二代目の勇者(バカ)『甘粕正彦』   作:白騎士

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やっちゃった感全開で逝きます!!


入学編
第一話 甘粕正彦


 かつて「超能力」と呼ばれていた先天的に備わる能力が「魔法」という名前で体系化され、強力な魔法技能師は国の力と見なされるようになった。

 

 20年続いた第二次、第三次世界大戦が終結してから35年が経つ西暦2095年、魔法技能師養成のための国策高等学校の一つ、国立魔法大学付属第一高等学校。

 

 

 東京都八王子市に位置する国内に九校しかない魔法を専門的に学ぶ事が出来る内の一校。

 その学舎に一人の男子学生が校門の前で佇んでいた。

 

 背筋を伸ばし立つその姿は一切の緩みがなく、シワひとつない制服は彼の心を写すかの様に真っ直ぐで整っている。

 

 黒い長髪が春風に揺れる。

 瞑想する様に閉じられていた双眸が開く。

 

 そこには強い意志が灯っていた。

 曇りも迷いも不安すら感じさせない黒い瞳は人を惹き付ける何かがあった。

 

 男子学生の視線は今日、この日より彼自身が通うことになる学舎に向けられる。

 

 わずかな静寂が辺りを包む。

 そして彼は笑う。

 

 これを待っていたと。この日のために彼は己を磨き続けた。夢だった。目標だった。諦めることなく邁進したーーーーそして夢は現実となった。

 

 

 諦めなければいつか夢は叶う。

 

 

 その言葉を信じて、己を信じて励んだ結果が彼の制服の胸元を飾る花弁。

 魔法科高校一科生の証がそれを物語っている。

 

 しかし彼はそれを誇ろうとはしない。

 それは只の飾りとしか思っていない。

 寧ろこんなもの程度で人の価値を決め付ける連中を侮蔑すらしていた。

 

 人の意思を輝きすらもこの印ごときで潰されるなど断じて認めない。ああ、認めてなるものかよ。

 

 劣等と蔑まれる二科生。

 己は優秀だと酔いしれる一科生。

 指導員が足りないからと仕方ないと宣う教員ども。

 

 嘆かわしい。憤りすら込み上げる。

 何時しか彼の表情は憤慨によって怒りに満ちていた。

 

 

「ヒィッ!」

 

「ーーー」

 

 

 その時、彼の目の前を通り過ぎようとした栗色のセミロングの毛先がカールのかかった髪型の小柄な生徒が彼の凶相を直視してしまい、短い悲鳴をあげ走り去っていった。

 

 

 走り去る女子生徒を視線で追いながら彼は思う。

 何か恐ろしい物でも見たのだろうかと。

 

 その疑問に答えよう。

 お前の顔だと。

 

 ハッキリ言ってコイツの顔は素の状態でも十分恐ろしいといってもいい。

 それが怒りに満ちていたのだ。先の女子生徒が悲鳴をあげ逃げるのも至極当然だろう。

 

 寧ろ笑顔の時に見なかったのがその女子生徒の唯一の救いと言える。

 

 この男の笑顔は魔王のソレなのだから。

 

 

 女子生徒の姿がみ見えなくなったところで彼は再び目を閉じた。

 

 此処でこうしていても始まらない。

 生徒会に呼び出されているのだから早急に講堂へ行くことにしよう。

 

 そうして彼は歩を進める。

 募った想いはあの場で吐き出せばいいと決意しながら。

 

 

 途中、言い争う生徒二人を見かける。

 会話から察するに兄妹であり、妹である女子生徒は兄である男子生徒の入試結果が二科生であることに納得がいかない様子であった。

 

 その感情を当の本人である兄に向けたところでなにも変わることは無いのだが、兄は仕方がないと言い妹を宥める。

 

 

「お前が俺の代わりに怒ってくれるだけで俺は嬉しいよ」

 

「お兄様…」

 

 

 兄が優しく紡いだ言葉に、妹は顔を赤く染め惚ける。

 兄妹というよりは恋人同士に見えるその光景に、

 

 

『兄妹の禁断の愛、か…結構ッ!、これも一つの愛の形である。お前たちがどの様な人物であれ、俺はお前たちの選択を心より賛辞を送る。いや是非とも贈らせてくれッ!

