冒険者、ゼノン・ダイシン――それが今の私である。
こことは違う世界に生まれた人間だった私は、気が付けばこの世界に居た。
漫画のようなモンスターが蔓延る地下ダンジョン、物語に名前が出てくるような神々が実在する世界。
剣と魔法と神話の古今東西が混じり合った楽園に一人の人間として存在を許された私は、冒険者となっている。
平和な世界で生きた人間がいきなり生死の係った冒険に出られるはずがない。
私がこの世界を自覚して冒険者を志した当初は才能のなさと性格、器量、要領の悪さが災いし、どこのファミリアにも所属させてもらえなかった。
最後の綱と眼帯女神から紹介された新参女神でさえ私の必死さを気持ち悪がって拒否された。
確かに当時の私は冒険者になることに固執していたし、見目麗しい女神と見れば下心ありありの下卑た顔を見せていた。
そんな私を最後の最後に拾ってくれたのは、しがない道具屋を営む零細ファミリアの主神ミアハだった。
どこの馬の骨とも分からない自称冒険者志望の不審者を拾ったミアハは、私から見ても変神であり、優しすぎた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ゼノン。今日はあのお嬢さんは一緒じゃないのだね?」
小さな道具屋の扉を開いた私を出迎えたのは、ミアハ・ファミリアの先輩ではなく、我らが主神たるミアハだった。
「アレはもう神ヘスティアの眷属です。ですから彼方のホームへ帰りました」
「それは残念だったね。あの子をソーマのところから抜けさせるために神話級のレアアイテムを採ってきたのに」
邪気の欠片もない微笑みで痛いところをついて来るミアハにため息が出る。
「気にしていませんよ。私のスキルがあればあの程度のアイテムならまた手にできますよ」
「そうかい? 確かに君のスキルは凄いけどあまり多用しない方が良い。何しろ君のスキルはメリットもデメリットも酷過ぎるからね。その内街を歩くだけで唾を吐き掛けられるんじゃ
ないかな? 私も君を受け入れたのは何かの気の迷いだったように思い始めているくらいだから」
誰よりも優しいと思っている我が主神ミアハは慈愛の笑みで私に対してだけは悪態を吐く。
そんな主神の言葉にも慣れた私は、本日の稼ぎを店の金庫にしまいながら言う。
「メリットを使わなくてもデメリットはなくなってくれないのならメリットを使い続けないとそれこそ私に生きる価値はなくなりますよ」
「それもそうだね。私もこんなことは言いたくないから早めに出て行ってもらって良いかな?」
さすがに言葉が直接的になってきたことでミアハの笑みが歪み始める。
「……わかっています。いつも嫌な思いをさせてすみません」
「わ、分かっているなら早く立ち去りなさい。貴方は稼ぎだけを収めてくれれば良いのです。それだけが貴方の――」
苦しそうに言葉を吐き続けるミアハに背を向け、来た時と同じように簡素な扉から店を出る。
ミアハを知る者ならば誰もが耳を疑うような言葉を吐き続けたミアハを私は憎んだりしない。
彼にあのような言葉を吐かせているのは他でもない私自身なのだから。
私が保有スキルの一つ『強欲の代償』。
このスキルのおかげで私は、他の同レベル帯の冒険者たちを遥かに超える収入を得ており、過去のとある事件で莫大な借金のあったミアハ・ファミリアの立て直しを可能にし、ソーマ・ファミリアを抜けたがっていたリリルカ・アーデを超希少アイテムと引き換えに脱退させたり、ダンジョンで死にかけていた見目麗しい女冒険者を数名救うこともできた。
しかし、このスキルは名が示す通り、私に大きなデメリットがあり、その影響はミアハの言葉やリリルカの言葉に出ている。
ミアハに見てもらったこのスキルの効果は、絶対的な物的幸運と引き換えに絶望的な心的不運を与えるものだった。
つまり、誰にも見つけられないような希少素材や希少モンスターと簡単に遭遇できる一方、関係性が私に近ければ近いほど私を貶したくなるというものだ。
この効果は、辛うじて同性の方が強くなる傾向にあるらしく、今のところ女性からは程よい言葉攻め程度で済んでいる。
まさかとは思うが、ミアハに強い影響が出ているのは私を強く想っているからであり、女性たちの影響に少ないのは私が彼女らに何とも思われていないというわけではあるまい。
いくら顔が厳つくとも、最初のころは腹がすこし出っ張っていたとしても命の恩人をまったく意識しないなんてありえないはずだ。
たとえ、下心があったとしてもちゃんと男も助けているから私に非はないはずだ。
「た、助けてくれなんて頼んでないんだからな!」「べ、別に感謝なんてしてないんだからな!」
ダンジョンで助けた男たちがどもりながら捨て台詞を残して去って行ったのを思い出すとツンデレセリフに思えてしまう自分が怖くなる。
まさか、出逢った時点で好感度が高かったからあんな言葉を言われたのか?
好感度が高いゆえの純粋なツンデレでも、スキルの影響によるツンデレでも絶望しかない。
「……ダンジョンに出会いを求めるのは、間違っているだろうか」
心からの呟きを漏らしつつも私は、数少ない癒しである“普通の対応”をしてくれるギルド職員(女)のもとへ向かうのだった。