『うんうん、中々イケてる。目さえ輝いてれば文句なしのイケメンだね』
「目はどうしようもないわ」
小町を経由して川崎大志からの依頼を受けた、ハッキリ言って小町に近づく畜生の依頼なんて死んでも受けたくないが小町に嫌われるのは死ぬより辛いことなので承諾した。
ここまでくるのに平塚先生と葉山が犠牲になったが事態は好転しなかった、仕方なしに新たの情報に従ってメイド喫茶に行ったのだがいなかった。
『あ、後姿勢を正さないと』
「あー……、目的地に着いてからでいいだろ」
『ダメダメ、こういうのは慣れるしかないんだから。ほら、ピシッ』
言われた通りにピシっと背筋を伸ばす、着慣れない親父の服に気にした事の姿勢。……凄く帰りたいしめんどくさい。
現在は次の候補に行く準備をしている、そこの入店にはドレスコードが必要なのでお嬢様であるハルに簡単な指南をうけている訳だがめんどくさい。もう一度言うがめんどくさい。
『さてお姫様たちを迎えにいこー!』
「片方は女王様って感じだけどな」
『クス、八幡は王子様でも騎士様という感じはしないけどね』
失礼な。確かにこんな目と心根が腐った王子様は嫌だしそんな騎士に何かを任せられないが……、俺が全肯定してどうすんだ、一切否定できてないじゃん。
「はぁ……、えらくご機嫌だな」
『そりゃあね、テンションの一つや二つ上がっちゃうよ!』
テンションの単位など知らんし知ったこっちゃないが、今のハルは道路に飛び出してしまうんじゃないかとハラハラする。霊体だから挽かれようが無いがそこはご愛嬌。
『だって雪乃ちゃんのドレス姿だよ!?』
別に意味でハラハラしそうだ。恐らく雪ノ下達と行動を共にしている間ハルが元気になりすぎてしまう、声は実質俺しか聞こえないわけで他人に迷惑はかからないがうるさい。
「まあ触れたりはするなよ、どうなるか解ったもんじゃないし」
『だいじょぶだいじょぶ』
だいじょぶが大丈夫なのかが甚だ疑問だよ俺は。まあ最低限の自重は期待していいだろう、想定される被害は精々セクハラ行為をし始めて最終的に俺が犯人にされるぐらいだ。……あれ、最悪じゃね?
『さって、きっちり十分前にとーちゃく!』
「雪ノ下達が来るまでにテンション落としとけ、うるさい」
『もぉー、イジワルいわないでよー』
割と深刻に思っているんだけどな、人の目が無ければチョップの一回や二回や三回は叩き込んでいるというのに。……帰りたい。
「あり余ってるなら偵察にでも行ってきてくれ、エンジェルラダー」
『え? ヤダよ』
今日のこいつ超うぜぇ。
「お待たせヒッキー!」
「由比ヶ浜さん、もう少し淑女として振る舞いなさい」
「おー、おそかっ…たな……」
『おぉー!』
何処かの残留思念がうるさいがそれが気にならないほどの驚きがあった。ドレスもうっすらとされた化粧も小物もぴったりと嵌っている感覚を受けた、雪ノ下はともかく由比ヶ浜は違和感を感じるかと思っていたが、すんなりと受け入れられた。
『凄い凄い!綺麗だよ雪乃ちゃん!あとガハマちゃんも!』
「ああ……、綺麗だな」
思わず同意してしまう。
「そ、そう。腐った目でもちゃんと見えるのね」
「えへへ、少し恥ずかしいかも……」
……あ、声に出てた? ……うぉおおおおお!恥ずかしい!お前らも照れないで!いっそ罵倒して!お、落ち着け、素数を数えろ。1,2,3,4,5,6ってただの整数だこれ!
