大学という場所は彼の周囲の環境をガラリと変えた 作:さくたろう
ちょっと1話で収めようと思ったら長かったので続きも書くかもしれませぬ
先輩と付き合って初めての夜を過ごしてから、一年ちょっとの月日が流れ、私は大学三年生になった――。
あれから先輩の家に遊びにいく頻度が増えて、今は同棲なんてしちゃったりしてる。別に一緒に住んでいるからって日頃からイチャイチャしてるわけじゃなくて、そっちの方がなんていうか……。こう、お互いにとっても楽だから、ね? ほら、先輩って私がいないといろいろ駄目駄目だし、自分で言っちゃうのは恥ずかしいけど、私も先輩といないと、他のことに集中できなかったりすることもあったりするし。
そんなわけでなんとか先輩を説得して、今は二人で先輩のアパートで一緒に生活してる。1LDKだし、広さ的には問題ないからね。
「ただいま……」
「あ、先輩、おかえりなさい」
夕飯の準備をしていると先輩はとても疲れた顔をして帰ってきた。その様子を見て、ああ、今日も駄目だったのかな、なんて思ってしまう。
成績の良かった先輩は三年の秋くらいから就活を始めていて、今まで何社も受けたんだけど全滅。そのせいか、最近の先輩の目は前よりも濁りが増しているように感じる。なんというかそれが原因なら不憫だなぁ……。
「先輩、○○○から通知来てましたよ」
「ん、さんきゅ。中見た?」
「さすがに先輩より先に見ようとは思いませんよ」
「そっか、じゃあ見てくるわ」
そう言うと先輩は部屋に向かい、私は夕飯の準備の続きに戻った。
焼いていたハンバーグにほどよい焦げ目がついてくると、後ろからさっきよりも低い声が聞こえる。
「一色ぃ……また落ちた……」
……ああ、また駄目だったんですね……。
「つ、次はきっと大丈夫ですよ! 先輩ならきっと受かります!」
料理をしている最中だったので振り向かずにそのまま励ますと、後ろから優しく抱きしめられこてんと肩に先輩の顎が置かれる。
最近、不採用通知が来た日はこうして甘えてくる先輩。急にはびっくりするけど、これで先輩が癒されるならいいかな、なんて思ったり。私も先輩に抱きつかれるのは嫌いじゃないし。……ていうか大好きだし。
「いい匂いだな……」
ちょっ、唐突にこの人は何言い出すんですかね。
「いきなり匂い嗅がれるのは恥ずかしいんですけど……。それに、今日結構汗かいちゃってますし……」
「え? いや、料理の匂いなんだけど。今日はハンバーグか」
…………ですよねーー。もちろん知ってましたよ? さすがにそんないきなり先輩が私の匂いを嗅いでいい匂いだななんて言うわけないもんね? 先輩のばーかばーか。
「あれ、一色さん、なんか怒っていらっしゃる?」
不安げに覗き込んできたので、頬を少し膨らませて先輩から顔を背ける。
「先輩が料理中にいきなり抱きついてくるのが悪いんですよ。なんですかもうお前は俺のものアピールですかそれは嬉しいですけどそういうのはちゃんと内定もらってからにしてくださいごめんなさい。……あっ」
これ言っちゃ駄目なやつだ……。
慌ててたせいで今の先輩には禁句となっている言葉を放ってしまい、おそるおそる振り返ると先輩は涙目になっていた。
「す、すいません。そんなこと全然思ってないですからね? 先輩に抱きつかれたのがちょっと恥ずかしくて少し慌てちゃったといいますか……。それに私は既に先輩のものですし!」
「そうだよなぁ……。就活し始めて半年以上経つのに一社も受かってない男なんてお断りだよな……」
ああ、またいじけちゃった……。
「ほ、ほらハンバーグもうすぐできますよ! 元気出してください!」
「……なんか手伝うことあるか?」
「じゃあできたら呼ぶので運ぶの手伝ってもらえますか?」
「わかった」
うーん、これは相当参ってるなぁ。出版社って狭き門とは聞くけどここまで難しいものだったんだ……。
とぼとぼと部屋に戻っていく先輩を見ながら来年ある自分の就活が不安になってきた。まあでも、私の場合、先輩っていう永久就職先があるからそこまで問題じゃないかもしれないけど。
明日休みだし、先輩の気分転換に一緒にどこかいこうかな。うん、それがいいかな、そうしよっと!
