厄災の魔法師   作:無為の極

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第68話

 将輝は薄れゆく意識の中で、この状況をどこか他人事の様に眺めていた。昨日まではまだ佐渡で戦っていたはずのにも拘わらず、今は何故か神の眷属とも取れる物と戦っている。

 これは夢なのか現実なのか。徐々に遠くなる意識をそのまま手放せば、次に目覚めるのは宿泊施設のベットの上に違いない。そんなとりとめのない様な事を考えていた。そんな中で一人の男性の声と女性の声が自分を呼んでいる様な気がする。それが何なのかは分からないが、もう少しの間だけ微睡の中に居たい。そんな気持ちが先だっていた。

 

 

「…輝。将輝。しっかりして!」

 

 男性の声が耳に聞こえるが自分の目に映っているのは綺麗な顔立ちをした女性。誰かに似ている様にも見えるが、自分自身が会った記憶がどこにも無い。身近な人間のはずのアヤにも似ているが、そのアヤとは似ても似つかない髪と瞳の色がさらに混乱に拍車をかけていた。

 

 

「う……ここ、は……」

 

 意識が次第に回復していくと同時に昏倒した原因でもあった腹部を恐る恐る見ていた。

 突如として放たれた光線は将輝自身が展開していた装甲干渉をいとも簡単に突き破り、即死とも取れる一撃を受けた所で記憶が終わっていた。しかし、自分の目に映るそこにそんな怪我は見当たらない。先程見えた女性の顔と今の自分の状態。将輝は既に混乱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将輝!」

 

 真紅郎が叫んだ瞬間、将輝は熱線に貫かれていた。相手は天使であれば、その魔法の力は比べる必要が無い程に隔絶した差があった。幾ら何をしようがこちらの魔法が通じていない以上、防御もまた然りだった。

 最悪の刹那。ここに治療を出来る様な施設も無ければ、それを悠長にしているだけの時間すら無い。今はまだ騎士が結界を作っているからこそ、ギリギリで凌げているが、それも時間の問題でしかなかった。3体の天使の攻撃が厳しいからなのか、今の状況に活路を見いだせるだけの手段がどこにも無い。

 このままでは時間の問題。如何に手段を考え様が、手の施しようがない。今の将輝の命は各自に消え去ろうとしている。真紅郎は自分の無力さを呪いたいとさえ思っていた。

 

 

『癒せ白銀の手よ』

 

 

 女性の声が聞こえた瞬間だった。まるで時間が逆回転したかの様に将輝の肉体が修復を始めていた。声の主はアヤ。これまで蒼が使っていたはずの魔法を当然の様に行使しているその姿は、蒼と同様だった。

 

 

「あの、アヤさん、今の魔法って……」

 

「そんな事よりも、今は天使をどうするのかが先決よ。将輝の怪我は既に無くなってるから」

 

 アヤの言葉に真紅郎は改めて将輝を見ていた。既に意識が戻りつつあるのか瞼が収斂している。目が覚めるのは時間の問題だった。その一報で天使は再び無機質な視線を投げかけながらも騎士に対し、攻撃を繰り返していた。神の尖兵の中でも最下級に位置する天使に自我はあまり無い。働き蟻の様に、自分の本能だけで動いている様にも見えていた。

 既に攻撃が効かないと判断したのか、3体は同時に手を頭上へとかざす。それが何を意味するのかは直ぐに理解出来ていた。

 

 

「真紅郎君。将輝を叩いてでも良いから起こして!」

 

 天使の行動を理解したからなのか、真紅郎の行動は素早かった。直ぐに覚醒出来るように何度も将輝の頬を叩く。アヤが何をしているのかは分からないが、これから迫り来る攻撃を回避する事だけは理解していた。

 3体の天使が同時に手を頭上から振り下ろす。3体から放たれた熱線は極大のレーザーとなって襲い掛かっていた。

 

 

「ここだけは死守する!」

 

 アヤは迫りくるレーザーを回避する事は不可能であると判断していた。まだ将輝の意識が覚醒していないだけでなく、仮に回避出来た所で攻撃する手段がどこにも無い。アヤが単独で攻撃すれば出来ない事は無いが、そうなれば2人は確実に消し炭になるのは当然だった。

