厄災の魔法師   作:無為の極

64 / 69
第64話

 

「皆さん。お忙しい所申し訳ありません。今回の件での報告と、今後についての意志の確認をしたいと老師に願い出た事についてですが」

 

 佐渡の戦いは誰もが想定していない程の速度で終結していた。被害にあった人数が殆ど無いだけでなく、一部の家屋が火災によって延焼した以外に被害らしい被害は見つかる事はなかった。

 そんな事実があったからなのか、本来であれば掃討戦や、再度被害が起こらない様に暫くの間は現地で常駐するのが常だった。しかし、そんな前提を覆し剛毅は老師に願い出た事によって、臨時の師族会議を開催する運びとなっていた。

 

 

「今回の佐渡の件は予想以上に早い終結となったのは偏に一条殿のご活躍があったのではありませんか?」

 

「今回は前回の様に初動が遅れた訳ではありませんでしたので。幸か不幸か情報に関しても、いち早く察知した者が居たのが僥倖かと」

 

 剛毅は師族会議の中でも年齢を考えれば若い部類に入るからなのか、普段であれば早々発言をする機会は多く無かった。しかし、今回の件に関しては事実上、剛毅が開催した様な部分があったからなのか、何時もとは違う様な緊迫感があった。

 まだ血なまぐさい戦場にいた名残なのか、剛毅の雰囲気は何時もとは完全に異なっている。そんな空気を察したからなのか、若い部類に入る八代家当主の雷蔵が剛毅に声をかけていた。

 

 本来であれば、この会議に於いての年齢は然程意味を成す事は無い。各家によって代替わりのタイミングが一律で無い事も要因の一つとなっていた。

 

 

「それで、今回の趣旨は一体何でしょう?老師に依頼してまでとなれば尋常な話は無いのかと」

 

「佐渡の件は恐らくは軍からの大本営の発表がされるとは思いますが、内容に関しては概ねその通りだと判断して頂いて構いません。それよりも今回の件は先の戦いに於いて攻め込んで来た国が判明した事が理由の一つです」

 

 剛毅の言葉に何も変化は無かった。しかし、理由の一つとなれば他にも何かしらの問題があったと言外に匂わしている。気になる部分は少なからずあるが、今は目先の国がどこなのかを聞く為に誰もが横槍を入れる様な真似はしなかった。

 

 

「今回の侵略に関して敵国は大亜連合、新ソ連の連合部隊です。大亜連合に関しては以前に起きた灼熱のハロウィン以降に交わされた条約を無視した侵略行為である事に間違いはありません。この件に関しては既に軍部でも証拠を握っている為に近日中に何かしらの声明が出されるでしょう」

 

 大亜連合と新ソ連の名前にそれぞれが何かしらの思惑があったからなのか、各々が異なる反応を見せていた。これまでにも見えない部分で大亜連合とのいざこざがあるのは既に周知の事実ではあったが、こうまで表立って行動してきた事は過去には一度も無かった。ましてや条約を結んで半年程しか経過していない。これが事実であれば、条約が破棄された事による全面戦争の可能性が否定できなくなっていた。

 ただでさえキナ臭い世界情勢の中に火が付いた爆弾を放り込む行為は今後の可能性を考えれば看過出来る事実では無い。それが予測できたからなのか、空気は重い物へとなりつつあった。

 

 

「ですが、今回の件に関しては早急な対処が成される事になります。我々が考える可能性は恐らくは皆無となるでしょう」

 

「一条殿。それはどう言う意味で?」

 

「後ほど説明しますが、今回の戦いに於いて大亜連合と新ソ連はUSNAの二の舞となる可能性が極めて高いと考えています」

 

 剛毅の言葉に誰もが騒めいていた。事前に弘一と話をしたからなのか、このメンバーの中で真っ先に声を上げるはずの七草弘一は沈黙を貫いている。何時もの空気とは明らかに違うと判断したからなのか、他の当主達も剛毅がどう説明するのかを待っている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《剛毅さん。あいつらは、どうやら野心を剝き出す事を決めたようだ》

