拝啓、最愛なる妹へ。
梅雨も本番、蒸し暑さで服が張り付くこの季節、いかがお過ごしでしょうか。俺はというと此処のところ面倒ごとに巻き込まれています、今日も例外にはならず巻き込まれています。それも全て材木座のせいです。敬具
* * *
「ハチえも~ん、助けてよー!」
『あ、ざい……ざい……、誰だっけ?』
「どうした、いきなり醜い顔を晒して」
六月十八日の放課後、廊下にてへんなのに絡まれた。こいつの名前は確かザイヤクザだ、体育ペアで変になつかれて希に話すことがある。依頼に訪れた時もあったが主に雪ノ下のせいでズタボロになったところをハルに救われたりもしていた。
「い、いきなり毒を吐くとか流石我が戦友よ……」
「遅れたら罵倒されるから行くぞ」
遅れなくとも罵倒される事に変わりはないが、罵倒の密度が違うのだよ。無駄に傷を広げたくない俺は嫌々あの部室に向かうのだ。
「まあ待て八幡、お主達に依頼があるのだ」
「悪いが今日は予定がある」
すたすたと部室に向かって歩くと俊敏な動きで隣をキープしながら着いてくる。なんなの?別に俺は女子高生探偵とかじゃ無いぞ、性別から間違えてる。
「我の立場が危ういのだ、頼む八幡」
「まだグレーゾーンだったのか、とっくにブラックだと思ってたぞ」
「はちまぁん……」
しつけぇ……、速度を速めたり遅めたりしているというのに諦める素振りすら見せない。悔しいことに某たぬき似ロボットの気持ちがわかってしまった、使命じゃなければ殴り飛ばしてやりたくなってくる。
「作戦目標は遊戯部の一年似に謝罪させることだ」
「何ぺらぺら喋ってんだ、俺じゃなくて雪ノ下に言え」
したくもない仕事の内容を説明されている気持ちがお前にわかるのか、高校生のうちから社畜とか絶対嫌だ。死んでも嫌だ。
『はぁ……、もう連れてったら?すぐそこだしイタズラに時間を使うだけだよ』
「はぁ……、とりあえず聞くだけだぞ」
「はちまぁん!」
俺とハルは同時にため息をついた、数少ない幸せが逃げてしまいそうだ。それもこれもこのザイヤクザが悪い、後妖怪のせいだ。この二つのせいにしておけばだいたい間違いない。
「……なにしてんのお前」
「わひゃあ!!」
『うゃ!お、驚いた』
扉越しに部室の様子を伺っている由比ヶ浜に話しかける、雪ノ下も意地が悪いな、気配を簡単に読んでくるくせに黙って待つなんて。
「入るぞ」
「う、うん」
由比ヶ浜の様子をうかがいながら入室する様は初めてこの部室に訪れてきたときに似ている。早い二ヶ月だった、雪ノ下は彼女との関係を歓迎していることから悪くない二ヶ月だったのだろう。
「や、やっはろー」
「遅かったわね、……そちらのかたは?」
「材木座、依頼だってよ」
「うむ、実は我が名を汚そうと目論む輩がいるのでだな」
落ち着けザイヤクザ、俺達底辺に発言権が無いのを忘れたのか!勝手に喋った挙げ句「え、キモい」ってドン引きされたときの苦しみを忘れたのか!
『八幡といい彼といい、たまに嫌悪感ぶつけられてのに気付かずに話続けるよね』
「ぐほぉ!」
「ぐはぁ!」
ボディブローを真正面から受けたような衝撃が体を走る、しかもどういう原理か材木座まで大ダメージだ。いや材木座ってハルの声聞こえてないよね?
「え……、何この二人」
「あまり近づかない方が賢明ね」
二人の空いた距離は縮まったようだな……、俺と材木座の命を踏み台にして。敵の敵は味方と言うだろ?それに似た考えだ、そこまで過激な関係じゃないけど十分通じる。
* * *
ところ変わって遊戯部の部室、あの後何故か由比ヶ浜がやる気になって材木座の依頼を三人とも承認することになった。今回は完璧にこいつの自業自得だがこいつを利用するためにも力を貸そう。
「では大富豪で、ルールはこっちでいいですね?」
「こっちは四人で押し掛けてんだ、異常じゃない限りな」
「ええ、わかっています」
遊戯部の提示した条件はタッグ戦、読み合いがより複雑になるルールでしかも味方にも注意を払う必要がある。……気付いたらいつも通りだ、皆敵それでオールオーケーだ。
「では始めましょうか」
そう言って慣れた手つきでカードを配る相模。チーム分けは想像つくだろうが男子は男子、女子は女子だ。け、決して女子と初めての共同作業したかったわけじゃないんだからね!
