やはり捻くれボッチにはまともな青春ラブコメが存在しない。 作:武田ひんげん
「人間誰でも変わることはできる。それは君も同じだ、比企谷――――――」
俺は誰もいない特別棟の空き教室でその言葉を何度も繰り返し脳に響かせていた。
辺りはすっかり暗くなり、後夜祭のメインともいえるキャンプファイヤーがグラウンドにあった。今頃リア充共はキャンプファイヤーの周りでイチャイチャとしているだろう。外に耳を傾ければ、グラウンドで騒いでいる生徒たちのどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
そんな中俺は電気も付けずに、ただ月明かりだけが教室を照らしている中一人でいつもの席に座っていた。
そういえば、雪ノ下と後夜祭行くって約束してたな。
でも今の俺は、すごく人と会いたくなかった。
ずっと独りでとにかくボーッと月明かりを見ていたい気分だった。
今頃雪ノ下は俺を探しているのかもしれない。
それか、俺がいないと見るや他の雪ノ下を崇拝している奴らや平塚先生と後夜祭を楽しんでいるかもしれない。
いや、恐らく後者の方だろう。何といったって雪ノ下は文化祭実行委員長として、今年の文化祭を盛り上げた張本人だ。周りの先生達からもここ数年で最も最高な文化祭だったと賞賛を浴びていた。雪ノ下は主役として後夜祭を回っているはずだ。こんな俺みたいなボッチに構うことなどないはずだ。
雪ノ下は文実で必死に頑張っていた。文化祭をなんとか成功させたいという気持ちは文実全員が感じていた。そして全員が一体となって文化祭を開催できた。
しかし、俺には一つ気になることがあった。雪ノ下の文化祭への入れ込み方は尋常ではなかった。何かにとりつかれているかのように文実の仕事をしている雪ノ下に俺は引っ掛かりを覚えていた。
俺が放課後雪ノ下と残っていた時も、二人の間に会話はほとんどなく、ただキーボードを打ち込む音だけが響いていた。
俺は記録雑務だったので雪ノ下の仕事一件一件に目を通すことができたが、その内容はとても素人には処理できない案件ばかりだった。
某有名バンドグループや、今話題になりつつあるお笑い芸人の招聘など、先生でも処理できるかわからないような案件を雪ノ下が一人でこなしていた。
俺は雪ノ下がよく倒れなかったと思う。大人でも倒れてもおかしくないような仕事を学生である雪ノ下が行っていたんだ。
なにがそんなに雪ノ下を突き動かしていたのか俺にはわからない。だけど、その理由を知りたい俺もいた。なぜ俺はこんなにも雪ノ下のことを知りたいと思ってしまうのか、俺自身でもわからなかった。
ふと時計を見ると、夜の8時半を回っていた。いつの間にかグラウンドから聞こえてきたあんなにうるさかった声が聞こえなくなっていた。恐らく解散しているのだろう。
そういえば文実で最後の片付けがあったんだったな。でも俺はここから動く気力がなかった。サボリと思われてもいいや、俺は存在を消しているボッチだからな。
と、廊下から靴音が聞こえてきた。…多分平塚先生だろう。おれが文実の仕事サボっているから校内を探し回っていたのかもしれない。
やれやれ、動かなければいけないのか。しかしそれでも、足に漬物石が乗ったかのように全く動けなかった。
コツコツコツコツ
だんだん靴の音が近づいてくる。なぜか俺はなんだかホラー映画を見ているような気持ちになっていた。
と、俺の居る教室の前でピタリと止まった。
ちょっとやめてくれよ平塚先生、ほんとにホラーみたいですって。
ガラガラガラガラ
「…比企谷くん、やっぱりここにいたんだね」
「…え」
そこにいたのは平塚先生ではなく、雪ノ下だった。
暗くて表情まではみえなかったが、その声色にはすこし怒りが込められていた。
