厄災の魔法師   作:無為の極

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第67話

 蒼が踏みつぶした角笛はそのまま破壊された瞬間、光の粒子となってその姿を消し去っていた。あれが何を意味しているのかを知っているのは当人でもある蒼だけだった。

 先程の天使と、今の蒼の姿。そしてあり得ない程の極大の魔法の数々。考え出せばキリが無い事実に将輝だけでなく真紅郎も改めて自分の考えを整理していた。

 

 

「アヤ。既に俺の手から完全にこれはコントロールが離れる。今の内にやる事があるから手を出してくれ」

 

 本来であれば他に何かが出てくる様な可能性も気配も感じられなかった。周囲一帯は大きな窪みが発生し、生命の気配は自分達以外には感じる事が出来ない。にも拘わらず、蒼は何かをせかしている様にも見えていた。

 蒼の言葉に疑問を持つ事も無くアヤは手を差し出す。向けられた掌の上から重ねるかの様に蒼は自身の手を重ねていた。不意に何かが全身を駆け巡ると同時に、まるで何か圧縮された様な知識がアヤの脳内に押し込まれたのか、アヤは僅かに目を細めている。

 時間にして数秒程度。それが何かの合図だったのか、アヤの全身が一瞬だけ鈍い光を発していた。

 

 

「蒼。これは?」

 

「騎士の全権委任だ。これで俺からアヤに権限が移行している。今後はアヤがこれを使役するんだ」

 

「ですが……」

 

「悪いがもう時間が無い」

 

 アヤの言葉を遮るかの様に蒼は視線を先程まで黒炎に包まれていた天使の先へと動かしていた。パッと見は何があるのか分からない。しかし、改めて視線を集注すると、空間に歪みが発生していた。

 

 

「アヤ。騎士を呼び戻せ。それとこいつらも護るんだ。先程の様に守りながらの戦いは出来ない」

 

 蒼の言葉が何かの合図となったのか、歪んだ空間が徐々に拡大していく。3人は何が起こったのかを理解出来ないからなのか、蒼が警戒しているからと、改めて周囲を確認していた。

 

 

 

 

 

「まさか貴様が出てくるとはな。余程暇を持て余してるのか?」

 

『よもやと思いここに来たが、まさか生きて現世に出てくるとは、随分としぶといな。やはりあの時に完全に始末すべきだったか』

 

 蒼は何も無い空間に話しかけていた。本来であれば返ってくるはずの無いそれに無機質な声が届く。先程の天使と同じ様なそれが再び先ほどの戦いを彷彿とさせたからなのか、将輝だけでなく真紅郎も自然と臨戦態勢に入り始めていた。

 歪んだ空間に少しづつ色が付き始めていく。先程同様に周囲に有る物全てが歪みを吸い寄せられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一つだけ聞きたい。どうやって虚数の海から脱出が出来た?あれは完全に出る事が適わないはずだが』

 

「簡単な話だ。貴様達が作った人間がそのキッカケを作ったに過ぎない。俺はただそのエネルギーを有効活用しただけだ」

 

 蒼の前には二対の光り輝く羽を持ち、ネコ科の獣の様な胴体から生えている3つの顔が全て蒼に向けられている。先程現れた天使に比べれば、明らかに今の方が異質な様にも見えていた。

 会話をしているのは人間の顔だが、その両隣にある猿と山羊の顔は無表情のまま。お互いが会話している内容に理解が追い付かないからなのか、唐突に起きた出来事に将輝と真紅郎の2人はただ茫然とするしか無かった。

 

 

『なるほど。まさかそれを実行するとは………だから顕現する事が出来たと言う訳か。やはり人はこの地に於いての害悪でしかなかったか』

 

「それをどう考えるかは貴様が決める話ではあるまい。事実人を作り出したのは神であり、貴様らでは無い。勝手な都合で作り出し、勝手な都合で消し去ろうとする。まさに傲慢とはこの事だな」

 

『相変わらず何も分かろうとしないとは、実に愚か。反逆者が今さら何を望むつもりだ。答えろアスモデウス!』

 

「知りたければ俺を倒すんだな」

 

