期待以上にクオリティが高く、執筆のモチベーションが上がりましたね。
映画でも真姫ちゃんは可愛かったです(・ω・)
穂乃果たちスクールアイドルのユニット名が『μ's』に決まった更に翌日。
今日は休日ということもあり、日頃の疲れを癒そうと惰眠を貪っていた俺の携帯に、一本の着信が入った。
「――――ふぁああ。……誰だよ、こんな朝っぱらから」
枕元の目覚まし時計に視線を移すと、もう正午まで残り一時間を切っていた。うん、全然朝っぱらじゃなかったね。
とはいえ、眠いものは眠い。まだぼんやりとした思考の中で、俺はディスプレイに映っている名前も確認しないまま、通話ボタンを押した。
「ふぁい……もしもし」
『もう、何がふぁいよ。しっかりしなさいよね』
呆れ交じりの凛とした声。充分に聞き覚えのあるそれは、隣の家に住んでいる幼馴染のものだ。あぁ、ようやく目が覚めてきた。
「ん………真姫か。おはよう」
『はいはい、おはよう。相変わらず良く寝るわね』
「寝るのは得意技だからな」
『威張ることじゃないわよ』
真姫の言うように、まだ引っ越す前から俺は良く寝る子だったらしい。もちろん何かの病気というわけではなく、単純に寝るのが好きという意味でだ。
「それで、休みの日にどうしたんだ? 俺の声でも恋しくなったのか?」
『……永久に眠ってれば?』
「わはは、冗談だ」
『はぁ……。それより、今日は暇?』
「寝る以外に予定はない」
今日はμ'sの活動も終日休みとなっている。平日は毎日練習していたし、日曜日の明日も一日中練習する予定なので、今日は休養日に設定した。
いくら時間が無いとはいえ、オーバーワークをさせるつもりはない。それに今頃、穂乃果とことりは慣れない筋肉痛に喘いでいることだろう。
『その様子だと、どうせまだ朝ご飯も食べてないんでしょ?』
「今起きたばかりだからな!」
『だから何で偉そうなのよ……。まあいいわ。じゃあ12時に私の家に来なさい』
「え?」
「遅れたら承知しないから。それじゃあね」
「……え?」
咄嗟に反応できないまま二度目の疑問の声が漏れたが、既に通話が切れた電話の先の真姫には届くはずもなく。
自堕落に過ごすはずだった今日の俺の予定は、寝起き3分で変更を余儀なくされるのであった。
「いらっしゃい、浩一君」
「こんにちは、真理さん。これ、良ければどうぞ」
「あら、ありがとう。気を遣わせちゃったみたいでごめんなさいね?」
「いえいえ」
約束の時間ジャストに西木野家のインターホンを押すと、私服姿の真理さんが出迎えてくれた。
手土産に持ってきたのは、急いで「穂むら」に買いに行った和菓子だ。ついでに穂乃果の様子でも見ようと思ったのだが、あいにく店番に立っていたのは彼女の母親らしき人だった。
一応控えめに娘さんの所在を確認したが、まだ寝ているらしい。その時に関係を勘繰られるような視線を受けたが、とりあえずは笑顔でスルーしておいた。
「それじゃあリビングで待っててくれる? 真姫も居るから」
「はい。お邪魔します」
真理さんにニコニコと促されたので、靴を揃えてから家へと上がる。その笑顔に、昔から真姫共々可愛がってくれていたのを思い出して、少し照れくさい気持ちになった。
ていうか、相変わらず真理さんも若いな。西木野総合病院では人気の女医さんらしいのだが、それも頷ける話だ。院長である旦那さんもダンディな人だし、真姫の将来の美女っぷりは約束されたようなものだな。
「おっす」
「いらっしゃい。ご飯は食べてないままよね?」
「時間が無かったからな。ってことは?」
「ええ。ママが久しぶりに一緒に食べましょうって」
「そりゃありがたい。でも、本当に久しぶりだな」
引っ越す前は、時々こうして休日にお邪魔してはご馳走になっていた。逆に真姫が我が家で食べることも同じくらいあったし、西木野家の広い庭でバーベキューなんてのもしたことがある。
またこちらに戻ってきてからはそういう機会が無かったので、実に七年振りということになる。
疎遠になったわけではないが、何せ真姫の両親は大病院の院長と女医だ。二人とも休日などあってないようなものだろう。
だからこそ、貴重な休日に歓待を受けている身としては申し訳ない気持ちもあるのだが。それも今は忘れて、折角の真理さんの手料理を楽しませてもらおう。
「ねえねえ、浩一君」
「はい?」
「ちなみに、真姫とはどこまでいったの?」
「――――っ、げほっごほっ!!」
「ちょ、ちょっと、ママっ!!」
――――ええ、本当に楽しい昼食になりましたよ?
