「……お、降ってきた」
「ほんとだ。雨は好き?」
味気ない昼食を摂取した昼下がり。ユーレイと俺はポツポツと降る雨を見ながらぽつぽつと会話をしていた。こいつとの時間は割と不自由が無くて実にいい。食事中は一言告げて去っていくし、空気を察するのが上手くて孤独を求めてる時は静かに去ってくれる。
とにかく人との距離感の取り方が上手い奴だった。
「そうだな……、読書が捗るから好きっちゃあ好きだが」
「外出時は嫌になる?」
「雨でテンション上がるのは室内だけだ」
そう、室内ならテンションマジ上がる、あげぽよ。具体的にはドジャブリの雨を見て神妙に、『始まったか……』と呟いたりするとテンション上がる。雷の日も似た感じ。台風は別の意味で元気になる。
「読書は楽しいよね、わたしも好き」
「え、ああ、うん。超楽しい」
急に好きとか言うなよ、焦るしどもるしラズバンダリーだぞ。ま、その手の勘違いはもうしないけどな。こいつも俺にハニートラップ(無意識)を掛けてくる女子だ。ハニートラップよりコブラツイストなどの方がまだ精神的ダメージが少ないため、女子の皆さんはプロレス技を磨いておくべきだ。
「でも明るい内から本は読めないから不便」
「……ああ」
確かに人がいるのにこいつが本を読み始めたらポルターガイストだ、知らないものを恐れてしまうのは人間の性だが知ってしまえばただの少女だ。幽霊だからって閉館し暗闇で本を読み漁る姿は目に毒だ、……今度小町に頼んで本を持ってきてもらおう、俺が暇だからな。
「んで、お前は雨好きなの?」
「わたしは嫌い、おもしろくないもん」
「面白い、か……」
面白さなんて千差万別だろ。俺から見れば雨で地面が濡れていくのも、水溜りにいくつもの波紋が広がるのも面白い、思わず疾走しそうになる。こいつはどうだろうか、おそらく友達が多く、明るい青春を送っていたのだろう。そんな奴の面白いことなど、俺をイジル事しか見当がつかない。
「みんな、つまらなくなっちゃう」
「…………」
「……なんてね。雨は風情があるから好き、だよ」
嘘吐け、雨が好きな人間はそんな表情で雨を眺めねぇよ。少なくとも太陽の変わり身の様な我が妹、小町は即効で別の事をしだすからな。うん、お兄ちゃんのこともほっといて別のことし出す時は悲しいから是非やめてもらいたい。
「…………」
「…………」
お互いに黙り込んで雨を見守る。パタパタ、ポタポタ、1人分の呼吸の音と雨が地面を叩き付ける音しか聞こえてこない。こうしているとまるで1人でいるかのようだ、いやすぐ側に幽霊が居るけどね。……ところで死体は『体』で数えるが幽霊の単位はなんだろうか、暇があるなら調べてもらいたい。
「地縛霊ってよ、外に出ようとするとどうなんだ?」
気まぐれに沈黙を壊してみたが我ながら最悪な話題の振り方だと思う。だが少しばかり気になるものだ、大地から解放されたら成仏できるのか、この前は『出る気にならない』といっていた。そこを詳しく知りたい。
「……『地縛霊』は生きてる人が呼んでるだけで、自由に出れるみたい。活気は苦手だけど」
「ふむ……」
「でもわたしはここを離れない。他に行き場がないから」
そういうことか、死人で魂だけで見える人がいなくても、帰る場所は重要なのだ。ぼっちスキルが高い俺にも家と小町という自分の居場所がある、学校には無いだろうけど。だからこそ家の偉大さと小町の可愛さが惹き立つが、これは置いておこう。
「そうか、変わらないな、人間は」
「クス、わたしは幽霊だけどね」
「元は同じだ」
そう元は同じ。カフェラテとカフェモカ位の差もない。思考に変わりはない。死という枷は外されても、漫画の様に世界征服をするわけじゃなく、孤独を恐れ、人と居ることを好む。結局何も変わらない。
「話し合えばわかる、真実かもな」
「普通は話し合えないからわからないよ、でも八幡くんは私に耳を傾けてくれた」
夢だからなんでもいいやー、位の気分で最初は話してましたスンマセン。
「これはわたしの独り言。わたしには可愛い妹がいてね」
「俺にも可愛い妹がいるぜ」
「可愛くて可愛くていっぱいかまっちゃった」
叩きつけるような雨のを見ながらユーレイは呟く。彼女は一体何を想っているのだろうか。嬉しいのか、眩しいのか、愛しんでいるのか、目を細め雨の向こうを見つめている。……おそらくその感情は俺には解けない問題だろうな。
「それなのに今は想えば想う程、あの子を可愛がれない」
「…………」
「雪乃ちゃんは元気にしてるかなぁ……」
最後の呟きに返せる言葉を俺は持ち合わせていないし、彼女も求めていないだろう。雪乃ちゃんがユーレイの妹という事しか知らないし彼女とも出会って一週間も経っていない。どうせまだ入院しているんだ、今日は二人で静かに雨を見るのも一興かもしれない。
それから俺達は一切口を開かずに雨を眺め続けた。