 蒼の言葉が終わった瞬間だった。大地が呼応するかの様に振動を開始している。既に会話をしながらもお互いは闘争の態勢に突入していたからなのか、既に周囲一帯は何も無いはずにも関わらず、目に見えない何かに怯えた様な雰囲気が漂っていた。

 一方で将輝だけでなく、真紅郎もまた蒼と話をしていた物との内容に驚きを隠せなかった。アスモデウス。これまで一人の友人だと思った人物の名だと判断したからなのか、将輝は真紅郎以上に驚いていた。

 

 

「将輝、真紅郎。こっちに!」

 

 アヤの言葉に状況を理解したからなのか、2人は直ぐにアヤの下へと移動していた。周囲にはこれまで見た事が無い4体の騎士がまるでアヤを護るかの様に囲んでいる。蒼の状況にも驚きを隠せないが、アヤに対しても同じだった。ここに来てから自分達の常識が悉く破壊されている。

 元々無神論者でもあり、科学者でもある真紅郎も目の前に起こった事実に、ただ理解を示すしかなかった。それと同時に、蒼の異常とも取れる魔法特性の源泉に気が付く。自分達は一体何と過ごしていたんだろうか。非現実的な光景だけが目の前に広がっていた。

 

 

 

 

「アヤさん。本当の事を教えてくれないか?さっきのアスモデウスの名前だけじゃない。この騎士の様な物も含めて」

 

 将輝の言いたい事はアヤも分かっている。本来であればもう少し落ち着いた状況で話した方が良いのかもしれないが、この状況下ではゆっくりと話す暇は無かった。

 先程の権限の移譲は明らかにこの戦いの事を理解していたからに過ぎなかった。元々強大な魔法がばら撒かれれば、自分達の様な人間が使える障壁魔法など無意味でしかない程の威力を持っている。

 先程は蒼が複数の魔法を行使したものの、余裕があったから出来た事実。しかし、今戦っている相手は明らかに対等に近い能力を持った者同士の戦い。だとすればこちらに意識を持っている暇は無いだろうと判断した結果だった。

 

 

「詳しい事はこれが終わらないと話せない。でも、さっきの会話は事実よ。私は出会った当初からそれを知っていたから」

 

「だったらどうして早く言ってくれなかったんだ。そんなに俺達が信用が出来ないのか?」

 

「違うわ。蒼に止められたの。調べたい事があるから事実は言うなって」

 

 アヤの悲痛な表情が全てを物語っていた。既に戦いは始まっているからなのか、周囲には先程と同じ様な多重障壁が幾重にも展開されている。しかし、真の姿を現した影響からなのか、攻撃も防御も全てが桁違いの攻防だった。

 大地が衝撃に負け、何か行動を起こす度に亀裂が入り、それが幾つも点在している。既に近隣の建造物は跡形も無く消し去っているからなのか、遠くにある山脈までもが衝撃の度に破壊され、その形を変えていく。周囲を気にしていないからなのか、そこには濃密な死だけが漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何……これ……」

 

 何時もの日常を送っていたはずの真由美は突如として正体不明の痛みにうずくまっていた。全身を駆け巡るだけでなく、以前に付けられた呪いとも取れる首筋にこれまで経験した事が無い程の痛みが発生していた。

 まだ一高に在籍していた当時付けられたそれは今になって漸く記憶の奥底に押し込める事が出来たと思った瞬間だった。自宅に居た為に醜態を晒す事は無いが、このままでは自分の首がどうなるのかを考えたいとは思えなかった。蹲るだけでなく、漏れだす声に人としての感情が感じられない。静まり返った廊下に真由美の悲鳴の様な叫び声の様な物が響き渡る。真由美の異常な声に気が付いたからなのか、その場に居合わせた香澄が背中をさすろうと近寄った瞬間だった。

 

 

「お…姉……ちゃん………」

 

 香澄は呆然と見ているしか出来なかった。まるで何かが抜け出すかの様にドス黒い何かが背中から一気に噴出し、そのまま上空に向かって飛んでいく。室内にも関わらず、天井をすり抜けたそれは直ぐに消え去っていた。時間にして僅かの出来事。そんな非現実的な光景に暫し呆然と眺める事しか出来なかった。

 

 

「お姉ちゃん!しっかりして!」

 

