二代目の勇者(バカ)『甘粕正彦』   作:白騎士

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↓の物語を読んで次の問に答えなさい。

問一
精神的被害者の名前を挙げなさい。

問二
物理的被害者の名前を挙げなさい。

問三
上記の問で出て来た者らに被害を与えた者の名を挙げなさい。




第三話 決壊

 

入学式が問題なく終わっ…たかどうかは、それぞれの判断に任せるとして、 一旦生徒会のメンバーと別けられる際、後で話があると言われる。それを了承し会場を後にした甘粕は事務室でIDを受けとる。

 

 クラスは1-A。

 

 そう記されているIDを一瞥すると特に気にすることもなく、胸元のポケットにしまうと踵を返す。先の挨拶の影響か、甘粕の後方には多くの生徒らがいたが、モーゼの大海の如く人だかりが割れていた。一人くらいは文句なりをいいに来ると予想していたが、この様子だとそれは期待できないようだ。

 

 不満そうな表情のまま、甘粕は周りからの異物を見るような視線を浴びるも、それを無視して威風堂々とその場を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 しばらく歩き続けた先、廊下の窓際でとある集団が目に入った。見覚えのある面々だ。

 

 

「あ、甘粕君」

 

「また会ったな司波深雪。そちらとは一応、初めましてと言っておこうか」

 

 

 深雪に声をかけられ集団の方へと足を運ぶ。

 

 

「あの場で名乗りはしたが、礼を欠く訳にはいかんからな。甘粕正彦だ」

 

 

 甘粕は名乗り頭を下げる。その様子に千葉エリカ、柴田美月は困惑しながらぎこちない挨拶を返す。

 

 

「あ…っと。千葉エリカ、デス。ヨロシク」

 

「し、柴田美月ですッ」

 

 

 片言になるエリカに、圧倒される美月。両者の反応を見て苦笑しながら甘粕は軽く謝罪する。

 

 

「これが俺の基本だからお前達が合わせる必要はない。普段通り接してくれ」

 

「あっそう?助かったー。甘粕君の第一印象があれだったからさ、どうしようかなって思ってたの。あ、なら正彦って呼んでもいい?私のこともエリカでいいからさ」

 

「無論構わん。むしろ歓迎だ。そう呼んでくれる友はこの学舎にはいないからな」

 

「それはあの挨拶が原因じゃない?」

 

「いや、その親友らは別の高校に進学したんだよ。アイツらは非魔法師だからな。友人がいないわけでは無い」

 

「……重ね重ねゴメンナサイ」

 

「こちらも言葉足らずなところがあったからな、お互い様だ」

 

 

 エリカ、美月と握手を交わした甘粕は、次に深雪の隣に立つ男子学生に視線を移す。

 

 

「三度目で漸く言葉を交わすことが出来るな。司波達也。司波深雪から聞いているよ。彼女以上に優秀だとな。こうも早く出会う事ができて嬉しく思う。ああ、親睦を深める為にも達也と呼ばせてくれ。俺の事は正彦で頼む」

 

 

 一瞬薔薇のような雰囲気が感じられた諸君。

 それは勘違いと言っておこう。

 

 勘違いである、ゼッタイ。

 

 

「構わないが…、総代を勤めたお前からしてみれば俺なんて足元にも及ばないさ」

 

「そう自分を過小評価するな。所詮、一科生二科生なんてものはただのクラス分けの様なものに過ぎん。そんなもので人の価値が決まる訳がなかろう」

 

「……随分独特な価値観を持ってるみたいだな」

 

「先代譲りだよ、悪癖と共にな。価値観は兎も角、癖の方が厄介でな、興が乗ると抑えが効かん。あの時もそれが出てな。どうもこればかりは遺伝子…、いや魂まで刻み込まれているようだ」

 

 

 困ったものだよ、と笑う甘粕。

 四人はそれに苦笑で返すしかなかった。

 

