異世界転生にハーレムを求めて何が悪い!   作:壟断

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08:仲間がいる光景

 

 

 夥しい数のモンスターが私に襲い掛かると同時に獰猛な雄叫びが悲壮な絶叫へ反転する。

 スキルの影響で私が遭遇するモンスターの推定レベルは、2~3が多い。

 さらに言えば私に対するヘイト値はかなり高く設定されているらしく、よほどの混戦でもない限り私にモンスターたちの攻撃が集中することになる。

 

「だからと言って囮にされるとは……」

 

「それは仕方がない。彼ら(タケミカヅチ・ファミリア)には、神たちの護衛に専念してもらわなければ」

 

 モンスターたちを片っ端から木刀で薙ぎ倒していく覆面の冒険者が私の嘆きを窘める。

 

「それはそう……っ、こんな時に『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』か」

 

 覆面の端から見え隠れする空色の瞳と尖った耳の美女の横顔に見とれながら愚痴を聞いてもらっていたところに希少種のモンスターが姿を現した。

 迷宮で行方不明となったベル・クラネル達を捜索するために結成された即席探索隊。

 その前衛を務めるのは、【ミアハ・ファミリア】から私と探索系ファミリアである【ヘルメス・ファミリア】の主神ヘルメスが連れてきた助っ人の撲殺覆面妖精ことリュー・リオン。

 『豊饒の女主人』の従業員は軒並み高ランク冒険者並だというのは知っていたが、このエルフの少女は完全に上級それも一級冒険者に届くくらいの実力がありそうだった。

 そして、中衛で神ヘスティアを護衛する【タケミカヅチ・ファミリア】の面々の後方。

 パーティーの後衛と神ヘルメスの護衛を担うのは【ヘルメス・ファミリア】の団長を務める【万能者(ペルセウス)】ことアスフィ・アンドロメダ。

 

「本当にデタラメな出現率ですね。これがゼノン・ダイシンの『不運』の影響なんですか?」

 

「うん、そこら辺には俺もすごい興味があるけど……『精霊の護符(サラマンダー・ウール)』で防げるの、あれは?」

 

 地獄の業火を思わせる焔で形成された3M近い大きな体躯を持つ犬のモンスターが吐息とともに放つ熱気に呷られてうめく優男風の神ヘルメスが自身の眷属代表に問う。

 

「無理ですね、『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』は、Lv.3相当のケルベロスの希少種ですから……一匹なら私と彼女(リオン)でもどうにかできたかと」

 

「ですよね~」

 

 眷属の冷静な状況判断に戦慄と諦めに冷や汗を流す神ヘルメス。

 ヘルハウンドとオルトロスの群れを焼き分けて歩み寄ってくる『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』は、三匹。

 合計9つの獰猛な頭が私たちを焼き付くさんと火炎の息吹を漏らしている。

 

「ダイシンさん、貴方はこれらを相手にできるか?」

 

 こちらへ視線を向けず覆面のリューは強敵を前に誰までを守らなければならないかを確認の問いを投げてくる。

 数十体のヘルハウンドとオルトロスの群れと三体のケルベロスを前にさすがの上級冒険者も緊張した面持ちだ。

 桜花たち【タケミカヅチ・ファミリア】のメンバーは、死を覚悟したような表情になっている。

 ベル・クラネルの安否を気遣う神ヘスティアも厳しい表情だ。

 中層の序盤であるにも関わらず、このレベルのモンスターが出現するなどあり得ないことだ。

 桜花たちの戦慄もリューやアスフィの緊張も当然のモノ。

 しかし、この状況下にあっても何かを期待するかのような不躾な視線が私の身体を射抜いていた。

 そんな視線の期待に応えるのは癪だが、私は自分を安く見せるつもりは毛頭なかった。

 

「君こそ何を見てきたんだ」

 

 さすがにこの数を相手にするのは初めてだが、ヘファイストスと椿が造ってくれた『イージス・オブ・ライトニング』を手にした私ならできる。

 

「ダイシンさん……貴方は何を考えている?」

 

 問いを返さない私に怪訝な目を向けるリューの横を抜けて雷を纏う拳を握る。

 

「私はこの程度の敵を前に竦むほど未熟じゃないさ」

 

 握った左拳が私の吶喊と共に雷光を弾けさせる。

 目の前の脆弱な人間が雄叫びと共に突撃してくる様を嘲笑うかのように『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』たちが己を構成する焔の洞から地獄の業火を吐き出す。