 

「野心?それはどう言う意味だ?」

 

 剛毅の下に飛び込んだ通信の相手は蒼だった、沿岸部に見える船が既に何も出来なくなっていると判断したのは割と早いタイミングだった。突如として船のブリッジが吹き飛んだだけでなく、幾つかの場所から黒煙が立ち込めている。恐らく機関部を破壊したからなのか、目視出来るだけでも敵の攻撃手段は失われているのは確認出来ていた。

 この時点で船は司令部としての機能が失われているだけでなく、内陸部に居るであろう兵士も撤退の為の手段を失った事になる。市街地に放たれた虎の影響で、上陸した敵兵の確認が出来ない。幾らドローンを徘徊させても、映る映像は血溜まりだけだった。

 だとすれば、先程までの命のやり取りをしていたはずの戦場が既に終結している様にも見えていた。そんな中での蒼からの通信が何を意味するのかは剛毅と言えど判断するだけの材料が何も無かった。

 

 

《ここはクリアになったが、やつらはUSNAにも同時に攻め込んでいる。このままだとUSNAの陥落は時間の問題だ》

 

「USNAだと?」

 

《ああ。スターズの総長に確認した事実だ。まだ向こうは詳細が分かってないらしい》

 

 蒼の言葉にその場にいた情報官が直ぐに確認すべく、どこかへと通信を開始している。その言葉が本当なのかは分からないが、一部の小隊には既に命令が下っている事が確認されていた。

 

 

《俺としては自分の玩具を汚い手で勝手に触られるのは面白く無い。だからその元を絶ちに行ってくる》

 

「確証はあるのか?」

 

《これから無くなる国に確証は要らないだろ》

 

「まさかと思うが、少し待つんだ」

 

《幾ら剛毅さんでもそれは聞けない。誰に喧嘩を売ったのかを知らせる必要があるからな。デッカイ花火が上がったらそれが合図だと思ってくれ》

 

「ちょっと待つんだ!」

 

 言いたい事を言ったからのか、通信が再度繋がる事は無かった。そもそもこちらのチャンネルを知っているからこそ繋がったに過ぎないが、逆にこちらから繋げる事が出来ない。通信が切れた以上はどうしようも無いが、念の為にと将輝の端末にかけた通信は完全に圏外となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一条殿。それは先程まであった戦いの件と関連性が何かあるのですか?そう言えばドローンで撮影した情報があると聞き及んでいますが」

 

 珍しく口にした四葉家の当主でもある真夜の発言に対し、剛毅は僅かに歯噛みしていた。あの映像に関しては未だ公表してない。事実上、軍の上層部の人間でさえも見ていないにも関わらず、どうやって確認したのかを知りたいとまで思っていた。しかし、該当する映像は元々公表する予定の物でしかない。素早く気を取り直し、公開に踏み切る。ただそれが早いか遅いかの違いでしかなかった。

 

 

「百聞は一見に如かずです。折角なので、皆さんにも拝見して頂いた方が早いでしょう。ただ、映像は何も加工されておりませんので、気分が悪くなる様であれば無理は言いませんので」

 

 当然だと言わんばかりの剛毅に珍しく誰も異論を挟む事は無かった。映像に何かしらの根拠があるのは間違い無い。そんな心情が働いた結果だった。

 

 

 

 

 

「ここまで凄惨なのか……」

 

 誰とも言わない程の声だけが響いていた。最初に映し出された市街地の映像はまさにショッキングな物でしかなかった。

 一方的に捕喰する虎と阿鼻叫喚とも取れる兵士の悲鳴。時折聞こえる銃声が何かに当たる事無く空しく響く。既にこの映像だけで気分がすぐれなくなったからなのか、二木家当主と六塚家当主の顔色は青くなっていた。

 死に慣れているはずの情報官ですらその場にとどまる事が険しい映像は、止める事も無くそのまま流れ続ける。これのどこに先程の根拠があるのかを他の当主は眺めていた。

 

 

「何だこれは!一条殿。これは一体……」

 

