病院の幽霊   作:最下

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学級日誌⑥

 

「しゃーちくー、しゃーちくー、たーっぷーりしゃーちくー」

 

 俺比企谷八幡、現在たーらこー、って感じに呟きながらキャンプファイアーの準備をしている。

 学生大好き夏休みだというのに、奉仕活動として林間学校のお手伝いに駆り出されるなんてただの社畜である。

 だが落ち着いて考えて欲しい、まず社畜は夏休みが存在しない、だが俺は働かされているが一応夏休みである、逆転の発想により証明されるのはそこらの会社よりブラックだということだ。

 

『……えいっ!』

「おわぁっ!」

「ヒキタニくんどしたー?」

 

 ハルの手が首筋に振れる。

 こ、このいたずら幽霊がっ! 手に温度がないから触れられると生きた人間以上に驚くんだよ、心臓に悪い! 八幡激おこぷんぷん丸だぞ!

 

『ふふー、肝試し楽しみだね!』

「流石だなユーレイ」

『何言ってんの、わたしが楽しませてもらう側だよ』

 

 それでいいのかユーレイ。

 いや本物の幽霊が脅かしにいったら小学生達のトラウマになっちまうな。ガオーとかそんな軽いノリの中急に腕を掴まれるとか怖すぎる。せいぜい草木を揺らす程度にしてもらいたい。

 

「わかったわかった、大人しくしてろよ」

『はーい、大人しくしてます』

 

 この前の遊戯部の一件は危うすぎた。由比ヶ浜とか明らかに霊感が無さそう(偏見)な奴ですら感じられるほど怒るとか、陽乃に交渉材料を与えるようなものだ。

 妹が可愛いのはよくわかるがほどほどにしろ幽霊。 

 

『ところで』

「あん?」

『他の人どっかいっちゃったけどいいの?』

 

 ……マジだ、どこ行きやがったリア充ども。

 まあいい、キャンプファイアーの準備も終わったし涼しいところに行こう。精神的にひやっとする奴が隣にいても、この夏の暑さはどうしようもない。

 

「うぉー、日陰ってすげー」

『いいなー、わたしも暑さを楽しみたいよ』

「その幽霊ジョークは毎度何て返せばいいのかわからん……」

 

 まだハルの名前を知らなかった時からずっと考えてんだが未だに答えが全く見えない。

 こいつは俺のぼっち自虐ジョークも大概に反応しづらいと言うが比べ物にならんだろうこれは。

 

『そういえばさ、八幡気付いてる?』

「何にだよ」

 

 このフリから聞かされることは大体知らないしろくな話ではない。

 ソースは中学のときのクラスメート。孤立している俺はもちろんやられたことがない、ぼっち最強説が確立された記念すべき瞬間である。

 

『小町ちゃん、多分わたしの声聞こえてるかも』

「……は?」

 

 本当にろくでもない話だった。

 じゃなくて小町が、ハルの、声が、聞こえてる。だと?

 

『見えてはないし、声も全ては聞こえてなさそうだけどね』

 

 ……そうか、見えてはないのか。

 できれば平穏普通に暮らしてもらいたいのに霊が見える聞こえる等は障害にしかならない、変なところで察しがいい奴だと思っていたがこれは予想外だ。

 

「……少し待て。お前いつ気付いて、いつ確信した」

『うっ……』

 

 わかりやすく言葉を詰まらせるハル。

 ははは、こやつめ、ははは。

 いつ気付いたかは知らんが報告連絡相談のほうれんそうは守れ、社会人の必須スキルだぞ。俺は今後社会に出る予定がないので必要ない。

 

『お邪魔してから三日後、昨日の夜』

「お前、お前……」

 

 そんなに早く気付いてたんなら教えてくれよとか昨日確信したのかよとか色々言いたいが、俺が全く気付いてなかったことに呆れるばかりだ。

 何で一年以上気付かないんだよ俺ェ……。

 

「ふー……。よし、続きを頼む」

『はいはーい、と言っても正しいかはわからないよ?』

「思い当たることでいい」

 

 んー、と思考を開始するハルから一旦意識を外し周囲を見渡す。

 ……結構適当に歩いちまったな、今は川の中流辺りか。これからは下っていこう。

 

『そうだね、さっきも言ったけど全ては聞こえてないみたいだね』

『近く遠く小さな声大きな声、色々試したけど……』

 

 知らん間にそんなことしていたのか、確かにこそこそと何かしらやってんなとか思っていたが……。

 だからそこで気付けよ俺ェ。

 

『八幡と小町ちゃんが一緒に居るときが一番かな』

「なん……だと……!」

 

 つまりあれか、小町が幽霊を見ずに済むには俺が離れんといけないといいのか。

 ……ハルと親しくなってくれんかなぁ、だが姿も見えてないんだよな。小町とは受験が近づいていけば一時的にとは言え離れるし問題は今か当分先だな。

 

「はぁー、めんどくせぇ……」

『クスクス、わたしも小町ちゃんも幸せ者だね』

 

 大袈裟な奴だ、目の前にいる奴は全力でため息を吐いてんぞ。

 それを見て同じこと言えんの? サバンナでも同じこと言えんの? こいつにサバンナの過酷な世界は関係ないな。一方的に弄れるし。

 

「おー、お兄ちゃん」

「おう、こま……」

 

 千葉村には楽園があったのか。

 間違いない、証拠は天使が太陽と水を浴びてきらきらと輝いていることだ。今日ほど生きていることを感謝した日はない。

 

「あ、八幡!」

 

 くるりと輝く笑顔、俺の大天使戸塚だ。

 水着が海パンとかじゃなくベストタイプなのが想像を煽らせる。くっ、後ろの方に女子がいるが戸塚から目が離せない! 寧ろ戸塚以外見たくない!