 これまで幾人もの冒険者を焼き尽くしてきたであろう怪物は、いつも通りの勝利を確信したかのような気配を醸し出している。

 その気配は私の癇に障る。 

 『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』を起動し、加速した蹴り足で氷の波濤を生み出す。

 

『っ!?』

 

 ケルベロスの業火を掻き消す超希少魔導具の効果に驚愕を背中で感じながら氷撃で怯んだ焔のケルベロスに肉薄。

 そして、『イージス・オブ・ライトニング』の小盾と『スライディング・ブーツ』の氷靴部分で『ブリューナク・ルーン』の刃先を撫でる。

 

「『氷牙迅雷奪刃(エレメンタル・スティール・エッジ)』!」

 

 氷と雷の属性が付与された双刃が焔のケルベロスを引き裂き、内部の魔石を奪い抜く。

 

『グルゥオオオオオオォォォォォォォォ』

 

 焔を撒き散らしながら断末魔と共に一体のケルベロスが焔の顕現たる身体を霧散させ、その周囲に群がっていたオルトロスやヘルハウンドも十体近くが巻き添えで消し飛んでいた。

 

「ダイシンさん……貴方は一体?」

 

 本来であれば絶対に撃破などできないはずの上位モンスターを軽々と倒した私に疑惑の目を向ける。

 

「まだ残りがいるんだ。リューは撃ち漏らし頼む」

 

「貴方はひとりでアレを倒すと?」

 

 リューの確認に私は顔を向けず、次の標的に狙いを定めて走り出す。

 

「それが最も効率的だ。君たちならヘルハウンドやオルトロスくらいなら消耗もしないだろ?」

 

 モンスターに対する絶対的優位性を誇る『グレーター・スティール』を有する私ならどんなモンスターでも敵になりえない。

 それこそ実体を持たないようなモンスターは、魔石まで簡単に刃が透るので武器に魔法を付与して攻撃すれば簡単に倒せる。

 特に強大な基本能力を持つモンスターは単体なら私にとってカモネギでしかないのだから。

 『氷原滑走(スライディング・ブーツ)』の力で高速移動を続け、氷と雷の波濤でモンスターたちの行動を阻害しながら『グレーター・スティール』を付与した攻撃で残ったケルベロスにも仕掛ける。

 吐き出される焔も完全に封殺できる私に焔の塊であるケルベロスは雑魚も同然。

 私がケルベロスを狩り、オルトロスをリューとアスフィが潰し、ヘルハウンドを桜花たちが散らすことでモンスターの群れは瞬く間に削られていった。

 

 モンスターを狩り尽した私たちは魔石やドロップアイテムを拾い集めた後、休息を取ることにした。

 

「『焔獄犬(スピリット・ケルベロス)』のドロップは……『炎獣石』か」

 

 バックパックの中に輝く、炎をそのまま結晶化したような『炎獣石』。

 他にも私が倒したモンスターの分だけでなく、リューやアスフィ、桜花たちが倒したモンスターのドロップも軒並みレアなものになっている。

 パーティーを組んだことがなかったから知らなかったが、私のスキルは一つの戦闘域に効果を発揮するものだったようだ。

 

「不謹慎なことだと思うが、今日だけで凄まじい稼ぎになりそうだ」

 

「はい、これが普段の探索であったなら喜ばしいのですが」

 

 中層でも珍しい数のモンスターに襲われ、格上の希少モンスターまで現れた戦闘を経て精神的に疲弊した桜花たちだったが、ほとんどのモンスターからドロップアイテムや通常ヘルハウンドを倒した時より上質な魔石が手に入り、多少の高揚を得ることができたようだ。

 

 私はここまでに倒したモンスターから出たドロップアイテムを皆からいくつか買い取り、簡易回復薬や解毒薬、防火材を作成する。

 ミアハ様のもとで調合を学んだ私は薬品関係だけでなく、錬金術の真似事までできるようになっていた。

 迷宮内で調合を行えるような余裕があるのは大規模なパーティーだけだろうが、私の場合スキルの効果で作成時の成功率が高く、同じ素材でも上位の回復薬ができあがる。

 特にオルトロスやヘルハウンドから得られたレアドロップの『妖火の種子』は、身体能力を活性化させる戦闘補助薬を作れる。

 一人で持ち運びができる簡易的な道具でこのレベルのアイテムを作成できるのは、単独迷宮探索をしてきた私の大きな強みだ。

 次のランクアップでは、『調合』のアビリティが発現する可能性も高いだろう。

 そうすればもっと楽にお金を稼ぐことができるな。

 