「……行こうぜ」
「そうね」
「う、うん」
『はぁ~!可愛い!』
やっぱりハル黙れ。
* * *
「なら後は王子様と結ばれるハッピーエンドでしょ」
「それはどうかしら、あなたを待っているのはバッドエンドよ。人魚姫さん?」
二人の言葉遊び(殺伐)を眺めながら思考を巡らす、ここみたいに高級なバーでしかも夜も入っているとなると学生が使うには持て余す金額になるだろう。なら一般的には親に頼る様な場所で使う事になる、それはなんだ?俺なら……、俺は家から食事。なんなら将来まで親に金を出してもらいたいのだがそれは割愛しよう。
「……ハル」
『んー?』
入店前から一転、大分落ち着いたハルに話しかける。あの馬鹿みたいにはしゃいでいたこいつが大人しくのはこの店の雰囲気だろうか。
「お前らっていいところのお嬢様だったよな?」
『うん? そうだよ。だったらドレスとか持ってないし』
「そうか」
それじゃあこれ以上ここにいるのは時間の無駄だな。雪ノ下と川崎、どちらも怖い女子だが立場が違い過ぎる、立場が違えば見えるものも違う、なら彼女達の睨み合いはただの無駄だ。
「それともあなたが何かしてくれるとか言うの?県議会議員の娘さま?」
「ッ!」
『雪乃ちゃんは!』
ふと意識と視点を戻した時に見えたのは囁くような川崎の声、そして倒れたグラス、俯いた雪ノ下と聞こえるはずの無い声を出すハル。あーあー、もう少し早く結論を出すべきだったか。
「雪ノ下、由比ヶ浜。今日は帰れ。後はやっとく」
「でも……」
「由比ヶ浜、連れてってやれ」
「え、あ、うん」
俺は話しを殆ど聞いて無かったが由比ヶ浜なら信用できる、雪ノ下に関しては半場押し付けだが適材適所という奴だ、多分あってる。
「はぁー、なんのつもり?」
「何がだ?」
出ていく二人を見送りジンジャーエールに口を付けていたら川崎が話しかけてきた。しかし美味い、スーパーで売っているジンジャーエールが無駄にシュワシュワした液体に思える位には美味い。そしてきっと高い
「大志とあんたは他人でしょ、なんで依頼を受けたのさ」
「妹の知り合い位は他人だな」
「なら」
ならも何も下の子を持つ者の行動原理は然程変わらないと思うがな、少なくとも俺はそう思っている。妹最高!と思っている。
「可愛い可愛い妹の頼みだからだ」
「シスコン……」
『シスコン……』
決めセリフの様にビシッと答えたら今まで黙っていたハルにも呆れられてしまった。ハルもシスコンだしお前はブラコンだろ、勘だけど俺のアホ毛がそう告げてんぞ。
「明日、五時半、通り沿いのマックに来い」
「いきなり何?」
「大志と待ってる」
最後に一言付け足し、お代を置いて店を出る。あまりのアウェー感に釣銭ももらわずに出てきてしまったが気にしない。……気にしてない。
「眠い……」
『子守歌でも歌ってあげようか?』
「幽霊に子守歌ってただのホラーだよなぁ……」
こんなどうでもいいことを考える程度には眠い、先にマックで待っていよう。幸いスマホの充電は十分だ。うっかり寝落ちとかしなきゃ大丈夫。念の為に言って置くがフラグではない。
* * *
先程まですれ違っていたとは思えないほど仲良く歩いていく川崎姉弟。川崎の依頼は無事に達成した、少し川崎の視野が狭かっただけで落ち着けば自然に気付く程度の事を教えるだけの簡単な仕事だった。あと小町の謎ポイントが高かった。
「姉弟ってああいうものなのかしらね」
『…………』
雪ノ下にハルは見えていない、だからこの手の質問を行うのは別に不自然ではない。だがその疑問は自分達姉妹が上手くいっていないみたいではないか。
「さあな。良いに越したことはないが、結局は人それぞれじゃねぇの?」
「そう、ね」
ハルも今の陽乃がどうなっているか解らないらしい、何故か「雪乃ちゃんの事は大好き」なのは確信している。こいつのせいで俺もそんな気がしてきた。
「じゃあお疲れ、帰るわ」
「ええ、お疲れさま」
「ヒッキーまた後でねー!」
半分眠りかけの小町を荷台に乗せチャリを漕ぐ、フラグを回収することも無く起き続けた俺は今にもぶっ倒れそうだ。
「そういえば、犬の飼い主さんに会えたんだねー」
「っ!?」
『……!』
思わずブレーキレバーは強く握る。こいつ今、なんて言った……?俺が、犬の飼い主にあった、だと?
「誰の事だ……?」
「え、結衣さんだよ? 学校でお礼言うって言ってたよ」
そうか、そうか。疑問とパズルがカチカチと当て嵌まっていく、一つのピースを起点に周りが出来上がっていく。
『八幡……?』
「お兄ちゃん?」
「何でもない、帰ろう」
そうだ、何でもない。ただ夢から覚めただけだ、夢が覚めたら嫌な顔して起き上り学校へ向かう。何も、変わることなんてない。