  世間からの白眼視など歯牙にもかけず、ただ己が情愛に従い突き進むがいいさ。その想いを貫き通せたのならその愛は本物だと言うことだ。万人がお前たちを認めずとも俺は認めよう!

  さあ、満天下に謳い上げようォッ!!!兄妹愛万歳ァァァァィッ!』

 

 

 などと、名も知らない兄妹に一人勘違いをしたバカが無駄に熱のこもった賛辞を心の中で送る。

 

 本来なら声を張り上げ言ってやりたいが先約があるため、ここはこれで我慢しよう。

 

 まだ言いたい祝辞や賛辞はあるが、時間も時間だ。人を待たせている事も考慮すれば先を急ごう。

 

 

 そうして彼は兄妹の側を通りすぎ新入生を迎える入学式が行われる講堂へと再び歩みを進めた。

 

 

 

 この勘違いから始まった一つの邂逅。

 

 司波達也と司波深雪ーーーそして甘粕正彦。

 

 国内で頂点に立つ四葉の姓を隠し生きる兄妹。

 大正時代にここ関東を巻き込んだ甘粕事件の首謀者を祖先に持ち、その名を継いだ男。

 

 魔法と夢。

 

 似て非なる力を有する者同士の出会いは、果たして何を紡ぐのか。

 

 ソレはまだ誰も知らない。

 

 ただ、彼ならこう言うだろう。

 

 どんなものにも劣らない輝かしいものになると。

 

 何故なら、彼はそう信じているからーーーー。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 甘粕は入学式の会場である講堂ーーその準備室の戸を叩いた。

 

 式が始まるにはまだ一時間ほど早いのだが、彼がここに来た理由はそこにあった。

 

 戸を隔てて入室の許可があり、甘粕は戸を開けた。

 

 

「おはようございます。えーっと、新入生の甘粕くん、かしら?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 部屋に入った甘粕を迎えたのは小柄で黒い長髪の女子生徒。

 幼さと大人びた、丁度中間的な雰囲気を持つ彼女の問いに彼は是と返す。

 

 

「入学おめでとうございます。あ、自己紹介がまだでしたね。私はこの魔法科高校の生徒会長をしている七草真由美です。ななくさと書いて七草です。よろしくね」

 

「今日よりこの学舎の学徒となる甘粕正彦だ。こちらこそよろしく頼む。七草というと万能で知られる十師族の七草か」

 

「ええ。あ、でも十師族だからって畏まらなくてもいいからね。ここでは只の七草真由美だから、って初めから畏まって無いわよね?」

 

「こればかりは性分なものでな。しかし先達として尊重はしている」

 

「言葉遣いからではそうは感じられないのよね。お姉さん悲しい。でもこれはこれで新鮮だしいいかな。あ、正彦君ってよんでもいいかしら?」

 

「無論構わん」

 

 

 生徒会長、七草真由美は笑顔をむけ甘粕を向かいいれた。彼女が名乗ったことで彼も名乗る。その際、真由美の隣に控えている長身の男子生徒が不服そうな表情をしていた。

 

 席に座ってと真由美に進められ甘粕はその言葉に短く返し、部屋の中央に設置されたテーブルに備えられている椅子に座る。真由美は甘粕の正面の席に座ると先も浮かべた笑顔で喋りだす。

 

 

「あともう一人、総代候補の子がいるんだけど、その子が来るまでに此処にいる皆を紹介するわね」

 

 

 真由美はそういって隣で佇む男子生徒で手を向ける。

 

 

「彼は副会長の服部半蔵くん。通称はんぞー君」

 

「会長、自分は服部刑部です」

 

「こっちが会計の市原鈴音。通称りんちゃん」

 

「そう呼ぶのは会長だけです」

 

「そして最後に書記の中条あずさ。通称あーちゃん…て、あれ?あーちゃんは?」

 

 

 最後の生徒会役員の中条あずさの姿がそこにはなく、真由美は市原鈴音に問う。

 

 鈴音は何処か呆れたように部屋の隅のロッカーの方へと指を指す。

 

 

「あちらで隠れてます」

 

「はう!」

 

 

