では、気を取り直して5話をどうぞ。
<other side>
「まったく、穂乃果はいつも急なんですから」
本人の気質によく似た真っ直ぐな黒髪をなびかせ、園田海未は今は居ない親友を相手に愚痴を零していた。
その親友、高坂穂乃果から電話が来たのは、つい20分ほど前の話だ。
――――「すっごい事を思いついたから、急いで穂乃果の家に来て!!」
それ以上の説明は何もなく、突然のことに狼狽える海未を置き去りにしてさっさと電話を切ってしまった。おそらく、自分の次にはもう一人の親友である南ことりに電話をしたのだろう。
穂乃果とは親友であり、幼馴染だ。もう十年来の付き合いとなるので、そんな思い立ったら一直線に突き進んでいく部分は十分に身を以って理解している。
それで後悔することもあったが、それ以上に楽しい思い出が大半を占めることも事実――――だが、それでも不満が無いわけではない。
「まあ、穂乃果らしいですけどね」
自宅から歩いてくる道中で散々愚痴を零して溜飲が下りたのか、諦めたような苦笑を一つ。その一言で許してしまうのは、自分が甘いからか、幼馴染が不思議な魅力を持っているからか。
「いらっしゃいませー。あっ、海未さん」
「雪穂、こんにちは。店番ですか?」
「はい、受験勉強の息抜きも兼ねて。あっ、お姉ちゃんから聞いてますんで、家の中にどうぞ」
「分かりました。お邪魔します」
穂乃果の実家の和菓子屋では、彼女の妹である高坂雪穂が店番をしていた。だがそこは幼い頃から知っている仲。軽く言葉を交わして、勝手知ったるといった様子で幼馴染の部屋を目指す。
「でもやっぱり、愚痴の一つは言ってやりましょう」と、多少厳しい表情を作ってから、海未は穂乃果の部屋の襖を開けた。
「穂乃果って確かにドジが多そうだよな」
「な、それは心外ですよ浩一さん!」
「でも穂乃果ちゃん、この前も雪穂ちゃんのプリンを間違えて食べてすっごく怒られたって言ってたよね?」
「ことりちぁぁぁん!? あっ、海未ちゃんいらっしゃい!」
「――――――――」
部屋の中には、幼馴染の二人が見知らぬ男の人と楽しそうに談笑する姿があり。
その余りにも予想外の光景に、海未は現実逃避するかのように中途半端な表情のまま固まってしまうのであった。
<other side end>
落し物をした見知らぬ女の子が、たまたま立ち寄った和菓子屋で店番をしていた――――正直、朝に曲がり角でぶつかった女の子が同じクラスに転校してくるくらいあり得ないことだと自分でも思う。
そんな漫画のような
すると彼女は今気付いたかのように「あああっ!!」と驚きの声を上げ、何度も何度も感謝の言葉を伝えてきた。どうやらパンフレットは今年受験生となる妹のものであったらしい。
是非お礼させてくださいとグイグイ来たので、和菓子屋なのだからお茶と和菓子でも頂ければと言ったところ、まさかの自室にご案内。この子には警戒心というものが無いのだろうか。
まあそこで「やっぱりお礼は要らないです」とも言えなかったので、すぐにお暇しようと番茶を啜っていたところ、彼女――――高坂穂乃果の二人の幼馴染もやってきて現在に至る。うん、完全に帰るタイミングを見失ったよね。
「それでは、改めまして。高坂穂乃果です! 穂乃果って呼んでください!」
「穂乃果ちゃんのお友達の、南ことりです。ことりって呼んでくださいね」
「園田海未です。………えっと、宜しくお願いします」
三者三様の自己紹介。二人に関してはいきなり名前呼びの許可をもらえたわけだけど、園田さんの方が普通だと思うんですよ、私は。
とはいえ、折角の厚意を断るのも悪いので、遠慮なく呼ばせてもらおう。幼い頃に真姫と接してきたおかげで、女の子を名前で呼ぶにあたって変に身構えることもない。
「穂乃果にことりに園田さんね。俺は瀬野浩一。音ノ木坂学院の三年生だよ」
「音ノ木坂? じゃあ貴方が噂の………」
「え、噂って?」
自己紹介をしたところ、園田さんから気になる反応が返ってきた。
「いえ、そんな大したものでは。ただ三年生に、音ノ木坂唯一の男子生徒が居るというだけで……」
「あー、なるほど。そうなんだよなー」
あまり思い出したくない事実だった。肩身が狭いし、今でこそ落ち着いたが最初の頃は廊下を歩いただけでざわついたものだ。ははは、死にたい。
「穂乃果たちも音ノ木坂学院の二年生なんですよー。偶然ですね!」
穂乃果は何が嬉しいのか、ほむまんを頬張りながらにこにこしていた。この子はほんとに物怖じしないというか、こういう気持ちのいい性格は好感が持てる。
でもそっか、園田さんの反応から予想は付いていたが、三人とも音ノ木坂か。ってことは………ちょっと聞いてみるか。
「そういえば、廊下に貼られてた告知はもう見た?」
「……はい。残念ですが、こればかりはどうにも――――」
「ああああああ!!!」
俺の問いに園田さんが気落ちした様子で答えようとしたところ、突然穂乃果が立ち上がって大声を上げた。何だ、敵襲か?