場所は移って真姫の部屋。食後のお茶と俺が手土産に持ってきた和菓子をお供に、真姫はまだプリプリと怒っていた。
「まったくもう、ママったら。意味分かんない!」
「まあまあ。真理さんだって悪気は………あったかもしれないけど、いい加減許してやれよ」
あの好奇心に満ちた笑みを見るに、悪気がないとはとても言えない。そういえば真理さんは、昔から割とお茶目な人だった印象がある。
「それに子供の頃から散々ああいうことは言われてきたじゃないか」
真理さんは息子が、ウチの母親は娘が欲しかったみたいで、あの頃はよく「浩一君は将来の真姫のお婿さんね♪」とか「真姫ちゃんは絶対にいい奥さんになるわ。今のうちに頑張りなさい!」とか言われていたものだ。
「――――子供の頃とは全然違うから困ってるんじゃない」
「ん?」
「………はぁ、何でもないわ。それよりも――――」
お互いの空になった食器を手際よくまとめた真姫は、おもむろに立ち上がってピアノの前に腰を掛けた。
「久しぶりに、連弾しない?」
「連弾? どうしたんだよ、急に」
「いいから。……お願い」
連弾とは簡単に言えば、ピアノの前に並んで座って二人同時に演奏すること。確かに昔は、真姫のこの部屋でお互いに独奏曲を弾きまくる練習の最後は、連弾で締めることが多かった。
正直言って今の真姫の腕を考えれば、パートナーが俺では完全に役者不足。けど、そんな真剣な目で頼まれたら――――断れるわけ、ないじゃないか。
「分かった。ミスっても笑うなよ?」
「今更そんなことで笑わないわよ。昔からよくミスはしてたじゃない」
「言ったな? 絶対にぎゃふんと言わせてやるよ」
「微妙に古いわね……」
軽快に軽口を交わしつつも、真姫の隣に座って鍵盤に指を乗せると、それだけでお互いにスイッチが切り替わる。ああ、この感じだ。
「曲は?」
「チャイコフスキーでどう?」
「くるみ割り人形だな」
たったそれだけの会話で、お互いに解り合えるのが何とも心地良い。
それはあの頃、一番よく連弾していた曲だ。難易度も小学生に見合うものだし、今だってやれないことはないはず。
「――――それじゃあ、いきましょうか」
スタートは真姫に任せる。それも昔からの決まり事だった。
真姫が第一音を奏で、間髪入れず俺が第二音。次第に互いの音が増えていき、曲として重なり響き合う。
自然と動いていく自分の指に、喜びがこみ上げてくる。あの頃の思い出を形として今ここに表現できることが、自分でも驚くほど嬉しかった。
チラリと隣を見る。記憶から大きく成長し、より美しくなった少女が、思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべていた。
――――何て嬉しそうに笑うんだよ。……まあ、俺も人の事は言えないんだろうけど。
穏やかな休日の午後。俺と真姫は、お互いに懐かしさを噛み締めながら、心行くまで演奏を楽しむのであった。
MUSIC-12へ続く
長くなりそうなので、ちょっと分けました。
真姫ちゃんと浩一の絡みは書いてて楽しいです。