いやぁ、もう書いては消しの繰り返しでした。
二章になってからの筆の遅さはやばい。はっきり分かんだね。
「はい、紅茶で良かった?」
「す、すみません。頂きます……」
A-RISEのライブ会場から最も近い公園。遊具と言えば色褪せた滑り台と錆が目立つブランコしかないような小さな公園だが、それに比例するように人もほとんど居ない。
会場でフリーズしてしまった彼女をそのまま放置するわけにもいかず、撤去作業をしている人たちの視線が突き刺さる中、何とかここまで連れて来ることができた。
自分用に買った微糖の缶コーヒーのプルタブを開けながら、俺もベンチへと腰を下ろす。どうやら彼女はあまり男性には慣れていないようなので、少し距離を空けて座ることにした。
「もう大丈夫?」
「は、はい。本当にすみませんでした」
「いや、こっちこそいきなり変なこと聞いたから。……えーっと、じゃあまず自己紹介しようか」
俺は彼女のことを一方的に知っているけど、向こうからすればたまたまライブで隣の席だっただけだ。今のままでは警戒されて当然だろう。
「俺は瀬野浩一。音ノ木坂学院の三年生、って言えば分かるかな?」
「あ……はい、聞いたことがあります。三年生に学院唯一の男子生徒が居るって。あと昨日のライブにも居ましたよね?」
「あれ、覚えててくれたんだ?」
「その、思い出したのはついさっきで……ごめんなさい」
そう言って、恐縮するようにまた俯いてしまう。……うーむ、思った以上に人見知りな性格みたいだ。
人見知りといえば真姫も似たようなものだが、彼女の場合は俯くのではなくて遠ざけようとしてしまうからなー。まあ悪い虫が付くよりよっぽどいいけど。……って何考えてんだ俺。
「えっと、君は音ノ木坂の一年生、だよね?」
「は、はいっ。一年の小泉花陽です」
「小泉さん、ね。小泉さんはスクールアイドルが好きなの?」
「大好きですっ!」
ライブ中のキラキラした瞳を見て分かりきってはいたが、話の種になればと聞いた質問に食い気味で返された。
「なるほど、だからμ'sのライブにも来てたのか」
「はい! 自分の学校からスクールアイドルが生まれたことが凄く嬉しくて……それに先輩達の演技も素晴らしかったですっ」
「……そっか」
どうやらμ'sの演技は、スクールアイドルに造詣が深そうな彼女のお眼鏡にも適うようなものだったらしい。この感想は明日にでも彼女たちに聞かせよう。リアクションはそれぞれだとしても、三人とも嬉しがることは間違いない。
「あの……先輩は、μ'sのマネージャーなんですか?」
「え? ああ、一応そうだけど……よくわかったね?」
「その、さっき凄く嬉しそうな顔をしていたので。近しい人なのかなって」
「…………」
確かに無意識ではあったが、三人の笑顔を想像してそんな顔を見せていたかもしれない。
俺は缶を傾けてコーヒーを喉に流し込むと、気恥ずかしさを誤魔化すように話題を転換させた。
「そういえば小泉さんは、ライブの前から三人と知り合いだったのか? 穂乃果が知ってるようだったけど………」
「は、はい。先輩達がチラシ配りをしているときに、声を掛けて頂いて」
三人でチラシ配りっていうと、あのときか。俺は確か生徒会室に行ってて、参加出来なかったんだよな。
「そのときに、今回のライブのことを知ったの?」
「いえ、掲示板のポスターを見て知ってはいたんです。でも………」
「ん?」
「い、いえ。何でもありません………」
「そう?」
どことなく歯切れの悪さを見せた小泉さんは、何かを誤魔化すように眉根を寄せながら微笑みを浮かべた。――――少し気にはなるけど、まだ出会ったばかりだしこれ以上は突っ込めないか。
俺は既に空となったスチール缶を軽く揺らしながら、座っていたベンチから立ち上がる。
「さて、と。小泉さんもだいぶ落ち着いたみたいだし、俺はもう行くよ。――――あいつらに、何か伝えたいこととかある?」
「あ………じゃあ、練習がんばってください、とだけ………」
「ん、了解。伝えとくよ」
最後に軽く手を振って背を向ける。本当はもっと別に言いたいことがあるんじゃないかと思ったけど、どちらにしてもこれ以上は野暮というものだろう。
しかし、まずは空き缶を捨てようかなとゴミ箱を探しながら歩き始めた俺の背に、「あ、あの!」という喉の奥から搾りだしたかのような声が掛けられた。
「? どうかした?」
「え、えっと………その………………ごめんなさい、何でもないです。紅茶、ご馳走さまでした」
「………ねえ、小泉さん」
どうにも放っておけない。余計なお節介だと分かってはいるけど、年長者として引っ込み思案な後輩の助けになれればと、俺は言葉を続けた。