「ど、どうしたの? 穂乃果ちゃん」
「それだよ、それっ! 今日海未ちゃんとことりちゃんを呼んだ理由!!」
「そういえば、電話口ですごい事を思いついたって言ってましたね」
「それって、廃校問題に関してってことか?」
胸を張って自信満々に「はいっ」と頷く穂乃果。それは興味あるけど、そのドヤ顔は逆に不安になるからやめてくれ。
「海未ちゃん!」
「はい?」
「ことりちゃん!」
「うん」
「三人で、スクールアイドルをやろう!!」
――――場を、静寂が支配した。
「えーっと、つまり……今日行った秋葉原でUTX学院のスクールアイドルの歌と踊りを見て、私たちもスクールアイドルをやれば生徒を呼び込めるのではないかと思ったと」
「うんうん!」
「――――はぁ」
「そのため息は酷過ぎるよ、海未ちゃん!!」
「いえ、ちょっと頭痛がしまして」
「あ、あはは………」
額を押さえる園田さんと、その様子に苦笑することり。まあ正直気持ちは分からんでもないが、突然すぎることさえ除けば――――。
「そうだ、浩一さんはどう思いますか?」
「瀬野先輩からも言ってやってください、穂乃果の考えは甘すぎるって」
「……いや、そうでもないんじゃないか?」
「「「えっ?」」」
俺の答えに、同意を求めてきた穂乃果も含めて全員が驚きの声を上げた。
「ど、どうしてですか? 私たちがスクールアイドルなんて……」
「まあ、個人の心情的な部分は置いておくとしても、十分に可能性はあると思うよ」
「それは、廃校問題に関してですか?」
ことりが軽く首を傾げて聞いてくる。俺はそれに頷きをひとつ返して、頭の中を整理しながら言葉を続けた。
「俺も個人的な理由で廃校を何とかできないかって考えてて、やっぱりそれには学院の知名度を上げるしかないって思ってたんだ」
「それは理解できますが……」
「だけど、音ノ木坂は部活動も盛んとは言えないし、大きな特色がある学院じゃない。となると、後付けでこれから有名になるしかない」
問題はその方法だった。男子女子問わず多くの学生が入学を希望したくなるような実績を作る――――口に出すのは簡単だけど、実現は不可能に近い。第一、残り時間だって全然無いのだ。
「俺も今日、秋葉原でA-RISEの映像を見ていたんだが、スクリーンの前はすごい人だかりだった。もちろん、スクールアイドルのトップと言われているA-RISEだからこそだろうけど、流行に乗るという点では間違ってない」
「確かに、最近はテレビでも結構取り上げられていますね」
「そこまで有名になるのは難しいかもしれないけどな。でも廃校を免れることだけを考えるなら、近隣にその名前が知れ渡る程度の知名度さえあればいい」
もちろん、そう単純な話ではない。それを成すにも最低限のクオリティというものは必要になってくるだろう。
当然のことではあるが、曲も、衣装も、ダンスも、何もかもが無い状態でのスタートになる。だが何もしなくても廃校になってしまうのだ。だったら今は、とにかく前に進めばいい!
「もう地道に学院の宣伝をしている時間はない。今はまだ現実味が薄いかもしれないけど、俺はそこまで分が悪い賭けとは思ってないよ」
「そんな………」
「とはいっても、中途半端な気持ちでは絶対に出来ない。そこで聞いておきたいんだけど…………穂乃果、君に覚悟はあるか?」
「覚悟?」
「絶対に諦めない覚悟。生徒たちの期待を背負う覚悟。そして――――自分に、負けない覚悟だ」
偉そうなことを言っているとは自分でも思う。でも中途半端な活動をして、一番傷つくのは多分この子だ。
だからこそ、ここはちゃんとしておかなくてはならない。もしここで、少しでも迷うようなら――――。
「ありますっ!!!」
――――即答だった。だが適当に答えたわけではないことは、その真っ直ぐな瞳を見れば分かる。
「確かに、まだ私には何もない。思いつきだし、これからどうしていくかもハッキリ決まってない。でもっ!」
その瞳には、確かな熱量があった。今まで生きてきて見たこともないような、熱い、熱い、燃え盛る意志の光があった。
そしてその瞬間に確信した。あぁ、この子は、この子の心は、全てが決まるその日まで――――。
「学院を存続させたい気持ちは、誰にも負けませんっ!!」
――――絶対に、折れることはないだろうと。
<other side>
園田海未は驚いていた。親友の、思っていた以上に熱の籠ったその言葉を聞いて。
音ノ木坂で唯一全国を狙えると言われるほど、弓道に長ける彼女は知っている。その熱は、本物の気持ちを持った人にしか出せないことを。
穂乃果の思いつきからのドタバタ劇は、幼馴染三人の中では日常茶飯事であった。だからこそ、今回のこともそれほど真剣に考えていないと思い込んでいた。
『私はまだ、どこかで穂乃果のことを甘く見ていたのでしょうか』
南ことりは、圧倒されていた。親友が見せる、揺るぎない意志の力に。
幼い頃から、穂乃果には強いリーダーシップがあった。本人は自覚していないかもしれないが、その決断力は優柔不断な自分からすればとても頼もしかった。
それが穂乃果の魅力。普段はぼんやりとしているのに、好きなこと、自分が決めたことをする時の彼女はとても眩しい。
『不思議だな……穂乃果ちゃんと一緒なら、何でも出来る気がする』
「だから、やろう! 海未ちゃん、ことりちゃん!」
そして、高坂穂乃果は迷わない。他ならぬ自分自身が、やると決めたから。
そんな穂乃果が差し伸べた手に、海未とことりがまったく同時に手を重ね合わせたのは、偶然か必然か。
――――手を取り合った三人の少女。まだ名も無きスクールアイドルが、結成された瞬間であった。
MUSIC-06へ続く
この話は自分でも不思議なほどノリノリで書いてました。
さて、とりあえず今話でストックが切れたので、若干更新ペースが落ちます(´・ω・)