ライブシーンは、次の次くらいですかねー。
真姫が作曲した歌をμ'sメンバーに聴かせた時の反応は、それはもう劇的と呼べるものだった。
穂乃果は曲の完成度にテンションMAXで飛び跳ねてたし、海未は聴き終わった後も呆然としたまま「彼女は何者なんですか?」と呟いていた。ことりに至っては、途中で感動して瞳を潤ませる始末。
三人とも共通していたのは、とても良い歌だという感想を持ったこと。モチベーションも更に高いものになったようだし、作曲を預かった身としては一安心といったところか。
後の懸念事項といえば、振付とライブの宣伝活動、そして練習場所だ。
振付は出来た曲を聴きながら、ことりを中心として三人で考えるらしい。アイドルに今まで興味が無かった俺は、まったく戦力になりそうもないので遠慮した。
宣伝活動に関してはことりがノリノリで仕上げた、メンバーのデフォルメキャラで構成されたライブの告知――――何故か俺まで入り込んでいる――――が掲示板に貼られている。
ライブの時間が放課後とはいえ、基本的に学院内に外部の人間を入れることは出来ないので、とりあえずはそれとビラ配りくらいしか出来ることはないだろう。
最後に練習場所だが、未だ部室を得ることが出来ていない以上、校内でダンスを踊れるような広いスペースは限られてくる。
グラウンド、中庭、体育館。主要と思われる場所は当然ながら既に他の部が活動しており、入り込むような余地は無かった。かといって、毎度神社まで練習をしに行くのも効率が悪いし、一般人が参拝するそこでは大きな声で歌ったり激しいダンスの練習は出来ない。
一応空き教室は使えるらしいが、使う度に逐一許可が必要らしく、机や椅子をどかしたとしてもそこまで大きな場所は取れない。
ないない尽くしのまま、校内を彷徨っていた俺たちがようやく辿りついた場所。そこは――――。
「というわけで、屋上での活動申請に来ました」
「…………まだ何も説明されてないけれど?」
「実はかくかくしかじかで」
「? ねえ希、かくかくしかじかって何?」
「通じて、ない……だと……っ!?」
神社に練習に行く穂乃果たちを見送って、一人でやってきた放課後の生徒会室では、相変わらず絵里と希が書類と格闘していた。
そこで場の雰囲気を和まそうと使い古されたボケと共に入室した俺は、絵里の天然に迎撃されて愕然としていた。
「ちょっと古いもんねぇ。あのねエリチ、かくかくしかじかっていうのは――――」
「やめてぇっ、ボケを説明されることほど辛いことはないからっ!」
「何のこと? ウチはただ、エリチに日本特有の言い回しを知ってもらいたいだけやよ?」
「そんなニヤニヤした顔で言われても説得力ねぇよ!?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた希に止めを刺されそうになるのを、土下座する勢いで押しとどめる。意外にも希はSのようだ。うむ、興奮してきた。
「浩一君は相変わらずキャラが定まらんなぁ」
「空気だけは読める男だからなっ! ……あれ、今さりげなく心を読まなかった?」
「それで、何しに来たん?」
無視ですか。そうですか。しかしこれ以上突っ込むとスピリチュアルなことになりそうなので、俺は息をひとつ吐いて気持ちを切り替えてから絵里へと顔を向ける。
「さっきも言ったけど、屋上での活動許可を貰いに来た」
「屋上の? ……ああ、スクールアイドルの件ね?」
察した絵里の目が細まる。相変わらずスクールアイドル活動に関しては手厳しいようだが、話は聞いてくれるようだ。
「そう。ダンスや歌の練習をする場所が無くてな。とりあえず暫定的にで構わないんだけど、屋上で練習したい」
「いいわよ」
「だから――――へ?」
あれ、今それなりにシリアス場面じゃないの? こらそこ、俺の呆けた顔をスマホで撮影するんじゃない。キメ顔を意識しちゃうだろ。
そんな俺の呆気に取られた顔がツボに嵌ったのか、珍しく噴き出した生徒会長様がご丁寧にも説明してくれた。
「そもそも、屋上は生徒会の管轄じゃないもの。誰でも自由に使えるわ」
「そうだったのか? 何か珍しいような気がするけど」
普通学校の屋上って、解放すらしていないイメージがある。現に俺の前の学校もそうだったし。
「昼休みはあそこで昼食を取ってる子も多いからね。それに全面高いフェンスで覆われているし、月に一度点検もしているようだから事故の心配も無いわ」
「なるほどな。誰も管理していないってことは、要は早い者勝ちってわけだ」
つまり毎日早く行って陣取ってしまえば誰にも文句は言われない。とはいえ、放課後の屋上に用がある人なんてほとんど居ないだろうけど。
「分かった。教えてくれてありがとう絵里。希もまたな」
「うん、頑張ってなー」
「おうよ!」
「頑張って……ね。希は誰の味方なのよ?」
「ウチはみんなの味方やよ? エリチにも頑張って欲しいし」
「……希らしいわね」
「エリチだって、前に比べたら随分と対応が柔らかくなっとるよ?」
「それは…………希の気のせいよ」
「ふふ、そういうことにしとこか」
光陰矢のごとし。それからの三週間はまさに怒涛の勢いで過ぎて行った。
早朝は学院に行く前に、神田明神で体力強化のトレーニング。