 甘粕が部屋に入った瞬間にあずさがロッカーに中に隠れるのを見ていた鈴音に半ば裏切られる形で見つかり、半開きで顔を覗かせていた顔は若干涙ぐんでいた。

 

 

「あーちゃんそんなところに隠れてないで出ておいで。確かに彼の顔は恐いけど怖くはないから」

 

「会長、フォローになっていません。それと初対面の相手に失礼です」

 

「気にはせんよ。寧ろ初対面の相手に堂々と言えるその勇気に俺は感服したッ!」

 

「…」

 

 

 さあさあとロッカーの中にいるあずさを笑顔で引きずり出す真由美は何処か楽しそうで、一方のあずさはその小さな身体をさらに小さくさせ必死に抵抗し、甘粕は真由美を称賛し、そんな甘粕に鈴音は唖然とした表情を向けた。

 

 

「この子があーちゃんです」

 

「会長!その呼び方は止めてくださいと何度も!」

 

「いいじゃない。良く似合ってると思うんだけど?」

 

「そういう問題じゃなくてですね…」

 

 

 甘粕は目の前で繰り広げられる光景を眺めていた。そして何かを思い出したのか、声をこぼす。

 

 

「ああ、あの時の」

 

「え、あの時?あーちゃんもしかして知り合い?」

 

「い、いえ。知り合いではないんですが…」

 

「ここへ来る前に校門の所で見掛けた、というだけだ」

 

「あー…だからあーちゃんここに来た時泣きそうな顔をしてたのね」

 

「泣いてませんよ!」

 

 

 あずさは真由美の言葉に怒りはするが、如何せん小動物の印象がある彼女。微笑ましいというか可愛らしいというか、詰まるところ怒っていてもそこまで怖くないのだ。

 

 

「とは言え。俺にその様な思惑が無いにしろ、一度とならず二度までも怖がらせたことは謝罪しよう。だが、この顔については慣れろとしか言えん。

 確かに、俺の顔は自他共に認めるものではある。中条あずさ、お前が恐れるのも理解できる。それは誰もが持つ感情であり、決して恥ではない。恐れを目の当たりにして逃げるのも一つの道だ。俺はその選択を尊重しよう。だがッ!だからこそ云わせてくれ。

 恐れを抱きながらも俺へと立ち向かってほしい。己を奮い立たせ、勇気を持って。恐ろしいからやれないのではない。だからこそやるんだよ。それでこそ人は輝きを放つことができる。その輝きを俺は何よりも愛しているし、尊んでいる。守り抜きたいと切に思う。ゆえにもう一度云おう。恐怖に立ち向かえ。勇気を持って踏破しろ。お前ならできると俺は信じている」

 

 

 甘粕はあずさから一切視線を外すことなく己の想いを伝える。彼の言い様は不遜であり、先輩であるあずさに対しての言葉遣いでは誉められたものではない。

 

 だがこれが甘粕正彦という人間であり、彼を構成するものでもある。

 

 その要因となったのは曾祖父が原因なのだが…

 

 甘粕の言葉に室内にいる誰もが言葉を失う。それは先の鈴音が感じた呆れからでは無かった。

 

 

「っと…いかんな。どうも熱が入ると暴走してしまうのは先代に似て悪い癖だな。先達である者に対して不躾な発言を許してほしい。だが云わずにはいなれなかった。それだけは理解してほしい」

 

 

 そう謝罪し、甘粕は頭を下げる。

 彼の言葉には想いが込められていた。

 不遜な言いぐさではあるがそこには確かな想いが、相手に対する真摯さがあった。

 

 それを何よりも理解したのは他でもない、あずさだった。

 

 

「…いえ。私も甘粕くんの事を良く知らないのに恐がってすみません。私見ての通り臆病で怖がりなんです。だから甘粕くんの事を初めてに見掛けた時も…」

 

「それは違う」

 

「え…」

 

 

 あずさの言葉を遮り否と答える甘粕にあずさは不思議そうに俯いていた視線を上げる。

 

 

「臆病であることは決して恥ではない。確かに臆病は恥であるという認識が世間一般の意見だ。だが俺はそうは思わん。それは迫る脅威を察知する事に優れている、というのが俺の意見だ。危険を感じ、恐れ逃げるという行為は生物が持つ本能であり、選択としては正しい」

 

「でもッ私はあの時に貴方から逃げたんですよ!」

 

「ああ。確かにお前は逃げた。その事実は変わらない。その選択をお前自身が過ちと断じ省みているのなら、俺はこう言おうーーーそうお前が思った時点でそれはもう恥ではない」

 

 

 甘粕は重ねてそれを否と答える。それを聞いたあずさは更に困惑する。

 

 どうして?

