今回はすごく短いです。
服部先輩の過去の捏造ということでオリジナル(?)になっていると思います。
そして作者はオリジナルの話を書くのがものすごく苦手なので「なにこれ?」と思われる表現などがあるかもしれません。
それでもよかったらお楽しみください。
「……何の真似だ?」
降り下ろした軍刀は服部に届かず、僅か数センチ手前で"なにか"によって阻まれていた。
ギチギチと刃が音を立てる中、甘粕は背中越しに顔を向ける。
視線の先、小体育館の入口に片腕を向け佇む男。
制服越しでも分かる隆起した筋肉。並大抵の努力では辿り着く事が出来ない肉体を持つ男は、静かにそして威厳のある声を甘粕に向ける。
「そこまでだ。勝負はもうついている。これ以上やると言うのなら、俺が相手をしよう」
「十文字君…」
「すまない七草、渡辺。遅くなった」
険しい顔から放たれる眼光に甘粕は一瞬、身が震える。それは恐れからではなく、武者震いに近かった。
「それは捨てがたい提案だが……、止めておこう。これ以上は最早私刑だ。勝負でも喧嘩ですらもない。非を認めるよ。これは確かにやり過ぎた」
甘粕は服部を守るそれから軍刀を離し、空を斬り鞘へと納め、地に伏せる服部から視線を外す。
「『対物障壁』…、それもかなりの高密度かつ高性能で仕上げられたこの魔法を一瞬で、更にはあの位置に正確に発動させられる技術。空間把握に特化した十師族『十文字』家代表代理、同時に次期当主である十文字克人とお見受けするが?」
「そうだ」
「俺は甘粕正彦。いやはや本当に俺は出会いに恵まれているようだ」
十文字克人にゆっくりと近づきながら甘粕は幸運だと、笑う。
「第一高で"三巨頭"と謂われる実力者全てに入学初日から会えるとは、まったく嬉しい限りだよ」
「俺もお前の話は七草から聞いていた。どんな奴か実際に会って見たいとも思っていた」
「それはそれは、恐懼感激の至り。お前の御眼鏡にかなった、と思ってもいいのかな?」
「その光景を見る限りでは余り良いとは言えないが、実力は認めよう」
「返す言葉もないな」
甘粕は困った表情をしながら自分の悪癖のせいで招いた結果を少しばかり反省した。
「だがな、やらずにはいられなかった。この男が忘却の彼方に置いてきた想いを取り戻させるには、こうしか出来ぬと思った。元より俺にはそれしか出来んからな」
背後で真由美と摩利に介抱される服部を見る。未だ怒り冷めやらぬといった表情で甘粕を睨み付ける服部。
「やり過ぎた事は認める。謝罪もしよう。どんな罰も受け入れる。それがこの結果を産んだ俺の責任だ」
痛む肩を押さえ服部は甘粕を見つめる。その瞳から疑問を感じ取った甘粕は腰に下げた軍刀の柄を右手で弄りながら口を開く。
「まだ、理解できないのか」
「な、にが…ッ」
「想いだよ。他者に対する想いが、俺とお前では決定的に違う」
「想い…だと」
肯定する甘粕に服部は何を言っているんだと口を開きかけた。
「お前は強い。先も言ったな、俺はお前を認めると。其処まで辿り着くのに様々な努力を重ねて来た。それがあの一戦でよく理解できた」
だがな、と甘粕は続ける。
「何も努力を重ねて来たのはお前だけではない。お前以外の一科の連中も二科の者達も、努力をしてきている。………まあ、全ての者らがそうとは限らんがな」
最後の方は落胆した様子で語る。
「それでも、少なくとも俺が出会った者達は努力を重ねて来たと、俺は信じている」
甘粕の脳裏に浮かぶのは司波達也を始めとした、廊下で出会った者達。
「服部半蔵。お前がしてきた努力を、お前自身が認めているように、彼らのして来た努力を認めてやれ。二科生というだけで彼らを一括りに劣等と判断するな。
中には認められず、苦渋を飲まされながらも、それでもいつか認められる様にと努力をしている奴がいる。そんな彼らを認めてやれと、俺はお前に伝えたくて仕方がなかった」