「桜花、【身体強化(リィンフォース)薬】と【防火付与(アンチ・ファイア)薬】だ。人数分は作れていないから使いどころには気を付けてくれ」

 

「お、俺たちに?」

 

 作成した戦闘補助薬を桜花に投げ渡すと驚いた様子で私の顔と薬を見比べる。

 

「回復薬は、ナーザァから預かった分で十分だろう? レベルが低い私たちにはこういった戦闘補助薬の方が重要だからな」

 

 守銭奴(ナーザァ)から渡された回復薬はオラリオでも最上級品だ。

 これ以上の回復薬は探索の邪魔にしかならない。

 それよりも粉末薬剤型の戦闘補助薬があった方が良い。

 

「いや、タダで良いのか?」

 

 変な汗をかきながら言う桜花とその後ろの少女二人。

 確かに私は、迷宮内で回復薬などを販売している。

 迷宮内なら商売敵がいないので良く売れたし、価格以上の効果があるので【ミアハ・ファミリア】製の商品の評判もかなり良いものになっている。

 ホームの【青の薬舗】で私が店番をしていると客を遠ざけるが、迷宮内なら嫌悪感を我慢してでも冒険者たちは薬を買ってくれるし、地上での評判にも一役買ってくれる。

 私の職業登録が【冒険者兼行商人】となっている理由はここにある。

 迷宮内での商売も一応ギルドに報告しておかないと後で何某かのペナルティを受ける可能性もあるからな。

 さすがに非合法な商売をするとファミリアに迷惑をかけかねないので自重している。

 因みに私が作成した戦闘補助薬の地上の相場だと一つ10万ヴァリス以上だったりする。

 桜花たちが危惧しているのはそこだろう。

 

「気にするな。私の主神は、このような時に金を無心するお方ではない」

 

 自分が金に困っている時でも他者に施しをする困ったお方でもあるが。

 

「すまんな。今回の件は、俺たちに原因があるのに」

 

「だから気にするな。お前の判断は仲間の命を預かる者として当たり前のこと。クラネル君たちだって納得はできなくとも理解はしてくれるさ、冒険者なら当然のことだとな」

 

「そう言ってもらえると助かる……」

 

 私の言葉に桜花は深い礼を見せてから受け取った薬を仲間に分ける。

 仲間がいない私は自分の調子だけを考えればよかったが、桜花のように大切な仲間の命を考えて戦うというのは今以上に厳しいものなのだろう。

 今は臨時のパーティーだが、いつか本当の仲間ができた時には、私も他者のことを考えながら戦えるだろうか。

 自分のことばかり考えてきて、自分のために力を使うことを厭わなかった私は、誰かのために力を使おうと本当の意味で思えるのだろうか。

 

 今の自分とこれからの自分という青い思考に耽りかけた私に胡散臭い神の声がかかる。

 

「すごいねぇ、ゼノン君は! こんなダンジョンの中で高級薬を作っちゃうなんてさ」

 

 私に声をかけてきたのは、私の世界でも屈指のトリックスター的存在であり、個人的にはロキ以上に警戒している優男風の金髪男神ヘルメス。

 私が知るヘルメス神は、私が持つスキルやアビリティ、魔法に至るまで神として司る存在だ。

 この世界のヘルメスがそこまでの神物であるとは思わないがな。

 

「これは【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ者として対抗心が芽生えちゃったりするんじゃないかい、アスフィ?」

 

「私は気にしません。というか、頭をなでないでください」

 

 お株を奪われて落ち込んでいる我が子を慰めているような仕草で構ってくるヘルメスにアスフィは深いため息を吐きながらもされるがままにナデナデされている。

 

「……私は、ミアハ様の眷属ですからこの程度のことができるようになるアビリティやスキルを持っていても不思議ではないでしょう?」

 

 可愛い女の子の頭を平然と撫でまわせる美男神を妬みの視線で射抜きながら自分の装備にも【耐火付与薬】を塗布する。

 

「それだ! 君は、皆に嫌われる『不運』を持ってるって聞いたけど、もしかして何かレアなスキルだったりするんじゃない?」

 

