「はぁ……。何してんだお前、お前何してんだ」
「あはは、ごめんね、少し考え事してた」
あの後シャワー浴びて帰ったら俺の部屋の前で看護婦さん達が集まっていて何事かと思い尋ねたら、看護婦さんA(名前を間違えない方)に『この部屋にナニカいるから危険』的な事を言われて仕方なく荷物を預かってもらって俺は人気のない場所に移動した。
壁に寄りかかりながら浮いているユーレイとの話を進める。
「だからってお前の存在認知されちまったじゃねぇか、居づらくなるぞ?」
「うーん、八幡くんに憑りついちゃおうかな?」
「……ソレ、どうなんの?」
操られる?それとももう一人の僕みたいになるの?そしたらシルバーを巻いとこう。後カードゲーム仕込んでおこう。
「八幡くんはわたしに乗っ取られやすくなる位?」
「え、ちょっと待って」
「なぁに?」って顔すんな。乗っ取られるとか怖い事サラッと言うなよ、悪霊の類かと思っちゃうでしょうが。
「んー、わたしは乗っ取る気、無いよ?」
「その気になれば乗っ取れるって事か」
もう乗っ取られる覚悟でいいよ、今更裏切られても回数が一回増えるだけと考えるよちくしょう。まあそんな心臓握られる様な事があるなら勿論メリットもあるんだよな?
「わたしが活気溢れる場所でも元気になる位?」
「実質俺のメリット無しかよ……」
(こいつがやる気にならなければ)俺はメリットデメリットは無いのか、なら別にいいか。たった一人の友人だし、もう一度位裏切られても別にいいし。
「とにかく、この話は後だ。屋上の続きをしよう」
「うん、ならわたしから話させてもらいたいけど、いい?」
「どーぞ」
俺が許可を出すとふわふわと浮いていた足を地面につけ真剣な顔付になる。
「わたしね、幽霊と言ったけど死人じゃないの」
「……は?」
死人じゃない?じゃあ何だ、本人は昏睡状態にでも陥っているというのか?だがこいつは『生きていない』と言っていた。昏睡状態なら一応は生きているだろう。待て何か忘れている。何だ?雨音が鬱陶しい。……雨、そうだ。雨の日に呟いていた『雪乃ちゃん』等の話。未練か?だとしたら想いで構成されていると考えれば……、
「残留思念、という事か?」
「凄い、正解」
驚いた表情で認めるユーレイ。これでもクイズは得意なもんでね。
「八幡くんにはもっとわたしを知ってほしいから。聞いてくれる?」
「聞かなきゃ進まないからな」
* * *
あの日も今日みたいな強い雨だったの。その日は母、父、わたし、妹の家族全員で父の会社のパーティーに出席するって話があってね、父とわたし、母と妹の二手に別れて移動してたの。
――へぇ、良いとこのお嬢様なんだな
そうだね、もう6年は前の事だから忘れちゃいそうだったけど。
それで視界が悪いほどの雨の中、暴走した車が妹が乗っている方の車と衝突したの。電話を耳に当てて青い顔をしたお父さんが今でも忘れられないなぁ。
それでもね、父とわたしはパーティーに出席したの、ここで抜け出しちゃきっとお母さんに怒られちゃうとお父さんもわたしも思ったから。
――随分と恐れられてるな
薄く微笑みながら怒っているときのお母さんは誰も口を開けないほど怖かったよ……。
こほん、そのパーティーは果てしなく長く感じて辛かったなぁ、初めてのパーティーは最低な気分で始まっちゃったの。でもその最低はまだ最低じゃなかったみたい。
――…………
幼い心に秘めていた絵本の世界のパーティーとは大きく違って、そこはお金と大人の感情が蠢く場所だったの。大きい会社の人達は政略結婚みたいな事をその時から考えながらわたしを見ている人もいて……、とても怖かった。
――想像に難くないな……
そんな最悪なパーティーも終わってわたしは、母達が入院した病院、つまりここにお見舞いに来たの、顔だけでも見せて欲しいと無理をいっちゃた。
――会えたのか?
