ラブライブ! ~西木野真姫の幼馴染~   作:雅和

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MUSIC-03 『両手に華』

 

 

 

俺の意識の覚醒を促したのは、セットしていた目覚まし時計ではなく、カーテンから漏れて顔を照らしていた朝の日差しだった。

 

「…………ねむ」

 

むくりと上半身を起こし、まだほとんど開いていない瞼を擦りつつ呟く。

昨日までなら迷うことなく、もう一度体をベッドに沈めて優雅に二度寝と洒落込んだだろう。しかし今日は誠に遺憾ながら、それが出来ない理由がある。

 

「始業式、今日だよなぁ。明日とかじゃねーよなぁ」

 

昨日もさんざん確認した。だが間違いなく、今日は4月8日。長かった春休みも昨日で終わりを告げている。

一度大きく伸びをして、アラームをセットしていた目覚まし時計に目を移すと、時刻はその時計が騒音を撒き散らす二分前を示していた。

 

「はぁ……起きるか」

 

朝は苦手だ。叶うことならいつまでも眠り続けたい。

しかし、あわよくば二度寝できるかもという淡い期待を無機質なデジタル時計に打ち砕かれ、俺はやるせない気持ちのまま時計のアラームを切り、のそのそとベッドから降りた。

 

――――こうして俺の音ノ木坂での学院生活初日は、何とも低いテンションの中で幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこうなったかぁ…………」

 

ある意味では予想通りであったものの、いざこうしてその状況に立つとなかなかに厳しいものがある。

今年度から共学化した音ノ木坂。しかし新入生はともかくとして、進級する二年生や三年生には元々男子などいるはずもなく、その上に転入生は俺一人だけ。

つまり、だ。二年生と三年生を合わせても、その中で男子は俺一人だけという状況が出来上がってしまった。

今は朝のホームルームと始業式の間のちょっとした休憩時間なのだが、転校生特有のイベントであろう質問攻めが全く無い。みんな遠巻きにこちらの様子を窺っている、といったところか。

まあ女子の園に、いきなり男子が一人混じってきたのだから、当然といえば当然の反応かもしれないが。

 

「元気無いねぇ、浩一君。やっぱり初日やから緊張してるん?」

「緊張というより、戸惑っているんじゃないかしら」

 

――――そんな俺以外に女子しかいないこのクラスに、春休み中に顔見知りとなった二人の女生徒が在籍していたことは、不幸中の幸いとでも言うべきことだろう。

 

「おはよう、希に絢瀬。同じクラスで良かったよ」

「おはよー」

「おはよう……。希、瀬野君と知り合いだったの? それにお互いに名前で呼んでるみたいだし」

「春休み中に神社で会ったんよ。そういうエリチこそ」

「私も春休み中に学院でね。勝手に音楽室に侵入していた不届き者を注意しただけよ」

 

「ねえ?」と言わんばかりに絢瀬が悪戯っぽい表情を向けてきたので、俺はおどけるように両手を上に挙げて苦笑した。

 

「へいへい、生徒会長様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでしたっと」

「気になる言い方ね……。まあいいわ。それより瀬野君、放課後時間ある?」

「デートのお誘いか? いやごめんなさい嘘です冗談です調子に乗りました」

 

すごい冷たい視線で射抜かれた。人によってはご褒美なのかもしれないが、俺にはそんな性癖は無いので全力で謝り倒す。

 

「はあ……。せっかく校舎内を案内してあげようかと思ったのに、どうやら必要無いみたいね」

「マジで!? それは有難いけど……でも面倒じゃないか?」

「これも生徒会長としての役目よ。今日は生徒会の仕事も少ないし。希はどうする?」

「ウチも行こうかな。浩一君と居ると退屈しなさそうやしね」

 

そう言われると悪い気はしない。ただその言い方が、完全に玩具感覚なのは気のせいということにしておこう。

そうして放課後の約束を取り交わしたところで放送が入り、始業式のために体育館への移動を促された。

――――さて、ちょっとテンションも回復してきたし、学院長や理事長の有難いお話でも聞きにいくとしますかね。

 

 

 

 

「ん~~~~っ、はぁっ」

 

始業式後のホームルームも終わって、本日のプログラムは終了。どこの学校もそうかもしれないが、今日は始業式だったので本格的な授業は無いらしい。

背伸びをしつつ、まだ教科書も入っていない軽い鞄を肩に担いで席を立つ。見渡すと、丁度約束の相手が二人揃ってこちらに歩いてきていた。

 

「準備は出来てる?」

「ああ、バッチリ。そんじゃ、宜しく頼みます」

「ほな、れっつごーやね」

 

癒されるが、同時に脱力しそうな希の掛け声に絢瀬と苦笑いを交わしつつ、俺たちは連れだって3-Aの教室を後にした。

 

 

 

 

 

「これで残ってるのは、特別棟の方ね」

「特別棟?」

「選択教室とかで利用することが多い教室が集まってるんよ。理科室とか調理室とか、音楽室とか」

 