 

「えっとさ、正彦ちょっといい?」

 

「構わんが、どうしたエリカ」

 

「今思い出したんだけどさ、正彦ってうちに来たことってある、よね?」

 

 

 エリカの問に甘粕はふむっといった顔を浮かべる。他の三人は声にこそ出しはしないがどういう事だと不思議そうに両者を眺めている。

 

 

「中学の夏休みの頃に…うちの道場に来たことあるでしょ」

 

「千葉…?ちば…ああ、千刃流剣術の。そうかエリカは千葉家の者か。どうりで聞き覚えのある姓だと思った」

 

「いや、千葉って言えばすぐに分かるでしょ」

 

「そう言われてもな、俺は家名や家柄なんぞには興味の欠片も無いからな。個人に興味はあっても家そのものには感心は無い」

 

 

 でしょうね。

 

 

「正彦さんはエリカちゃんの所の門下生なんですか?」

 

「いいや。俺は何処の流派にも所属していない。千刃流剣術の道場に行ったのは…、まあ武者修行の様なものだ」

 

「武者修行…?」

 

 

 美月の問に甘粕はばつが悪そうに、あの時はいてもたってもいられなくてな、と答える。

 

 

「中学二年の頃の夏休みを利用して日本全国の剣術、剣道の道場の門を叩いて回ったんだよ。その時の一門が千葉家でな、二日だけだったが修練に参加した」

 

「ウチから言わせれば道場破りに近いけどねー…」

 

 

 そう語るエリカの目は遠い目をしていた。

 

 余談ではあるが、甘粕はこの日本全国武者修行(傍迷惑)の旅に交通機関を一切使用せず成し遂げたのである。

 

 北は北海道、南は沖縄まで。どうやって九州から沖縄まで渡ったかは不明である。

 

 本人は泳いで行った、と語るがそれを証明する手立てが無いため真相は本人のみが知る。

 

 ただこの『バカ』なら、それすら可能ではないかと思うのはおかしいだろうか。

 

 

 

 

「ところで、甘粕君は何組になったんですか?」

 

「1-Aだ。予想ではお前もそうじゃないのか?司波深雪」

 

「深雪で構いません。ええ、甘粕君の予想どうりです」

 

「では、改めてよろしく頼む」

 

「兄共々よろしくお願いします」

 

 

 礼儀を重んじる二人は互いに頭下げていると、

 

 

「また会いましたね、司波達也君」

 

 

 聞き覚えのある声に頭をあげ、声のする方へと向けるとそこには七草真由美がいた。後方には副会長の服部半蔵の姿もある。

 

 

「ええ…そうですね」

 

「お兄様?」

 

「深雪、今回もお前が考えている様なことじゃないから、落ちつ…」

 

「うむ!修羅場という奴かッ!!構わん!結構だッ!!達也の人生に於ける伴侶たる席は当然の事ながらひとつ。それを巡る戦いの火蓋が今ッ、ここに切って落とされたという事なのだな。現時点でそこに座すは妹の深雪。そこに挑むは第一高きっての才女であり美少女と名高い生徒会会長、七草真由美。ああ、互いが譲れぬ夢がある、想いがある。我こそがと叫ぶ魂の輝きッッ!!これぞ俺が求めた―――」

 

「正彦ちょっと黙れ」

 

 

 会って間もない新たな友人に達也は容赦ない言葉と共に強烈なボディーブローを放つ…、が甘粕はそれを苦も無く受け止め平然とし、親友のセージを彷彿させるな、と笑っていた。

 

 

 誰だよセージって。

 いや、コレの友人ってことはソイツも一癖ありな感じがする、とこの場にいる全員の意見が一致した。

 

 

「そ、それでご用件は何でしょうか。七草会長」

 

「え、ええ…正彦君の迎えと深雪さんにも少し話があるから来たんだけど、この後のご予定は?」

 

