厄災の魔法師   作:無為の極

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第56話

「貴様。今何をやった!」

 

「お望みを叶えただけだ。宣戦布告をしたんだろ?まさか報復されないとでも思ったのか?」

 

 高官の手元に届いた情報は驚愕の一文だった。包囲した魔法師の全滅。余りにも短い文章ではあるが、その意味は絶大だった。

 この部屋を取り囲んだ魔法師は20人は居たはず。しかし、CADを操作した素振りも無ければ想子が揺らいだ気配すら無い。それが何を意味するのかは想像する事も出来なかった。

 

 

「もう一度聞くが、俺に何の用があったんだ?」

 

「……」

 

「用事が無いなら帰らせてもらう」

 

 呆然とした為なのか、高官は何も言葉を発する事は無かった。こうまで調べるのであれば、何かしらの軍事的な事であるのは明白だった。口を割るとは最初から思ってなかったのか、建物から出れば、そこはまだ中心部に近い場所である事だけは理解出来た。

 恐らく時間をかけたのは色んな場所に動く事で攪乱させる意味があったのかもしれない。今の蒼に取ってはどうでも良い話でしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、お前の知っている事を洗いざらい吐いてもらおうか」

 

「そんな事言われたって……」

 

「だとすれば、今回の飲み食いした分の請求書を回すが、それで良いな?」

 

「ディナーの分程度なら払うわよ!」

 

 蒼はすぐさまアヤに連絡し、リーナをそこに留める様に指示を出していた。中心部だった事からタクシーを使えばそれ程移動に時間は必要としない。部屋のドアを開け、リーナが居る事を確認した蒼が最初にやってのは、今回の要件の確認だった。

 

 

「そうか…じゃあ、早速だが、これを」

 

「……あの……」

 

「なんだ?カードや分割は認めんぞ」

 

「私の見間違いかしら……桁が1つばかり多い様にも見えるんだけど」

 

 リーナが渡された請求書の金額は予想の斜め上を言っていた。リーナはあまり深く考えずにディナーに行っていたが、冷静に考えれば個室だった事と、どの食事も一流と呼ばれる内容だった。

 今改めて思い出せば、どの料理も普段であれば口にする事は無いレベル。話の夢中になりすぎた代償はあまりにも高すぎた結果だった。請求書の金額は750ドル。未成年2人の食事代にしては破格の金額だった。

 

 

「軍人でも少佐ならそれなりに貰ってるんだろ?」

 

 蒼の言葉にリーナは何も言い返す事が出来なかった。先の戦いで自分が軍属である事はバレているのは知ってたが、少佐と言われた事で、自分がスターズの総長である事までも知られている事実に愕然としていた。

 あの時点でも何かとバレているのは薄々知っていたが、まさかこうまで看破されるとは思ってもいなかった。確かに給料としては貰っているが、実際にリーナはまだ未成年である事を理由に資産の殆どは管理されていた。必要であればその都度引き出す事は出来るが、今回の請求金額に対しての言い訳が出来ない。

 同年代との食事にしては些か高額すぎる。本当の事を言っても問題無いが、その後待っているのは紛れも無く小言の嵐だった。

 

 

「それか、こいつの名前と所属、階級が分かるならチャラにしても良いぞ」

 

 何かの天啓だったのか、蒼の出された映像の人物の情報が分かればチャラになるのであれば、それ以上の条件は無いに等しい。しかし、公人か私人かでも対応は変わってくる。だとすれば今はそれを確認する事が先決だった。

 

 出された映像の人物をリーナは嫌という程によく知っていた。軍属とは言ってもどんな組織にも必ず派閥と言う物は存在する。そんな中でも見せられた人物はリーナだけではなく、戦闘魔法師からすれば良くも悪くも有名すぎる人物だった。

 どんな国の軍隊にも一定数以上の魔法師は存在している。それは日本でだろうがUSNAだろうが何も変わらない事実。魔法師の希少さを鑑みれば、本来であればその上司もまた魔法師であるのが望ましかった。しかし、軍部の上層部の全員がそうでは無い。

 殆どの指揮官は非魔法師である事からも分かる様に、一定の方向に強い思考性を持った人間が部隊の上に立つのは決して無い話では無かった。

 

