ラブライブ! ~西木野真姫の幼馴染~   作:雅和

16 / 24
ようやく書けました。
かなり好きなシーンだけに、色々と難しかったです。。。


MUSIC-15 『ファーストライブ(後編)』

放課後の特別棟の廊下を早足で進んでいると、その一角だけまるで別世界に迷い込んでしまったかのような、流麗な音色が聞こえてきた。

 

「やっぱりここだったか」

 

目指していた場所に近付くに連れて次第に大きくなるその音は、これからライブで三人のスクールアイドルが紡ぐはずの曲。

歌わずにメロディラインをピアノでなぞるだけのそれはまるで前奏曲のようで、俺にある種の高揚感を抱かせてくれる。そしておそらく、彼女も同じような気持ちで弾いているのだろう。

 

「真姫」

 

丁度最後の一音が途切れるタイミングで踏み込み、ピアノの前に座る幼馴染に呼びかけると、彼女は想定通りだと言わんばかりに鍵盤蓋を閉じて、シニカルな笑みを浮かべた。

 

「さて、お出迎えも来たことだし、そろそろ行きましょうか」

「………誰がお出迎えだ、誰が」

「あら、違うの?」

「そうだけど――――まあいいや、行くぞ」

「ふふっ、ええ」

「…………」

 

何だか幼馴染が非常に手強くなっているのは、気のせいでしょうか?

 

 

 

 

 

「3分前か………何とか間に合ったな」

 

講堂の入口に付き腕時計に目を落とすと、割とギリギリの時間になっていた。真姫がすぐに来てくれなかったら、間に合わなかったかもしれない。

 

「余裕を持っておかないからよ」

「へいへいっと。――――あれ?」

「どうしたの?」

「いや、何か様子が………」

 

一般生徒の入場はライブの10分前からなので、既に開始されているはずだ。だというのに、建物の入口はおろかホールに続く短い通路にも、学院生の姿が見当たらない。

 

「っ!」

「こ、浩一!?」

 

嫌な予感がした俺は、真姫の手を掴んでホールまでの短い距離を突っ切るようにして駆け出した。

まさかという信じられない気持ち。もしかしたらという信じたくない不安。

雪崩れ込むようにして開きっぱなしの扉から講堂の中は、そんな俺を嘲笑うかのようにしんと静まり返っていた。

 

「――――」

「浩一………」

 

絶句する俺の耳に真姫の声が届いたが、今の俺にはそれに返事をする余裕もない。

確かに先ほどビラ配りをしていたときも、他の部活を見学しに行く子が多く見られた。――――考えが、甘すぎたのだろうか。

その時、ふっと講堂の照明が落とされる。開始予定時間の1分前。斜め後方を見上げると、穂乃果のクラスメイトが複雑そうな面持ちで機器の操作をしていた。

彼女も流石にこのような事態は想定していなかっただろうが、穂乃果達はまだ何も知らないため勝手に開始時間を遅れさせるわけにもいかない。

そうして――――誰一人として観客が居ない中、μ'sのファーストライブの幕は上がった。

 

「「「…………」」」

 

三人は、俯いて目を閉じていた。もう少し緊張しているかと思ったけど、その表情は思ったよりも柔らかい。

しかし顔を上げ、希望に満ちた目を前方に向けて――――その顔は、凍りついたように強張った。

 

「穂乃果ちゃん…………」

「穂乃果…………」

「…………そりゃ、そうだ。…………世の中そんなに、甘くないっ!」

 

永遠にも感じられた痛々しい沈黙の後。既に涙声になっていることりと海未の心配する声を受けて、穂乃果は笑みすら浮かべながら声を張り上げた。

しかし、それは誰にでも分かる強がり。辛くないはずがない。悲しくないはずがない。この一ヶ月の努力が、こんな形で報われないなんて。

 

「っ? 真姫……」

 

俺が胸の痛みを察したかのように、また情けない俺を叱咤するかのように、真姫が繋いだままだった手にそっと力を込めてくれる。

そうだ、まだ終わってなんかいない。俺が俯いてどうするんだ。三人に、大丈夫だと断言したのは他でもない俺だろう!

 

「穂乃果! 海未! ことり!」

 

真姫に感謝を伝えるように最後に俺の方から力を込めてからその手を離し、一歩前に出て三人に呼びかけた。その声に反応して、三対の潤んだ瞳がこちらを向く。

しかし俺は、それ以上は何も言わない。ただ一つ、大きく頷いてみせた。

――――ここで最後までやりきろうと言うのは簡単だ。自惚れでなければ、それを言うことで三人は“マネージャーをやってくれた先輩に報いるため”、精一杯歌って踊るだろう。

でも、それでは意味が無いんだ。ステージ上の彼女たちが、心からやりたいと願わなければ。

 

「こう君…………」

 

穂乃果の表情が、泣きそうだったそれから徐々に変わっていく。けれどまだ、無人の観客席を前に躊躇っている様子も覗えた。――――後もうひと押し何か、何かあれば。

そう、祈った時だった。

 

「――――はあっ、はあっ…………あれ? ライブは……? あれぇ?」

「花陽ちゃん……」

 

