異世界転生にハーレムを求めて何が悪い!   作:壟断

13 / 13
久々の投稿です。
忘れられているかもしれませんが、ほそぼそと続けていけたらと思います。


閑話02:目覚めの前

 18階層に現れた異形の黒い巨人は、本来であれば持ちえないはずの能力や武器を用いて有象無象を蹴散らす。

 果敢に攻め続ける冒険者たちを羽虫の如く薙ぎ払う巨体を相手に誰もが理解する。

 

 この階層主は、17階層のモノとは別物だと。

 

 出現と同時に自身と共にダンジョンの天井から崩れ落ちた水晶を束ねた大柱を19階層への入り口付近に投擲。

 自身の足元を駆け回る冒険者たちを無視して初撃と同じ方向へ最大威力の咆哮(ハウル)を放つ。

 さらには、周囲の冒険者たちを振り払った直後に空間を破壊するかのような大号砲。

 

『ゴオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

 瞬間、黒い巨人の体躯が膨れ上がり、強靭な皮膚が硬質な鎧状の外殻に変質し、射撃系魔法と同等の速度で19階層側の入口方向へ大疾走。

 誰もが目を疑う黒い巨人の奇行。

 冒険者たちに無防備な背後を晒す行為を何度も繰り返す巨人。

 死力を賭して戦う冒険者たちを無視するような行動は、戦う側としての矜持が損なわれるものだったが、本音を言えばそのまま別階層へ去ってくれれば良いとほとんどの冒険者が思った。

 

『ゴガ、ガアアアオオオオオオオッ!』

 

 超越的な存在たる階層主の叫びが階層全体を震わせる。

 先の一撃が何に向かって放たれたのか理解できない冒険者たちにとってそれはさらなる畏怖を与える絶望の響きに聞こえただろう。

 

「……アレは」

 

 遠く離れた階層主が吠える方角へ駆け出していたエルフの戦士、リュー・リオン。

 ゴライアスが出現したのとほぼ同時に最も早く動いたリューは、通常とは違うゴライアスの性能に戦慄しながらも18階層に残った戦力の一人として戦っていたが、そんな自分を無視してゴライアスは走り去った。

 

「なるほど、アレの不快さは階層主すら惹き付けるのか」

 

 Lv.4の視界が捉えた無様な男の敗北は、この絶望的な状況にひとつの好機を齎すものでもあった。

 

「アレがヘルメス様が言われていた……」

 

 リューの後を追いながら同じものを捉えていたアスフィ・アンドロメダ。

 

「アレは、誰よりも生き汚い。今の攻撃でもアレは死んではいないでしょう」

 

「そうですね。アレの装備は、オラリオでも最高ランクの武具が揃っていましたから」

 

 戦いに立っている冒険者たちの最上級戦力であるリューとアスフィは、同じ結論を見る。

 

「アレが階層主を惹き付けるなら私たちは、その背後から強力な一撃を撃つ」

 

「それにアレを攻撃する時、あの階層主は自身の負担を考えない力を使っているようですし、あるいは自滅を狙えるかもしれません」

 

「それほどまでにアレの不快さが気に入らないということか」

 

 現在の状況で階層主が鎧を纏ったことは、戦う冒険者たちにとって絶望以外の何物でもなかった。

 しかし、黒い巨人の鎧は、標的を吹き飛ばすと同時に役目を終えたかのように巨人の外皮から剥がれ落ちている。

 突進後の叫びは、無理を強いた肉体が崩壊に侵される痛みによるものであるとリューとアスフィは判断した。

 

「貴女は、リヴィラに戻り高火力の魔法の使い手たちを集めてほしい」

 

「分かりました。貴女の方は、階層主をアレに張り付けるように動いてください」

 

 上級冒険者同士の確認は、すぐさま互いの役目を果たすために速度を上げて駆け出す。

 この場の最強の戦力である二人の判断は、そのままこの戦場の方針を決定づける。

 その判断に間違いはなく、利用できるものはなんでも利用しなければ現状を打破することは不可能に近い。

 奇跡を願うことの無意味さを誰よりも知るエルフは非情な判断を下す。

 今、何を切り捨てることが最上であるかを。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 天井の結晶光が失われたことで薄闇に包まれた18階層の中、リヴィラの街に残っていた冒険者たちも超常の事態を認識し、喧騒混じりに慌しさを増す。

 

「なんじゃあ、ありゃあ……?」

 

 突如として出現した黒のゴライアスの凄まじい咆哮にリヴィラの街を取り纏めるボールスは、鈍り掛けた冒険者としての勘がこれまでにない警告を発しているのを感じた。

 そもそもが安全階層に階層主であるゴライアスが出現するということ事態が特級の異常事態。

 さらに今出現しているのは、強化ゴライアスとでも形容できそうな脅威を感じる。

 

「ただでさえ硬いゴライアスがあんな頑丈そうな鎧と天然武器(ネイチャーウェポン)咆哮(飛び道具)まで使うってぇのか?」

 