 

 わからない

 

 目の前の少年はどうしてここまで自分に云ってくれるのだろうか。

 

 

 甘粕は必死に泣きそうな顔をこらえ、真っ直ぐ見つめる瞳を同じく真っ直ぐ見つめ返し言葉を送る。

 

 

「人である以上、過ちは誰でも犯す。過ち事態恥ではない。その過ちを己自身が認識し省み正すことを、あまつさえそれを認めないことが恥なのだ。だがお前は自身の過ちに向かい合った。己の非を認め、恐怖を与えた俺に謝罪までした。そこまでしたというのにそれをどうして恥だと言えようか。否ッ!断じて否だッ!!」

 

 

 甘粕は声を張り上げる。

 お前が恥じることなど無いと。

 

 その言葉であずさの顔からは憂いは消し飛んだ。

 

 

「己の過ちを認めることは勇気が必要だ。覚悟が必要だ。その行為は生半可な気持ちでは出来る事ではない。だがな中条あずさ。お前はそれを見事やってのけた。その意思で、その勇気でッ!覚悟を持って成し遂げた。誇るといい中条あずさ。お前は今、輝いている。そんなお前を俺は愛している。尊敬もしよう。お前は過去のお前を乗り越えた。さあ今こそ謳い上げよう!万雷の喝采をもって!おおおぉぉォッ、万歳ァィ!」

 

 

 歓喜に満ち溢れ、押さえられぬ興奮を言葉に込めて甘粕は雄叫びにも似た激励をあずさに送る。

 

 お前は素晴らしい。

 掛け値なしに素晴らしい、と喉が渇れ果てるほどに。

 

 

 

 それは何処までも届き得る人間讃歌。

 

 勇気、覚悟、愛

 

 甘粕正彦は人間が持つそれらを何よりも愛している。

 

 恐怖に立ち向かう勇気。

 己の過ちを認める覚悟。

 

 目の前の彼女はそれを成した。成せばなる。

 やれないではない。やるんだよ。やらねばらなんのだ。それを怠れば人は腐敗する。加速的に。

 

 ゆえに中条あずさは素晴らしい。

 恐怖に立ち向かった。

 過ちを認め省みた。

 

 それだけ。たったそれだけの事がいどうしてこうも輝かしいのか。これが彼女の輝きなのか。嗚呼、身震いするほどの高揚感だ。

 

 その輝きをどうか絶やさないでいてくれ

 

 甘粕は最後にそう締め括る。

 

 あずさは目尻に溜まる涙を指で拭い決意の表れだろう、雄々しくも凛々しいその表情で、はいと甘粕へと答える。

 

 光が二人を照らす。

 祝福の喇叭の音が聞こえてきそうなその光景は何処までも美しく輝きに満ちてーーーー、

 

 

「あ、えーと…うん。お取り込み中のところ申し訳ないんだけど…」

 

 

 実際はそんなことなど起こっていないが、彼ら二人を除く皆にはそういった幻覚が見えていた。

 

 そこからいち早く覚醒した真由美は二人に声をかける。

 その声に甘粕はまたやってしまったか。と特に驚くことなく、あずさも慌てることもなく、あ…すみません。と返した。

 

 そこで真由美はほんの少し、違和感を覚えた。

 

 甘粕については先程までの事を踏まえればこの受け答えも違和感を感じない。というよりそれを含めて彼なんだと思った。

 

 問題…というほどの事でもないが、その違和感はあずさから感じられた。

 

 一年間この学校で共に過ごして来た真由美はあずさの事を良く知っていた。

 

 小動物的で悪く言えば臆病な性格な彼女は今の様に集中、といっていいのか分からないが、兎に角先程のような状況で声をかければ少なくとも動揺を露にしていた。

 

 だがどうだろうか。

 

