ラブライブ! ~西木野真姫の幼馴染~   作:雅和

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早いもので、もう10話です。
せめてファーストライブまでは、今の更新ペースで行きたいですね。


MUSIC-10 『女神達の名前』

<other side>

 

 

 

放課後の廊下は、授業終了後すぐの時間帯を過ぎると少し閑散とする。

運動部や帰宅部は早々に校内を出てしまうし、文化部はそれぞれの部室で活動に精を出すので、廊下の一角にある掲示板も、普段の放課後なら見向きもされない場所となる――――はずなのだが。

その日に限っては珍しいことに、数人の生徒がその掲示板に貼ってある一枚のチラシに興味を示していた。

 

 

 

 

 

「ファーストライブ、ね……」

 

今日も今日とて音楽室へと向かう途中。掲示物の中にカラフルな告知のチラシを見つけて、赤毛の少女は誰とは無しに呟いた。

幼馴染から、おおよその事情は聞いている。だが見切り発車も良い所ではないだろうか。そもそもまだ曲すら出来ていないというのに。

曲――――という言葉から思い出すのは、彼から今朝渡された歌詞。メンバーの一人が作詞したというそれを、とりあえずは見るだけでも見てくれと。

 

「相変わらず、強引なんだから」

 

自分と彼の仲だ。おそらく照れ隠しに色々と言葉を紡いでも、すぐさま看破されてしまうだろう。

だからこそ、彼は時々強引に事を進める。それが全て自分の為、と思ってしまうのは自惚れが過ぎるだろうか。

 

「これも、幼馴染の務めってやつなのかしら」

 

彼の前では絶対に口に出さないけれど。今まで彼に色々と助けられたことに対する恩返し、というわけではない。これは――――そう、()()()だ。

チラシから目線を外し、ポケットから取り出した歌詞を眺めながら、音楽室への歩みを再開させる。その足取りがいつもより軽くなっていることに彼女自身気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

赤毛の少女が去ったすぐ後。フラフラと花の蜜に誘われる蝶のようにやってきたのは、ショートボブの髪に眼鏡を掛けた女の子だった。

眼鏡の奥のキラキラした瞳は、真っ直ぐに掲示板へと向いている。正しくは、音ノ木坂スクールアイドルの、ファーストライブの告知に。

 

「スクールアイドル――――音ノ木坂にも出来たんだぁ……っ」

 

ポツリと漏れたその言葉の端々には、抑えきれない喜色の響き。自他ともに認めるアイドル好きで、様々なグッズや情報にも精通している彼女にとって、それはまさにビッグニュースと呼べるものだった。

 

「あっ、まだ名前決まってないんだ……。入って、ないのかな。うーん……」

 

チラシの最後にはグループ名を募集する旨が書かれており、大きい矢印が示す先には簡易的な箱が設置されていた。

箱を持ち上げて軽く振ってみたが、紙が入っている様子は無い。ならば自分がと思うも、自信を持てない彼女はそこで怖気づいてしまう。

 

「私なんかじゃ…………でも私も、一度でいいから――――」

「かっよちーんっ!!」

「わぁっ!!」

 

捨てきれない憧れが、ようやく言葉として口から出ようとした丁度その時。勢いよく彼女に抱きついたのは、幼い頃から良く知る親友であった。

 

「も、もう凛ちゃんてば」

「ごめんにゃー。ってあれ、かよちん何見てたのー?」

「う、ううん! 何でもないよっ?」

「んー? まあいっか。じゃあ帰るにゃー!」

 

腕に抱きつき、早く早くと言わんばかりにグイグイと引っ張っていく親友に連れられて――――もとい引き摺られて、彼女は掲示板の前から離れていく。

最後にと名残惜しげに振り返った先には、黒髪を左右で結んだ少女が、その掲示物を凝視している姿があった。

 

 

 

 

 

「何よ、今更…………」

 

黒髪をツインテールにした、同年代の女子と比べてもかなり小さめのその少女は、どこか悔しさを孕ませた声と共に「ファーストライブのご案内」と銘打たれたそのチラシを睨んでいた。

チラシの中では、メンバーであろう三人の女の子と、何故か一人の男の子がポップな画風で描かれていた。かの日を思わせる楽しげな様子に、彼女は無意識に唇を噛み締める。

それは、彼女にとっては終わった、過去の出来事。

もうケリは着いているし、今更何も期待していない。そのはずなのに――――この胸に巣食う感情は、いったい何なのだろうか?