「どうしたの香澄!」

 

「お姉ちゃんが突然……」

 

 香澄の叫びに気が付いたからなのか、泉美が血相をかえて走ってくる。既に真由美は先程の痛みが消失したのか、そのまま意識を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼をアスモデウスと呼んだ天使の様な物との戦いは既に黙示録戦争を思わせる内容となっていた。大気が周囲に伝播する度に周囲の残った建造物や自然物が距離を関係無く次々と破壊され形を失っていく。それと同時にその場に居るアヤ達もまたその衝撃波と戦っていた。

 騎士の権限を委譲したのは偏にこの戦いを事前に読んでいたからに過ぎなかった。人智を超える魔法は誰も気が付いていないが、人間が織り成す障壁魔法そのものが役に立たない事実でしかない。

 仮にこの場でファランクスを展開したとしても、例外では無かった。騎士が結界を張るかの様に周囲に見えない何かが包み込んでいる。その影響があったからなのか、誰一人として警戒を解く事は無かった。

 

 

「どうした?あの頃より弱くなったんじゃないのか?」

 

 蒼の言葉が届いていないのか、獣の様な天使は返事をする事は無かった。お互いが集中していく中で、行使される魔法の威力は何も変わっていない。にも拘わらず圧倒的に押しているのは蒼の方だった。

 

 

『何故こうまで力の差が開く。我とは大差無いはず』

 

 天使の言葉はそのまま爆発音と共に消失していくからなのか、完全に伝わる事は一切無かった。周囲を取り囲むかの様に幾重にも張られた魔法陣は既に狙いを付けたからなのか、徐々に事象の改変が始まっている。

 周囲を取り囲むそれは余りにも膨大な数でしか無かった。360度全域に対し障壁魔法を展開する。幾ら強靭な肉体が有ろうとも、幾重にも出された魔法の衝撃は完全には消しきれない。天使は衝撃をそのまま受ける以外に無かった。

 

 

「所詮は俺の後釜なだけか……随分と驕った考えしか無いみたいだな」

 

 全方位からの衝撃は肉体とも言える物全てに膨大なダメージを与えていた。直接的な攻撃がどれ程効果的なのかは言うまでもない。先程まではしなやかさを持ったはずの躯体が見るも無残な状態へと変貌しただけだった。

 

 

『まさかこうまでとは……』

 

 既に猿の顔と山羊の顔は潰れたのか、眼や口から血の様な物が流れ、無残な状態となっていた。既に見た目だけは終焉を迎えそうにも見えるが、気配はまだ何かしら残しているようにも思える。

 先程の攻撃の事は一旦意識の外に追いやり、今は様子を見る事を優先していた。

 

 

「どうした?自分が蔑んだ物から攻撃を受けた事がそんなに悔しいとでも言うのか?」

 

 蒼の言葉は既に届いていないのか、獣の天使は沈黙したままだった。未だ様子を見るが、その力が完全に失った様には見えない。本来であれば追撃するのがセオリーではあったが、異質な雰囲気がそれを止めていた。

 

 

 

 

 

 天使は僅かにこれまでの行動すべてに疑問を持ったまま戦っていた。自分が理解している状況からすれば堕天した際に能力の殆どを封印したまま虚数の海へと叩き落としている。

 本来であれば這い出る事すら敵わないにも拘わらず、何事も無かったかの様にこの地に顕現している。先程の言葉が正しければ、先に起こった大戦の人的エネルギーをそのまま利用した事が事実であると裏付けている様だった。

 しかし、今の戦いに於いては当時の能力をそのまま行使している様にも感じる。先ほどの会話の中で出た有効活用。想定外のダメージを受けながらも思考が停止する事は無かった。アスモデウスの背後に視線を動かす。そこで見たのは4体の騎士。全ての疑問が一気に解決へと向かっていた。

 

 

『アスモデウスよ。改めて問おう。お前が成しえたい物は復活の事か』

 

 未だ動く気配が無いはずの躯体から聞こえる声は先程の声とは違っていた。ここには一体しか居なかったはず。にも拘わらず聞こえる声は複数の様にも感じていた。

 弱り切った躯体がゆっくりと浮かび上がる。気が付けば二対の羽は僅かに燐光を帯びている様だった。

 