うん、静かに眠っている妹を見てわたしは1人決意をしたの。
『如何なる手を使ってでも妹を守る』と。
その為に努力をした。勉学は勿論、上の人に対する言葉使い、同年代に受ける言葉使い、年下に対する言葉使い。礼儀作法を抑えた仕草、可愛らしさを出す仕草、などなど色々な事を貪欲に取り込んでた。
――……そんなの
わたし、ううん、そしてその少女は『公私』から『私』を追い出して、皆が求める完璧な理想になったの。
* * *
「つまり、追い出された『私』がわたし」
「…………」
絶句。という程では無いが中々衝撃的な思い出話だ。
「自己紹介、改めてする?」
「……お前はもうその名前を使ってないんだろ」
そう返してやると満足そうに目を細めて小さく『ありがと』と呟いた。
「八幡くんから聞きたい事はある?」
「そう、だな……。お前は年齢の割に何処か幼いよな、それについて教えてくれるか?」
容姿は12歳だが実年齢は18か19歳のはずだ。だがこいつは12歳としても幼く感じる。本来小学6年生ぐらいは中学に上がる前だ、もう少し大人びた態度や姿勢でもおかしくない。
「苦労をしなかったからかな……。勉強も人間関係も悩むことはなかったから」
「……経験の数か」
「幽霊は人と話せないから、それもあるかも」
「なるほど」
経験と会話は大事だ。俺は90%の経験と10%の小町との会話で出来ているが、こいつは10%の経験と30%の会話位で出来ているのだろう。残りの60%が欠けている、道理で子供らしいわけだ。個人的に納得いった。
「他には?」
「特にないな。お前は?」
時間も圧してるし早く終わらせるか。こいつの欠けてる60%も過去もこの後ならいくらでも時間はある。
「憑りついてもいい?」
「どうぞ」
「えぇー……、あっさり過ぎない?」
サラッと言ったらひかれた。まあうん、俺でもそういう反応するだろうよ、だが小町や親父が迎えに来ることも考えたらグダグダ話してる場合じゃない。
「乗っ取らないんだろ?」
「もちろんっ」
「だから、どうぞ」
「……じゃあ、お邪魔します」
そういうと、ユーレイは手を伸ばして俺の心臓辺りに触れる。
一瞬、ザワッと全身に鳥肌が走ったが他に何も起こらない。
「……おしまい。これからもよろしくね、八幡」
「何で呼び方変えたし……、つーかマジでこれだけ?」
体調には一切変化は無いし鳥肌ももう治まった。幽霊も見た感じ変化は無し、変わったのは俺の呼び方だけだ。
「より霊的に距離が近くなったし呼び捨てでもいいでしょ?」
「精神的とかでいいだろ……」
別に一応ツッコんだだけで名前呼びが嫌なわけじゃ無いんだ、少し照れくさいが。でもやっぱり精神的距離でいいだろ。
「ま、よろしくな。ユーレイ、……ユーレイ」
「どうしたの?」
「お前は変わらずユーレイでいいのか?」
思ったことをそのまま口走る。やべ、今さっき生きてる方の名前は使ってないと指摘しただろ俺。何してんだ俺。
「んー、前の名前しかないから、新しい名前くれる?」
「じゃあ参考がてら前の名前教えてくれ」
参考にな。名付け親になるのは初めてだし当たり障りのない奴にしよう。……コレ、デリカシーのない発言じゃないよな?普通に失礼だコレ。
「陽乃、いい名前でしょ?」
「そうだな……、じゃあお前はハルだ。丁度季節も春だしな」
「もう5月だよ……」
半場呆れながら指摘されてしまったが、名前の方に異論はないようだ。良かったー、ユーレイから取って『優(ユウ)』とか『麗衣(レイ)』や『結衣(ユイ)』とかも候補にあったけど、こっちの方がいい感じだ、こいつの笑顔は満開の桜を連想させるしな。
「うん、うん。陽乃改めユーレイ改め、ハルです!よろしくね」
「おう、よろしくなハル」
「うんっ」
ニコッと笑う姿は先程言った通り満開の桜だ。名前のセレクトは二重丸だったな、流石俺。というより、流石ハルの両親だな。
ふわりふわりと嬉しそうに浮いてるハルに迎えの事を告げエントランスに向けて歩き始める。
「八幡の妹、楽しみだなぁ」
「可愛い妹だが、鬱陶しいぞ」
「わたしの妹は手の掛からない子だったけど、少しは頼ってほしかったかな……」
確かに小町が、『いえ、小町はお兄ちゃんの手を借りずともできますので』とか言い始めたらワンワンと泣くかもしれない。いや、間違いなく泣く。コミカルに泣く。
「おにぃーちゃーん!」
「いたいた、行くぞハル」
「うんっ、病院の外に出るのは久しぶりだから楽しみ!」
もう5月、満開の桜はこの病院で過ごす間に散ってしまった、だがこれでいい。時が廻れば再びその桜は美しく咲き誇るだろう。その満開の花弁で人々を魅了するだろう。
俺は、俺に側に生える一本の桜を、春を大事にしよう。例え散らしてしまっても再び安心して咲ける様にしよう。その春は俺の唯一の友人なのだから。
「病院の幽霊」~完~
もう一話投稿します。