 

悲嘆か。後悔か。惜別か。あるいは――――羨望か。

 

「ふん…………アイドルを、甘く見るんじゃないわよ」

 

彼女がこれまで憧れ続けたアイドルは皆、本気だった。本気でなければ、人の心を掴むことなど出来ないのだ。

だから、見極めてやろう。盛大に失敗し、挫折し――――今もなお後悔し続けてる先達として。後輩に、同じ道を辿っては欲しくないから。

掲示板を離れ、アイドル研究部の部室に向かう少女の瞳は、少なくとも彼女が言う「本気」の光を宿していた。

 

 

 

 

 

夕暮れの陽光でオレンジ色に染まる廊下を、彼女はゆっくりと歩いていた。

 

「ちょっと遅くなってしもたなぁ」

 

独特の関西弁で、先ほどまで取りかかっていた生徒会の仕事のことを思い出す。

実際、廃校予定の告知が出されてからというもの、生徒会の仕事も色々と忙しい。廃校関連の仕事を教師が行なっている分、その皺寄せが思い切りこちらに来ているのだ。

本来なら教師の仕事なのだから断れば良いものを、あの生真面目な生徒会長はそれが自分の役目だと言わんばかりに請け負ってしまう。

そういった本来の生徒会の業務に関係の無い仕事を、生徒会長は他の役員に頼まない。だから生徒会室には生徒会長と、その仕事を無理やり手伝う自分が残ることが多い。

とはいえ、自分も神社でバイトしている身分なので、手伝えない日もそれなりにある。その間はいつも親友が一人で仕事を捌いていることを考えると、いつか彼女が倒れてしまうのではないかと、本気で心配だった。

 

「ウチにはあまり出来ることがない。でも………このくらいは、させてもらうな?」

 

辿りついたのは、廊下の一角にある掲示板の前。本日最後の訪問者である彼女は、設置されていた箱の中に、上着のポケットから取り出した紙を落とした。

それは、神社という彼女のバイト先とはあまりそぐわない、ギリシア神話から取った言葉。MUSICの語源とも言われる、文芸の女神達の名前。

 

「――――さて、これからもっと頑張らなっ!」

 

彼女は笑う。自分を鼓舞するように。スクールアイドルユニット――――μ'sの未来に、想いを馳せて。

 

 

 

<other side end>

 

 

 

 

 

 

 

「決まったんだよっ!」

 

生徒会室で絵里と話し合った翌日の昼休み。穂乃果から携帯に連絡を貰ったため、弁当持参で中庭に行ってみると、開口一番で良く分からんことを言われた。

 

「えっと、俺はどこに座ればいいんだ?」

「あっ、じゃあ私の隣にどうぞ」

「無視っ!?」

 

4時間目がお爺ちゃん先生による古文という名の睡眠学習だったため、まだ頭がぼんやりとしている。早々に穂乃果の相手を諦めた俺は、促されたことりの隣に腰を下ろした。

穂乃果は何故か異様にテンションが高く、オーバーリアクションで何かショック受けてるし。本当に見てて飽きないな、この子は。

 

「で、何が決まったんだ? 穂乃果の留年か?」

「違うよっ! 冗談じゃないよっ! 笑えないよっ!!」

「いや、冗談だよ。笑えよ。えっ、本当に危ないの?」

 

俺が問うと、穂乃果はついーと目線を逸らした。あっ、これあかんやつや。

まあまだ新年度も始まったばかり。そもそも二年生に進級出来たんだから、そこまで絶望的ではないはず……だよな?