その方法は間違えてしまったがな、と甘粕は申し訳なさそうに溢す。
「全員を認めろとまでは言わん。俺も認めてはいない。ただな、中には努力をしている奴がいる事を分かってやれ。そいつらを認めてやれ。数値化された成績だけで人を判断するな。お前の努力を認めてくれている者がいるように、お前も人の努力を認めてやれる人間になれ。俺はお前が他者を真に理解せず、人を貶すだけの存在に成り下がって欲しくないんだ」
懇願する様に甘粕は服部に語りかける。先程まで服部を一方的な展開で追い詰めた人物とは思えない程に。
甘粕はそれだけ言うと、踵を返し入口の方へと進む。
「待て、甘粕。何処へ行く?」
「伝えるべき事は伝えた。これ以上俺がここにいる理由は無い。俺の処遇は好きにすればいい。その結果に俺は不満も口にはせんし抗議もしない。甘んじて受ける」
克人の制止を振り切り甘粕は入口を潜り抜け、身を寄せている辰宮の屋敷へと帰っていった。
◇
その日の夜。
服部は重い足取りで帰宅した。顔に湿布やらなんやら付いている事に両親は心底驚き、心配して何があったのかと服部に問い詰めるも、何でもないの一言で片付けられ服部が二階の自室に消えて行くのを黙って見るしかなかった。
部屋に入ると制服の上着を椅子へと放り、服部はそのままベッドへ倒れる。
仰向けになりシミのない天井の一点を見詰める服部の頭の中にあの言葉が響く。
ーー お前の努力を認めてくれる者がいるように、お前も誰かの努力を認めてやれる人になれ
「努力を認める…、か」
呟かれた声はとても小さく、直ぐに消えた。されど服部の心の中に大きく残っていた。
甘粕の他人に対する想いの深さ。それを直に感じた服部は思い返していた。
いつからだろうか。自分がこういう風に他人の事を判断するようになったのは。
服部は過去を遡る。今の自分になる切っ掛けが確かにあった。
そう、たしかあれはーーーーーー。
◆
幼い頃の服部半蔵は努力を惜しまない少年だった。
魔法師の適性があると解った時から彼は努力をした。
幼いながらも出来ることを可能な限り何でも行った。
まだ早いと両親から言われたが、魔法の事をいち早く学びたかった彼は魔法理論などの本を読み漁った。当然理解など出来るはずもなかったが。
そんな生活を六年続け中学生になり一年が過ぎた頃。服部は校内で優秀と評価される側へとなった。
正直に言って嬉しかった。自分のしてきた努力が認められた。両親もその事を心底喜んでくれた。友達も頼ってくれる事も多くなり、彼もそれが嬉しくて答えた。
誰かの役に立てる事が嬉しくてたまらなかった。努力が認められたことがどうしようもなく嬉しかった。
そんな充実した日々の中、服部に転機が訪れた。
【人より成績が良いからって調子に乗るな】
そんな言葉をクラスの一人に言われたのだ。服部自身そんなつもりは毛頭無く、言われようのない事だが彼に成績が劣る男子生徒にとっては服部は目の上のたんこぶ。言ってしまえば目障りな存在だった。
服部は理解ができなかった。誰に対しても分け隔てなく平等に接してきたという自負すらしていたし、決して成績の事で鼻にかけることもしていない。
それなのに、そんなことを言われるのか。
自分が気付いていないだけで、彼が気にさわることをしてしまったのかもしれない。
そう思った服部は彼に対して謝罪するも、その行為すらも男子生徒にとっては不快でしかなく、逆に火に油を注ぐ事となった。
これについては服部には一切の非はない。あるのはその男子生徒だ。この男子生徒は所謂、不真面目な生徒だ。何をするに対してもやる気を見せずその場凌ぎで物事を過ごす、そんな人間。服部とはまるで真逆の存在だった。
だからこそ、男子生徒は服部が目障りで気に入らなかった。だから服部に対してあの言葉を投げた。