 男性の言葉は先程の光景から一転した瞬間だった。突然起こった轟音と共に巨大な揚陸船が消滅していた。海水を蒸発させた影響で映像が荒くなっているが、時間の経過と共にクリアになった先には何も存在しなかったかの様に密集した船団に空白を作っていた。

 

 

「これが事実上の決定打となりました。因みにこれを行使したのは息子の将輝です」

 

 声を荒らげたのは五輪家当主の勇海だった。元々五輪家は自身の娘でもある澪が戦略級魔法でもある『深淵(アビス)』を行使する事から十師族として加盟している。確かに海上での威力のケタは違うものの、それでも先程の光景にショックを隠しきれなかった。

 

 

「一体何時の間に……まさか今回の件まで秘匿していたのか?」

 

「いえ。私も知ったのは今回の戦いが初めてです。事実、この後に同じ魔法を再度発動した為に4隻のうちの2隻が消滅しましたので」

 

「一条殿も知らないと言うのは……」

 

「五輪殿。何をお考えになるのかは大よそながらに想像は付きますが、この件に関しては発動の前に本人に聞き及び、本人が決めた事です。この件に関しては完全に私自身が関与する物ではありませんので」

 

 事実上の戦略級魔法は誰が見ても衝撃的な物だった。海上だけでなく地上であろうがあらゆる場面で行使できるだけでなく、周囲への干渉は皆無でしかない。これであれば周辺の影響を考える事無く行使出来れば、相手にとっては最大の脅威でしか無かった。

 限定された場所だけの魔法とは違うそれについて各当主は口にこそ出さないが、正規の師族会議の序列に大きな異変が起こるであろう事だけは理解していた。

 

 

「五輪殿。特に息子だけの話ではない。事実、昨年の灼熱のハロウィンで行使されたあの魔法についても所在は不明ながらに戦略級との呼び声は高い。軍部でも一部の人間にしか知らされていない以上、気にする様な事では無いかと。それに、それが認められるのかは我々が決める事ではありません」

 

「確かにそうだが……」

 

 混沌となる議会は常に驚きの連続だった。既に一部の当主は何かしら考えている様にも思えるが、何の反応も見せない当主も存在している。そんな中で唯一、この映像の一部に見覚えがある者が参加していた。十文字家の代表代理でもあった克人だった。

 

 

「一条殿。若輩ながら質問をしたい。この魔法に関してだが、自分としては幾つか見覚えがある物があった。本当にご子息だけなのでしょうか。少なくとも自分が見た記憶がある魔法が行使できると思われる該当人物に心当たりがあります」

 

「十文字殿は代理とはとは言え、今は貴殿が当主として参加している。余計な気遣いは不要だ。それと、先程の質問に関してだが、この魔法を行使したのは息子だが、虎の魔法を行使したのは息子ではない。もう一人居る。それが今回のもう一つの召喚した理由です」

 

 剛毅の言葉に克人はそれ以上の事は言えなかった。自分が一高に在学中に見た魔法でもあり、また虎を顕現させるなどと言った特異な魔法を使う人物に心当たりがあり過ぎていた。まさかと思う反面、やはりと言った感情もある。それが本当なのかを知りたい気持ちの方が勝っていた。

 

 

「ほう。して、そのもう一つの理由とやらを聞かせ願えるかね。話を聞くに、それが今回の本命の様にも聞こえるが」

 

 初めて口に出した言葉に剛毅は珍しく気圧されていた。元々このシステムを作った当事者でもある九藤烈は当主としての立場で参加している訳では無い。本来であれば自分の息子でもある真言に任せておけば問題なかったが、あまりにも剛毅からの申し出に不明瞭な部分が多分にあった。

 理由は分からないが、何か嫌な予感だけがする。そんな第六感とも取れる感覚が働いたからこそ敢えて自分の名代で臨時の師族会議を開催する運びとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に言っておく。これからやるのは俺の個人的な部分の方が強い。それを見てどう思うかは勝手に判断してくれ」

 

「ちょっと待て。一体これから何をやるつもりなんだ?それ位は教えてくれ」

 