 

「そんな物は望んでいない。お前達の様な傲慢を見れば尚更だ」

 

『ならば問おう。既に人の滅亡は決定している。何故それを防ぐ為に加担する。さてはまた、同じ事を繰り返すつもりか?』

 

「さあな」

 

 天使の問に蒼は答えるつもりは無かった。既に何かしらの準備が成されたからなのか、獣の姿がゆっくりと変化していく。新たな生命体が生まれ落ちたかの様に、先程の様な獣の姿から人型へと変化し始めていた。

 

 

 

 

『神の慈悲は既に終わっている。このまま滅亡するが良い』

 

 人型となった天使の背後に新たな影が生まれていた。元々人類殲滅の為に派遣されていたのは同じ眷属でもある天使だった。

 背後から3体の天使が姿を現す。知性を感じる事すらないそれは人類滅亡の為の尖兵に過ぎなかった。声にならない叫びと共に一対の羽を大きく広げる。既にターゲットを確認したからなのか、3体の天使は蒼には目もくれずその場にいた将輝達へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将輝、このままだと拙い!」

 

「ああ。分かってるさ!」

 

 将輝と真紅郎に狙いを付けたからなのか、他の事には目もくれず天使は一気に距離を詰めていた。ここまで呆然と見ているだけしか出来なかった将輝達に向けられているのは純粋な殺意。しかも、人間ではなく天使が相手だからなのか遠慮する事なく最初から全力で対応していた。

 CADを向け、最大限の威力で爆裂とインビジブル・ブリッドを次々と行使する。カウンター気味に発動されたそれは人間であれば即死する程の威力だった。

 幾つもの爆発が天使を包む。自分達が出来る中での最大の魔法に手ごたえを感じていた。蒼の戦いを邪魔する訳には行かない。そんな思いがそこに存在していた。

 

 

「2人とも避けて!」

 

 アヤの言葉に将輝と真紅郎は無意識の内に回避していた。一直線に飛んでくる天使に最大力で魔法が直撃している。本来であれば生命反応を気にするはずが、今はそんな気すら起こる事は無かった。だからこそアヤの言葉を理解するまでに身体が無意識の内に動いていた。先程までいた場所に大きな亀裂が走る。アヤの言葉が無ければ2人は一瞬の内に圧殺されていた所だった。

 

 

「普通に魔法を放っても恐らくは効かないと思う。威力をもっと上げないと障壁すら越えられない」

 

「だろうね。最大出力であれだと打つ手無しだよ」

 

 アヤが言う様に2人が改めて天使を見れば、そこにダメージを負った形跡はどこにも無かった。

 自分達の魔法がまるで役に立たない。この時点でどれ程の物と蒼が対峙しているのかを理解していたからなのか、冷たい汗が背中を伝っていた。将輝はこれまで自身の魔法が如何に危険な物なのかを理解しながら行使してきた。人間を一瞬にして吹き飛ばす爆裂の魔法がそのままクリムゾンプリンスの異名を付ける結果となっているだけでなく、周囲から見ても危険な物に違い無かった。

 横浜でも敵兵に対し行使したそれは敵味方関係無くその威力を存分に発揮している。今回の戦いに於いては蒼と天使の内容を見れば、自分達に襲い掛かってくるこれも似たような物だと理解しているはずだった。しかしそんな将輝の思いは路傍の石の様に粉々に破壊されていた。

 人間と神の眷属にこれ程の違いがある。将輝の思考を止めるには十分過ぎた内容だった。

 

 

「将輝。止まっちゃダメだ!」

 

 真紅郎の声に反応した時には既に遅かった。将輝の身体を貫いたのは一筋の光。気が付けば腹部から夥しい血液が温もりをもったまま流れていた。

 

 

「よくも将輝を!」

 

 将輝の腹部が貫けれた瞬間、真紅郎の目には純粋な怒りだけが浮かんでいた。時間にして刹那とも言える瞬間の一撃は、まるで咎人を断罪しているかの様にも見えていた。CADを使い天使に向けて何度も魔法を発動させる。既にどれほど撃ち込んだのかすら数える事をしなかった魔法はやはり届く事は無かった。

 

 

 


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