 19階層に続く洞穴付近へ巨大な水晶槍を投擲し、黒い鎧のような外殻を纏った突進、その後も同じ付近を咆哮(ハウル)の連射で周辺まるごと吹き飛ばし続けている。

 

「ボールスッ! どこにいるんですか、ボールス!」

 

「ア、アンドロメダ!? 一体どこから現れやがった?」

 

 唐突な呼び掛けに視線を向けたボールスの視界に映ったのは、高高度から舞い降りてくるアスフィ・アンドロメダだった。

 

「ボールス、あの階層主を討伐します! 街の冒険者と武器をありったけ集めなさい!」

 

「討伐ぅ!? 馬鹿いってんじゃねえよアンドロメダ! ゴライアスくらいなら精鋭を集めて往かせれば!」

 

 アスフィの焦りを伴った言葉に気圧されながらもリヴィラの街の顔役である眼帯の大男は自身の見た目を思い出したかのように声を荒げる。

 

「あれが普通のゴライアスじゃないことは貴方も理解できるでしょう! すでに退路は断たれ、あのゴライアスの攻撃能力から考えれば、数刻と経たずに18階層全体が更地になりますけど、貴方はそのまま踏ん反り返ってゴライアスにミンチにされるのを待っていると?」

 

「ッ、どちくしょうが! おい、聞いてたなてめぇら! こうなりゃ総力戦だ!」

 

 アスフィの煽りに悪態を吐きながらボールスが周囲に集まっていた冒険者達に指示を飛ばし、状況を理解しきれていなかった街の冒険者たちもそれぞれの武器を取り、黒い巨人が暴れる戦場へと駆け出した。

 街に残っている冒険者たちも街中から武具や回復薬をかき集め、何十人も出てくるであろう負傷者を受け入れる救護所の設置などそれぞれができる最善を考え動き出す。

 

「そういや、アンドロメダ。一つ確認しときたいんだが」

 

「なんですか、この忙しい時に」

 

 そんな冒険者たちの動きを確認しながらボールス自身も剣と盾を持ち出しながら再び戦場へ戻ろうとしていたアスフィを呼び止める。

 

「あの化物は――」

 

 装備を整えたボールスは、手にした剣でゴライアスが暴れる階層中央部に聳え立つ巨大な中央樹の付近を指し示す。

 無差別に暴れまわっているようにも見えるゴライアスだが、常に自身の足下を狙って攻撃を繰り返している。

 中央樹付近から徐々に東部の森側へ移動を続けながら地形を変えるほどの攻撃で、木々もモンスターも近くに居た冒険者達も見境なく吹き飛ばしている。

 怒り狂っての攻撃というより、逃げ回る獲物を狙って攻撃しているかのようでもある。

 しかし、あれほどの攻撃を受けながらモンスターが跋扈する鬱蒼とした森を逃げ続けられる冒険者が果たして、18階層に居ただろうかとボールスは思いながら事態を把握している様子を見せるアスフィに問い掛ける。

 

「何を狙ってるんだ?」

 

「アレは、単なる囮です。ゴライアスの動きはアレが牽き付けている間に貴方は、高火力魔法の使い手を集めてどデカイ一撃を食らわせる準備をさせなさい!」

 

 ボールスの問いに乱暴な語気で返したアスフィは、もう留まることなく戦場へと駆け出していった。

 

「おいおい、アンドロメダ。あんな化物の囮役を一人にさせるってなぁ、捨て駒ってんだぜ?」

 

 アスフィの背に吐き捨てるように呟いたボールスもまた戦場へと走り出す。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 不可解な突進を行ったゴライアスが再び冒険者達が集まる方角へ誘導されるように森を蹂躙して突き進む中、冒険者たちは森と大平原の境界付近にそれぞれが得意とする地形に陣取り、ゴライアスの襲来を迎え撃つ。

 

「あの化物(ゴライアス)もモンスターどももアレにご執心みたいだぜ!?」

 

「おうよ、化物どものケツにどぎつい一撃を食らわしてやれぇ!」

 

 18階層の大平原で戦闘を行っていた冒険者達は、猛威を揮うゴライアスだけでなく、ゴライアスに呼応して現れたモンスターさえもたった一人の冒険者を執拗に狙い続けていることに気付き始めた冒険者達の戦闘方針は決まっていた。

 

「リオン! リヴィラの街の冒険者達が魔法の詠唱に入りました!」

 

 他の冒険者たちと共に戦っていたリューにアスフィが合流する。

 

「分かりました。私はアレにゴライアスを平原側に誘導するように伝えてきます」

 

 アスフィの報告を受け、リューは同じ戦場で戦っていた白髪の少年ベル・クラネルに声を掛ける。

 

「クラネルさんは、このまま他の冒険者と連携して周囲のモンスターを殲滅を優先してください!」

 

「分かりました! リューさんも気をつけてください!」

 

 僅かな共闘でリューが自分より完全な上位者であることを認識したベルは、リューの指示に従いながら駆け出す。

 