「申し訳ありません。今日のところは兄と一緒に帰ろうと思っていたのですが」

 

「そうでしたか、それならまた後日で構いません。先に約束されている様ですからそちらを優先してください」

 

「会長ッ!?」

 

 

 真由美の後ろで服部は驚き、大声をあげる。真由美は服部のその様子に疑問を感じ、どうしたのと彼とは違い落ち着いた声で問う。

 

 

「どうしたの、はんーぞくん?」

 

「どうしたのって…こちらの用件は重要なものでは!」

 

「事前に事を伝えなかったこちらに落ち度があります。それに先に約束されているものを優先するのは当たり前だと思いますよ?」

 

「それは…ッ」

 

「深雪さんはまた後日、今日は正彦君がいるから特には問題ない、でしょ?」

 

「……分かりました」

 

「じゃあ深雪さん、また後日。達也君もまた今度お話しましょう」

 

「はい会長。失礼します」

 

「失礼します」

 

 

 司波兄妹、エリカ、美月の四人を見送り甘粕、真由美、服部の三名は生徒会室へと移動する。

 四人と別れる際、服部は達也を一瞬睨みつけ真由美、甘粕に少し遅れる形でその場を後にした。

 

 

 ◇

 

 

「なかなか面白い挨拶を聞かせて貰ったよ」

 

 

 甘粕が生徒会室に連れてこられて直ぐ、そんな言葉を送られた。

 

 黒髪のショートボブの髪型をした女子生徒は腕を組ながら椅子に座り甘粕らを迎えた。

 

 

「特に面白いことを言ったつもりは無いんだがな。俺は俺が想った事をそのまま言葉にしただけだ。そこに嘘偽りは無く、俺の本心そのものだ」

 

「…上級生に対する言葉使いがなってないようだな」

 

「七草真由美にも言われたが、これはどうしようもない。俺は誰であろうと、こうなんだよ。我も人、彼も人、ゆえ対等。言葉使いはどうにもならんが、先達への尊敬は踏まえている」

 

「まあ、そういうことにしておこうか。自己紹介がまだだったな。三年の渡辺摩利だ。風紀委員長をしている」

 

「理解してくれて感謝する。甘粕正彦、一年という短い間だがよろしく頼む」

 

「…ふむ、やっぱりあの時の君か」

 

 

 渡辺摩利の言葉に疑問を抱く甘粕。

 

 

「それはどういう意味だ?」

 

「覚えていないか?まあ二年前の話だからな。それにほんの数日だったしな…」

 

 

 二年前…?はて、さっきも同じ様な事をエリカと話したが…。

 

 そこまで思案すると甘粕はふと思い出した。

 

 

「千刃流剣術道場で千葉修次と共にいた門下生か」

 

「直接話していないのによく覚えているな」

 

「直向きに努力する姿を見ていたんだ、当然だろう。お前たち二人はあの中でも特に強い輝きを放っていた。落ち込むお前を励まし、見放す事無く指導する千葉修次。それに答えようと諦める事無く食らい付く渡辺摩利、お前たちのその輝きは誰よりも美しかったよ」

 

「あ…いや、その……」

 

「なにを恥じる必要がある。お前たちは誇れることをしたんだ。胸を張り堂々とすればいい。その権利がお前たちにはある。そう、それはーーー」

 

 

 出るわ出るわの称賛と祝福の嵐。その顔に似合わない言葉が摩利に襲い掛かる。

 

 彼女、渡辺摩利はある事がきっかけで千葉修次と交際することとなり、今でもその仲は良好と言える。

 

 その事で友人である真由美からからかわれる事があるが、これはそれの比ではない。

 

 いや、そもそも甘粕は二人が恋仲であることは知らないのだが二人が共に修練する様を見ていて、その時の光景が余りにも彼好みのものだった為に、こうして摩利は甘粕から賛辞を受けるはめになっている。

 

