「――――それで、仕上がりはどうなのよ?」
ライブ当日の朝。家を出て数歩のところで、たまたま丁度家から出てきた真姫と鉢合わせになった。
朝の挨拶を交わしつつそのまま並んで歩いていると、何やら言いにくそうに彼女からそんな質問を受ける。
「気になるか?」
「べ、別に気になってなんかないわよっ」
テンプレ通りの反応、ありがとうございます。
今までは一人で完結していた曲作りが、初めて日の目を見ようとしているのだ。気にならないわけがない。
「まあ、上々かな。真姫の曲に負けないものを見せてくれると思う」
「………随分高評価じゃない」
「そりゃな。真姫の曲が初めて公表されるんだ。俺だって下手な真似はできないし、させたくない」
これでもし、彼女達が口だけで努力もしないような奴らだったら、真姫の曲を提供したりはしなかっただろう。俺にとって西木野真姫の曲は、そんなに軽い物ではない。
「そう――――ありがと」
「っ、お、おう」
「? どうしたの?」
「あー………いや、何でもない」
焦った。自分でも気障なセリフだったと自覚していただけに、いつものように悪態の一つでも付かれるかと思ったんだけど。そんな素直になられたら、どうしていいか分からなくなる。
俺はいつもとは少し違う幼馴染の反応に若干ドギマギしつつ、三歩ほど先から振り返った彼女の後を慌てて追うのであった。
<other side>
窓際の席からぼんやりと眺める空は、雲一つ無く晴れ渡っている。
そんな空模様に釣られるようにして、彼女――――小泉
「えへへ………」
授業後の教室。自分の席で一人、締まりのない笑いが漏れてしまう。花陽はその理由である、手の中の一枚の紙に視線を落とした。
それは最近結成されたというスクールアイドルの、初ライブの告知。筋金入りのアイドル好きである彼女にとって、自分の学院にスクールアイドルが誕生したことはとても嬉しいことであった。
当然、今日のライブも見に行くつもりだ。このチラシを貰ったときの、三人の優しそうな先輩たちのコントのようなやり取りを思い出して、もう一度笑みが零れた。
「かっよちーん! そろそろ講堂に行こう?」
「凛ちゃん。うん、行こっか」
チラシを机の中に仕舞い込み、いつも通りのテンションでやってきた親友の星空凛と共に教室を出る。今日は講堂で新入生歓迎会があるため、音ノ木坂のスクールアイドル――――μ'sのライブはその後の予定となっていた。
花陽は凛との会話の間にも湧き出てきそうな興奮を必死に抑えながら、他の新入生と一緒に講堂へと向かう。――――この後μ'sのライブの直前になって、隣を歩く親友に部活見学に拉致されるとは露とも知らずに。
「…………」
アイドル研究部の部室で、その部屋の主にして唯一の使用者である矢澤にこは、棚に保管しているアイドルグッズの整理を黙々と行なっていた。
こうしてここで一人で活動するのも、もう慣れてしまった。何せ一年以上も今の状況が続いているのだ。
アイドルのDVDを観賞して、ネットでアイドル関係の情報を集め、自腹でアイドルグッズを買ってきては棚に並べ、そして時々今のように棚の整理をする毎日。
今の活動に満足かと問われれば、おそらく首を縦には振るだろう。その昔、捨ててしまった何かから必死に目を逸らして。
「――――今のにこは、アイドルから一番遠いのかもね」
自嘲するようにそんな言葉が漏れたが、一人きりの部室では聞いている人も居ない。
にこは苦い顔で一度大きく息を吐き出すと、無造作に鞄に突っ込んだままクシャクシャになっていた一枚の紙を取り出した。
「もう諦めたはずなのに…………」
一人になってからも懸命にもがいて、二年になってからも諦めきれなくて。でもいくら頑張っても何も変えられなくて。
最終年度を迎えて、ようやく自分を騙せるようになった矢先にこれだ。矢澤にこにとって、その紙の中の希望は、あまりにも酷だった。
それでも――――やはり彼女は、アイドルが好きなのだ。
「――――しょうがないから、見に行ってやるわよ」
見届けよう。彼女たちがアイドルと呼ぶに値するかどうか。
そして願わくば。どうかその意志が、本物でありますように――――。
「お疲れ様、エリチ」
「ええ、希こそ。何とかなったわね」
生徒会室。お互いを労い合った生徒会長と副会長は、肩の荷が下りたと言わんばかりに明るい表情をしていた。
ただでさえ、新年度に入りたてのこの時期は色々と忙しい。それと並行して進めてきた新入生歓迎会が、先ほどようやく無事終わったのだ。安堵の笑みも零れるというものだろう。
「? あれは………」
絵里が換気のために窓を開けると、三階の高さから見下ろした講堂の出入り口では、見覚えのある一人の男子生徒がビラ配りに精を出していた。
確かライブまで、もう後30分ほどしかないはずだ。彼はマネージャーとして、ギリギリまでああして宣伝活動をしているのだろう。
「…………」
何故そこまで、と思う気持ちは正直ある。彼女たちが中途半端な想いでスクールアイドルをやっているわけではないというのも………認めよう。
それでも、それで学院が廃校を免れることができるとはどうしても思えない。あんな――――あんな表現力の薄いダンスで、一体何が出来るというのか……っ!
