厄災の魔法師   作:無為の極

60 / 69
第60話

 

「さっきのはやり過ぎじゃないですか?」

 

「やり過ぎも何も確認しただけだ。カウンターで発動した事までは一々制御する必要は無いだろう。事実、治療だって施したんだ。痕跡すら無いなら問題無いさ」

 

 喧噪から離れると、改めて先程の状況を思い出していた。明日になれば確実に十三束から聞かれるのは間違い無い。アヤは少しだけ明日に向けての良い訳を考えていた。あれを見て疑問に思わない人間は誰もいない。となれば、どうなるのかは明白だった。

 当人の蒼は既に他の事を考えている。収集をどうやってつけたのかを考える事を放棄したのか、アヤは蒼の後ろを付いて行くだけだった。

 

 

「どうやら生きてるらしいから、情報漏洩は無さそうだな。そろそろアヤにも言っておく事がある。一度自宅に戻ってからだな」

 

 歩きながら言われた事実が何なのかを確認したのか、明日の事を考える前に現実に戻っていた。既に先程の様子は記憶にすら無いかもしれない。突如言われた言葉が何を意味するのかをアヤは理解出来ないまま歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様、どうかしたんですか?」

 

「いや。大した事じゃないんだが、さっきの魔法が気になってな」

 

 突如として起こった事実に対し、全員が再起動する頃には既に蒼とアヤの姿は消えていた。何も知らない人間からすれば、誰かが予想して魔法を発動したと考える可能性はあったが、達也の目に映った事実はそれを否定していた。

 

 CADを行使する以上、操作の手順におけるタイムラグは必ず発生する。思念型のCADがあれば状況は変わるかもしれないが、今の段階でまだ発表すら出来ない状態の物に疑いを掛ける事はしなかった。幾ら業務提携をしていたとしても、お互いの共同開発の目録の中に思念型の項目は存在していない。となれば、考えられるのは何も使う事無く発動した事実だけだった。

 達也の感覚に間違いが無ければ、障壁を展開したのは蒼しかいない。しかもCADすら使わずとなれば問題は大きく変わっていた。以前に体術の師でもある九重八雲に確認した際には真っ当な情報は何一つ無かった事実だけ。余りにも異質すぎた内容なだけに、達也は僅かに警戒を高めていた。

 

 

「そう言えば、あの傷はまさかとは思うんですが……」

 

「間違い無くそうだろうな。しかも去年よりも修復の速度が桁違いに早い。痛覚が感じた頃には既に治癒が終わっていた」

 

 当時の状況を思い出したのか、深雪も僅かに強張っていた。敵対する様な素振りが無い為に、これまでも友人だからと多少は無警戒にしていた部分があった。ましてや去年、深雪はアヤとは同じクラスなだけに、蒼にも同等の感覚で人付き合いをしている。

 今日の出来事は今後の事を改めて考える要素となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんに聞きたい事があるんだけど、あの赤城蒼ってどんな人?」

 

 大学から戻り、自宅で優雅に紅茶を飲んでいた真由美はその言葉に全てが停止していた。入学前にあれ程念を押したにも関わらず、既に邂逅しているとなれば話は自分の命にまで及ぶ可能性があった。しかし、聞かれた以上、答えたいと思う気持ちはあるが、当時の盟約が足かせとなっていた。

 

 あれ以降、口にした事はなかったが、人外の存在を直接見た以上、否定だけでなく本当なのか実践するだけの度胸は無かった。いくら十師族の一員だとしても痕跡すら残さないとなれば確認のしようが無い。今は如何に回避すれば良いのかを思案していた。

 

 

「ちょっと人格が破綻してるだけよ。ただ、危険なのも事実ね」

 

「え……」

 

 真由美の言葉に何かを思い出したのか、香澄は今日の出来事を思い出しながら真由美に話していた。七宝との確執から始まった事実に、途中で蒼が入ってきた事実。そして止めとばかりに真由美の生存確認をした事を全てを話す。自分の話が終わった頃、改めて真由美を見ると顔が青ざめていた。

 

 

「香澄ちゃん。変な物見なかった?」

 

「いえ。見てません……けど」

 

 見ていないのであれば問題ない。大人しくしていればそれ以上の危害は恐らくは加えられる事が無いだろう事だけは考えていた、しかし、その言葉に続く接続詞に真由美は僅かに緊張する。今出来るのは、その言葉の続きを聞く事だけだった。

 

 

「痛みと同時に両腕と両足から血が出ましたが、怪我はありませんでした」

 

 何気ない言葉に真由美は愕然としていた。当時の記憶が蘇る。痛みがあって、傷が無いのは瞬時に切断して治療したからに他ならない。血痕だけが残されている以上、疑う余地は無かった。

 

 両腕と両足を瞬時に切断し、治癒させる魔法となれば既に常識の枠から大きく逸脱している。当人の香澄は理解していないが、真由美は人知れず戦慄していた。当時の摩利を治した魔法でさえも非常識な物だと認識しているが、それが瞬時にとなれば話は変わる。