 そして一番厄介なのが彼が本気で言っている事だ。真由美同様、そこにからかいなりあれば彼女も言い様があるが、甘粕にそんなものは一切合切存在しない。

 

 甘粕は何時でもどんなものでも本気でやる。そうした彼の信条を知らない摩利は、甘粕の真剣な眼差しでド本気の賛辞にみるみる顔を朱に染め上げる。

 

 それはさながら真っ赤な林檎の如く。

 

 

「ストップストップストーップッッ。正彦君もうやめて!摩利のライフはゼロよ!」

 

「あうあうあう……」

 

 

 頭から盛大に湯気をだし、凛々しい顔は恥ずかしさを全面に出していた。

 

 

「……俺は何かおかしな事でも言ったか?」

 

 

 ダメだコイツ。誰か何とかしろよ。

 

 ……うん、無茶な願いなのはよく分かってる。

 

 

「摩利!しっかりしてッ」

 

「あわわわゎゎゎ……」

 

 

 普段の彼女からは絶対に聞くことのない言葉にすらなっていない音を口から延々と垂れ流す摩利を必死に真由美が介抱すること数分後。

 

 ようやく、なんとか何時もの状態に戻ることが出来た彼女は甘粕だけには絶対に修次との関係を知られない様にすると心に固く誓ったのであった。

 

 しかし、この時の誓いは近い未来において呆気なく破られることを彼女は知るよしもない……。

 

 

 ◇

 

 

「それで、用件は一体何だ?」

 

「甘粕君にはね、生徒会に入って貰いたいの」

 

「ほう、それは俺が一科と二科の差別問題を良しとしている事を理解した上での勧誘か?」

 

 

 甘粕は真由美の提案に意外だと思った。

 

 

「確かに正彦君は差別は嫌いだけどそれを認めると、あの場で言ったわ。でも、正彦君は一科生でも二科生でも対等に接する事ができる。だからこそ生徒会に入って貰いたいの」

 

「理由はそれだけでは無いだろう?七草真由美、お前は何がしたい。何をなそうとしている?」

 

 

 甘粕の問いに真由美は驚きを隠せなかった。核心を突かれた、とさえ思った。

 

 真っ直ぐ見つめる双眸は一切の虚偽すら許さないと表していた。

 

 

「…私は、私の在学中迄の間に、この学校にある一科生と二科生の問題を解決…、いえ、無くしたいと思っているわ」

 

「俺はそれがあるからこそ抗い、努力し、互いを認め合う事ができると、そう思うからこそ差別を認めるが…それでも、お前は俺に生徒会に入れと言うのか?」

 

「答えは今すぐじゃなくてもいいの。そんな甘粕君だからこそ私は、貴方に生徒会に入ってほしいと思っている。それを知っていてほしいの」

 

 

 無理にとは言わない、と真由美は甘粕に自分がどう思っているかを告げる。

 

 甘粕は期待には添えないかもしれないと真由美に伝えた時、今まで沈黙していた服部が真由美に何故、と問いを静かに投げる。

 

 

「会長は、なぜ二科なんかにそこまでするんですか?」

 

 

 その言葉にいち早く反応したのは真由美ではなく、甘粕だった。

 

 

「二科なんか…、か。おい、服部半蔵」

 

「服部刑部だッッ!!」

 

「お前の名前などどうでもいいんだよ。なあ、おい。お前はどうしてそこまで下らない男なんだ?お前を見ているとな吐き気がするよ」

 

「何だとッ!」

 

 

 激昂する服部を甘粕は鼻で笑う。

 

 

「二科なんか、と言ったな。それなら聞くが、お前は一科がこの学校ではそれほど偉いと思っているのか?たかがこの飾りごときが、どれ程の権力を有すると言うんだよ。ええ?」

 

「お前…、新入生総代だからといって偉そうになって、先輩である俺や渡辺先輩、会長にまでそんな口を利いてただで済むと思っていたら大間違いだぞ!」

 

