厄災の魔法師   作:無為の極

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第58話

「お兄様。また軍に行かれるのですか?」

 

「ああ。USNAで起こった事態が完全に収束されたと思った途端に原因不明の疫病が蔓延したらしい。今はまだ待機中なんだ。深雪にはすまないと思うが」

 

「いえ。それもまたお勤めですから」

 

 USNAの混乱は同盟国でもある日本にも多大な影響を及ぼしていた。突如として全ての軍事基地が破壊されると同時に、まだ非公式ながら十三使徒の一人、エリオット・ミラーの死亡は独立魔装大隊がキャッチしていた。

 事実上の壊滅したUSNAは自国を護るべく、恥も外聞も無く同盟国でもあった日本に打診していた。当初部隊の派遣に関しては国会内でも大いに問題視されていた。しかし、このままの状況を放置すれば、政治だけでなく国防や経済にまでも大きな影響を与えるとの結論によって、野党の言い分は全て封鎖されていた。

 

 同盟国を見殺しにすれば、今度は国民からの突き上げが予想される。その結果、PKO活動の名目で小隊がUSNAへと旅立っていた。もちろん、その間の国防をおろそかにする訳にも行かず、軍は非常事態であるとの認識から予備役までもが招集の対象としていた。

 本来であれば達也が出動する必要は無いが、予備役までもが出動要請されているだけでなく、原因不明でありながら戦略級の魔法を行使された可能性が高いからと、事実上の戦時中と何ら変わらない日常を送っていた。

 本来であれば一学生であるが、幸か不幸か学校は年度の関係上、休みとなっている。達也としてはFLTでの仕事もこれを機に一気に進めるつもりだったが、今の状態ではそんな事すら難しくなっていた。

 事実、大国でもあるUSNAの事実上の壊滅は国防だけに留まらず、政治や経済にまで大きな打撃を与えていた。仮に戦争となれば大量のエネルギーが必要となる為に、各国はそれぞれの軍用物資を確保せんと調達に走る。

 既に旧時代程の使用量は無いにせよ、それが原因で資材における相場は大きく高騰し、各企業は巨大なマーケットを失った事実から証券や金融相場は大きく乱高下する事になっていた。既に色々な噂が飛び交う中で、本当の情報を握る事は困難となっていた。

 

 

 

 

 

「特尉。すまないとは思うが、これも上からの要望でな」

 

「いえ。これは仕方ないとしか言えません。しかし、僅か一日でこうまで壊滅するのは本当に事実なんでしょうか?」

 

 達也が風間の言葉に疑問を持つのは尤もだった。自身の戦略級の魔法でもある質量爆散(マテリアル・バースト)の魔法だったとしても、こんなピンポイントでの破壊が可能なのかは予想出来なかった。仮に行使すれば確実に周辺には草木一本残らない程の窪みを残す事はあっても、大規模な軍隊が破壊した様相にはならない。如何に達也と言えど大規模な破壊をもたらす魔法は易々と連発する事は出来なかった。

 十三使徒の中にはそんな特性を持つ者もいるかもしれないが、それでもUSNAと言う大国を崩壊させる程の能力は持ち合わせていない。事実、戦略級魔法師は各国の示威の為の存在であり、完全に戦闘向けとなればその意味合いは大きく変わっていた。

 誰もがこの惨劇に対し警戒はしてるが、大量破壊と大規模な伝染病を結びつける証拠はどこにも無く、また一個人がそれを行使した事実は完全にUSNAの中でも国家機密に指定されていた為に、確認の術は何処にも無かった。

 

 

「極秘裏に知った情報だと、そうなってるのは事実ね。でも、実際の所は何も分からないわね。何せ、肝心のデータを保管しているサーバーですら痕跡が残って無いんだし、後は例の伝染病の関係で、何も出来ないのよね」

 

 情報官でもある藤林は溜息しか出なかった。いくらハッキングをしようとしても、肝心のデータが完全に破壊された時点で確認する術は何処にも無い。破壊前のデータを探そうにも、保存された物自体が無い為に、それ以上の詮索は出来なかった。今の時点で分かっているのは輸送機があの後すぐに日本に降り立った事実だけ。それが何を運んだのかすら確認の方法が無かった。今後の予定に関しても、分かってるのは極秘裏に輸送機が再び到着する事実だけ。電子の魔女の異名を持つ自分でさえも分からない事実に歯噛みするだけだった。

 

 

「魔法はともかく、伝染病は厄介だな。特効薬はおろか、空気感染で死ぬとなればやる事は一つだけだ。幾ら非人道的とは言え、ある意味では仕方ないかもしれんな」

 

 軍医の山中の言葉はある意味では当然の結果だった。バイオハザードが起きた時点での処置は隔離の一択だけ。既にそれが各地へと飛び散っているのであれば一気に殲滅する以外に方法は無かった。当時は国連でもその内容や手段に対して色々と取りざたされていたが、肝心の当事国でもあるUSNAの事実を知った国連の議員はそれ以上の言葉を出す事は出来なくなっていた。