 幾ら知らなかったとは言え、余りにも軽率過ぎた妹の行動に真由美は眩暈を起こしそうだった。

 

 

「良い?今後は絶対に関わらないと約束して頂戴。何があってもよ」

 

「どうしてなんですか?」

 

「それは…その……」

 

 何気に聞かれた事に対し、真由美はそれ以上の言葉を出す事が出来なかった。ハイネックに隠れて見えないが、首の周囲に何か違和感を感じる。首を掻くふりをしてそっと触ると、血が滲んでいたのか指先が赤くなっていた。赤い物体は間違い無く自分の体内から出ている物である事を認識する。

 当時の記憶が改めて蘇る。これ以上の言葉は話すなとの警告の様にも思えていた。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「……何でもないの。良い?今後は絶対に関わらない様に」

 

 不思議に思われてるのは仕方ないが、事実を話せば自分がこの世から瞬時に消え去る。香澄のささやかな疑問を押し切って、今は強く言う事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったとおりだ。これで全てが終わった」

 

 自分の状況を確認した蒼が出した言葉が何を意味するのかをアヤは理解していた。これまでに自分の治療を優先していた物が全て終わった事を意味している。USNA以降、アヤの体調は驚くほどに快方へと向かっていた。それだけではない。まだ夏休みの際に計測した魔法の発動速度はここ最近になって急上昇していた。全ては4体の騎士を手中に収めてからの出来事。それが今回の要因でもあった。

 

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。最近は魔法の発動速度が格段に向上した様に感じなかったか?」

 

 蒼の言葉にアヤは改めて思い出していた。ここ最近の記憶を辿ると、何気に発動した速度は自分が思い描いていたイメージと大きくズレが発生していた。自分のイメージよりも早く効果的に発動した事実は今でも憶えている。全てを知っている蒼がそう言う以上、嘘を吐く必要は無かった。

 

 

「確かに早くなっています。でも、それがどうかしたんですか?」

 

「今回の件で全てが終わったんだ。今のアヤの能力ならCADを使わなくてもそれと同等レベルで魔法が行使できるはずだ」

 

 現代魔法の考えからすればCADはあくまでも補助具でしかなく、行使の速度を最速の状態へと導く道具でしかない。理論上は無いままでも発動するが、明らかに遅い。それが無しでも同じレベルとなればこれまでの常識を大きく覆す結果となっていた。

 蒼に言われ、何も無いままに的に向かって掌を向ける。脳内にある演算領域から自身を媒介に想子が事象改変をし、魔法が発動する。CADを所持していないにも関わらず、澱みなく瞬時に事象改変まで辿っていた。

 気がつけば3発のエアブリットが的に向かって放たれている。直撃した事で、それは大きな音を立てながら木っ端微塵に破壊される。その驚愕の結果にアヤ自身が誰よりも驚いていた。

 

 

「何で、ですか?」

 

「USNAで手に入れた騎士の結果だ。今の俺とアヤの間に繋がるパスには既に魔法に関する効能は存在していない。純粋な能力として定着した証拠だ」

 

 リーナとの食事の際に感じた感覚は間違ってはいなかった。僅かに感じたそれはこれまでに3回感じた物と同質の物。しかし、これまでの様に決定的に何かが切れた感覚では無かった事からアヤは無意識の内にそれが何なのかを除外していた。

 

 

 

 

 

「例の件だが、条件付きで承認される事になった。ついては一度説明に来て欲しい」

 

「分かりました。では来月の頭にお伺いします」

 

 昨年の様な事件が毎年起こる事もなく、平常に時間は経過していた。気が付けば既にカレンダーは4月の下旬を示している。ここからどうした物かと思われた矢先の事だった。

 蒼の下に剛毅からの連絡が入る。条件付きでの承認の言葉が全てを物語っていた。当初は定例の会議のはずが、イレギュラーとも取れる蒼の提案によって改めて今回の内容が紛糾したのはある意味当然の話でしか無かった。

 既に時間の猶予は然程残されていない。今の状況では確実にあらゆる方面への説明が必要なのは当然の結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかそうなっていたとはな………」

 

 5月の初旬に蒼とアヤは剛毅の下へと足を運んでいた。取締役会の結果と、それに伴う条件の確認。それと現状に対する情報の共有は今回の必須条件だった。

 当初は些細な内容だとタカをくくった剛毅ではあったが、蒼から出た言葉は驚愕の一言だった。これまでの開発した特許の内容と名義の移動に関しては問題ない。しかしUSNAの事実は剛毅にとっても看過出来る内容ではなかった。

 

 事実USNAの壊滅に伴い、臨時の師族会議は極秘裏に開催されていた。元々旧時代からも大国でもあったUSNAの歴史は誰も知っている事実。そんな大国の崩壊は世界大戦と同じレベルでの警戒をする様に決定されていた。