絵里と希の案内も終盤。食堂や購買部、職員室や各学年の教室などを案内され、最後に残ったのは全部で三棟あるこの学院の西に位置する棟であった。

ちなみに、絵里とは案内の最中に名前で呼び合うことになった。どうやら親友の希が名前呼びなのに、自分が名字というところに何となく違和感があったらしい。

それはともかく。希の言によれば、踏み入ったこの棟は教室移動の際に使用するような部屋が固まっているようだ。

なるほど、何となく覚えがあると思ったら、音楽室がある棟か。ということは理事長室もあるのだろう。あの時、理事長室から出た後は棟を移動した覚えがないからな。

 

「なんか閑散としてるなぁ」

「今日はまだ部活も解禁されていないから、全然人が居ないのよ――――あら?」

「どうしたん? エリチ」

「何か忘れ物でもしたか? エリチ」

「どうしてあなたまでその呼び方なのよ。そうじゃなくて、あっちから扉が閉まる音がして」

 

そう言って曲がり角の向こうを見て首を傾げる絵里に釣られ、どれどれと深く考えずにその先の廊下を覗く。

するとそこには、何かしらの教室から出てきて俺たちに背を向ける形で歩き去ろうとしている赤毛少女の姿。――――その後ろ姿は、紛れもなく俺の幼馴染のものであった。

 

「おーい、真姫ー!!」

「――――? うぇええええ!?」

 

廊下の先、距離にして10mといったところだろうか。

呼びかけた俺の声に振り向いてようやくこちらに気付いた真姫は、まず俺の姿を認め、次いで両脇にいる絵里と希に目を向け、最後には予想以上の狼狽した声を上げた。

この前も聞いた気がするけど、驚いたときに出る真姫の口癖か何かなのだろうか?

 

「今帰りか? っていうか、こんなところでどうしたんだよ?」

「いや、その…………こ、浩一こそどうしたのよっ?」

「俺? この二人に学院の案内をしてもらってただけだよ」

「――――へぇ?」

 

先ほどまで慌てていたというのに、返答した次の瞬間には威圧感たっぷりに目を細める真姫。

え、なに、すげー怖いんですけど。こんな表情も出来るようになったなんて、おにーさんびっくりだよ。(錯乱)

 

「ま、真姫?」

「両手に華じゃない。良かったわね」

 

そう言う割には全然感情が籠ってないんですけど。まあ確かに二人とも、俺が両手に持つには過ぎたくらいの高嶺の花だけどさ。

 

「…………帰る」

「お、おう。気をつけて、な……?」

 

プイと不機嫌さを全面に出して顔を背け、ツカツカと早歩きで彼女は去っていった。

えーっと……?

 

「一体、何だったのかしら?」

 

――――絵里のその呟きは、未だにフリーズから回復しない俺の気持ちを見事に代弁してくれていた。

 

 

 

 

<other side>

 

 

 

「まったくもう………何なのよっ!」

 

真姫の歩みは止まらない。ともすれば通学路のアスファルトを踏み砕く勢いで、彼女は悪態を撒き散らしていた。

面白くない。まったくもって面白くない。しかし冷静ではない真姫の心では、その原因にまでは思い至らない。

昨日が入学式で、今日は始業式だった。昨年までとは何もかもが変わった環境の中、早々にクラスメイトの輪から外れてしまった自分に嫌気が差して、気分転換に音楽室に赴いた。

訪れた音楽室で、意外にも良い音を出すピアノを思い切り弾いて、ストレス解消にはなったはずだ。そのはずなのに。

 

「デレデレしちゃって………っ!」

 

音楽室を出た後、浩一に呼び止められたところまでは良かった。しかしその後、その彼を挟むようにして両脇に居た二人の女子生徒を見たとき、一気にまた気持ちは沈んでしまった。

その内の一人には見覚えがあった。生徒会長の絢瀬絵里。人目を引く容姿だし、天邪鬼を自覚している真姫をしても素直に美人だと評せる先輩だ。

そしてもう一人も、絵里とはタイプが違うが美少女には違いなかった。あの全身から滲み出る柔らかな包容力は、後二年経ったとしても出せると思えない。

そんな美少女二人に囲まれていた幼馴染。――――どういう関係なのだろうか?

 

「何なのよこれ………意味わかんない」

 

いつの間にか自宅までの道のりを踏破していたらしい。真姫は玄関に入ると張りつめていた気が抜け、そのまま扉に背を預けてしまう。

抑えている胸が痛い。体験したことのない特殊な痛みに顔を顰めながら、彼女はもう一度何かに耐えるように呟いた。

 

「意味、わかんない………」

 

頭のいらいらも、胸のもやもやも、そしてその心の痛みも――――少女はまだ、わからずにいた。

 

 

 

 

MUSIC-04へ続く

 

 





真姫ちゃん大苦悩。
さて……そろそろ本編のストーリーを進めていかねば。

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