 となれば、ここでの攻撃は完全に防ぐしかない。騎士の能力をそのままにする訳にも居なかないからこそ、ここでの判断は尚更慎重にならざるを得なかった。アヤだけでなく騎士の前面に冷気で構築された鏡の様な物が権限している。それが何を意味するのかは真紅郎にも分からなかった。

 

 圧倒的な質量を持って迫るレーザーに真紅郎は思わず目を瞑っていた。レーザーと障壁がぶつかり合う音が周囲に響く。視線が将輝に向いていたからなのか、改めて見た光景に絶句していた。

 氷で出来た様な盾がこちらに迫るレーザーに対し、バチバチと音を立てながらその場で防いでいた。極大にまで膨れ上がったレーザーはまるで最初からルートが決められたかの様に氷の盾を避ける様に曲がっている。目の前のこれは人間が行使可能な魔法なのだろうか。真紅郎は改めて驚愕の表情でアヤを見る事しか出来なかった。

 本来であれば天使の魔法を人間が防ぐ事は出来ない。先程の攻撃で痛い程に理解している様に、人間と天使との違いは確実に存在している。にも拘わらず対等な力で拮抗しているアヤの魔法に真紅郎は改めて見る事しか出来なかった。

 それ程迄に人間と天使の間には隔絶した差が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?人間風情じゃなかったのか?」

 

 蒼の言葉に天使は僅かな焦りを呼んでいた、人間と神々の尖兵との隔絶した差が絶対に埋まる事はない。それは人間が放つ魔法の特性が大きく影響していた。

 元々魔法は世界を騙す様な感覚で情報を改変し、効果が発揮されていた。それに対し、天使は騙すのではなく元からそうだった様に情報を書き換えている。偽りと事実が直撃すればどちらの方が強いのかは考えるまでもない。騙す側はその事実を暴かれる事で何も無かったかの様になっている。それ程までに情報体を直接書き換える魔法が高度な為に、人間の脳の処理速度には限界があった。

 その結果、現代魔法は威力ではなく、速度を優先していた。その為、直接事象を書き換える使い手が殆ど居ないのはそんな理由が存在していた。にも拘わらず自分達と同レベルの魔法を行使するのであれば認識を改めるしかない。そんな事が可能なのか。天使は改めてここに顕現出来た事実を考えたのか、一つの結論に達していた。

 

 

『……まさか、完全に乗っ取ったとでも言うのか!』

 

「ほう。馬鹿では無かったか。正解した褒美に面白い物を見せてやろう」

 

 天使の言葉をそのまま肯定した蒼は先程とは違った笑みを浮かべていた。褐色の肌に黒い紋様が浮かび上がる。最初は一部だけのそれは徐々に全身を覆い出していた。ゆっくりと広がるそれが全身を覆いつくす。その瞬間、黒い紋様は浮き出たかの様に現れていた。蒼の身体を包んでいた紋様は実体化すると同時に大きく広がる。それは先程、獣の天使が登場した時と同様だった。

 

 

『馬鹿な……上位に階梯したとでも言うのか……』

 

天使は驚愕の言葉を出すに留まっていた。まだ堕天した当時、あの羽は自分と同じく二対しか無かったはず。しかし、今顕現しているのは三対の羽。どうやって階梯したのかすら分からないそれは、天使の理解の範疇を大きく逸脱していた。

 天使の様な光り輝く物ではなく、まるで闇を溶かしたかの様な漆黒の羽は完全に堕天した証。それと同時にこれまでの力とは比べものにならない程の瘴気が噴出している様だった。

 蒼の周囲には何も無いはず。にも拘わらず大地そのものが瘴気の影響で腐食している様にも見えていた。

 

 

「残念だったな。貴様の予想通り、システムは既に乗っ取っている。あの騎士が最たる物だ。この姿を見た以上は消えろ」

 

 当然と言わんばかりに蒼が天使に放った言葉は純然たる結論だけだった。先程までは何とか拮抗してたはずの力が既に一方的になっていた。三対の羽が持つ意味を天使が知らない訳では無い。既に自分のよりも格が高い相手と対峙し、勝てる算段は既に無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままじゃキリが無い。今から結界を解いて天使を攻撃するから、2人は何とか回避するか身を護って」

 

