気に入って頂けたら、今後とも読んで頂けると幸いです。
「あの子なら部屋に居るわよ♪ って言われてもなぁ……」
西木野家の二階へと続く階段を登りながら、俺は苦笑を一つ零した。
この家のインターホンを押したのが、つい五分ほど前の話。名前を伝えるとわざわざ真姫の母親の真理さんが玄関まで来て、再会を喜んでくれた。
ちなみに、真理さんも母さんの親友だ。加えて言えば、学生時代は南理事長と三人で同じ部活にも入っていたらしい。
その後、お互いに結婚して買った家が隣同士だったのは偶然だったらしいのだけど。それ以来ウチが引っ越すまでは家族ぐるみの付き合いをしていたため、ある意味実母以上に頭が上がらない存在だ。
ともかく、そんな真理さんに娘の居場所を聞けば、返ってきたのが先ほどの言葉というわけだ。真姫に会うのは七年ぶりになるのだし、いきなり私室を訪ねて良いものなのだろうか。
「ま、なるようになるか。……ん?」
最悪、着替え中などのタイミングで部屋に入らない限りはそう大事にはならないだろう。もちろんノックもするつもりだし。
そんなことを考えていた俺の耳に届いてきたのは、微かな、しかし確かなピアノの旋律。
そういえば真姫の部屋にもピアノが置いてあったなと思い至り、同時に演奏中なら邪魔しちゃ悪いかなと、彼女の部屋の扉を少し開けて様子を見る。
「――――っ!」
すると飛び込んできたのは、美しく圧倒的な音の奔流。ピアノを少し齧っていたからこそ分かる、絶対的な才能の音色。
そしてピアノ椅子に腰を掛け、目を閉じて気持ち良さそうに鍵盤に指を踊らせる、美しい少女の姿。
――――呑まれていた。幼い頃の、俺の後ろにくっついていた少女と、目の前にある光景があまりにも掛け離れすぎていて。
彼女の才能は知っていた。知っていたつもりだった。けれど七年という月日は、彼女を更なる高みへと押し上げていた。
やがて演奏が終わり、充足感のまま彼女は一息つく。そして鍵盤蓋を閉じ、何気なく周りを見渡して――――目が合った。
「――――えっ?」
虚を衝かれたように、目を見開く。俺は俺でまだ先ほどの衝撃から立ち直れていないため、その大きな瞳を見つめ返すことしかできない。
やがて真姫は唇を震わせながら――――俺にとっては耳に馴染みきった言葉をポツリと呟いた。
「…………
その懐かしい呼称に、ようやく頭が再起動を果たす。
俺もいつまでも呆けている場合じゃないな。先ほど神田明神で願ったことを、こんなにも早く果たせるのだから。
『真姫との再会が、喜ばしいものになりますように――――』
「ああ。ただいま、真姫」
「それで、何で浩に……じゃなくて、浩一がここに居るのよ?」
お互いに再会の衝撃からようやく立ち直り、向かい合ったところで真姫からそんな質問が飛んできた。
というか、呼び方も変わってるし。この年になって浩兄呼びは恥ずかしかったのだろうか、年頃の女の子はよく分かりません。
「今日戻ってきたんだよ、この街に」
「戻って……? おじさまの仕事は?」
「向こうでの任期が終わって、晴れてお役御免って感じかな。それで、また隣の家で暮らすことになったから宜しく」
「宜しくって……だいたい、この前連絡したときはそんな話してなかったじゃない」
真姫とは、月に一回程度は近況報告ということで電話なりメールなりしていた。
まあ今年になってからは真姫が受験生ということもあって控えていたけど。なので、この前連絡したときというのは年末の話だ。
「はっはっは。そんなもの、驚かせたかったからに決まってるじゃないか。まあ俺も、真姫がめちゃめちゃ綺麗になってて驚いたからお相子ってことで」
「うぇええ!? ば、馬鹿じゃないの!?」
「おう、確かに俺は兄馬鹿だな」
「そういう意味じゃないわよっ」
ふむ、なかなか良いツッコミをするようになったじゃないか。昔は素直で俺の後を付いて回るような子だったのだが、今みたいにツンツンした真姫も良いな。
思考が変態っぽくなってきたので、慌てて軌道修正。どうやら俺も、久しぶりの幼馴染との再会にテンションが上がっているようだ。
「でもまあ、元気そうで安心したよ。改めて……ただいま、真姫。また会えて嬉しいよ」
「うっ…………はあ。まったく、そういうところは相変わらずなんだから」
軽く睨んでいた表情を大きな苦笑交じりのため息と共に変えて、真姫は昔と変わらない、魅力的な笑顔を見せてくれた。
「――――おかえりなさい、浩兄」
その愛らしい表情に、思わず昔みたいに彼女の頭を撫でて、怒られてしまったことを追記しておこう。
<other side>
「ただいま…………か」
玄関先まで出て――――そのときもツンケンした態度を取ってしまったが――――隣の家に帰っていく浩一を見送った真姫は、自室でベッドに腰掛けながらぼんやりと呟いた。
思い返すのは、七年ぶりに間近で見た浩一の笑顔。自分が兄のように慕っていた彼は、あの頃とまるで変わっていなかった。
もちろん、肉体的な成長は窺える。背は真姫よりも確実に頭一つ分以上は上だし、広くなった肩幅や厚くなった胸板は、同年代の男子と比べてもたくましい。
でも、その本質は何も変わっていない。優しい眼差しも、頭を撫でてくれる
あの頃の――――慕い、憧れていた彼そのもので――――。
「――――って、私は何を考えてるのよっ」
誰も居ない自室で思わず自分に突っ込んでしまい、恥ずかしさから顔が熱くなった。
これも全て、あの自由奔放な幼馴染のせいだ。常に冷静沈着を心がけている真姫にとって、浩一は簡単に心を乱す唯一と言っていい存在だった。
でも……悪態をつく自分の他に、嬉しいと思っている自分も確かに居て。
「もう、浩兄なんて呼んであげないんだから……」
それは、ささやかな――――しかし彼女にとっては、精いっぱいの反抗。
真姫は抱きしめていた枕にその赤い顔を隠すように埋め、突然の幼馴染との再会を色々な意味で噛み締めていた。
MUSIC-03へ続く
真姫ママの名前はオリジナルです。
公式では設定されてないですよね……?