 佐渡からの移動は敵艦に常備されたヘリを使った結果だった。あの時出した条件は、ヘリで自分達が所属する基地への移動。ただそれだけだった。

 断ろうにも扉の向こう側では指揮官の悲鳴と同時に何かが咀嚼している音だけがやけに耳に残っている。拷問ではなく、ただの食事であれば法律に基づく事が可能かどうかは考えるまでもなかった。ここで暴れれば次は自分が扉の向こう側に行く事になる。如何に屈強な兵士でとしても自分が喰われる感覚を残したまま絶命するのは気持ちの良い物では無かった。

 そんな事実があったからこそ、ヘリを飛ばしそのまま大亜連合の基地周辺で降下していた。将輝が言う様に周囲を見れば、USNAや日本で戦争をやっている様な雰囲気はどこにも無い。この場所だけを限定すれば、そんな事実すら無いと言いたくなる様だった。

 

 

「まぁ、その前に少し食事でもしないか?腹が減っては戦は出来ないだろ?」

 

 先程までの雰囲気は既に無くなっていた。確かに早朝から今に至るまでに何も食事をしていない事は間違い無いが、それはあくまでも戦闘時の興奮による結果だった。時間の経過だけでなく、周辺は何時もと何も変わらない様な日常風景だけが存在している。当初はアーマースーツを着こんでいたが、降下の際にはそれらを全部解除し、適当な服を購入して現在に至っていた。

 傍から見れば単なる旅行者。そんな当たり前の雰囲気は将輝と真紅郎には違和感しか残らなかった。

 

 

「2人共お腹減ってない?結構時間も経ってるから、何か食べて一度落ち着いた方が良いわよ」

 

「……そうだね。ここでこれ以上言った所で仕方ないか。将輝も折角来たんだ。少しの気分転換は必要だよ」

 

「何だ。将輝は要らないのか?せっかく何か奢ろうかと思ったんだが……残念だな。アヤ、真紅郎。俺達だけで行くか」

 

「誰も行かないとは言ってないぞ。ここは何処なのかも分からないんだ。置いて行くな!」

 

 本当にこの国がどうなるのかと言った雰囲気は既に無くなっていた。何をどうやってやればそうなるのかを理解しているのは、当事者でもある蒼とアヤだけ。この一瞬だけは非日常を楽しまんと僅かに戦闘の事を記憶の片隅に追いやっていた。

 

 

 

 

 

「ここは水餃子が基本なんだね」

 

「焼くのは日本特有らしいぞ」

 

 折角だからと周囲にあった屋台での食事となっていた。市場の様な雑多な雰囲気はあるが、その方が多少なりとも落ち着くと判断した結果なのか、異議を唱える者は居なかった。

 実際に日本でも中華料理の店は幾つもあるが、やはり屋台の様な雰囲気はどこにも無い。旧時代であれば衛生面で何かと問題もあったが、今になってからはそんな店は殆ど無くなっていた。旧時代でさえそれ程良いイメージを持つ事が無かった国ではあったが、今になってからは色んな国を吸収した結果なのか、最低限の部分ではあるがかなり改善されている様にも見えていた。

 

 

「そう言えば、ここは割と大亜連合の都市の割に外国人が多い気がするな」

 

「軍の基地も近いからな。ここは割と治安が良いはずだぞ」

 

 席を確保し、テーブルには幾つかの店で買った点心が大量に乗せられている。魔法師は事実上、海外に出る事は殆ど無いからなのか将輝だけでなく真紅郎もどこか周囲を見ながら食事をしていた。

 数時間前までは苛烈な戦争をしていたはず。あまりにも非現実的なそれは、ゆっくりと戦闘によって麻痺していた感覚を元に戻そうとしていた。買って来た料理は全て食べ終え、これからの行動を考えようとした瞬間だった。

 

 

「さて、デッカイ花火が上がるぞ」

 

蒼の言葉と同時に、遠くで何か大きな音が響く。それが何の始まりなのかは直ぐに理解出来ていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。