 当時は誰が何の為にと言った議論も少なからず出たものの、本当の内容に関しては当事国のUSNAが口を開かない為に、それ以上の詮索は無用だと判断されていた。

 初めて聞かされた剛毅も当初は冗談だと思ったが、蒼が差し出した臙脂に金箔を捺した表装のファイルが事実を現していた。

 

 

「自分としては特定の国を崩壊させるつもりは無いです。ただ、こちらに対して火の粉を飛ばしたから、その大元を絶っただけに過ぎないので」

 

「だが……いや。それに関してはもう終わった事だ。それで君はどうしたいんだ?」

 

 これまでと同じ様に接していたはずではあったが、今の剛毅の目に映る蒼の姿は以前とは何か違っている様に思えていた。見た目そのものは何も変わっていない。しかし、どこか心の奥底では警戒している自分が居る事を理解していた。

 

 

「何も。何時もと同じ生活をするだけなので。ただ、この生活は長くは出来ないでしょう」

 

 蒼の話を聞きながらも剛毅は一抹の不安を覚えていた。十師族の中でもアンタッチャブルと言われた四葉家は現当主が拉致された際に、一族を率いて大漢を崩壊させた事実は魔法師であれば誰もが知りうる事実でしかない。確かに今回の内容はそれと酷似していたが、あまりにも規模が違い過ぎていた。

 

 今回のUSNAの被害がどれほど甚大なのかは世界中が知っている。人口を2割ににまで落ち込ませれば、どこかの国がこれ幸いと一気に侵略すればたちまち崩壊してしまう。

 事実、一条家としても軍部からの応援要請が来ている為に、これまでよりも自分達の防衛する範囲を拡大している事実があった。火の粉の原因は定かではないにしろ、一個人が大国との調印をする程の能力を有している以上、早急に管理する必要があると判断していた。

 

 しかし、一体誰がそれを管理するのかとなれば話は大きく異なってい来る。自分に火の粉が飛ばない限り何もしないとなれば、首に鈴をつける行為は確実にそれに該当する。今の段階で剛毅が蒼に魔法を行使した所で本当に効果を発動できるのかと言われれば否と答えるしかなかい。

 聞かされた言葉が事実ならば、CADが無い状態なのはお互い様だが、片方はそれすらハンデにならない。お互いがこうやって話をしている事自体が奇跡だと考え出していた。

 

 

「長くないとはどう言う事だ?」

 

「俺の器が持たないだけです」

 

「確か、君の魔法は怪我や病気に関しても絶大な効果を発揮していたはずではなかったか?」

 

 蒼の発した器の言葉に違和感があった。蒼は怪我に対する魔法を行使できる事は一条の家の人間であれば誰もが知っている。これまでの治癒魔法とは一線を引くそれはまさに神の所業ともとれていた。

 

 これまでにも何度か海洋調査で船員が怪我をした際に、その魔法に助けられた事実が存在している。それが破格の魔法である事に違いはなかったが、今回の件でここに来て初めて見せられたそれは更なる驚きを見せていた。

 これまで治療が不可能だと言われた病気に対し、多少ながらも時間は有するが、その元となった病原体は消滅していた。もちろん患者にはその事実を完全に伏せる為に視覚を遮断した状態での結果に、現場にいた医師達も驚愕する事しか出来なかった。人類の歴史に於いて完全に治癒させるそれは確実に何かしらの問題を孕む。

 全てが良好な結果をもたらす訳ではなかった。治癒が出来るのであればその反対の行為も出来る。衝撃すぎた事実とその可能性を即座に考えた人間はあの場には誰も居なかった。

 

 

「それは関係ありません。純粋に器が限界に来たとだけ」

 

「そうか。あまりにも内容がかけ離れすぎた。少し時間が欲しい」

 

「それは構いません」

 

「それと後一つ聞きたい。どうして我々……いや、一条に対しそこまで協力してくれるんだ?君の話が本当ならばそんな事をする必要は無いと思うが?」

 

「佐渡で保護してもらったからです。今はそれ以上の事は言えませんが。では、これで失礼します」

 

 今の剛毅にまともな判断が下せる自信は無かった。あまりにもショッキングな内容はいかに剛毅と言えど、その理解の範疇を逸脱しているだけでなく、今後の展開を考えれば頭が痛くなりそうだった。

 仮にこの事実を十師族で公表すれば確実にそのパワーバランスは一方的に崩れる。只でさえ四葉と七草の確執は未だに続く以上、ここでの新たな火種は確実に混乱だけを招くしかなかった。

 

 既に蒼は退出している。出されたお茶は既に冷たくなっているが、今の剛毅にとっては些細な事でしかなかった。先ほどまで抱えていた不安を押し殺すかの様に一気にお茶を飲み干すと同時に、人知れず出た溜息を聞いた者は誰もいなかった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。