「エリチっ!」
「っ! あ…………どうしたの?」
「もう、さっきからずっと声掛けとったんよ?」
「え…………そう、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてたみたい」
苦笑しつつ、窓辺を離れる。まだ脳裏に焼き付いている彼の必死な姿を、何とか消してしまおうと何度も頭を振りながら。
見ると、希が帰り支度を整え終わったところであった。もう今日は生徒会の仕事も無いし、他の役員も既に帰宅している。なので、その様子は不思議でも何でもないはずなのだが。
「さてと、ウチはもう行こうかな」
「希は…………観に行かないの?」
思わず声を掛けてしまう。何を、とは言わなかった。時々人の心を読んでいるのではないかと思うくらい鋭い彼女には必要ないだろうから。
「エリチはどうするん?」
「私、は…………」
質問に質問で返され、絵里は一瞬答えに窮した。ここで行かないと答えるのは簡単だ。しかし目の前の親友は、きっとそんな自分の葛藤も看破してくるに違いない。
実際、どうするかは未だに決め兼ねている。
見る必要はないと思っていた。でも、希の言葉にもあった、彼があそこまで彼女たちに肩入れする理由。気にならないといえば、嘘になる。
「観てからでも、遅くないんとちゃう?」
「…………そう、ね」
確かに今の自分は、彼女たちのことを何も知らないまま、ただ感情論を振りかざしているだけだ。こんな自分では――――本気で彼女たちを支えている彼に対しても、不誠実だろう。
だから、確かめよう。彼女たちが学院の存続に関して、どれほどの影響力を持てるかを。それが目的だと言い張るのであれば。
絵里は覚悟を決めたように、肩に掛けたスクールバッグの持ち手をぎゅっと握った。
<other side end>
「まだ来てない、か…………」
ライブ開始まで、既に20分を切っていた。まだ開放されていない講堂では、穂乃果のクラスメイトが音響と照明の最終調整を行なってくれている。穂乃果たち三人も、今頃は控室でステージ衣装に着替えているはずだ。
俺は先ほどまで配っていたチラシの残りを自分の鞄に突っ込むと、携帯に連絡が入ってないことを確認した上で呟いた。
もう帰ってしまった、ということはまずあり得ない。朝もわざわざ仕上がり具合を聞いてきたくらいなのだから。
元々今日の授業は6時間目まであるのだが、一年生だけは5時間目で授業を終わり、6時間目はこの講堂で歓迎会が行なわれた。
そしてμ'sのライブは、色々と準備する時間も加味して、歓迎会の終了時間から1時間後に開催される。
「まあどこに居るかはだいたい分かるけど」
つまり、新入生がライブを観ようと思えば、歓迎会から1時間ほど時間を潰さなければならないということだ。
一応メールはしてみたけれど、それでも返信が無いということは、それだけ夢中になっているのだろう。それとも、ただ気恥ずかしいだけか。
「さて………お姫様をお迎えに上がりますかね」
ライブ開始まで残り15分。もうあの三人に、マネージャーとして伝えるべき事は全て伝えたし、始まる頃までには帰って来られるだろう。
楽観的にそう考えた俺は、気持ち早足で幼馴染が居るであろう音楽室を目指した。
――――講堂を出て校舎へと向かう途中、すれ違う人が一人も居ないという事の意味に、気づくことがないまま。
今回は構成に悩みまくった挙句、結局本番までは行かないという事に(´・ω・)
次回でとりあえずライブが終わる………予定です!笑