 

「なんか、ごめんな?」

「そんな真剣に謝らないでっ!? き、きっと大丈夫だもん!」

「うんうん、大丈夫だよな。穂乃果は頑張れるもんな。きっと……うん、きっと大丈夫だよ」

「今度はすごく優しい目をされてる!? うわーん!!」

「話がまったく進んでいませんよ?」

 

穂乃果弄りが楽しくてつい調子に乗ってしまった。海未の凍えそうな視線を、乾いた笑いで受け流す。

 

「そうだった。もうこう君、ふざけないでよっ」

「悪い悪い。で、どうしたんだ?」

「えへへ~、実は――――」

「グループの名前が決まったんです」

 

ことりが嬉しそうに報告する。穂乃果が結局報告する役を取られて視界の隅でいじけていたが、とりあえず放置で良いだろう。

それにしても、確かグループ名は一般生徒に募集を掛けていたはずだ。ってことは、提案してくれた生徒が居たのか。

 

「何て名前なんだ?」

「ふっふっふ、それはねぇ――――」

「ミューズです」

 

今度は海未が、珍しく高揚した面持ちで答えてくれた。こらこら穂乃果さん、スカートで三角座りをするのはやめなさい。アメリカンドリームが見えちゃうから。

しかし……ミューズねぇ。

 

「それって、薬用――――」

「石鹸じゃありませんっ」

 

海未に凄い早さで否定された。せめて言い切らせてくれ。

しかし石鹸じゃないとすると……ああ、あっちの方かな。

 

「確かギリシア神話の文芸の女神が、そんな名前だった気がする。音楽の神でもあるみたいだし、そこから取ったってところか?」

「えっと……誰が提案してくれたか分からないので、由来までは分かりませんが。でも、詳しいですね」

「神話の類が好きでな。本とかネットで調べてる内に、結構詳しくなったんだ」

「そうだったんだー。こう君って、穂乃果と同じで勉強出来ないと思ってたのに意外」

 

おいこら、どんだけ失礼なんだ君は。まあ授業も半分くらい寝てしまう俺が言っても説得力は無いか。

 

「これでも今年は受験生なんだし、それなりに勉強はしてるぞ? まあそれはさておき……綴りはエム・ユー・エス・イーか?」

「いえ、ギリシア文字の――――言っても難しいですね。ことり、あの手紙は?」

「それなら、穂乃果ちゃんが持ってるよ?」

「えっと………あった。これこれ」

 

穂乃果がごそごそとポケットから取りだしたものを差し出してくる。

渡された紙は、自然に開かないような折りたたみ方をされていて。破かないように気を付けながら開くと、そこには女の子らしい丸っこい字で三つの文字が並んでいた。

 

「μ's、か。いい名前じゃないか」

「ですよねっ。ことりも凄く気に行っちゃいました」

 

ことりが嬉しそうに頷く。響きも可愛らしいし、短くて覚えやすい。

でも確かギリシア神話の女神自体は、9人だったはずだけど………最終的に9人になったりするのか?

 

「まさか、な」

「え?」

「いや、何でもないよ。あっ、そういえば昨日、生徒会室に行って講堂の使用許可を――――」

 

浮かんだ考えをすぐに否定して、近況の報告に移る。9人という人数が多いとは思わないが、まだ現状では3人しかいないのだ。あまり希望は持ち過ぎない方はいいだろう。

――――その名前が、元々9人揃うことを想定して付けられたものだと知るのは、まだまだ先の話だった。

 

 

 

 

MUSIC-11へ続く

 




10話にしてようやくメンバーが全員登場しました。
えっ、名前が出てない? またまたご冗談を。

そういえばことりって、アニメだと「私」でスクフェスだと「ことり」が主な一人称なんですよね。今回も実は使い分けてみましたが、難しい。。。

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