 私の言葉から言質をとったとばかりに興味津々な様子で喰いついて来るヘルメスの顔を押しのける。

 

「スキルに関しては黙秘させていただきます。というか、貴方の興味はベル・クラネルの方じゃないんですか?」

 

「おや? 何故、そう思うんだい?」

 

 何を白々しいことをという言葉を飲み込み、ヘルメスのお守役(アスフィ)に視線を向けるがそっぽを向かれてしまうだけだった。

 私もアスフィと同じような深いため息を吐いて胡散臭い神に応える。

 

「私が知るヘルメス神は、伝令神だ。貴方はよくオラリオの外に旅に出ると聞く、そして、かつてオラリオには【ゼウス】が居て、現在では追放されているとも聞いている」

 

「へぇ~、俺が君を見捨ててから3年近くかな? ずいぶんと情報通になったようだね」

 

「まあ、おかげさまで」

 

 私の答に道化の表情を薄めたヘルメスがさらに無遠慮な視線を向けてくる。

 かつて、オラリオの頂点に君臨していた【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。

 それを現在のオラリオを二分する大派閥の【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が協力して追い出したとか。

 私の世界の神話を知っていれば面白い出来事だったので冒険者になる前から調べていた。

 その過程で知った世界に課せられたグランドクエスト【陸の王者(ベヒーモス)】と【海の覇者(リヴァイアサン)】の討伐、そして【隻眼の黒竜】に敗北した英雄たち。

 太古の昔に迷宮から抜け出した古代の最強種に挑む英雄譚は、私の厨二心に凄まじい衝撃を与えた。

 そんな私の現在進行形の黒歴史は置いておいて、ヘルメスの行動は何某かを企む意図が見える。

 道化を演じたり、自身の眷属のレベルを低くギルドに申告したりしている。

 きっとベル・クラネルの探索に協力しているのも彼が持つと思われる急成長を促す要因を見極めようとかそんな感じなのだろう。

 

「確かにベル君に興味はあるが、それは君に対しても同じさ」

 

 身体を摺り寄せ耳元で囁くように言うヘルメスから身を離す。

 

「気持ち悪いこと言わないでください」

 

「あははっ! 嫌われてしまったかな?」

 

 好きになるはずがない。

 私のスキルに影響を受けている時は、さんざんこき下ろしてくれた神の一人だ。

 それだけなら構わないが、それ以降もちょこちょこ私にちょっかいをかけてきたので今では苦手意識が付いてしまっている。

 おそらく、ヘルメスが言うことは本当だろう。

 私に興味をもってはいたが、スキルの影響で私を馬鹿にすることしかできなかったのだろう。

 それでも私を自分のファミリアに入れることはしなかったはずだ。

 私の異様さに興味を持った神はヘルメス以外にもいたが、眷属とすることを認めてくれたのはミアハ様だけだった。

 だから私は、ミアハ様以外の神に傅くことはない。

 

「さ、そろそろ出発しますよ」

 

「やれやれ、せっかちだな~」

 

 おどけて見せる美男神にイラッとしながらも捜索を再開する。

 

 

 

 

 

 現在の捜索方針は、ベル・クラネルたちが上階を目指さず、迷宮内にいくつか存在する安全階層である18階層へ向かったと想定して進んでいる。

 この判断は、アスフィ・アンドロメダやリューのものであり、それを指示した神たちの意向でもある。

 私自身、この判断に間違いはないと思うがそうであるのなら17階層に存在する【迷宮の孤王(モンスターレックス)】と遭遇することになる。

 はっきり言って、ベル・クラネルたちが戦って勝てる相手ではない。

 私が18階層へ行った時は、大規模ファミリアが倒した後だったため、実際に【階層主】を目にしたことはない。

 それでも運良く【階層主】が倒された後のインターバルのうちに抜けることができていたというのであれば、18階層で身動きが取れない状態になっているだろう。

 運よく【階層主】を回避して、さらに運よく地上に戻る上級冒険者のパーティーと遭遇するというのは、とんでもない偶然だ。

 そこまでの運を持つというのは、私のようなスキルやアビリティの後押しがあってだろう。

 そうであればこそ、早く彼らを迎えに行ってやるべきだ。

 例え安全階層でもガラの悪い冒険者が溜まっている場合も多い18階層で負傷した状態のクラネルたちは良いカモだ。

 

「ダイシンさん、少し良いだろうか?」

 