 アヤの言葉に意識を取り戻した将輝と真紅郎はどうしたものかと考えていた。このまま一方的に攻撃を受け続ければどんな結末が待っているのかは考えるまでも無い。だとすれな攻勢に転じるのは一つの考えだった。しかし、自分達の魔法が通用しない事は既に実証されている。そんな中で真紅郎はもう一つの可能性に賭けるしかなかった。

 

 

「将輝。あの魔法はまだ試していない。どれ程の威力が実際にあるのかは蒼だけが知っている。あれ程の魔法ならやれるかもしれない」

 

「ああ。俺もそれを考えていた。だが、今の状況だと後1回だけだと思う。それ以上は正直な所分からない」

 

 戦略級の魔法はまだ試していなかった。事実、あの魔法の基礎を構築したのは蒼。今の状況を考えればそれ以外に対抗できる魔法が何も無かった。既に何度も放っている為に将輝の限界が近いのもまた事実。ここで逡巡する程の余裕はどこにも無かった。

 

 

「アヤさん。1体は何とかしてみせる。後は頼める?」

 

 本来であればアヤにそんな事を言いたくは無かった。事実、ここまで何とか凌げているのはアヤの魔法があってこそ。女性に対し全てを頼むのは気が引けるが、目の前の現実を考えれば自分のプライドは微々たる物だった。

 ここで強引に出ればプライドだけでなく命すら無くなってしまう。だからなのか、将輝はそれ以上の言葉を告げる事はしなかった。

 

 

「じゃあ、やりましょう」

 

 アヤの言葉が合図となったのか、これまで自分達を護ってきた強固な結界は消失していた。その瞬間を狙うかの様に天使は再びレーザーを放とうとした瞬間だった。

 

 

「これでも喰らえ!」

 

 将輝の叫び声と同時に1体の天使を漆黒の球体が包み込む。既に射程圏内に入ったと思った瞬間だった。これまでに聞いた轟音と同時に今までとは違った音が僅かに聞こえて来る。漆黒の球体が消え去った後には何も残されていなかった。

 

 

「や、やった……ぞ」

 

「将輝!」

 

 将輝は既に限界を超えたのかその場で倒れ込んでいた。先程まで3体だったはずの天使の1体が消滅している。真紅郎が予想した通り、強烈は攻撃はそのまま天使までもを消滅させていた。

 先程まで居た場所を見ていた天使の1体が瞬時に頭頂から股下まで真っ二つになって裂かれている。倒れる将輝を支えながら後ろを見れば、そこには大剣を持った騎士が一刀両断で斬り裂いた瞬間だった。炎を纏っていたからなのか、二つに別れた天使の身体からは黒い炎が包んでいる。異質な魔法に対し、今は何も言わない方が良いだろうと判断したのか、真紅郎は将輝を保護する事を優先していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさかここまでとは……』

 

 

 天使は先程の光景を見て確信するしかなかった。自分達が顕現したのは人間の自然の行動によってもたらされた物ではなく、特定の何かが人為的に発生させた物。自分達は神が決めたプログラムを疑う事無く実行しただけだった。

 既に目の前に居るのは当時追放した同胞ではなく、その上の者。天使の無機質な瞳に映っているのは自分よりも格上の存在でもある三対の羽を持った一柱の堕天使の姿だった。

 

 

「これ以上は迷惑だ。さっさと消えろ」

 

 言葉と同時に放たれた魔法は既に周囲を完全に埋め尽くしていた。先程の魔法とは比べものにならない程の数に回避出来るゆとりは無い。幾重にも重なる魔法陣に天使は既に諦観の表情を浮かべるしか無かった。

 自分と格上との格差は筆舌しがたい程の差が存在していた。純粋な力だけではなく、全ての部分で凌駕している。如何に抵抗しようが純然たる力の差を埋める事は不可能でしかなかった。

 全ての魔法陣が鈍い光を出し始める。そこから放たれた魔法は天使の障壁など最初から無かったかの様に貫いていた。

 

 

「貴様!我に手をかける事がどんな意味を持つのか………」

 

「知らない訳が無いだろうが。所詮はただの操り人形が」

 

 無数の魔法が執拗な程に貫いて行くと同時に、その姿さえも残さない程に攻撃が止まらない。天使が抵抗出来たのは最初だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された最後の天使は声にならない悲鳴を上げながらその場で停止していた。元となった天使が居なくなったからなのか、身悶えるかの様に全身を抱きながら消滅していく。既に決着が付いたからなのか、3人は改めて蒼の方へと視線を向けていた。

