今日は退院日、予定通り三週間で退院だ。世界はまるで俺の退院を拒絶するかのようなパワフルな大雨が降っている。世界にまで嫌われるとか前世レベルで何かしたのだろうか俺は。
あーあー、退院まで後三時間それじゃ、最後の場面に移りますかね。
目を閉じ感覚を研ぎ澄ませる。壊れ物を扱うかのように集中して意識をしてみるとユーレイと居る時特有の現象と僅かに感じ発生源の方向を大まかだが感じることが出来る、上の階に移動してみる。さらに上の階に移動してみる。この上、屋上が発生源らしい。
つまりそこにユーレイがいるという訳だ。
「あ……、カギ閉まってら……」
当たり前だが屋上に出る扉のカギは閉まっていた。だが諦めるにはまだ早い、周りを見渡せば人一人が通れそうな窓がある、カギも普通に空きそうだ。問題はどうでても濡れるし汚れる位だな。よし、出るか。
「……よう、久しぶりだな」
「え……、八幡くん……?」
給水塔の上で雨に打たれてるユーレイに話しかけると驚いた表情で俺を見てくる。一生のサヨナラをしたつもりだったのだろう、俺にとっては夏休みのサヨナラぐらいだったが。夏休みといえば遊びに誘えば都合の良い時に連絡するから、と一度も連絡が来なかったことがある。寂しー。
「退院だから声を掛けておこうと思ってな」
「……そう、おめでとう。だからってここにいると風邪ひいちゃうよ?」
まぁ予想通りだ、本気で気遣ってるのもあるだろうが言葉の端々に『立ち去れ』の意が含まれている。こちとら恩の1つも返せてないんだ、多少は仇も含まれているかもしれませんがそれはご愛嬌ってな。
「どうも、で少し話したい事があるんだよ」
「……聞くよ」
最悪問答無用で飛んで行かれることも想定していたが、とりあえずは聞いてくれるようだ。これで飛んで行かれたら相手が諦めるまで追いかける羽目になるところだった、マジ助かった。
「まず、怪我の治りが遅かった原因はお前で間違いなさそうだ」
「そう」
「今でもお前といると僅かに寒気、心臓部への圧がある。仮にこれを『霊気』と呼ぼう」
「……続けて」
俺の顔を見ることなく続きを促すユーレイ。傘の一本を持ってくりゃ良かったが生憎今後の予定は親父と小町が車で迎えに来るぐらいだったので傘は病室に戻っても無い。
「この霊気は観察してみたところ、個人差があることが解った」
「人によっては感じることはない。人によっては首を傾げるが気にも留めない」
「だが何故俺はここまであからさまに感じるのか」
「…………」
ユーレイは興味を惹かれたのか雨に向けていた意識をこちらに向けてくる。いいね、やはり観客だけでなく役者も楽しまねぇとな。
気分がノッてきたので人差し指をピンッと立て講釈を続ける。
「それは意識したからだ」
「……意識?」
「そう意識。何か見られてる気がするとかが近いな」
ただの自意識過剰だ。例えば見られてる気がする。例えばあの陰口は俺を嗤っている気がする。真実はどうであれそう意識をしてしまったせいでそうとしか思えなくなるのだ。似た様な出来事、覚えがあるだろ?
「……だから?」
「要するにあれだ、気付かなかっただけでこの病院には普通に霊気はあったんだよ」
「つまり霊気を気にする必要は無いし怪我の治りに関係ないという事だ」
「いやいや、怪我の治りが遅かったんでしょ?」
まあ、確かにそうだが。
「あれ、別に霊気と関係なかったんだよ」
「…………へ?」
「単純なストレスだ。おそらく幽霊とか非科学的なモノと接触し霊気を認識したからだな」
霊気が原因と勘違いしたのは結論を急いだからだ。出会ってから最初の健診。今までと違う事は?それはユーレイと居る時の霊気だ、と結び付けたせいだ。落ち着いて考えれば周りの変化によるストレスだ。落ち着いてみれば簡単なことだった。
「まあ、一度離れたおかげで落ち着けたんだけどな」
「……だから、なに、どうせ今日で、退院なんでしょ!?」
ユーレイは給水塔から飛び降り目の前に着地しキッと俺を睨む。あの高さから降りたというのに苦悶の表情は無いし濡れたコンクリートの上を滑ることも無い。幽霊は重力に従ったり逆らったり物理法則を全力で無視したり不思議だ。
「そう、退院。何の問題がある?」
「今更私と居る事の無害性を説いて何の必要があるの!?どうせ自己満足でしょ!」
「わたしは、もう、八幡くんと話す機会はないのに……、変に期待を持たせないでよぉ……」
先程まで俺を睨んでいた視線は下がっていき顔を伺う事が出来なくなる。声から察するに泣いているのだろう。雨は更に強くなる。
「それも勘違いだ」
「今度は何を……!」
「退院したら会えなくなる?何故だ?」
「この病院からいなくなるんでしょ……」
今までの俺なら今生の別れだ、だがリア充はそうじゃない。『卒業してもずっと友達だよ☆』みたいな事を軽く言うだろう。なら『退院してもずっと友達だよ☆』みたいな事があってもいいじゃないか。つまり、
「外で会えばいいじゃねぇか」
「お前も俺も自由に出歩けるんだ。……何なら我が家にでも来るか?」
顔を上げた幽霊は呆けた表情でこっちを見てくる。そんなユーレイにニヤリと笑ってやる。
「どうして……?」
「何がだ?」
「わたしは幽霊だよ……?生きてないんだよ……?」
病衣を握りしめながら涙を堪えるような表情でこちらに問いかけるユーレイ。
「あー、それはあれだ、俺は、その、お前の事を、友達だと、思ってる……」
「……へ」
顔を逸らしての俺の一世一代の告白を告げる。くそ、かなり恥ずかしいな。恋愛の告白より恥ずかしいかもしれんぞ、これ。
ちらりとユーレイの様子を伺ってみると次は驚愕という表情をしている。芸とかじゃなくて言葉通りにとって百面相だな、忙しい奴め。
「友、達……、友達……」
「そう、お前を友達だと思っている。友達と会うのは当たり前だろ?」
逸らした顔を戻してブツブツと呟くユーレイに語り掛ける。こちとら今までぼっちだったんだ。人間に友達がいないんだから幽霊が友達でも別にいいだろ。
「ぷ、あは、あははっ。何それ、もう、ふふ」
「そ、そんなに面白かったか?」
「うんっ、最高、最高だよ!友達かぁ、喋り相手だけでなく友達も……、嬉しいなぁ」
まるでユーレイの所だけに雨が降っていないかのように輝いた笑顔を見せてくれる。それでいい、悩んだ顔も睨む顔も物憂げな顔も泣きそうな顔も泣き顔もお前には似合わない。
「もういいか?続きは中でしようぜ、もう病衣が水吸って重い」
「風邪をひいちゃう。早くもどろ!」
「おう」
満場一致で可決すると移動を開始する。また狭い窓に体を滑り込ませるというのに、ユーレイは物理法則を無視して壁から室内に戻る。便利だなぁ。
「じゃあ、俺はシャワー浴びてくるから部屋で待っててくれ」
「うん。あ、ベッド整えておこうか?」
「そういう意味じゃねぇよ」
「湯冷めしない様にだけど……?」
心底不思議そうな顔でまじまじ見られる、やめて俺の心が汚れてるみたいだろ。この後シャワー浴びに行ったが道中ナースさんや他の患者さんたちの視線が滅茶苦茶痛かった。