 声をかけてもこちらの存在を忘れていたかの様な素振りはあったが少しも動揺することなく反応した。

 

 そして、ほんの少し。僅かではあるが彼女の雰囲気が変わった。今までのようなオドオドした感じが一切感じられなくなっていた。

 

 正直な気持ちを言えば彼女の変化は嬉しくもある。だが、同時に不安を感じた。

 

 確かにあずさからそういった雰囲気が無くなったのはいい傾向なのかもしれないが、会って間もないそれも初対面の彼と話しただけでこうも人は変わることなど出来るのだろうかと。

 

 不思議な少年だと真由美は思った。年齢に反したその印象。強大であり強固な意識。本当に自分より年下なのかと思わせる程に。自身の身近にもこれ程の大人はいなかった。

 

 だからこそ真由美は思った。

 彼ならこの学園に蔓延る問題を解決できるのではないのかと……。

 

 

「ま、まあちょうど区切りがついたみたいだし、それに司波さんも来てるからこれからの予定について話し合いましょうか」

 

 

 といつの間にか真由美の隣には唖然とした表情で佇む女子生徒に姿があった。

 

 甘粕がここに来る前にすれちがった人物だ。

 

 

「これは失礼した。熱中すると回りが見えなくなるのは俺の悪い癖でな。甘粕正彦だ。よろしく頼む」

 

「い、いえ。司波深雪です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 差し出された手を少し戸惑いながらも司波深雪は握り返す。

 

 

「俺と同じ総代候補には興味があったが、まさかお前だったとはな」

 

「私の事を知っているんですか?」

 

「ここに来る途中で見掛けてな。ああ、盗み聞きするつもりはなかったがお前の兄は余程優秀らしいな。是非とも会って話したいものだ」

 

 

 と甘粕が深雪の兄に会いたいと言ったとたん、訝しげな表情が一転した。

 

 

「そうなんです、兄は私よりも優秀なんです!是非お会いになってください!」

 

「ではその時を楽しみにしておこう」

 

 

 二科生となった兄の事を一科生の、それも総代候補である甘粕に興味が持たれたことが余程嬉しいのか深雪は笑顔で答える。

 

 甘粕も妹である彼女から了解を得られたことに満足したのか笑みを溢す。

 

 

「じゃあ深雪さんも顔合わせがすんだことだし、入学式での新入生代表挨拶の役を決めましょうか」

 

 

 本来は新入生代表挨拶は新入生総代がする決まりであるが今回は候補として甘粕と深雪の二人が挙げられていたため、どちらがするか当人たちの決めて貰うこととなった。

 

 

「その役目、俺が勤めてもいいだろうか?」

 

 

 手を挙げながら甘粕は即答する。

 

 

「私たちは構わないけど…深雪さんは?」

 

「私も構いません」

 

「そう。なら新入生代表挨拶は甘粕くんでお願いします。その際使う台本なんだけど」

 

「それは必要ない。元より代表挨拶は俺がやるつもりでいたからな。こちらで用意したものを使おうと思う。それでも構わないだろうか?」

 

「理由を聞いても?」

 

 

 真由美の問いに甘粕はああと答える。

 

 

「確かにそれは当たり障りのない、言ってしまえば王道的なものであるだろうさ。王道であるがゆえに需要もある。しかしだ、それで本当に良いのか?真に心に響くものなのか?いいや響かない。聞き慣れた言葉になんの意味がある?つまらない、退屈だ。往々にして皆が口を揃えるだろう」

 

 

 それでは駄目だと甘粕は続ける。

 

 

「言葉には力が宿る。だが中身に意味がこもってなければ話にならない。そんな言葉を並べた所でそんなものは人形に内蔵されたテープが音声を再生しているのと変わらない」

 

「…理由は良くわかりました。甘粕君の用意したもので代表挨拶をしてもらいましょう」

 

「待ってください会長」

 

 

 真由美の言葉に待ったをかけたのは今まで沈黙を保っていた副会長の服部半蔵だった。

 

 

「どうしたのはんぞー君?」

 

「自分は服部刑部です!」

 

「で、どうしたの?何かあった?」

 

「ッ…新入生代表挨拶の件です。それは余りにも勝手が過ぎませんか?代表挨拶はこれまで学校側が用意したものを使用してきました。今年もそれに従うべきです。それにどんな内容なのかも解らないものなんて無用な混乱を生むだけです」