「俺の問いにも答えられんのか。つくづく愚かな奴だ。いいや、一周回って滑稽だよ。魔法師から道化師になったらどうだ?」

 

「この野郎ッッ」

 

「おい、服部!」

 

「はんぞー君!」

 

 

 激情に任せ服部は甘粕の胸ぐらを掴み掛かりーーー次の瞬間には床に倒れ込んだ。

 

 

 一瞬の出来事に止めに入ろうとした二人は困惑する。倒れ込む服部自身、何が起こったか分からない。

 

 あとから来る頬の痛みで殴られたと理解した。

 

 荒れた制服を直し、服部を見下ろしながら甘粕は口を開く。

 

 

「どうした、何を驚いている。殴られないとでも思っていたのか?ああ、確かに顔でも腹でも差し出すとは言ったが…殴り返さない、とは一言も言ってないぞ。他者を殴るということは殴られる覚悟があるという事だ。これはその結果だ」

 

 

 至極当たり前のことだと、甘粕は服部に言う。

 

 

「それにな、彼らを貶すというならお前も貶される覚悟があるという事だよな?だから俺はお前を貶したんだよ。無論、両方の覚悟を俺は持っている。先程の様に殴り掛かってこいよ。俺を貶せよ。罵詈雑言を浴びせてこいよ。お前にはその権利があるのだから」

 

 

 両手を広げ甘粕は嗤いながら服部を挑発する。

 地に伏せる服部の顔はみるみる怒りに染まる。

 

 

「舐めるなよ一年ふぜいがッ!!」

 

「口を開く前に手を動かせよ。それとも何か?口の開かんと手も上げられんかお前は」

 

「ーーーーー!!」

 

 

 決壊したダムを止める術が無いように、もう誰も服部を止めることはできない。

 

 あるとするなら、溜まった水を全て吐き出すしかない。

 それが、どの様な結末を迎えるかは分かりきっていたーーー。

 

 

 ◇

 

 

 ここ、魔法科高校には様々な施設がある。各生徒達の教室がある本棟を始め、実技棟、実験施設棟、ガレージ、講堂兼体育館、図書館、第一第二小体育館、準備棟、野外演習棟、野外プール。

 

 その内の一つに、通称『闘技場』と呼ばれる第二小体育館に甘粕らはいた。

 

 闘技場と言われる通り闘う為、この場所に赴いた。

 

 魔法とは兵器として開発された技術であり、それを使う魔法師も兵器として認識されている。

 

 そして、兵器である魔法師の大半は軍へ入る。日本は比較的に平和であるが軍へ入った以上、戦いに参加することになる。

 

 そういった現状でも軍への入隊希望者は少なく無く、そんな者同士が模擬戦を行う際に使われるのが、この第二小体育館である。

 

 小体育館の中央、腰に軍刀を下げた甘粕、腕輪型CADを取り付ける服部の両者は一定の感覚を開け対峙しており、真由美は壁際で不安を露にしながら二人を見つめる。

 

 審判の役をかってでた摩利は両者の間に立って注意事項を述べる。

 

 それに待ったをかけたのは甘粕だった。

 

 

「これはそんな綺麗事では無いよ。こんものは唯の喧嘩だ。些細な理由で争う小学生がするような……いや、それと同列視するものではないな、これは」

 

 

 なあ?と目の前の服部に甘粕は嘲笑うように見る。

 

 

「お前はッ!どこまで人をコケにするつもりだッッ!」

 

「御託はいいから掛かってこいよ、服部半蔵」

 

「この野郎がッ!」

 

「おい服部!開始合図はまだーーーッ」

 

 

 最高潮まで達した服部の怒りは、前触れもなく爆発する。彼、服部刑部少丞半蔵は第一高内でも五指の内に入る実力者である。

 

 腕を振り上げ甘粕に向けCADを操作、一瞬で起動プロセスを打ち込んで甘粕の足下に展開する。

 