「先行け、カビゴン。メガトンパンチだ」
「我はカビゴン等ではなぁい!」
別にメガトンパンチが出るわけでも遊戯部員が六百族だったという事もなく、サクサクとゲームが進んでいく。
『……ギャンブラーだね』
ハルが何か呟いた気がするが意図的に意識を外す、ゲームである以上きっちりやるのが俺だ。ついでに言えば負けてもデメリットないし所詮は遊びだ。
「一戦目は私の勝ちね」
ここまで見事などや顔は見たことがあるだろうか、いやない。パサっと広げたカード達が雪ノ下チームの勝利を示していた、それに習うように俺もカードを出す。
「ああ、負けちゃった」
「ああ、悔しいし恥ずかしいねぇ」
そんなに俺に負けたのが屈辱的か、張った押すぞこのやろう。だが二人の顔は何かを確信しているように見えた。そうか、こいつら
「……いくら女子に負けたからって興奮を覚えるのはちょっと」
「違います」
「うわぁ……」
何だ、違うのか。てっきり雪ノ下のどや顔を見て新しい扉が開いてしまったのかと心配してしまった。俺が余計な口を挟んだせいで主に由比ヶ浜が軽蔑の視線を向けている。ごめんね遊戯部共♪
「こほん、負けてしまったなら仕方ありません」
「大人しく脱ぎましょう」
「「「は?」」」
綺麗に全員の声が重なった、耳を疑っている間に彼等のベストが宙を舞う。……馬鹿が、今お前たちは最悪の相手を敵に回したぞ。
『クス、そっか負けたら脱ぐの……、へぇ』
部屋の温度が急激に下がった、それを感じたのは俺だけでなく文句を飛ばしていた由比ヶ浜も何事かと辺りを見回している。変わらないのは雪ノ下だけだ。
『さぁ、次からはわたしも参加するよ、拒否権は無いからね』
これはゲームであっても、遊びではない。そんな某オンラインゲームの製作者のセリフが頭を過った。
* * *
こんにちは比企谷シアターのお時間です。それではその後のゲームの様子をHさん(匿名希望)に語っていただきましょう、彼はゲームを左右する要因となったものと会話できるようです。簡単に納得できる事ではありませんがそれは最後に決めましょう。
それではHさん、お願いします。
「あれは超能力とか超スピードなんてちゃちなものではありません」
「彼女は正に『勝利』そのもの。ですが温かな感情はありませんでした」
ま、待ってください。その『勝利』があなたが会話できる者ということでいいんですね?
「はい、彼女は笑い怒り哀しみ楽しみます」
我々に見えないだけで人間と代わりないんですね、続きをどうぞ。
「彼女は笑いました、ですがその目はギラついていた」
「俺達がやっていた特殊ルールは知っていますか?」
はい、ペアで行う大富豪でしたね。負けたチームが衣類を一つづつ脱いでいく。男女で別れているので女子は劣性を強いられていたでしょう。
「俺もそうなると思っていました、男は単純ですから」
結果は違ったと?
「彼女は全員のカードと表情を見ました、そして俺の番になったらカードを出す指示をする」
「それだけでした……!なのに!なのに!」
ちょ、大丈夫ですか!? 落ち着いてください!
「すみません、それから起きたこと世にも恐ろしかったです」
「女子チームのどや顔、遊戯部の絶望に染まっていく顔、空気な俺達」
まさか……
「彼女は全てを見抜いていたのです、全員の戦略を」
何て恐ろしい、正に『勝利』、そして相手に『敗北』を与える恐怖。
「彼女は豚を見るような目で言いました『君らの思いはその程度、笑い話にもならない』と」
「その言葉は俺だけに届きました、ああ……!」
……ありがとうございました。彼を楽屋へ連れていってください、十分な休息を。
皆様いかがでしたでしょうか、勝利は神様は我々を見ているのです。彼等のようなものを生み出さないためにも私達は健全に過ごしましょう。以上比企谷シアターでした。
* * *
だいたいあってる。
ハルのあの目は自分に向けられたものではないというのに、当分忘れられそうにない。そんな俺の心に残ったのは恐怖の感情だけだった。ちなみに遊戯部員に残されたのは哀れみのパンツだけだ。
『はぁ……、はしゃぎ過ぎた』
「おう、お疲れ」
俺とハルはベランダで一息吐いていた。どっかでは誰かさん達がユルユリをし、どこかでは材木座が再戦してぼろぼろにされているだろう。ざまぁ。
『それで? 彼女達の選択はどうだった?』
「想定外だった、まさか再び始めるという選択肢があるなんてな」
今までの礼も含めたプレゼント、そこで由比ヶ浜と俺の関係は終わった。そして雪ノ下の仲介のもと再び関係が出来た。完全にイレギュラーだよ、あいつらは。
「お前以外に関係が出来るなんて想像もできなかったな……」
『そう? わたしは確信してたよ』
こいつにはかなわねぇな、今回の一件俺の行動は全て読まれていた。ゲーム中のハルの読み、雪ノ下も出したカードを全部記憶していたらしいし、雪ノ下家は天才だらけなのかね。もちろん陽乃も含めて、……恐ろしい限りだ。
『……答えは変えないよ』
「はぁ……」
ハル、何度も言っているじゃねぇか。お前の答え云々は置いとくとして
「俺の心をそんなに読まないでくれ」
『それは今話すことじゃないよね!?』