一色は意外にもゲームが上手く、小町との対戦で鍛えたゲームスキルがなかなか通用しなかった。
自分は対人戦に慣れているものだと勝手に思い込んでいたのだが、小町が普段使うキャラクター以外への対抗力がない事をすぐに察知し、せめて自分が慣れているキャラクターでやろうとしたら、
「お互いランダムで!フィールドもランダムでいいですよね!」
という一色の提案に乗ってしまった為、初心者同然の一色と同格の戦いをしてしまった。
だってあの娘、ゲームしながら本体に攻撃してくるんだもん…
ゲームしてるんだから操作してるキャラクターで殴り合おうね。暴力、よくない、絶対。
後はあれですね、小町と同じ様な距離感ですぐそばで一喜一憂している後輩に多少なりともどぎまぎしてしまったのもありますね、はい。
なにはともあれ、気が付けば小町が帰ってきていた。
「ただいまー…あれ、お兄ちゃん!?女の人来てるの?ゆいさん?ゆきのさん?」
小町の声を聴いてか、動きが止まった一色は隣で見上げる様にこちらの顔を覗きこんできた。
「先輩ってあの二人とそういう関係なんですか」
「どういう関係だよ、まず呼んだことないから。あの二人だけじゃなくてほかの奴も呼んだことないが」
一色の発言に誤解の無いように答えているとリビングまで小町がやってきた。一色の姿を見てこの人誰?とアイコンタクトをとってくる。君の目指している学校の生徒会長さんですよー。
実際問題受験する学校の生徒会長など覚えている人はごく少数の物好きだろうし、知らないのも無理は無いが。
「先輩、この娘が例の小町ちゃんですか?」
「あーそうだ。俺の自慢の妹の小町だ」
「どうもお兄ちゃん自慢の妹の小町です!宜しくお願いしますね!」
「あ、先輩の学校の生徒会長をやってる一色いろはです!小町ちゃんかわいいねー先輩と兄弟とは思えないぐらいというか思えないです」
「悪いな、よく言われる」
「悪いと思っていたことが意外です・・・」
一色は本当に兄妹かどうかを確かめるためか小町と俺の顔を交互に見ている。
主に気になるのは目なのだろう。そんなに見つめられたら勘違いしますよ!
いや、見つめられただけで勘違いとか俺のボッチスキルとかいうレベルじゃないんだが。
「で、いろはさんはごみぃちゃんのなんなんですか?」
小町が気になるのはそこなのだろう。雪ノ下や由比ヶ浜は部員ということを小町には伝えているし時々そのことを話している。ではこの一色いろはという人物は比企谷八幡にとってなんなのか。
すぐに頭に出てくるのはあざといという単語だ。だがそれは彼女のことを表しているようでその実関係は示していない。
簡潔に言ってしまえば後輩ということになるのだろうが、直属の何かの共通のグループに所属しているわけではない。果たしてそれを後輩と言っていいものなのか。
考えていると一色がすらっと答えた。
「学校の後輩なんだよー先輩の」
「なるほど、、、じゃあ未来の小町の一つ上の先輩さんになるということですね!」
「先輩・・・私が、先輩・・・先輩、なんだか私今めちゃくちゃ気分がいいです」
「それはよかったな、短絡すぎだろ・・・」
小町はほうほうといつもの思わせぶりな仕草をした後、時計を見て思いついたように聞いてくる。
「いろはさんは何時まで居るんですか??」
「んーと、先輩、私って何時まで居るんですかね?」
「それって俺が決めることなのか・・・」
「あんまり女の子を夜遅くまで家に連れ込んだら駄目だよお兄ちゃん!夜の外道は危ないんだから」
「それもそうだな。一色そろそろ帰るか?」
いうが早いかすでに一色は片づけを始めていた。
「じゃあ先輩、また学校でー」
「お兄ちゃんおく----」
「一色駅まで送ってくから夕飯先に食っててくれ小町」
「先輩別にいいですよ?わざわざ送ってもらわなくても」
「いや、これでお前に何かあったら俺が罪悪感やばいしそれでさらに借りを作るのは嫌だからな」
「素直じゃないですねえ」
「うるさい」
うだうだと言い合いながら玄関を出ていく。
後ろから何かを呟いたような声が聞こえた。
「意外と先輩やってるじゃんお兄ちゃん」
駅までの道は意外にもそう長く感じられなかった。
楽しかったのかと言われればどうなのか悩むところではあるが、いろいろあったが嫌な時間ではなかったのかもしれない。一色に形だけでも先輩と認められた気がして少しうれしかったのかもしれない。
普段の一色からは先輩として見ている先輩というのが全く感じられない。
彼女たちだけでなく随分この後輩とも関わるようになったものだ。
「先輩、少しは友達らしいことできましたか?」
「結局振り回されただけな気もするな」
「酷いですよーせっかく頑張ったのにー」
「そういえば一色のそういう態度久々に見た気がするな」
ふえ?という一色の反応にはいつものあざとさが戻っている。
一色の唐突で強引な提案で起こった今日のこの出来事だが、結局一色は何がしたかったのだろうか。
「先輩もちょっとは友達っていうのを雰囲気だけでも感じ取ることができましたか?」
「未だによくはわからんが少しは・・・たぶん」
駅はもうすぐそばだ。解散するならここで解散することになるだろう。
「私は本物というのがなんなのかはわかりませんし、友達というものがその答えだなんて短絡的に考えたりはしません。でも少しは先輩の追い求める本物に近づくためのヒントになりましたか?」
不意に出てきた本物という言葉に息が詰まる。
この後輩がそんな意図をもってこんなことをしてくれていたとは思いもよらなかった。
「悪い、そんな風に気を回してもらってるとは気づかなかった。帰ってからまたゆっくり考える」
「先輩にしては素直ですねーじゃあ今日はこのあたりで!先輩にしては楽しい時間でしたよ!」
「そりゃどうも」
改札を抜けていく一色の後ろ姿は確かに小さいはずなのだが、どこか大きく見えた。
どうやら、また彼女には借りができてしまったらしい。
「先輩!今度はまたあのラーメン屋さんに連れて行ってくださいね!」
前回のなりたけのことを言っているのだろう。今回はあまりお腹にくるような大きなものを食べていないからかもしれない。
改札口で大きな声を出すのはぼっちには無理があるので、大きくうなづいておく。
今度はギタギタ食べさせるからな、と心に誓いながら。