 使用したのは単一系移動魔法。

 甘粕の身体を壁に叩き付ける事だけを目的にしたそれには一切の加減がない。

 

 壁に叩き付けられれば良くて全身打撲、下手をすれば脊髄に損傷を起こし二度と立つことは出来ないだろう。

 

 

 そう、その魔法が甘粕を捉えていればの話だーーー。

 

 

「なッ」

 

 

 眼前に迫る黒い影。それが一体何であるかは服部には分からなかった。

 

 伸ばしきった腕を急いで戻そうとするが間に合わない。

 

 顔面を襲うであろうそれに堪えるために歯を食い縛るーーーーが、その予想とは裏腹に背後からの衝撃に服部の身体は前方へと吹き飛ぶ。

 

 

「がはッ」

 

 

 ろくに受け身すら取れず床へと転がる服部の思考は既に滅茶苦茶であった。

 

 

 何故、顔を襲うであろう衝撃は背後から来るのか。

 

 魔法を発動させたのはこっちが先なのに何故、俺は倒れている。

 

 

 起き上がりながら睨む先の少年、甘粕正彦は凶相の笑みを浮かべていた。

 

 

 ◇

 

 

 真由美と摩利はその光景に驚愕する。一瞬の出来事だったのだ。

 

 服部が腕を振り上げ、甘粕へと向ける秒にも満たないその一瞬。

 

 服部の拡げていた手が甘粕を隠した、その僅かな間に甘粕が消える。

 

 否、本当に消えたわけではない。二人には捉えられなかっただけで甘粕は服部の眼前まで迫り、左足を軸に回し蹴りを服部の顔面めがけ繰り出していた。

 

 そう、服部を襲った黒い影の正体は甘粕の放った右足。

 

 では何故、当たれば昏倒必須の威力であろうその一撃は服部の顔面を襲う事がなかったのか。

 

 答えは単純明快。

 

 甘粕はその蹴りを当てるつもりが無かったから。

 

 それは唯の目隠し。

 

 寸前の所で甘粕は攻撃を止め、右足で視界を奪い服部の肩を支えに軸足に使用した左足のみで跳躍。最小限の動きで背後に回り込み、その背に全体重を乗せた一撃を放った。

 

 文字通り一瞬の隙を付いた事で先制を制したのは甘粕だった。

 

 

「どうした?何を呆けている。立てよ、こんなものじゃ無いだろう」

 

「く…ッ、そがあぁぁ」

 

「だがまあ…、そうだな。あの一瞬で起動プロセスを組み上げたその実力は認めよう。学生の内でそこまでの技量を持つものは早々いないだろうからな。流石は第一高内で五指に入る実力者なだけはある」

 

「ーーーーーッ!」

 

 

 怒り任せに吼える服部はすぐさま体勢を整え、自己加速術式を展開、通常の倍以上の速度で甘粕に迫る。

 

 高速の乱撃を放つが、通じない。

 

 かわされ、弾かれ、受け止められる。

 

 受け止めた甘粕は服部を自分の方へ引き寄せ、体勢が崩れた所でがら空きになった腹部へ拳が抉り込ませる。

 

 身体がくの字に折れ曲がり、頭の位置が低くなった服部の顔面に容赦なく膝を叩き込んだ。

 

 

「がふッ!!」

 

 

 身体が浮き上がり背中から落ちる。肺の中の空気が吐き出され呼吸が一端止まる。

 

 息が出来ない。無意識で行われる生命活動の呼吸を自発的に行おうとも、全身を襲う痛みがそれを阻害する。

 

 だが、服部を支配しているのは痛みではない。

 

 憤りだ。

 

 何故なら、目の前のこいつはーーー。

 

 

「おい、どうした魔法師。魔法を使ってこの程度かよ。俺はまだ、"なにも使っていないぞ"?俺が固有するものですら見せていないのに」

 