「君がアイドルが好きなことは、ちょっと話しただけでも凄く伝わってきた。でも………本当にそれだけ?」
「え………?」
「本当にやりたいことって、思いっきり手を伸ばさないと案外掴めないものだよ」
「………………」
「それじゃあ、また学校で」
そう言い残して、俺は再度歩き始める。
もう声が掛かることはなかったけれど、最後にチラリと振り返った先では、小泉さんが何かを考え込むように俯いていた。
<other side>
「はぁ………」
全然中身が減っていない紅茶缶のプルタブを眺めながら、花陽は小さくため息をついた。
思い出すのは、初めて話した先輩のこと。ため息は浩一に対する悪感情から来るものではなく、ふがいない自分自身に向けられたものであった。
「言い当てられちゃったなぁ」
今度は苦笑を一つ。浩一は自分の葛藤を見抜いている様子だった。だからこその、あの言葉だったのだろう。
――――花陽は、アイドルが好きだった。子供の頃からずっと。もちろん今でも変わらずに。
家の押し入れに大事に保存されているアルバムには、当時幼稚園児の自分がアイドルっぽいヒラヒラした服を身に纏い、おもちゃのマイクを片手に満面の笑みで歌っている姿が残されているはずだ。
いつからだろう。目標だったそれが、いつしか憧れるだけの遠い存在になってしまったのは。
そして、そういう自分が当たり前になっていた――――そんな時だった。入学した学院に、三人の先輩達によってスクールアイドルが発足されたのは。
「思いっきり手を伸ばさないと、か………」
持っていた缶を傍らに置き、花陽は自分の小さな両の手を見つめる。
掴める、のだろうか。今まで漫然と生きてきて、何かに対して必死になることなんてほとんど無かった自分に。そもそも、掴みたいと思っているのかすら曖昧なままなのに。
「………花陽の、本当にやりたいこと」
まずはそれを考えよう。はっきりとした気持ちを持っていないと、きっと手は伸ばせない。ましてや、何かを掴むことなんてできるわけがない。
そうして顔を上げた花陽の顔は、もう先ほどの眉根を寄せた弱々しい少女の顔では無くなっていた――――。
<other side end>
「――――いち」
「…………」
「浩一っ!!」
「っ、ぬぁいっ!?」
突如耳元で聞こえた大声に、俺は彼方にやっていた意識を戻して後ろを振り返った。ちなみに変な声が出たのはスルーでお願いします。
腰と首を捻って振り向いた先には、少し膨れ顔の幼馴染。そこでようやく、俺が今真姫の家に来てピアノの練習をしていることを思い出した。
ちなみに、あの連弾を行なった日から、暇な時はこうして彼女の部屋に来てピアノを触らせてもらっている。
あのときの演奏でまたピアノを弾く楽しさを思い出したからというのも本心には違いないが、それでも真姫が居なければこうして足しげく通うことはなかっただろう。恥ずかしすぎて口には出せないけど。
「……お目覚めかしら?」
「は、はは。寝てはないんだけどなぁ」
「そうよねぇ。せっかくこの真姫ちゃんの部屋まで来てるっていうのに、寝るわけないわよねぇ」
凄い良い笑顔の幼馴染みのジト目から、思わず目を逸らしてしまう。まあピアノの前に座ったにも関わらず、弾くでもなくぼんやりとしていた俺が悪いのでここは素直に謝っておく。
「ごめんなさい」
「駅前のクレープで手を打ちましょう」
「うぇええええ!?」
「ちょっと、真似しないでよっ!」
そう言うって事は、驚いたときのこの声も自覚はあるってことか。
そんなどうでも良いことを思っていると、「まったくもう」と呆れた様子で一つ息を吐いた真姫は、肩口の赤毛をクルクルと弄りながら訊ねてきた。
「それで、どうしたのよ? 浩一がぼーっとしてるなんて珍しいじゃない」
「んー、ちょっとね。………お節介が過ぎたかなぁって」
「何が?」
「余計悩ませちゃってるかもしれないし。俺としては、今のままよりは良いと思ったから言ったんだけど」
「だから何の話なのよっ。意味わかんない!」
「ん? ………真姫が驚いたときの声の話」
「さっきのことじゃない! 絶対嘘でしょ!!」
音ノ木坂の一年生は一クラスしか存在しないし、たぶん真姫と小泉さんはクラスメイト。あまり下手なことは話さない方がいいだろう。
俺は真姫の追及を誤魔化すように、鍵盤に指を乗せて一曲弾き始めるのであった。
MUSIC-18へ続く
ってことで花陽ちゃん回でした。
というか花陽ちゃんがむずい!わかんない!
原作でもμ'sメンバーは男と絡みませんが、花陽ちゃんはそれ以上に想像すらできない領域。なるほど、これが天使か(ぇ
感想、評価お待ちしてます!