病院の幽霊   作:最下

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少しはっちゃけ過ぎたかもしれない


学級日誌④

『むー……』

「どうしたハル」

『出番が少ない……』

「そういわれてもなぁ、お前普通の人に見えないし仕方ないだろ」

 

 

中間試験に向けての勉強が一段落着き、ハルと息抜きがてら話をする。

さて奉仕部とかよくわからん部活に強制入部されて二ヶ月くらい経ったのか?とりあえず奉仕部員として適当に依頼を片付けてきた、材木座の依頼は目を回しそうな中二文章を読んで、戸塚の依頼では戸塚の可愛さに目を回して、リア充の依頼も適当にやった。結論を言うと当分働きたくないでござる。

ちなみに隣で頬を膨らませてるハルは特に何もしてない、何をするにも気をつかう必要があるからな……。あっ、一応材木座の依頼の時はレポート用紙ミッチリに感想書いてたな、渡してみたら感動で泣いてた、キモかった。

 

 

『さいちゃんの時は応援しかできなかったし、つまらないよぉ』

「他の事したら心霊現象として騒がれるだろ」

『それも面白いんじゃないかなー』

「アホか」

 

 

もしマスコミとか来たらリア充達が派手に騒ぐだろ、その結果ストレスで俺が倒れるぞ。いやそれだけじゃないな、戸塚へアイドルのスカウトが来てしまうかもしれない、戸塚が人気になるのは自明の理ではあるが俺だけのアイドルでいて欲しい感情が強くなってしまう。

 

 

「それにもしお前が祓われたら泣く」

『そ、そっか。……天然タラシめ』

 

 

普通に聞こえてんぞ。憑かれると「えっ、なんだって?」が出来ないという特殊スキルが付与される、憑いてくる奴限定で。難聴のあなたは幽霊などと清い付き合いをしましょう。

 

 

『さて八幡』

「……なんだ」

『本当にガハマちゃんを突き放すつもり?』

 

 

雰囲気だけを変え尋ねてきた、それについて零したりはしなかったのに一年で大分見抜かれる様になっちまったな。その質問に返す答えはもう決まっている。

 

 

「当たり前だろ、気を使われるのは小町とお前だけで十分だからな」

『後悔するかもよ?』

「ぬるま湯の方がずっと地獄だ」

 

 

ペンをクルンクルンと回しながら答えるとハルは大袈裟に溜息を吐いた。

 

 

『前言った事忘れないでね』

「表を忘れるな、か」

『そ。裏の裏を読むでもいいよ』

 

 

どっちでもいいがな。どちらにしろやることは変わらない、変えたくも無い。

 

 

『八幡のそういうところ、変わらないね』

「これが俺だからな、変えようがない」

 

 

ふぅ、疲れが取れる会話では無かったがそろそろ勉学に戻ろう、面倒だが補修とか赤点とかの方が面倒だから仕方ない。……ハルがいるからその気になればカンニングし放題じゃね?……邪な考えが過ってしまった、忘れろ。

 

 

『八幡のバァカ』

「うるせー」

 

 

  *  *  *

 

 

「ヒッキーの、ばか……」

「…………」

 

 

悲しそうな顔を一瞬浮かべて由比ヶ浜は去って行った。これでいい、お前は俺がハルと出会う機会を与えてくれた。それに加えてお前からの優しさなんて明らかに過剰だ。だからもう気にしないでいい。

 

 

『終わっちゃったね』

「いーんだよ、これで」

 

 

幽霊特権全開で工場見学に行っていたハルが戻ってきた、あのロマン溢れる大量の機械を間近で見てきたのか……、羨ましい。

 

 

『さて八幡、君はこれからどうするの?』

「家に帰る」

『そういう事じゃないよ……』

 

 

凄く哀れなものを見る目で見られた。失礼な俺は帰宅本能に従っただけでそれを哀れむのは人類と言う種を哀れむ事と同義だぞ。お前は人類と言う枠組みを外れたから解らんのか!

 

 

『はいはい、馬鹿言わないの』

「また心を読みやがったな、どうやってんだそれ」

『顔に書いてある、ってそれはどうでもよくて』

 

 

俺としては気になって仕方ない事項なんだが。小町と言いハルと言い、俺の心を本の様に捲るんじゃありません。

 

 

『八幡には選択肢がある、どれを選ぶの?』

「選ぶまでも無いだろ、もう関わらない。それだけだ」

『そっか、それじゃ彼女達の選択は何だろうね』

 

 

……彼女達? 由比ヶ浜だけじゃないのか。残念ながら俺は選択を変えるつもりはないがな、多くと関わるのは俺にとって負担がでかい。

 

 

「……俺は変わらない、変わりたくもない」

 

 

自分を守りたいから。

 

 

  *  *  *

 

 

自分を守りたい、だと言うのに

 

 

「比企谷くん、どうかしら」

『雪乃ちゃんにはこっちだと思うなー』

 

 