言ってしまえば逆恨みだ。服部は幼い頃より努力を重ねてきた結果がそれであり、彼は努力を怠った結果、服部に劣るという当然の結果に不満を抱いていた。
当然だがこの男子生徒が服部を批難する資格は微塵もありはしない。だが人間というモノは自身より優れている者に対して劣等感からくる怒りが生まれてくる。
それは人である以上、仕方がないことだがそれをバネにして躍進するか、それともその者を貶めるかはその者の人間性が左右する。
この男子生徒は後者であり、服部を批難した。
それからだ。服部を見る周囲の目が変化していったのは。
どこか蔑んだような、恨みがましい視線が増えていった。
徐々に服部を頼るものも少なくなっていき、孤立感を抱き始めた服部はさらに困惑する。
何がどうしてこうなったのか
そう思わずにはいられなかった。本当に分からないのだ。
その理由は先の男子生徒、彼が服部の悪口陰口ありもしない噂を言っていたからだ。
噂というものは尾ひれがつくものであり、広めた本人でさえ予想すらできないものへとひとりでに歩いてしまう。
彼が気に食わない男子生徒にとっては嬉しい展開だが、服部はそれによってどんどん追い詰められていく事となった。
理由も動機もわからないまま、更に月日は経ち三年の年、服部は漸く理解した。
要は嫉妬だ。あの男子生徒が出来ないこと、受けることのない信頼を得ていた服部に対する。それが今の状況にまで発展したんだと。
理由は理解した。けれど納得など出来るわけがなかった。何もしてこなかったくせに何をいっているんだ。
自分のこれ迄の評価は努力してきたからこそのものであり、それをしてこなかったくせしてふざけるな!
そして、服部はその日を境に人を判断する眼が変わっていった。
成績の悪いものを蔑む様になり、認めることをしなくなっていった。
過程ではなく、結果のみを見るようになっていったーーーー。
◇
「ーーー……っ」
夢を見ていた。
昔の頃の夢だ。
ああそうか、そうだった。あれが原因かと理解した。
いつの間にか寝てしまい、過去を夢で思い返すことで今の自分の在り方の発端を今になって漸く認識した。
馬鹿馬鹿しい。
自分の幼稚さにそう思わずにはいられなかった。笑いだすのを止められなかった。
そして、ハッキリとは解らないが自分の中で何かが変わったのを感じた。それと同時に理解もした。
あの時と同じ様に今が、自分を変えるきっかけなのかもしれない。ーーーなら、試してみようかと、考えてみる。
視野が狭かったのを知覚できた。ならもう少しだけ、広く深く見てみるのも悪くないのかもしれない。
それでも失望することもあるだろう。でも、それだけじゃないかもしれない。あの頃とは違うものが見えてくるかもしれない。それを見つけるのもいいのかもしれない。
あいつの言っていたことが少しだけ理解できた。そこは感謝しないといけないのだろうけど、釈然としないのはたしか訳で、
「とりあえず、殴る。一発は一発だ」
殴られたから殴る。昔の偉人も確かその様な言葉を遺していたしな。
言葉でなく行動で示そうーーー行動で。
というか、アイツに感謝の言葉を贈るのも何か違う気がする。
握りしめた拳に悪意は無く、想いがあった。
その想いを込めて殴ろう。おもいっきり、渾身の一発をアイツに。
明日、甘粕に会ったら自分が出した答えを示すと決心した服部はベッドから起き上がり……腹の虫が鳴いたことでまた笑った。
時計を見れば既に遅い時間、腹も減るはずだと、ベッドから降り部屋着へと着替える。
両親にも心配をかけてしまったから安心させないといけない。
そう思い服部は両親も待つリビングへと向かうため部屋を後にした。
その日の服部はまるであの頃の、幼い少年のようだったーーーー。
その頃、甘粕はというと―――
「セージ、高校進学おめでとう。記念にゴウゾーの所で祝杯をあげよう。ああ、無論、エリコもいるから安心しろ」
「かえれ」