から本格的に練習を始めるわけだけど――――まずはこれを見て欲しい」
持ってきていた某リンゴ社製のタブレットのカバーを開いて、保存していたURLから動画サイトに飛ぶ。再生ボタンを押してから、三人に見えるように差し向けた。
「これは………」
「そう、穂乃果も秋葉原で見ただろ? A-RISEのPVだ」
画面の中では、暗がりのステージの中央で統堂英玲奈が、優木あんじゅが、そして綺羅ツバサが力強くダンスを披露していた。
ダンスの中では、まだ激しくない部類に入るだろう。それでも絶えず歌いながら動き続けて、絶対に笑顔を欠かさない。
これこそがアイドルの姿だ。そして今の穂乃果たちにこれと同じことが出来るかと言えば、答えはNOだ。
「正直、今の三人――――特に穂乃果とことりには、こうやって歌いながら動き続けるのは不可能だ。海未でも、ずっと笑顔でというのは難しいかもしれない」
昨日聞いた話では、海未は弓道部と実家の道場で鍛えているとのことだったが、穂乃果とことりは日常的に運動をしていないらしい。体力面は気持ちだけではどうしようもなく、今後の努力は間違いなく必要だ。
三人ともA-RISEのダンスパフォーマンスを見てそれを感じ取ったのだろう、神妙な面持ちで頷いた。
「だからまずは、体力を付けるためのトレーニングだな。海未はある程度余裕があるだろうから、コーチも兼任してくれ」
「わかりました」
「こう君はどうするの?」
穂乃果が訪ねてくる。ちなみに年上なのにあだ名+君付けという、何とも彼女らしい呼び方をされることになった。
「その前に、ひとつ確認。まず君たちは、どこを目標にしているんだ?」
「それは、学院を廃校にさせないために――――」
「ああ、ごめん。聞き方が悪かった。俺が聞きたかったのは、直近の目標。つまり、君たちの知名度を上げるために一番最初に何をするか、だな」
「何をするか、ですか」
「それはやっぱり……」
「ライブでしょっ!」
穂乃果が意気揚々と宣言する。まあそうなるよな。ポスターなどを使った宣伝活動はもちろんだが、やはり一度はライブをやらないと、アイドルグループとして知名度は上がらない。
そしてその場合問題になってくるのが――――。
「じゃあ次は、そのライブをいつ行なうか。これは歌もダンスもある程度出来るようになってからが望ましいけど、もうあまり時間も無い」
学院の進退は、夏に開催されるオープンキャンパスで決まる。今がもう4月の中旬だから、実質あと三カ月ほどしかない計算だ。
「実は昨日、浩一先輩が帰った後にも少し話しまして」
「ライブをするなら、新入生歓迎会の放課後かなって話をしてたんです」
「それっていつ?」
「5月の中旬だよ!」
一ヵ月か……。相当厳しいが、ギリギリいけるか? それに初動が早ければ早いほど、オープンキャンパスまでの期間を有効に使える。
「わかった。厳しいけど、それに間に合うように頑張ろう。後は、各担当の割り振りと……そうだ、一番重要なことを忘れてた」
「重要なこと?」
「このグループの名前。まだ決まってないだろ?」
「「「あ…………」」」
結局グループ名に関してはその場では良い案が出ず、廊下に投票箱を設置することでとりあえず落ち着いた。
ちなみに、穂乃果が俺に決めて欲しいと言ってきたが丁重かつ断固として断った。RPGの主人公の名前でも悩みに悩んだ挙句に結局自分の名前を付けてしまう俺が、アイドルグループのユニット名を考えるなんて正気の沙汰ではない。
また、各担当の割り振りも順調に決まっていった。
ステージ衣装はことり。彼女は服飾関係に興味があるらしく、三人分の衣装ならデザインから製作までこなせるだろうとのこと。
作詞は海未。意外な気がして首を傾げたが、どうやら彼女には中学時代に自作のポエムを書いていたという過去があるらしい。興味はあったが、流石に詳しく突っ込むのは自重した。本人も黒歴史と思っているようで、今にも泣きそうな顔をしていたからだ。
そして作曲。既存の曲をリメイクという形もあるにはあるが、新グループの初ライブがそれではインパクトに欠ける。やはりオリジナルの曲は必須だ。
だったら――――いや、だからこそ。
「曲は……ちょっと俺に預けて貰えるか?」
「えっ、もしかしてこう君、作曲できるの!?」
「まさか。作曲できる人を知ってるだけだよ。……ちょっと、頼んでみる」
「分かりました。お願いします。――――さあ、それでは大体のことは決まりましたので、私たちはとりあえずランニングを始めましょう!」
「「うんっ!!」」
これは単なる俺のわがままだ。あの子に、穂乃果たちと関わりを持って欲しいというのは。
もちろん、無理強いするつもりはまったく無い。彼女は西木野総合病院の院長の一人娘。病院の後を継ぐべく、勉強しなければならないことは山のようにあるだろう。
でもそれは、目標であって夢ではない。彼女とはしばらく会ってこそいなかったが、時々行なっていたメールのやりとりだけでもそれくらいは分かる。
だからこそ俺は、彼女の圧倒的な音楽の才能と、この三人の情熱が重なるのを見てみたい。音楽が大好きな彼女の、夢の続きを紡いでやりたい。
「さて、簡単に説得出来るとは思ってないけど……どうなるかな?」
穂乃果たち三人は、ランニングから階段ダッシュに移行したようだ。穂乃果とことりが早くもバテ初めている。
作曲を依頼した時の彼女――――西木野真姫のリアクションを想像するだけでにやけるこの顔を、見られなくてよかったと心底思った。
MUSIC-07へ続く
というわけで、次回は久しぶりに真姫ちゃん登場。
ある意味最初の山場、かなぁ。
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