 

 そう、甘粕はまだ"なにも使っていない"。

 

 純粋な身体能力のみで服部を二度も地面に這わせたのだ。

 

 服部が弱い訳ではない。彼は入学して今まで負けたことの無い、無敗を貫いてきた強者である。

 

 しかし、状況が服部を追い詰めた。甘粕と闘う以前の問題だ。

 

 彼は冷静さを失っている。激情に囚われ攻撃の一手一手の全てが単調になっている。

 そこを甘粕は見逃さない。見逃すはずがない。突けるべき隙は突く。

 

 では甘粕は冷静か、と聞かれれば否と言える。

 目に見える変化こそ無いが甘粕は腸が煮え繰り返す程の怒りを胸の内に抱えている。

 

 だからこそ、甘粕は平静を保つことが出来る。

 矛盾しているが、甘粕にとってそこには理屈など無い。

 

 あるとするなら、甘粕は訴えかけている。言葉ではどうにも出来ないと分かった以上、この拳に想いを乗せて殴るしかない。

 

 甘粕は言葉で人を立ち上がらせるのが苦手である。どちらかと言うと蹴り上げ立たせる方が性に合っていると言える。

 

 だが、今の服部にはもう言葉では通じない。ならば自分の本分に乗って訴えかけるしかない。

 

 分かってくれ。そうじゃないだろうと。

 

 甘粕は服部の総てを理解した訳ではない。彼がどう生まれ、何を想い、どんな先を目指して進んでいるかなど甘粕にはまだ分からない。

 

 

 ただ、一つだけ分かったことがある。

 

 

 それはーーーーーー。

 

 

 ◇

 

 

 服部は既に満身創痍であった。

 

 肩で大きく息をし、ふらつく足でようやく立っている状態だ。

 

 甘粕は今だ健在。僅かに息が乱れる程度で、かすり傷処か汚れすらない。

 

 こちらの攻撃は全てが通らない。それどころか逆に利用され、カウンターを喰らうばかりの一方的なものになっていた。

 

 明らかな、それでいて圧倒的な差が、経験も技術も何もかもが、自分とはかけ離れているとさえ思えてしまう。

 

 だが、そうした差があったとしてもこうも一方的な展開になることに納得がいかなかった。理解ができなかった。

 

 それでもなお、服部は敗けを認めなかった。倒れてなるものかと、両足に力を込めた。

 

 CADを構え、魔法を発動させる。甘粕はそれをただ、見守るように佇む。

 

 服部の周囲に冷気が発生する。やがて徐々に現れる結晶体。歪ではあるが菱型に近いその物体の数は十。

 

 拳大の大きさの結晶体は甘粕めがけて高速で飛ぶ。

 

 

『ドライブリザード』

 

 

 収束・発散・移動系の系統魔法。

 空気中の二酸化炭素を集め、ドライアイスを作り、凍結過程で余った熱エネルギーを運動エネルギーに変換し、ドライアイスを高速で射出する魔法 。

 

 弾丸の如く迫り来る十のドライアイス。甘粕は軍刀を抜き放つ。

 

 漆黒の刀身。照明によって照らされ、鈍く輝きを放つそれを振るう。

 

 一閃、二閃。三閃を放った所に四投目のドライアイスが甘粕を掠め、体勢を崩す。

 

 そこに五、六、七投目が続け様に甘粕を襲う。

 

 しかし、甘粕は強引に身体を捻りそれらを回避、着地したと同時に顔を上げた瞬間、眼前には氷塊。

 

 仰け反り、左手で床を叩きそのまま後方へ跳ぶ。

 

 その瞬間、僅かに視界から服部が消えた、その隙を今度はこちらが突かれ、接近を許す。

 

 最後に残った九、十投目と共に迫る服部は新たに魔法式を構築していた。

 