何故こんな変な目に遭っているんだ。いや理由はハッキリしている、わんにゃんショーで会った雪ノ下に由比ヶ浜の誕生日会用のプレゼントを買いに来たのだ。俺は断ろうとしたのだがハルと小町のコンビネーションに沈んだ。ハルの事見えてないはずなのに……、何故……。

 

 

「由比ヶ浜にはキラキラとかふりふりとかがらしいと思うが」

 

 

雪ノ下の選んだものはどちらも由比ヶ浜が持つには違和感を感じる。こいつには似合いそうだがな、ハルが選んだ方なら特に綺麗に出来上がると思う。

 

 

「……そうね、ならこっちかしら」

『それを着た雪乃ちゃんも見てみたいかな』

 

 

次に引っ張り出したのはピンクとふりふりのエプロン。これは似合いそうだ、特に制服にこれを着たら中々の萌えだと思う。萌えとかよくわからんが、萌えとかよくわからんが。

 

 

「ああ、いいんじゃねぇの」

 

 

聞きようによっては適当な返事だったが雪ノ下的にはもう決定していたらしく、気にも留めず最初に見せてきたエプロンとレジに持っていく。

 

 

『…………』

「どうした」

『いや、何でもないよ』

 

 

そんな睨むような表情で言われてもな……、こんな表情をしたのは初めて奉仕部に行った日と葉山が部室を訪ねて来た日だけだ。

 

 

「親族、か?」

『解らない……、でも近かった人、かも』

 

 

一通り見まわしても該当する人物がいなかったらしく胸をなでおろす。やはり生身があった時の知り合いに会うのは不安があるのだろうか。俺は中学までの知り合いに会うのは割と怖い。

 

 

「行きましょう」

「おう」

 

 

戻ってきた雪ノ下と共に出口に近い大広間に向かって移動する。途中店員さんにぬいぐるみをとって貰って雪の様に白くて冷たい視線に晒されたりしたが私たちは元気です。

そうこの時はまだ元気だったのだ、もし俺達が寄り道をせず真っ直ぐ帰っていればあの災厄は避けれたのだろう。

 

 

「はぁーい、雪乃ちゃん♪」

「姉さん……」

 

 

もう、過ぎたことだが……。

 

 

  *  *  *

 

 

「まあまあ、座って座って」

「はぁどうも」

 

 

今すぐ帰りたい、そんな気持ちがとり止めなく溢れてくる。雪ノ下陽乃と出会ってからの彼女の行動は早かった、まず雪ノ下と連れていたお友達を帰し、ハルをチラリと見てからカラオケに誘ってきたのだ。

 

 

「そんなに緊張しないでよ、そこのわたしもね」

『今はハル、陽乃じゃないから』

「あはは、ごめんね?」

 

 

陽乃二人が言葉を交わしているのを見て、これで陽乃がハルのことが見えること会話できることがわかった。しかも自分だったと言うことも理解している。

 

 

「それで君は、えーと……?」

「比企谷です、比企谷八幡」

「そっか比企谷くん、よろしくね」

 

 

くらりとくる笑顔見せられた、もし中学時代のだったら間違えなく惚れていただろう。今はこの人の見えない底に恐怖を抱くだけだが。

 

 

『それで陽乃ちゃん? 今更何か用なの?』

「もぉー、そんな怖い顔しちゃダメだよ。かわいい顔なんだから」

『質問に答えて』

 

 

……怖い、ここまで敵意を剥き出しにしたハルは初めて見る。それに怖い、陽乃の言葉が全て完璧に聞こえることが、頭の奥まですんなりと入ってきて脳に残り続ける感覚が、言葉の何処にも悪意を感じ取れないことが。

 

 

「んー、警告だね」

「警告ですか」

「そ、これ以上雪乃ちゃんに関わらないでよ」

『…………』

 

 

なんだこれは、言葉は空気の振動じゃなかったのか?ここまで身体の動きを縛るものだったのか?目の前にいるのは人間なのか?

 

 

「……理由を尋ねても?」

「いいよ。と言っても簡単な事だけど」

『…………』

「だからそんな顔しないでって」

 

 

険しい顔をしているハルに態々言葉を与える、しかもその言葉から顔から悪意が読み取れない。はっきり言って気持ち悪い。

 

 

「雪乃ちゃんはわたしのだからだよ」

『わたしの? 笑わせないで、雪乃ちゃんは雪乃ちゃんの』

「それこそ笑わせないで、だよ」

 

 

まるで敵意を向けている様に話す陽乃を見て少し疑問が解けた、全ての感情をロールしているんだこの人は。喜怒哀楽も善意も悪意も、俺がそれに気づけたのは前知識があったからで、自分一人で気づけたかは定かではない。

 

 

「今の雪乃ちゃんはわたしが作りあげたと言ってもいいの」

「彼女の動力はなんだと思う、比企谷くん?」

「さぁ、向上心じゃないですか」

 

 