「何だ、唐突に?」

 

 前衛を担う私と並んで歩いていたリューが問いかけてきた。

 

「貴方は、Lv.2になったばかりだと聞いたがそれにしては強過ぎる」

 

「そんな今更なことを? 私の装備を見れば分かるだろう?」

 

 あまりにもらしくないリューの問いに呆れも混じった私は装備している『イージス・オブ・ライトニング』や『ブリューナク・ルーン』、『スライディング・ブーツ』を示す。

 しかし、それに流されることなくリューはさらに問いを続けた。

 

「いくら最上級の武具で武装していてもそれを使いこなすだけの技量は、一朝一夕で得られるものではないはずだ。貴方の技量は、それこそLv.3、いやLv.4に匹敵する」

 

「ま、まあ鍛錬だけはずっとしていたから、な」

 

 スキルの影響が薄れたせいか信じられないほどよく話しかけてくるリューの評価に若干引きつつ言葉を濁す。

 冒険者になる前から力を得た時のためにイメトレを続けてきたからなどと言えるはずもない。

 必殺技の名前を考えたり、魔法詠唱の練習をしたり……etc。

 正直言って、現状は私の厨二レベルに冒険者レベルが追いつき始めているだけなのだ。

 

「私は最強の自分をイメージし、そこに向かって鍛錬を続けているにすぎない。君が私を高レベル冒険者であるように見えたというのなら私のイメージがその先にあるということだろう

 

 

 なんて、それっぽいことを言ってみるがあまりの羞恥に顔が熱くなる。

 

「……なるほど。私は貴方の一面しか見てこなかったということか」

 

 などと何かを納得した様子で頷くリューに顔を見られないように前を向き続ける。

 それ以上私に話しかけてこなくなったリューの配慮?に安堵し、モンスターを狩り続け進んだ結果、想定よりもかなり早く17階層最奥の大広間へたどり着いた。

 

 

 

 

 これまでの洞窟然とした岩肌が綺麗に整えられた直方体を形成しており、初めて来たときは側面の一枚鏡みたいな『嘆きの大壁』に魅入ったのも良い思い出だが、今回はその様相に違いがあった。

 

「【迷宮の孤王(モンスター・レックス)】……『階層主(ゴライアス)』!」

 

 初めて目にする迷宮の王に息を呑む。

 7Mにも及ぶ大きすぎる輪郭、その巨体を支える四肢は強靭にして剛健。

 その姿は、まさに灰褐色の巨人。

 これまで目にすることなく住んでいた死の担い手が18階層へ続く穴の前に立ちふさがる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 それは単なる雄叫びであろうが、ミノタウロスの『咆哮』を遥かに上回る威圧感を私たちに与えてくる。

 

「私たちの目的は、18階層へ向かうこと。無理にアレと戦う必要はない」

 

 ゴライアスの威容に圧倒されている私や桜花たちに忠告するように前に出たリューが言う。

 

「私が引き付けます。ダイシンさんとアンドロメダは他の皆さんを18階層の入口へ」

 

「あ、ちょっ!」

 

 言うが早いか圧倒的な巨躯の怪物へ駆け出すリューの姿に手を伸ばす。

 しかし、私の手は彼女の残り香すら掴むことなく空を切り、虚しく握られた拳だけが残った。

 

「ここは彼女に任せましょう、ダイシンさん。私たちは、お荷物(ヘルメスさま)たちを運ばなくては」

 

「は~い! お荷物でッス!」

 

「くぅ、弁明の余地はないけど何か悔しいよ」

 

 アスフィの声に二神二様の反応を示す。

 そんな神たちとあの圧倒的な存在感を放つゴライアスを凄まじい速度で翻弄する(リュー)の勇姿を見比べて私はニヤケ顔のヘルメスを強引に抱え上げる。

 

「おおっと?」

 

「ヘスティア様は桜花が、ヘルメス様は私が抱えていく。アスフィはゴライアスを警戒しつつ、リューの離脱のタイミングを援護。そっちの二人は自分が18階層の入口に飛び込むことだけに集中する」

 

 言葉早く考えを叫び、桜花とアスフィに目配せする。

 

「それで良いな?」

 

「それがベターでしょうね。ヘルメス様も切り抜けるまでおとなしくしていてくださいよ?」

 

「りょ~かい! アスフィもゼノン君も頼りにしてるよ?」

 

 私の背で軽い調子のまま言うヘルメス。

 