 再び現れる結晶体。甘粕は更に後方へと跳び、残りの氷塊を避け、直ぐ様服部に詰め寄る。

 

 降り下ろされる軍刀の一閃が服部に迫った瞬間、彼を黄色の閃光が襲う。

 

 

「がッッ!!」

 

 

 甘粕の全身を駆け巡る衝撃。

 

 その衝撃は電撃、ドライブリザードの副次効果で発生する霧雨を利用して起こした電撃。

 

 振動・放出系の系統魔法『這い寄る雷蛇(スリザリン・スネーク)

 

 ドライブリザードが来ると思っていた甘粕にとってこの魔法は予想外の出来事だった。

 

 動きが止まる。這い寄る雷蛇(スリザリン・スネーク)の効果で身体の自由が効かない今、服部にとって漸く来た好機。

 

 この時の逃せば勝機はない。服部は駆ける。

 

 上がらない右腕を無理矢理振りがぶりながら。一歩、また一歩と速度を徐々に上げ、目の前の甘粕に向かって。

 

 降り下ろされる拳が甘粕を捉えた。まだだ、まだ足りない。この程度ではこいつは倒れない。

 

 下がった左腕に力を込めた。振り上げ様と足に踏ん張りを効かすーーーその時、

 

 

「な…ッ」

 

 

 崩れ落ちた。糸の切れた人形の様に、ふらりと膝から。

 

 地に伏せる身体は一切の力が出ない。

 

 限界だった。既に満身創痍であった服部の四肢は言うことを効かない。

 

 苦渋の表情を隠すこともできず、服部は己の弱さに怒りを覚える。

 

 

「く…くはははッ。いや、これは…。ああ、効いたよ。どうしようもない程にしてやられた」

 

 

 殴られた際に口内を切ったのか口の端から一筋の血が流れる。

 

 直撃だった。なのに、それでも倒れる処か膝すら付いていない。

 

 

「油断した、認めるよ。お前は強い。あれは俺の慢心が産んだ結果だ。と同時にお前の実力だ」

 

 

 あのままだと俺が倒れていただろう、と甘粕は言った。

 

 

「だがな、俺は負けるわけにはいかないんだよ。お前が理解してくれるまで。俺はこの手を止めるわけにはいかないんだよ」

 

 

 軍刀を横に払いながら甘粕は倒れる服部に近づく。逃げることも出来ない服部は睨み付けるだけが精一杯だった。

 

 

「止せ!甘粕ッ」

 

 

 摩利の静止の声も甘粕には届かない。

 

 摩利は仕方なく自身のCADを起動。甘粕の手にある軍刀を弾く為に魔法を発動させる。

 

 サイオンの弾丸が飛ぶーーーーしかし、

 

 

「何だと!?」

 

 

 弾かれた。甘粕の持つ軍刀に向かって発射されたサイオン弾はその手前で逆に弾けとんだのだ。

 

 

「まさか、情報強化…ッ」

 

 

 いつの間に、と摩利は驚愕するが実はそれは間違いである。

 

 甘粕は今も魔法の一切を使っていない。そもそもこの闘いに甘粕はCADを装備すらしていない。

 

 これは彼の持つ圧倒的なサイオンが彼の周囲に漏れ出した、ただ、それだけの事。

 

 質量すら有するほどのサイオンの奔流が彼の感情に呼応し、無意識に纏っていた。故に摩利のサイオン弾を弾いたのだ。

 

 

 倒れる服部に辿り着いた甘粕。

 

 凶相の笑みを張り付けたまま振り上げる軍刀。

 

 

 甘粕はそれを躊躇なくーーーーーーー降り下ろした。

 




甘粕「俺はッ お前がッ 理解するまでッ 殴るのをッ 止めないッ!!」


服部先輩ファンの皆様、申し訳ありません。
意味はあるんです・・・たぶん。

それについては次回で明かそうと思います。
捏造じみたものになりそうですが・・・(不安)

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