俺の答えに陽乃は心底呆れたとばかりにため息をついた。

 

 

「ハズレ、正解は劣等感だよ」

「…………」

 

 

雪ノ下と劣等感、朝までの俺だったら絶対に結び付かない二つだろう。だが今は、雪ノ下陽乃を見た今なら結び付いてしまう。だが認めたくない。

 

 

「それでどうして雪ノ下さんのものってなるんすか」

「雪乃ちゃんはわたしをずっと追って来てるの、今もこれからも。自分の考えだと思って」

「でもね、わたしという灯台が無いと雪乃ちゃんは足元も見えないで転んじゃうだろうね」

 

 

俺もハルも黙って続きを促す、お互いに理由は違えど心中は穏やかじゃ無いものの大きく取り乱すことはしない。

 

 

「つまり雪乃ちゃんはわたしに依存してて、わたしもそれを容認している」

「今更手放すつもりはないよ、わたしが守るの、どんな手を使ってでも」

 

 

そういう陽乃の言葉には今まで含まれなかった感情があった。歪んでいるが一つの家族愛、しかも雪ノ下陽乃の行動理念はハルが望んだもの。これを否定することは二人を否定することに繋がってしまう、始めから歪んでいたんだ彼女たちは。

 

 

『……わたしは、雪乃ちゃんは』

「もう一度言っておくよ、雪乃ちゃんに関わらないで」

「そう言われましても、ね」

 

 

陽乃の警告に被せるように言葉を発する。別に雪ノ下と進んで関わりたいわけではないが、平塚先生にペナルティを課されている訳で、警告を受け入れて留年するのだけは嫌なので抗議ぐらいさせてくれ。……どこか言い訳っぽくなったな。

 

 

「ふぅん、そう言われても?」

「顧問様に命じられてんすよ、退部は認めないって。逃げたら留年って」

「…………静ちゃんか」

 

 

知り合いだったのか、雪ノ下が追いかけていると言っていたし総武高校のOBでもおかしくはない。まぁこれはどうでもいいけど。

 

 

「奉仕部、厄介なものを……。流石静ちゃんだよ」

 

 

平塚先生の名前は予想よりずっと効果があったようだ、それにしても留年云々で特定できるってあの先生すげぇよ。

 

 

「わかった、少しだけ猶予をあげるよ」

「そりゃどうも」

「後一時間とっておくから仲良く話し合ってね♪」

 

 

無駄に気づかって頂きありがとうございまーす。

さてと、問題は山積みだな。まずは部員確保件、次に由比ヶ浜誕生日会の件、まあ後者は出来る事はもうないし前者は当日位だ。

 

 

『……八幡、わたしはどうすればいいの?』

「さぁな、自分で決めなくちゃいけないことだ」

 

 

だが飢えたも者に魚ではなく魚をとる方法を教える、それが俺達奉仕部だ。あってるよな雪ノ下。

 

 

「ハル、お前は何をしたい?」

『……八幡と雪乃ちゃんといたい』

 

 

何だよ、カッコよく決めたのに出番が皆無だった件。と言うのは冗談でそこから回りとの擦り合わせを考えてしまうのが俺達だ。

 

 

「ならそれでいいだろ」

『でもそれは陽乃ちゃんを否定することになっちゃう……』

 

 

やはり悩み処はそこか。

 

 

「ハル、雪ノ下陽乃のあれをどう思う?」

『…………』

 

 

俺の問いに目を閉じて思考を始めるハル、そうだ考えてくれ、友人が助け合うものなら俺は何度も問おう。お前が納得するまで。

 

 

『……正しくはない、でも間違いでは無いと思う』

「そうか、じゃあ雪ノ下雪乃をどう思う」

 

 

次の問いに再び瞼を閉じる、それは先程より短くすぐに目を開けた。

 

 

『雪乃ちゃんが望むならわたしは』

「あほ、お前がどう思うか、だ」

 

 

軽ーいチョップを頭に落とす。同時に全てを処理するな、余計な負荷がかかるだけだ。

 

 

『良くない、良くないよ、人の足跡を見るだけなんて……!』

 

 

少年漫画の師匠がいい顔に成ってきたな、と言うのは今なんだろうな。次が最後の問いだ、聞かせてくれハル。

 

 

「ハル、お前は何をしたい」

『わたしは……』

 

 

一瞬言い淀んだが、軽く首を振ると確かな光を瞳に宿してハルは宣言する。

 

 

『わたしは、八幡と雪乃ちゃんと一緒にいたい!』

 

 

ああ、その笑顔だ。俺が満開の桜と表した最高の笑顔だ。

 

 

『雪乃ちゃんには前を向いてほしい、足跡辿るなんてらしくない!』

『わたしは二人が大好き、一切間違えなんてない!』

 

 

今までの陰湿な空気が払い飛ばされ、爽やかな光さえ感じる。

 

 

『さぁ 帰ろう八幡』

「そうだな、帰るか」

 

 

俺達の家に。

 


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