 憶測だけが飛び交う事実は既に亡国のキメラウイルスや、バイオテロだとかの話となって飛び交っている。既にそんな根も葉もない様な噂は藤林の目にも止まっていた。しかし、BC兵器が新たに開発された事実は世界中どこにも無く、またそれを喧伝する様な行動すら無い為に、結果だけが示す脅威に対し、何も出来ない現実だけが叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変でしたね」

 

「いや。結果的には予定通りだったのかもしれん」

 

 蒼は何事も無かったかの様に自宅へと戻っていた。元々税関で止められる可能性があった為に、重要な荷物の殆どはアヤの手によって運び込まれていた。元から魔法師としての渡航ではなく、一般人としての渡航だった為に、CADすら所持していない。仮に自分が帰国した事が発覚した所で言い訳はどうとでも出来るのは間違い無かった。

 

 

「でも、一条の家の人は皆さん心配してましたよ」

 

「今回の事は流石に仕方ないな。剛毅さんにも立場があるし、実際に今回の件で手を回してくれたのも事実だからな。どのみち一度は行った方が良さそうだな」

 

 出迎えたアヤから聞かされた事実を蒼は予想していた。当然と言えば当然の事だが、今回の渡航に関しては全員が知っている。ましてや帰国の瞬間に税関で止められたと聞かされれば誰だって驚くのは当然だった。

 特に将輝と真紅郎に関しては真っ先に連絡が入ったものの、事前に可能性があると言われた事からアヤが冷静に対処していた。すべての事実を話す訳にも行かず、その結果として元から予定していた事実を伝えるだけに留まっていた。

 

 

「そうですね。心配してるのは間違い無いですから」

 

 そう言いながら金沢までのリニアのチケットの手配をアヤは開始していた。このまま一条の家に行けば、どんな結果のなるのかは予想出来るが、それでも心配させたままも気の毒なのもまた事実でしかなかった。

 

 

 

 

 

「ご心配おかけして申し訳ありませんでした」

 

「その件ならアヤさんからも聞いている。しかし、災難だったな。まさかUSNAがあんな結果になるとは」

 

 一条家に行く事を伝えた蒼が到着すると、そこには既に話を聞いていた剛毅が待っていた。元々横槍を入れた様な形でUSNAに行かせたのは事実だが、こんな結果をもたらす事になるとは想像出来なかった。

 剛毅も家では泰然自若の様子で過ごしているが、実際の現場は大荒れだった。資源の開発や発掘に関しては、今後の予断を許す事が出来ないだけでなく、これまでの様に常時一定量の産出をしていた資源はこれまで以上に注文が舞い込んでいた。大国の壊滅は事実上の戦争に近く、その影響もあってか社員は常にギリギリの中での仕事をこなしていた。

 

 IMSに至っても、マクシミリアンが倒産までは行かないまでも販売網の打撃は底知れないままだった。本社は無くなっても技術開発を止める訳にも行かず、また一部の技術者は命を失う事が無かった為に、各地の支社へと散らす羽目になっていた。CADの開発大手の販売停止は、結果的に他の企業がそのパイを奪う事になる。元々海外メーカーではなく国内のメーカーにと考えていた組織はこれを機に購入の窓口を次々と変更していた。そんな中でも魔法師のCADの開発を主な仕事とするIMSには民間だけでなく、軍からの依頼がひっきりなしに舞い込んでいた。

 

 

「剛毅さん。その件で少しだけ話があります」

 

「例の事か?」

 

 本来であれば剛毅の私室で話す内容ではあったが、やはり心配した結果なのか、今回の件に関しては家の者全員が知る事が出来る様にと配慮した結果だった。しかし、蒼の話に答えた剛毅の言葉に誰もが理解出来ないまま。それが何を意味するのかはお互いだけが知っていた。

 

 

「はい。何時頃になるのかと」

 

「その件であれば、今の状況で取締役会を開催する事は厳しい状況となっている。今の所は未定だが、少なくとも4月、いや5月には一度開催するつもりだ。その際に議案として扱う事になる」

 

 2人の言葉を正しく理解した者は誰も居なかった。幾ら次期当主とは言え、将輝は自分の家業でもある会社の内容に関しては殆どタッチしていない。蒼はIMSの主任研究員の立場である事から幾分かの運営に関する事に首は突っ込んではいるが、個人と企業は別問題だからと将輝はおろか真紅郎やアヤにもその事実を口にはしていなかった。

 

 

「そうですか。それとは別件でもう一つあります。今回の件で親交があったローゼンの技師でもあるスティーヴンから連絡がありました。本社は機能不全の為に一時的に東京の支社に身を寄せるとの事でしたが、その際にIMSの後ろ盾が欲しいと打診がありました。

 条件に関しては後日詰めますが、事実上の技術提携になるはずです」

 

「そうか。だとすれば書面を確認しよう。この件に関してFLTは何と?」

 

「FLTでは無く私個人を頼って来ています。FLTとは確かに提携先ではありますが、だからと言って資本まで一緒ではありませんので」

 