 

 

「そっちも終わったみたいだな」

 

「はい。これで全部が終わりました」

 

 蒼の言葉にアヤは改めて終わった事実だけを述べていた。周囲には生命の姿はどこにも無く、先程までの戦いの痕跡だけが残されている。

 確認した訳では無いが、確実にこの地の生物は死滅している様な雰囲気だけが残されていた。

 

 

「こっちも全てが終わった。残された時間は好きにすると良いだろう」

 

「もうお別れなんですね」

 

「そうだな。既に器も無くなった。今から出来る事は限られるな」

 

 2人の間には初めて会った時に交わされた約束が残されていた。器の崩壊はこの地に留まる事が出来ない証。今の蒼がこの地に留まり続ける事は既に不可能な状態になっていた。

 先程まで瘴気を放った身体は既にそれが止んでいる。それと同時に背後の空間がゆっくりと歪みだしていた。

 

 

「ちょっと待ってくれ。俺にも分かる様に説明してくれないか?」

 

 2人の言葉を止めたのは意識を取り戻した将輝だった。限界ギリギリまで使ったからなのか、鈍器で殴られたかの様に頭が痛む。既に人間としてではない事は分かっていたが、それとこれはやはり違う。これが最後だと無意識で感じ取ったからなのか、自分が最低限知りたい事を聞きたいと考えていた。

 

 

「もう俺にはここに残れるだけの時間が無い。既に情報に関してはアヤが全てを継承している。詳しい事はアヤから聞くんだな」

 

「だが……」

 

 既に蒼の身体からは生気が失われたかの様にその存在が薄くなりだしていた。何の媒体も無いままに顕現するには多大なエネルギーが必要となっている。既にここに権限するだけでなく、存在を維持する為に使用した魂のエネルギーは膨大な数に上る。そんな中で、更に維持しよう物ならば、大国の一つを犠牲にする必要があった。

 既に崩壊した器の代わりが無い以上、残された時間は殆ど無い。本来であれば将輝の質問に答えたいが、生憎とその時間すら残されていなかった。歪んだ空間が蒼の身体を包み込むように覆い始めていた。

 

 

「アヤ。短い間だったが、これまですまなかった。俺の女……いや、バックアップとして迷惑をかけたな」

 

「いえ。私こそ短い時間でしたが幸せでした。貴方に拾われた命ですから、それ以上は何も言えません」

 

 お互いの会話に将輝も真紅郎も口を挟む事は出来なかった。人間と言うカテゴリーですら無い物の別れに次は無い。自分達よりもアヤの方がその思いは確実に強い。今はただその会話を黙って聞いている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

「もう時間だ。俺はこれから永遠の闘争に入る事になるだろう。仲間が待っているからな。我々の時間からすれば人間の寿命など些細な時間だ。心配せずとも魂は拾ってやるよ」

 

「はい。お願います」

 

 最後の笑みなのかアヤの笑顔はこれまでに見た事が無い程に儚い笑顔だった。悲しみを無理に堪えている様にも見えるが、元から決められた事実。今は笑顔のまま送り出す事を決めたアヤの決意だった。

 

 

「それと将輝。剛毅さんと美登里さん……茜と瑠璃にも宜しく伝えておいてくれ。真紅郎。将輝の事を支えてくれよ」

 

「ああ。このままには出来ないからね」

 

「これは俺からの餞別だ。これが無いとお前らは帰る事も出来ないからな」

 

 その瞬間、漆黒の羽の一部が将輝と真紅郎に突き刺さっていた。痛みも何も残る事無く自分達の身体に吸収されたかの様に消え去っていく。既に残された時間は多く無い。今はただ黙って見ているだけだった。

 

 

「安心しろ。お前達の魂もついでに拾ってやるよ。その時までな」

 

「俺達はついでかよ」

 

 将輝と蒼の最後の言葉が終わったと同時に、歪んだ空間は蒼の全身と包み込みそのまま消失していた。先程まで一緒に戦っていたはずの世界から蒼の存在が完全に消え去る。既に周囲の空気は先程までとは打って変わって穏やかな物へと変わっていた。

 

 

 


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