地べたに這い蹲り、汚泥にまみれ、血反吐をぶちまけながらダンジョンに潜むこと三日間。
神々が下界に降臨するより前から存在している地下迷宮。
人々が暮らす下界とも神々がおわす天界とも異なる法則によって運営される別世界は、この世界で唯一私の心を癒してくれる楽園だった。
吐き出した血が固まり、粘つく口内をポーションで潤し私の主武装である手甲を固く握りしめる。
私が潜むダンジョンの岩陰からここ数日眺め続けていた壁に変化が訪れる。
まるで母なる大海から陸へと歩み出す生命の歴史の如く、ダンジョンの壁からモンスターが現れる。
「あ、あれがプリズムシャドウ……」
傍らで共に隠れていたサポーターの少女が息を呑むのを感じた。
壁から現れたモンスターは毒々しい虹色の霞状のモンスター。
ウォーシャドウと呼ばれる影の魔物の亜種で希少性でいえば、生涯現役を貫き通した冒険者10人居たとして一度も目にすることができない程度のものだ。
特徴としても物理攻撃ではダメージを与えることができず、魔法に対しても高い防御力を持ち、状態異常を無効化する。
出逢えることは皆無、出遭えば逃げるしかないと書物に記されているレアモンスター。
プリズムシャドウの攻撃はすべてに状態異常が付与されているため、単独での戦闘は死を意味する。
それでも倒そうとするならダメージ覚悟ですべてのモンスターに共通する格となる魔石を破壊するしかない。
しかし、物理攻撃は効かず、魔法もほとんど効果がないプリズムシャドウの魔石を破壊するのは至難の業。
さらにいえばプリズムシャドウから得られる魔石や素材は、非常に高価なアイテムの素材となる。
加工前でも数十万ヴァリスで取引されるほどの希少素材を前にモンスターの身体が完全に消失してしまう魔石破壊という馬鹿なことができる冒険者はいない。
もっともプリズムシャドウの希少性を知らない冒険者がほとんどなのでこのような危険な特性を持つモンスターを無理に倒そうとせずに逃げる場合がほとんどだろう。
「だから、私みたいな落伍者だけが旨みを味わえる」
プリズムシャドウが私の存在に気づき、その毒々しい身体を広げて襲い掛かってくる。
物理攻撃も魔法も状態異常も効かないようなモンスターと戦うのはそれこそステイタスLv5以上の上級冒険者で編成されたチームでも安全とは言えないが、この手のモンスター相手に
対して私の装備は特化されている。
「『グレーター・スティール』!」
突進してきた虹色の靄を回避するのと同時にプリズムシャドウの中心核へ手を伸ばす。
特別性の手甲と私のスキル、アビリティが合わさった一撃は、なんの苦も無くプリズムシャドウから魔石を抉り出す。
「さすがゼノン様のインチキ魔法! 伝説級の超希少モンスターを一撃! これでステイタスがLv1なんてどう考えても詐欺ですね!」
魔石を抉り出されて霞の身体を霧散させ始めるプリズムシャドウの残骸を回収用の小瓶に詰めながら称賛しつつ毒舌を吐くサポーターの少女を睨み付ける。
「君は、私を馬鹿にしているのか?」
「いえいえ、滅相もございません! か弱いサポーターのリリは、いつもゼノン様への感謝を忘れたことはありません!」
愛想の良い満面の笑顔で言う小人族のサポーター、リリルカ・アーデ。
「……いつまでも笑って許されると思うなよ?」
「もう、ゼノン様の方こそ被害妄想が強すぎると思いますよ?」
私のそれなりに厳つい顔から繰り出される睨みを気にする風もない小人族から希少素材が入った小瓶を取り上げる。
三日間も粘って獲得した希少アイテムをコソ泥に盗られたらたまったものではないからだ。
潜伏時や戦闘中は荷物の管理をさせていたが、目的を果たした以上、持ち逃げされないように自分で持つ。
「ちょっとゼノン様! いつも言ってますが、荷物持ちはリリの仕事です!」
三日間のダンジョン探索用の装備や食料が入っていた荷物は来る時よりも大分軽くなっているが、それでもドロップアイテムの分を含めればそれなりの重量がある。
小人族のリリルカは、私が持ち上げた荷物を奪い取ろうと飛び跳ねるが、身長差がありすぎるので荷物にしがみ付いたままぶら下がることしかできていない。
「ゼノン様! リリの仕事を取らないでください!」
元盗人のリリルカを信用するほど私はお人好しじゃない。
「駄々っ子に付き合っていられない。早く、帰るぞ」
「あ、ちょっとゼノン様! ゼノンさまぁ~!」
今回の探索も貴重なアイテムの重さを肩に感じながら帰路に着く。