 CADの開発大手でもあったマクシミリアンもやはり今回の件で壊滅に使い状況に追い込まれていた。こちらは国家とは関係ないが、USNAの技術面の心臓部とも取れる会社である以上、将来に向けての再起は必須条件となっていた。

 現時点ではまだ大きな動きは無いが、この件に関してはUSNAからも非公式ではあるがIMSやFLTへの問い合わせが発生していた。しかし、技術者の頭脳は国家の宝。幾らその国では大手だとしても、身の安全を証明する必要があった。となればFLTよりも十師族でも一条が経営しているIMSの方が何かにつけて安全であるとの判断がそこに存在していた。

 

 

「そうか。それに関しては正式な打診があれば受けよう。我々にとってメリットとデメリットを天秤にかけるつもりは無いからな」

 

 非公式とは言え、実質の経営者でもある剛毅が承認した以上、否決する可能性は皆無だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、とんでもない目に遭ったもんだな」

 

「ああ。元々予見してた事実があったから驚く事は無かったがな」

 

 折角だからと一条家での食事を終え、蒼は将輝と真紅郎の3人で話をしていた。アヤは妹2人になつかれている関係でこの場には居ない。久しぶりに合った友人に蒼は珍しくリラックスした様にも思えていた。

 

 

 

「予見って事は何かあったって事?」

 

「ああ。軍の高官から話があった。どうやって知ったのかは知らんがな」

 

 当時の話に関しては今の状況で話をしても問題は無かった。しかし、USNAを壊滅させた事実は今の時点で話す訳には行かなかった。仮に話した所で信じるかどうかは分からないが、少なくともこの2人に関しては確実に信じる事だけは間違い無かった。

 

 蒼がCADを使わずに大規模な破壊魔法を行使できる事実を知っている人間ははそう多く無い。佐渡での戦いを直接見た剛毅と将輝、当時の話を聞いた真紅郎以外には一条家の人間だけが知りえる事実。真由美や摩利は可能性はあるかもしれないが、楔を打ち込んでいる以上、口外する可能性は極めて低い。自身の命を賭してまで公表する事実では無いとの判断がそこにあった。

 

 

「なるほどね。まぁ、今回の件に関しては蒼がやったと言っても驚かないよ」

 

「何でそう思う?」

 

「何となくだよ。横浜の事実を見れば誰だってその程度の事は考えるさ。あの時だって本当はCADなんて使ってないんでしょ?だとすればそう考えるのは自然だよ」

 

 真紅郎の言葉に蒼は僅かに反応したが、それに気が付いた者は居なかった。事実、あの後の三高のバスの中はお通夜の様に沈んでいた。

 蒼はモノリスの本戦に出場していた関係上、その顔は広く知られていた。これまでの戦術を覆す様な飛翔魔法を用いた戦術は軍でも参考にされただけでなく、少なくとも残り2年は確実に障害となる事は誰の目にも明らかだった。

 幾ら二科生だと真紅郎が言っても、そんな言葉を信じた人間は誰もおらず、止めとばかりに広域魔法で敵の兵士を瞬時に潰した事実はそれに拍車をかけていた。仮に二科生だと仮定すれば一高はどれだけのレベルなのかすら判断出来なくなる。強烈なイメージは確実に残されていた。

 

 

「なるほどな。妥当な判断だ」

 

「なぁ、今からでも三高に来るなんて事はしないのか?」

 

「それに関してなんだが、希望には答えられない……ここからはオフレコで頼む。まだ剛毅さんにも言ってないんでな」

 

 男3人が集まる姿は決して見た目が良い訳ではないが、ここでオフレコと聞かされた手前、家族であっても話を拡散させる訳には行かなかった。食事の前にあった話はついさっきもたらされた事実。個人的に話しとなれば、当然それ以外の事実もそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。我が高としては断る理由にはなりませんので、こちらこそ宜しくお願いしたい。しかし、貴公の国はまだまだのはず。出来る事なら長期でと言いたいですな」

 

「そうしたいのは山々ですが、私もしがない一社員ですから」

 

 一高の校長室では今年から創設される魔工科の開設に追われていた。昨年の特定の生徒の活躍と同時に、今の世界情勢は即戦力を常に望んでいた。これまでの様に教員が足りないからと事実上の区分けをしていた一高も新たに設けられた国の政策によって、その対応に追われていた。

 ただでさえ教員が足りないにも関わらず、卒業時に見込みのある人間は直ぐに軍や企業の青田刈りが始まる事が既に知らされている。校長としての立場を考えれば、相手側からの申し出を断る理由はどこにも無かった。

 

 

「では、今後も宜しくお願いします」

 

「ええ。それと例の件は問題ありませんでしたか?」

 

「その件については職員会議でも満場一致で賛成でしたので、問題はありません。今は特定の生徒が一人その様に使用していますが、それと同じ様にさせて頂きますので」

 

 お互いが固い握手と共に話し合いは終了していた。片方は懸念していた事を回避した為に安堵し、もう片方も今後の未来を考えた末の決断が故に安堵していた。

 

 


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