徐々に体も慣れてきたためメニューも濃くしていったが、今となっては階段ダッシュ中にも笑顔が見られるほどだ。死にそうな顔で地面にへたり込んでいたあの頃と比べると、雲泥の差と言える。
放課後は屋上で、ダンスと歌の練習。
歌はともかく、慣れないダンスにそれぞれが最初は戸惑っていたものの、次第に体の動かし方が分かってきたようだ。
振付も納得のいくものが完成し、各々が自主練も含めて技術を磨いている。この前穂乃果の部屋で、独自の振付で「アイドルっぽい」練習をしている海未に遭遇してしまったときは、マジで潰されると思ったけど。
またここ数日は、下校する生徒たちをターゲットに校門でビラ配りを行なっていた。
掲示板で見るのと、実際に演者がビラを配るのではやはり違うのだろう。生徒たちにはビラを好意的に受け取ってもらえていたし、何人かの生徒には「頑張ってください」と激励の言葉も送ってもらえた。
懸念点といえば、海未のあがり症だろうか。人前に出るのが恥ずかしくて、最初はビラ配りのときも隅の方で縮こまっていたが、今はだいぶ改善されてきた。後は本番での舞台度胸に賭けるしかない。
衣装もことりから完成した旨は聞いているし、舞台の照明や音響関係は穂乃果の友人にやってもらえるらしい。
ゼロから一つ一つ積み重ねていって。そうして全ての準備が整って迎えた、ライブの前日である今日。つまり明日はライブ当日―――運命の日という言い方は、流石に少し大袈裟だろうか。
「それじゃあ、今日はここまでにしよう」
「「「はいっ」」」
その日の夕方。学院の屋上にて、いつもより早めに練習を切り上げた。明日の本番に疲れを残しては元も子もない。
今日は簡単な最終チェックだけを行なった。リハーサルは昨日の内に済ませてあるが、舞台に上がっても恥ずかしくない出来に仕上がっていると思う。
「いよいよ明日かぁ」
「何だかあっという間だったね」
「そうですね」
練習が終わっても、三人ともなかなか帰ろうとはしなかった。クールダウンのために各自で柔軟をしながら、これまでの一か月を思い返すように言葉を紡ぐ。
「海未ちゃん覚えてる? ターンの練習をしてるとき、穂乃果ちゃんが回り過ぎちゃって」
「ええ。見事に転んで尻もちを付いてましたね。しかもその後、メールでお尻に痣が出来たと……」
「わーわー! こう君の居る前でそんなこと言わないでよ! そういう海未ちゃんだって、ラブアローシューターの癖に!」
「なっ! へ、変な造語を作らないでくださいっ」
女三人寄れば姦しいという諺を地で行くように、あーだこーだと話は途切れない。
最初はそれぞれの失敗の暴露大会だったのに、いつしか練習で辛かったことになり、嬉しかったことになり――――そうして夕陽が完全に沈む頃に訪れたのは、ふと途切れた会話の間の静寂。
暦の上では5月とはいえ、まだ夜は冷える。汗が乾いてきたのか、はたまた別の理由か。膝を抱えるようにして体を丸めた穂乃果が、俯きながらぽつりと呟いた。
「ちゃんと、できるかな」
「穂乃果………」
「穂乃果ちゃん………」
それは、ここまで前だけを見据えて突っ走ってきた彼女が、初めて見せた弱気だった。
三人とも、やれるだけやってきたという自負はあるだろう。でも、それだけでは届かないこともある。それが分からないほど子供じゃない。
でも――――だとしても。
「大丈夫だ」
俺は――――μ'sのマネージャーである俺だけは、自信を持って言ってやりたい。
「こう君………」
「正直言って、結果がどうなるかなんて俺には分からないし、無責任なことは言いたくない」
「だったら、何が大丈夫なのですか?」
海未が訊いてくる。その目は穂乃果の弱気に当てられたのか、少し潤んでいた。
「どんな結果でも………三人とも、後悔しないだけの強さを手に入れてるからだ」
「後悔しない、強さ………」
「そう。たった一ヶ月でここまでやって来れたんだ。練習は辛かっただろうし、焦る気持ちもあっただろう。でも、それだけだったか?」
「………ううん、それでも楽しかった。海未ちゃんとことりちゃんと一緒に頑張ったこの一ヶ月は、今まで過ごしたどんな時間よりキラキラしてたっ!」
再び瞳を輝かせた穂乃果に、海未とことりが嬉しそうに笑う。やっぱり穂乃果は、このチームの太陽だな。
「穂乃果たちが明日、歌いきって、踊りきって、その後でどんな感情を抱くのかは分からない。でも、それが後悔じゃないってことだけは、言いきってやる。だから――――明日は、精一杯楽しもうっ!!」
今まで生きてきて、出したことが無いほどの大声が、感情に釣られて自然と出てきた。
無責任かもしれないが、俺が出来るのはここまでだ。後はもう、彼女たちを信じるしかない。
「――――ありがとう、こう君。約束するよ、明日は何があっても、絶対に楽しんでやりきるって」
「うん!」
「ええ!」
穂乃果が、凛とした声の中に、抑えきれない高揚感をねじ伏せるように微笑み。
ことりが、いつもの明るい笑顔の中に、積み重ねてきた意志の強さを潜ませて。
海未が、適度な緊張感を持ちながら、しかしそれすらも楽しんでやるという心の余裕を持って。
――――全ては、明日。せめて彼女たちにとって、良い結果になりますように。そう願わずにはいられなかった。
MUSIC-14へ続く
あれっ、真姫ちゃんが出てないよっ?(´・ω・)