「先輩、できましたー」
「うい」
しばらくしてハンバーグが出来上がり、先輩を呼ぶとさっきと変わらず元気のない様子で料理を運んでいく。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
料理を運び終え、二人で向かい合い、いつものようにいただきますと言って食べ始める。
けれど、本当に落ち込んでるみたいで先輩の箸は進みが遅い。料理を作った身としてはちょっと悲しいなぁ。
「先輩、ご飯食べるときくらい楽しそうな顔してくださいよー? せっかく先輩のために作ったんですからね?」
「わりぃ、一色の料理はめちゃくちゃうまい。でもこれを俺が食う資格があるのだろうか……」
「なんですか資格って……。先輩は私の彼氏なんですからね。堂々と私が作った料理食べてくださいよ」
「……俺に一色と付き合う資格なんてあるんだろうか。もっといい男と付き合った方がお前も幸せかもしれないぞ」
「先輩、それはさすがに怒りますよ? 付き合うのに資格なんて必要ないです! 私は先輩が好きなんです! 好きで好きで仕方ないんです。ずっと一緒にいたいんです。それに先輩以上のいい男なんて私は知りませんから」
「すまん……。最近ひどすぎだな俺」
その言葉を発した先輩の表情に影がさしていく。
「今の先輩は根詰めすぎなんですよ。少しは気分転換したほうがいいです! というわけで休日は一緒に出かけましょ! 私が先輩をリフレッシュさせてあげますから!」
「でも、明日は面接の書類とか書こうと思ってたんだが」
「面接と私どっちが大事なんですか!」
「いや、一番大事なのはお前だけど」
ちょっと、急に真顔でそんなこと言わないでくださいよ。凄い嬉しいですけど……照れちゃいますよ。
「そ、そうですか……。それじゃ今週の休みは私に付き合ってください、ね?」
「わかった。じゃあ今日は風呂入って寝るか」
「はーい」
ご飯を食べ終えて、お風呂の準備をして一緒に入る。
先輩に優しく髪を洗ってもらうのが最近私の流行で、それからお礼に先輩の髪を洗ってあげる。最初は恥ずかしがってた先輩も今は洗っている最中は気持ちよさそうにしてくれる。
「先輩疲れてるみたいですし今日は身体も洗ってあげますよー」
「い、いやそれは自分で洗うから……」
「いいから、いいから、遠慮しないでくださいよ。何今更照れてるんですか!」
「わかったよ……。それじゃ頼むわ」
「はーい、任されました!」
ボディーソープをタオルにつけて先輩の背中をごしごしと洗っていく。ときどき先輩がくすぐったそうにしているのが少し面白くて自然と笑みが溢れた。
「先輩、気持ちいいですかー?」
「ん、気持ちいいぞ」
「じゃあ、次はこっち向いてください」
「へ?」
後ろを洗い終わったので今度は前を洗ってあげようと思ってそう言うと先輩から素っ頓狂な声がでた。
「へ? じゃないですよ。向いてくれないと前洗えないじゃないですか?」
「さすがに前は自分で洗うからいいって……」
「遠慮しないでください! ほら! ……あっ」
無理やり先輩を前に向かせると、下半身を隠していたタオルがひらりと落ちて――。
「先輩……なんですかこれは」
「いや、これは生理現象だから。仕方ないから! だから自分で洗うって言っただろ……」
「わ、わかりました。じゃあ前は自分で洗ってください……。それと今日は駄目ですからね?」
「いや、何も言ってないだろ俺」
む、そういう言い方されると何か引っかかりますね。
……となれば。
「えいっ――」
「うおっ!?」
ちょっと悔しかったので、前を向いて身体を洗い始めた先輩に後ろから思いっきり抱きついてみた。
「えへへ~、……こういうのはお嫌いですか?」
「……いや、嫌いじゃないけど。……というか好きだけど」
「素直な先輩、好きですよ?」
少し照れた先輩の顔をこちらに向かせて見つめ合い、ゆっくりキスをした――。
* * * *
結局というかなんというか……あれからその、えっと……、二人で楽しんでしまったので、もう一度身体を洗って一緒にお湯に浸かる。いや、ほんとに今日はするつもりなかったのに……。
だんだんと気分が良くなってきて自然と鼻歌が零れる。
「そろそろあがりましょっか」
「おう」
十分に温まったので二人でお風呂をでて、一緒に身体を拭き先輩の髪にドライヤーをあてる。
髪を洗うのもそうだけど、先輩の髪を触るのがどうやら私は好きみたいだ。
「先輩」
「ん?」
「元気だしてくださいね? 先輩なら絶対大丈夫ですから」
「ああ、頑張るわ。なんか今日はごめんな」
「いえいえ、落ち込む彼氏を慰めるのも彼女の仕事ですからっ!」
胸を張ってそう言うと、先輩は「さんきゅ」と言いながら微笑んだ。
「じゃあ、先に横になってるな」
言うと、先輩はベッドに向かった。さっきとは違い、曲がっていた背筋が少し真っ直ぐになっていた気がして、それがなんだか嬉しかった。
それから私も自分の髪を乾かしてベッドに向かうと、余程疲れてたのか既に先輩はすうすうと寝息を立てていた。
「今日もお疲れ様です、先輩」
先輩の頭を優しく撫でながら唇におやすみなさいのキスをする。
久しぶりに休日を先輩と一緒に遊んで過ごせるのが嬉しくて、遠足の前日のようになかなか眠れなかった――。
ちょっとなよなよした八幡にしてみました。まあ就活ってこれくらい大変ですし多少はね……?