「え、じゃないよ。まさか約束忘れたわけじゃないよね?」
「…」
「はぁ、だんまりかー。何があったかは知らないけど、レディをずっと待たせるのは良くないよ?」
「え?ま、待っててくれてたのか?」
「当たり前じゃない、私が約束したんだから。まあ、すっぽかされちゃったけどね」
そういうとごく自然に雪ノ下もいつもの俺の向かいの席に座った。
「…なあ、どれくらいまっていたんだ?」
「後夜祭おわるまで」
俺は申し訳ないと言う気持ちで溢れていた。すこしでも雪ノ下が軽いとおもっていた自分を責めた。雪ノ下はそんなやつじゃない、雪ノ下はなんだかんだ言って約束とかはちゃんと守るやつだって。この数ヶ月間近くで雪ノ下を見てきたのに、そのことを忘れて勝手に被害妄想に入っていた自分はとても惨めだった。
「…悪かった」
「いいのよ。それはそれで外から後夜祭見れて楽しかったし。それに比企谷くんも何かあったっぽいから」
雪ノ下は少し優しい口調で言ってきた。それに俺は少し安心した。
「そう見えるか?」
「当たり前よ。私との約束をすっぽかして、こんな真っ暗な教室で独りでいるんだもん。何かあったって思うのは当然よ。で、なにがあったの?」
雪ノ下は優しく言ってくる。俺は雪ノ下に無性にすがりたくなっていた。なぜだろう、俺は雪ノ下の前ならなんでも話せる気がする。なぜだ?
「…ずっと、考えていたんだ。今回の文化祭のこととか――――――」
俺は気がついたらほとんど全てを話していた。恐らく三十分ほど。その間雪ノ下はだまって俺の話を聞いてくれた。
でも、俺は平塚先生から言われたことはまだ口にしていなかった。
と、雪ノ下はいつもより優しい笑顔を浮かべて、
「…ねえ、比企谷くんて変わったよね。前はこんな感じじゃなかったもんね」
「…へ?変わった?おれが?」
「そうよ。前までならここまで弱みは見せなかったよね。前までなら弱さを必死で隠していたというか…」
変わっただって?俺が?しかも雪ノ下の言っていることは正しいと思う。前は自分の中だけに閉じ込めておいて、人には絶対言わなかったと思う。なのに、雪ノ下の前ではボロボロと言ってしまった。
なぜだ?疑問が駆け巡る。…いや、もしかしたら心の奥では気づいてるかもしれない。でもそれは勘違いかもしれない。
そして話を聞いている時の雪ノ下の表情や、その前後の会話の時の雪ノ下の表情は優しいものだった。もしかしたらそれが平塚先生の言っていた、変わったということか?
俺は疑問を感じながら口を開いた。
「でも、俺はよくわからないけど、雪ノ下は変わった…のかもな。だって、俺の話を聞いているときとかの表情はすごい優しくて、心を和ましてくれるというか。出会った時とかにはなかった表情というか…」
俺は言っていてすごい恥ずかしくなって言葉が続かなくなった。雪ノ下はそんな俺を見てやはり優しい笑顔を浮かべて、
「変わった、かー。比企谷くんから見たらそう思ったの?」
「あ、あぁ」
まあ正式には平塚先生から言われるまでわからなかったけどな。でも、平塚先生に言われたとおり確かに俺といるときはなんか雪ノ下は違う気がする。
「でもね、比企谷くん」
「なんだ?」
「私は自分でも思ってるんだ。私は変わってるって」
「そうなのか?」
「うん。君といるときにね、いつも思うんだ。ほかにも君のことを考えると…」
「…え?」
「…比企谷くん」
気がついたら雪ノ下は俺の目の前にいた。
「…雪ノ下」
「…陽乃って呼んで」
「…陽乃」
俺は今になってわかった。…あぁ、俺は雪ノ下…いや陽乃に惚れているんだと。
「…俺、陽乃のことが好きだ」
「…私も、そうみたい…八幡」
そういうと、俺達は唇を重ねた。
その後、二回も、三回も。濃厚なキスもした。
とにかく、お互いを求めあっていた。
続く
次回投稿は7月4日の20時です。