病院の幽霊   作:最下

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病院日誌⑤

 

「んーーーー、お大事に」

「どうも」

 

 

ユーレイと合わなくなってから更に一週間、最後の健診を受けた結果、予定より3日遅れで退院できるらしい。あいつと合わなかった一週間は中々に退屈だった、友人がいればこの様な感情を抱くのであろう。なら普通に考えれば僅かな異変で合えなくなった友人同士は空中分解する。普通であればだ。それは友人が多くそいつと出会えなくても大勢には影響がないからだ、だが俺はどうだろうか。他人だったが多くの言葉を交わした、言葉数は少なくとも同じ時間を過ごした、これは友人なのだろうか。その友人が居なくなれば友人が皆無の俺なら大勢には大打撃だろう。

なら、俺は、友人を、彼女との縁を取り戻すのが妥当なのでは無いだろうか。

 

 

――まって、わたしが見えるの?

――いやいや、見えてるし聞こえてるでしょ?

――わたし、幽霊だもん

 

 

彼女のことは最初はただの電波少女、次には眠さゆえの幻覚か夢を見ているかと思った。だが夢にしては記憶が鮮明で、彼女の動作一つ一つが人間染みていて揺れているところを、証拠として壁抜けを見せられた。俺は仮に幽霊と思う事にした、夢なら夢でいいのだ、現実の俺は寝ているから。

 

 

――食べないよ、お腹空かないもん

――それやめてよぉ、ふふ

――人とお喋り出来たのは久しぶりだなぁ、嬉しい

 

 

彼女が楽しそうにクスクスと笑うあの姿は想像上の幽霊にも夢にも結びつかなかった。育ちの良さを伺わせながら子供の無邪気さを兼ね備えた姿は何処か現実離れしていたが、夢と思う事は何故かできなかった。

 

 

――新人くんは面白いね。いつまで入院してるの?

――そっかぁ、お名前は?

――ふんふん、わたしはユーレイでいいからね

 

 

彼女がリア充だと発覚したのはもう少し後だが、俺と会話を続けられるような奴がコミュニケーション能力が低いとは思えない、そのあたりからユーレイがどの様な人物かが見え隠れしていた。動作は子供じみているが何処か品がある、目が腐った俺と会話できる能力。皆が羨むだろう。

 

 

――わたしと話せる人は八幡くんしかいないから

 

 

彼女は嘆いてはいなかった、最初は孤独を憎んでいたのかもしれない、ただ幽霊として生きていくためにそう思わなくなったのだ。孤独、闇、無音は人の心を乱す、俺も最初は1人は悲しかった、それでも何時しかそれを自分の一部として肯定し始めた。彼女もそうなのだろう。

 

 

――へー、わたしは生きてれば大学一年生かなー

――いいって、わたしは12歳で止まってるしタメ口で

 

 

彼女は自身が死んだという現実まで肯定した。七年の時はあろうとソレを認めるのには長い時間と苦悩があったのだろうに。それでも彼女は幽霊として過ごしあまりにも変化が乏しい日々を日常に変えた。

 

 

――読書は楽しいよね、わたしも好き

――でも明るい内から本は読めないから不便

 

 

彼女にも趣味の一つもあっただろう、だが見なれないように、気付かれないように潜んで楽しむしかなかった。読書だけの為これほど気を使うのだ、他の場面でも深く注意していたのだろう。楽しむ事まで心往くままにできないというのに。彼女はこの世に留まり続けた。

 

 

――八幡くん

――わたしがいるから、治りが遅いんだよね?

――何も言わなくていいよ……、今日の健診結果でお別れを告げようと思ってたし……

――黙って出ていけば、辛くないだろうけど、八幡くんにはお礼を言いたかったから……

――やだなぁ、わたしは楽しかったよ?……だから謝らないで

――……わたし、もういくね? さよなら

 

 

 

彼女の諦めて受け入れた表情が脳裏を過る。自分が死んだのも、孤独であることも、娯楽を往々と楽しむことができないのも、全てあの表情で受け入れてしまったのだろうか。おそらくそうだろう、俺はただ四回目を与えただけだ、感謝をされる言われはない。

 

だが俺も何も考えずに過ごしていたわけではない。ユーレイと居る時の独特の重みと寒気、あれは早々に気付いていた、実害があることも予想が付いていたが、専門家でも無い俺にそれを無力化及び軽減する案はあの時は離別しか浮かばなかった。そして離別の後の案はあった。

 

さて暗幕は下がったがそれはあくまで演出上の行為。観客の皆様は席を立たずにお待ちください。勿論、役者もな。


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