入口から息を切らしながら現れたのは、眼鏡をかけたショートボブの女の子。俺は見覚えが無いが、穂乃果が呟くようにその名前を呼んだ。

 

「――――やろう! 歌おう、全力で!」

「穂乃果……」

「だって、そのために今日まで四人で頑張ってきたんだから!」

 

この場において「四人」と言ってくれた穂乃果に、俺は少し泣きそうになった。

穂乃果のその言葉で火が付いたのか、ことりと海未も強く頷き――――最後に三人ともが俺に微笑みを向けてから、スタート位置に着いた。

――――さあ、見せてくれ。この一ヶ月の集大成を。お前たちの想いを。

 

 

 

 

 

 

 

三人が天へと重ねた手を伸ばす。余韻を残しながら残響が消えていき、μ'sの記念すべきファーストライブは幕を告げた。

俺は惜しみない拍手を、ステージ上で呼吸を荒くする三人に贈る。隣を見れば真姫も、感慨深そうな表情で手を叩いていた。

 

「……何よ?」

「いや……感想は聞くまでもないなと思って」

「だからそういうことをいちいち言わないの」

 

ふいと視線を逸らしてステージに向ける幼馴染に、思わず笑みが零れる。

実際のところ、技術的な面を言えばまだまだ荒削りだろう。しかしそれ以上に、彼女たちの歌やダンスには人の心を惹きつける何かがあった。

現に今も、先ほどの眼鏡の子と、その隣のショートカットの女の子が興奮した様子で拍手しているし、何故か座席に隠れている様子の黒髪の女の子も静かに手を叩いている。

総観客数は10人にも満たないが、贈られる拍手は間違いなく賞賛。決して大成功とは言えないけれど、彼女たちは音ノ木坂のスクールアイドルとして、確かな証を残した。

 

「――――浩一」

「お疲れ様やね、浩一君」

 

ステージ上でお互いを称え合っている三人の姿に、思わず涙腺が緩みそうになっていた俺の耳に届いたのは、二人のクラスメイトの声だった。

 

「絵里。希も。観に来てくれたんだな」

「ええ。何も知らないのはフェアじゃないと思ってね」

「………そっか、ありがとう」

「別にお礼を言われることじゃないわ」

「言いたかっただけだよ。……それで、どうだった?」

「…………その前に、あの子たちに聞きたいことがあるの」

 

そう言い残して絵里は、階段状になっている座席脇の通路をステージに向かって下りていく。希はそんな彼女には付いていかず、俺の隣――――真姫の反対側に陣取った。

 

「希は行かなくていいのか?」

「うん、ウチが行ってもあんまり意味ないから」

 

その言葉に、再度ステージへと視線を向けると、穂乃果たちも絵里の姿に気づいたのか少し緊張した様子で体を強張らせたところだった。

 

「――――どうするつもり?」

 

凛としたその声は、それほど大きくないというのに小さな講堂に響き渡った。

問いかけの意味は明白だろう。つまり――――スクールアイドル活動を、続けるか否か。

 

「続けます」

「何故? これ以上続けても、意味があるとは思えないけど」

「やりたいからです!」

 

絵里の辛辣な言葉も、観客数が一桁という現状が後押しする中、穂乃果はこれ以上なく明確に言い切った。

 

「こんな気持ち、初めてなんです! やって良かったって、本気で思えたんです!」

「穂乃果………ええ!」

「うん!」

 

そんな彼女に同調するように、両隣の二人も大きく頷く。

それはとても単純な感情だけど、同時に最も人を動かす力。義務感じゃない。正義感じゃない。一人の人間としての、(なま)の感情。

 

「今はこの気持ちを信じたい。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて、全然もらえないかもしれない」

 

穂乃果らしくない後ろ向きなその言葉は、努力が絶対に報われるものじゃないと、痛感させられたからこそだろう。

 

「でも、一生懸命頑張って、届けたい。今、私たちがここにいる、この想いを!」

 

それでも、届けたいものが出来た。伝えたい人が増えた。きっと彼女たちの想いは、もはや学校の存続のためだけじゃない。

 

「いつか……いつか私たち、必ず――――ここを、満員にしてみせますっ!!」

 

 

 

「完敗からのスタート、か」

 

穂乃果の啖呵を聞いた希から、そんな言葉が聞こえてきた。横を見てみると、既に出口に向かって歩き出している彼女の後ろ姿が。

 

「……そうだな。ここからまた、スタートだ」

「――――楽しそうね」

「ああ。あの時、穂乃果たちのマネージャーをやるって決めた自分を褒めてやりたいくらいだ……って、何でつねるんだ?」

「知らないっ」

 

何故か機嫌が悪くなった幼馴染を首を傾げつつ、彼女たちのこれからに期待を馳せる。

――――さて、まだまだマネージャーとしてやることは多そうだな。

 

 

 

MUSIC-16へ続く

 

 

 




思った以上にアニメの描写が多くなってしまいました。
とりあえずこれにて第一章は完ということで。

次話から新章ですが、展開はこれから考えます(ぇ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。