 

「と、戸塚、その、凄く似合ってる」

「あ、ありがとう。ね、八幡は一緒に遊ばないの?」

「悪い、川で遊べるとか知らんかった」

 

 ぐおぉぉぉぉおお、戸塚! 可愛い! とつかわいい! もう男でもよくね?

 そもそも男と付き合うのが異常という風潮が悪い。愛さえあれば全てを乗り越えられるよな、戸塚、俺と愛し合わないか?

 

「はいはい、馬鹿考えないの」

「……何だよ小町、俺は真剣だぞ?」

「なおさら馬鹿だよ」

 

 失礼な、戸塚となら如何なる障害を乗り越えられる自信がある。

 日本では結婚できないなんて些細な問題だ、是非生涯のパートナーになっていただきたい。

 

『ふぅん……』

「ぐ」

 

 痛い痛い、つねるな、後自然に心を読むな。

 

『…………』

「すんません!」

「えぇ!? は、八幡どうしたの!?」

 

 痛い痛い痛い、やめろちぎれる、マジごめんなさい! もう勘弁してください! 何でもしますんで! ……いい加減にしろ!

 

『まあ、いい。……ごめんね』

「つぅ……、大丈夫だ」

「そ、そっか、でも無理しないでね八幡」

 

 滅茶苦茶痛かった。

 一般女子がだせる力を優に越えてるんじゃないのかと言うぐらい痛かった。一般女子につねられたことないから不安が残るデータだが。

 

「……なにうずくまってんの?」

「次はお前か、ルミルミ」

「ルミルミ言うな」

 

 サバイバルモードにした覚えはないんだけどな。

 しかし次から次へと、世界は俺にもっと安息を与えてもいいと思います。ゆくゆくは永遠に休んでいたいです、そこ、死んだら休めるとか思わない。

 

「で、何だよ」

「別に」

 

 別に、と言うときは大概が何かしらあんだよ。

 中学時代にそんな感じに不機嫌になる奴がいた、小町も不機嫌な時はそんな感じだ。しかもそこで二種類に別れる、一つは察しろよで、もう一つは触れんなだ。……どっちだ、小町とハルなら正解を導きだせるんだが。

 

「そうか」

「そう」

「…………」

「…………」

 

 ほうっておくことにした。

 日陰は偉大だなー、涼しいし落ち着く、なんならジメジメもしているのでヒキガエルと呼ばれた俺には快適な空間だ。キノコだって生える。

 ……おー、女子の水着姿は目の保養になる。平塚先生も頑張れば二十代前半と言っても通じそうだ、元気な人だからそう見えるんだろうな。

 ああ、ハルも雪ノ下の水着姿を見れて楽しそうだ。

 

「……女の人じろじろ見てると変態みたい」

「そうだな、俺も丁度そう考えてた」

 

 でもな、そこまで直球だと流石に傷つく。

 だが遠回しで変態と呼ばれても傷つくだろうから人間は欲にまみれている。要点を纏めれば俺は悪くねぇ! と言うことだ。

 

「あのさ、八幡はこういうの、どう思う?」

「……もう少し具体的な質問にしてくれ」

「可哀想に、みたいなこと思う?」

 

 なるほど、可哀想に、可哀想にか……。

 生憎自分も派手にハブられた口のせいでそういう感情を嫌う、見下されていると嫌でも認識させられるあの感覚は実に不快だ。

 

「別に」

「……そっか、私は自分が惨めに見える」

 

 そう呟く少女の声は震えていた、表情はうかがえない。

 自分が惨めに見える、俺もそんな時期があったものだ。時が経てば些細な記憶だがこれは何の慰めにもならない。

 どんな理由があって呟いたのかは知らんが聞いてしまった以上無視するのも気分が悪い。

 

「満月には不思議な力があるらしい」

「え……?」

「妖怪や幽霊が元気になるんだとさ」

 

 不思議そうな顔でこちらを見上げる留美。

 人間にも色々効果があるがどうせ肝試しは林の中だ、人外だけで十分だろう。どうしても知りたければ自分で調べろ、月光浴で調べればおおよそは把握できるはずだ。

 

「肝試し、気をつけろよ」

 

 木陰から立ち上がり林を戻る。

 肝試し、イケメンなゾンビとキュートな幽霊が歓迎しよう、盛大にな。

 

 




サボっていました、趣味でやってるくせに

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