「俺もそれで大丈夫だ。ヘスティア様、失礼します」

 

「うん、非常時だから仕方ないよ」

 

 桜花も私の提案を受け入れ、ヘスティアも素直に従って桜花の背に乗る。

 

「よし。私が先行し、ヘルメス様を18階層入口の洞窟に投げ込んだらすぐに戻ってヘスティア様も洞窟に投げ込む。その後、リューの離脱を援護し、皆で18階層へ脱出だ!」

 

 言うと同時に私は『スライディング・ブーツ』を起動させて17階層の大広間を疾走する。

 

「ちょ、いま不吉なことを言わなかったかい!?」

 

「ヘルメスはともかく、ぼくまで放り投げたりしないよね? ねぇ!?」

 

 小うるさいお荷物(ヘルメス)たちの悲鳴を無視して加速する私とは別方向にアスフィが駆ける。

 

「ゴライアスの相手は、私もあまりしたくありませんから急いでくださいね」

 

「分かっている!」

 

 リューの援護に向かったアスフィの言葉に押されてさらに加速しながら18階層入口の洞窟を射程に捉える。

 それと同時に『スライディング・ブーツ』を前方に向けで蹴りだし、氷の波濤を用いて18階層入口まで簡易アイスリンクを作る。

 

「ヘルメス様、歯を食い縛って!」

 

「え゛、ちょ、まさか!?」

 

 担いでいたヘルメスを横抱きにした私は、ボウリングの要領で氷の上にヘルメスを放り投げた。

 

「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 ヘルメスを氷原に投げ出すとすぐさま踵を返し、桜花の横を並走する。

 

「さあ、ヘスティア様、こちらへ!」

 

「ぼ、ぼぼ、ぼくはこのままで良いよ! 桜花君の背中もなかなか乗り心地良いしね? それにぼくは、冷たいのは苦手「我がまま言わないでください」――うひゃ!?」

 

 背で駄々をこねるヘスティアに困っている桜花を無視して強引に首根っこを掴んで引き下ろす。

 

「それでは、ヘスティア様も歯を食い縛ってください!」

 

「うわ、やめ、ちょ、ごめ、ほんとにやあああめええええてええええええええええええええっ!!」

 

 桜花の背から掻っ攫ったヘスティアを加速した勢いに乗せて氷原のコースへと投げ入れる。

 

「こんんのおおお罰当たりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」

 

 ヘルメスと同じように18階層の入口へと消えていったヘスティアを確認して私は、桜花たちの元へ急ぐ。

 

「桜花たちも急いでくれ」

 

「わ、分かっている! 俺たちは自分で行けるからお前は、アンドロメダたちに離脱を伝えてくれ」

 

 桜花たちも投げ込んでやろうと思ったが、ゴライアスとの距離は十分に取れたので彼らの足でも間に合うだろう。

 私の助けを桜花共々首が千切れる勢いで遠慮した女の子たちの姿に心で涙しつつ、リューとアスフィに声をかける。

 

「リュー! アスフィ! もう大丈夫だ!」

 

 と声を飛ばしたと同時にリューが隣に飛び込んできた。

 さすがというかなんというか、ゴライアスと大立ち回りをこなしながら私たちの動きも把握していたようだ。

 

「ずいぶん手際が良いのですね」

 

「あれを手際が良いとはいわないですよ。まあ、ヘルメス様には良い薬でした」

 

 ゴライアスを抑えていたにも関わらず、呼吸の乱れなども感じさせない二人の姿に私は言葉にできない、言葉にしたくない思いがこみ上げるが今はそれを無視する。

 『スライディング・ブーツ』を使って走る私の横を並走しているリューやアスフィの機動力は間違いなく上位レベルの冒険者だ。

 私も彼女たちのように自らの足でここまで走れるようになりたい。

 

「先に行きますね」

 

 私が造った氷のレールにたどり着いたアスフィが手慣れた様子で氷原を滑って洞窟へと飛び込む。

 特製の靴なしで同じことをされるとやはり傷付くな。

 

「我々も行きましょう」

 

「ああ……」

 

 アスフィに続き、リューも氷原を美しい姿勢で滑走して洞窟へ飛び込んだ。

 その背を複雑な思いで見つめつつ、私は彼女たちの後を追うように入口へ滑り込む。

 

 

 

 背後からは憤怒に染まるゴライアスの叫びが響いていた。


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