 

「そこまでのことでもないと思うんだけど…でもはんぞー君の言うことも一理あるわね。甘粕君一応内容を見せてもらってもいいかしら」

 

 

 その言葉に甘粕は頷き懐から封筒を取りだし、真由美に渡す。

 

 それを受け取った真由美は中身を取りだし内容を静かに読み進める。

 

 そしてーーーー。

 

 

「甘粕君…あなたこれを代表挨拶で言うつもりなの?」

 

 

 真由美は甘粕が用意した代表挨拶の言葉には驚きを隠せないでいた。

 

 

「嗚呼、勿論だとも。そのために用意した。誰が何を言おうとも俺は実行する。服部半蔵、お前の言うことは正しい。それを俺も重々承知している。だがな俺は見ていられないんだよ。

 強権に胡座をかき、口から糞を吐き肥え太るだけの存在になりかけている輩。表向きではそうじゃないといいながら心の何処かでは仕方がないと諦めている連中。権利を同等にしろと宣うだけで己を磨こうともしない愚図がいる。

 そんな者共に定型化された言葉を送ったところで何も変わらない。俺は彼らが放つの放つ輝きを燻らせたくない。

 それはその為に用意したものだ。その結果でどのような結果が起ころうとも俺は甘んじて受けよう。罰も罵詈雑言も。殴り掛かってくる者がいれば顔でも腹でも差し出すさ。それがその言葉を選んだ俺の責任だ」

 

 

 甘粕は何よりも人の輝きを愛している。大切にしている。

 

 だからこそ彼はあえてその言葉を選んだ。

 罵倒も殴られることも覚悟して。

 

 深雪を含めた誰もが言葉をつまらせる。服部も今だ納得がいかないといった表情だがそれだけで、それ以上の意見が出ることはなかった。

 

 

「甘粕君、最後にもう一度だけ聞きます。あなたはこれで代表挨拶をする、それでいいのね」

 

「二言はない。言った筈だ。誰に何を言われても俺は実行すると」

 

「…そうだったわね。じゃあいきなり本番っていうのも緊張しちゃうと思うしリハーサルしましょうか」

 

「それは無理です会長」

 

 

 甘粕に封筒を返す真由美に鈴音は言った。

 どうしてと真由美は鈴音に聞くと静かに指先を時計へ向け、理解した。

 

 時計は入学式が始まる十分前を指していた。

 

 え、うそ。ホントに?

 

 キョトンとして、目をパチクリして、ほんの少し頬を少し抓る―――――イタイ、じゃなくて!

 

 

「ちょっと、何で誰も教えてくれなかったの!」

 

「教えなかったのでは無く、教えられなかったんです」

 

 

 というより私も今しがた気付きました、と鈴音は目を伏せながら言った。

 

 

 

「まあ仕方あるまいよ。なに俺の事なら心配はいらん。窮地に立たされてこそ、人は輝く。それを証明するには絶好の機会さ」

 

 

 何処か他人ごとの様に言いのけた甘粕に対しこの場にいる全員が「そこまで大げさなものでもないし、そもそもお前のせいだろ」と気持ちが一致したが、言葉にする者は誰もいなかった。

 

 

 甘粕は笑み(凶相)を浮かべながら準備室を出る。

 向かう先は講堂――入学式会場。

 

 ここから始まる。これから始まる。

 

 ああ、ようやくだ。ようやく、待ちに待ったかいがあった。

 

 魅せてくれよ。俺の愛する者たちよ。

 

 お前たちの勇気を、覚悟を、愛を。その輝きを。

 

 その機会を俺が与えてやる。

 

 俺がその試練となろう。

 

 燻らせなどさせんさ。堕落など以ても他だ。

 

 

 だから、さあ――――。

 

 甘粕正彦(先代)が見た楽園(ぱらいぞ)を俺にも魅せてくれ。

 

 

 

 

 お前たちならきっと出来ると、俺は信じている―――――――。

 

 

 




どうしてこうなった…!!
どうしよう。そんなつもりはなかったのに・・・
感染者第一号 中条あずさ
あーちゃん先輩、訴えてもかまへんで?

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