 異形のゴライアスの出現に呼応する形で出現したと思われる無数のモンスターの中に亜種や強化種が多く混ざっていることもあり、幾度も修羅場を越えてきたリヴィラの冒険者達をしても苦戦を強いられている状態で全体の戦況が保たれているのは、たった一人の冒険者が異形のゴライアスや多くのモンスターの攻撃をひきつけているからだ。

 その事実は、戦況が進めば進むほど多くの冒険者が把握し、利用しない手はないと各々の経験をもとに立ち回っている。

 しかし、誰もがそこにある違和感に気付かない。

 これほどの危難を前に足を引っ張り合うような馬鹿をするような冒険者は、はみ出し者の多いリヴィラの冒険者でもありえない。

 強大な敵の囮役を勤める者の重要性は、中層に辿り着ける冒険者達のほとんどが理解できているからだ。

 それにも関わらず、現状を維持するのに重要な役割を担っている一人の冒険者に対して誰もが手を貸そうとしない。

 撹乱のために攻撃する者も、囮役に支援魔法を掛けようとする者もいない。

 囮となっている冒険者がどれほど傷付こうと、どれほど窮地に立とうと手を差し伸べようとしない。

 それは、当然のこと。

 

『冒険者は、冒険をしてはいけない』

 

 ギルドを利用していれば稀に聞こえてくる誰かの声が戦いの中にある冒険者達に言い訳を与えてくれる。

 本来のレベルを超越した階層主の囮になるなど中階層に留まる冒険者ができるはずがない。

 囮ができる者は、きっとそれ相応に強い奴だから手助けなんかしなくてよい。

 それよりも囮が敵をひきつけさせている間に安全なところから攻撃をした方がよい。

 

 それは決して間違った考えではない。

 

 冒険者達は道楽で迷宮に挑んでいるわけではないのだ。

 彼らは、己の命を掛けて日夜戦い続けている。

 たったひとつしかない命を賭けた戦いに卑怯も臆病も関係ない。

 その時を生き抜く為に冒険者は全霊を尽くす。

 だから、実力に見合わない行動は自分の命を脅かす。

 勇敢な行動は、時として自分だけでなく、共に戦う仲間達の命を奪ってしまうかもしれないのだから。

 

 ―― 己を賭した果てに何を得る?

 

 それは夢を語る時、野望を語る時、希望を語る時、その者の輝きを問う言の葉として使われてきた。

 しかし、それは同時に夢果てた時、野望叶わぬ時、希望砕けし時、その者の終わりを問う言の葉としても使われる。

 

 戦場を駆けるリューは、遠き地にある主神が最後に残した言葉は後者の意味で使われた。

 かつて迷宮都市を離れるように懇願した正義の女神から掛けられたその問いにリューは、答えることができなかった。

 自身の覚悟を告げてしまえば、その女神の下に集い散っていった眷族たちの在り方を否定することになるためどうしても口にできなった。

 そして、女神の問いに応えられなかった疾風(リオン)は、何も得ることなく終わりを迎えた。

 今、ここにあるのは、吹き荒れた疾風が燃え尽きた灰の中から救い上げられた一抹の奇跡でしかない。

 

 人が何かを為そうとする時、必ず問われる。

 自ら行動を起こす時、その先に何を求めて歩みだすのかを。

 答えを持とうが持つまいが、その問いは他者から、己から、世界から、歴史から、言葉としての形がなくとも問われ続ける。

 

 そうであるならば、今、自分に問われたならば何と答えるか。

 歴戦の戦士であるリューは、はっきりと「自分にとって大切な人が大切に思っている人のため」であると答える。

 意地の悪い神であれば、本当にそれだけかとさらに問われるだろうが、少なくともリューが自覚している現在の答えは間違いなく、これなのだ。

 もちろん、多くの命が理不尽に失われることを許容できるはずもないので、第一優先の他の人たちも救いたいと思っている。

 少なくない犠牲は出るだろうが、その犠牲を受け入れた上で最小限の喪失で現状を打破できればと考える。

 それは、リューに限ったことではなく、この戦場に集う多くの冒険者たちは、自身や仲間の命のために戦っている。

 

 ゆえに何を犠牲とすれば多くの命が助かるのかを考える。

 

 この戦場に限って言えば、すべての冒険者がその犠牲を躊躇うことなく選定していた。

 森の境界を蛇行しながら疾走を続ける“囮役”に追いついたリューは、リヴィラの冒険者たちの作戦を伝えようとしたが、ある異変に気付き声を発するのを躊躇う。

 

 

「――あれは……ゼノン・ダイシン?」

 

 ゴライアスとモンスターの猛攻を捌きながら疾走する“囮”の冒険者の姿は、リューが数刻前に見た姿と僅かながらに変化している。

 痛んだ赤茶けた短い黒髪が血に濡れ張り付いた額の端からヒューマンには存在しないはずの“異形(カタチ)”が現れていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。