 

「………」

 

「何だ。言いたくないのか?俺はどちらでも構わんが、少なくともこいつは俺に喧嘩を売ってきた。俺としては始末するのは吝かでは無いが、そうなればUSNA全部が俺の敵に回るかもしれんな」

 

 余りにも簡単に言われた事実に、リーナは改めて考えていた。見せられた男は少なくとも魔法師は生体兵器程度にしか考えていないのは軍内でも有名な話であると同時に、これまで他の部隊で手塩にかけて育てられた魔法師をあっさりと全滅させた事もある経歴の男だった。

 噂では反魔法師団体とも深くつながっているとまで言われている人物。単純な支払いの話ではなく、リーナの判断一つでこれからどうなるのかの命運を握られているにも等しかった。

 

 

「一つ、聞いても良いかしら?」

 

「何だ?」

 

 リーナ自身はこの男の情報を口する事に忌避感は一切無かった。元から軍部でも黒い噂に事欠かない以上、このまま蒼が始末する事に抵抗は無い。しかし、USNAが全て敵に回るの言葉が続いた以上、冷静な対応をせざるを得なかった。

 自分の知っている能力から判断すれば、目の前に居る男は本当にやり兼ねない。となれば今の自分が敵対したとして戦いに勝てるビジョンが全く浮かばない事実があった。

 

 

「それを聞いて何をするつもり?その答え次第になるんだけど」

 

「簡単な話だ。やつは俺に関心があるようだが、やり方を間違えた。人の神経を逆撫でする様な下策しか出来ない人間がこのままだと、いつかこちらにも火の粉が飛んでくる可能性がある。だとすれば排除するしかないだろうな。それともなんだ?お前も敵対するのか?だとすれば遠慮はしない」

 

 蒼の言葉にリーナは改めて考えていた。その話が本当であれば、USNAの軍部は民間人に対し、不当に接触をもたらしただけでなく、事実上の脅しをかけた事になる。

 蒼はまだ気が付いていないが、あのレベルの高官になれば、少し調べれば簡単に名前と階級が判明する。態々聞いてきた以上、こちらがどうやって対応するのかを確認している様にも思えていた。

 

 

「まさか……あの時点で敵わないのに、今の私はCADすら持っていないのよ。それに私個人としてはそんなつもりも無いしね」

 

 自分で言いながら、当時の忌まわしい記憶が蘇る。戦略級魔法師である自分の事など最初から物の数にすら入れていない。当時の事は未だ記憶にはあるが、なぜあれ程の力を持ちながら魔法科高校で二科生なのか疑問を持っていた。

 個人情報ではあるが、知ろうと思えば簡単に知りえる事実を秘匿するつもりは無かった。決して支払いを回避したいとの考えではない。何に対して喧嘩を売ったのかを身を持って知れば、これまでの噂の様な事実には今後はならないだろうとリーナは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、明日から少し忙しくなるな」

 

 リーナから伝えられた事実を聞かされたからなのか、その後は付き纏う様な気配を感じる事は無かった。あの時に高官が言った事実が本当ならば、可能性としては税関で何かが起こる。

 元々何を目的として接触してきたのかは分からないが、明らかに碌な話では無い事は間違い無かった。それが証拠にリーナが語った言葉には偽りが無いだけでなく、自分が感じているであろう事実も多少なりとも混じっている。どの国にも碌な人間が居ないのは同じだと、その時は感じ取っていた。

 

 

「後はお土産ですか?」

 

「土産って……将輝と真紅郎にか?」

 

「それもありますけど、茜ちゃんと瑠璃ちゃんにですよ」

 

 今回の渡航に関しては以前の様に秘匿した訳では無かった。元々短期間の日程だけでなく、IMSとしてもマクシミリアンの技術者との面通しである事を理由に渡航する事を伝えたのは記憶に新しかった。

 一般人の渡航とは違い、魔法師の渡航がどれほど困難なのかは十師族でもある一条家の人間は誰もが知っていた。行く事が厳しい異国の地であれば、多少なりとも土産の一つもあればと喜ぶのは間違い無い。だからこそ些細な物でもと考えていた。

 

 

「そうだな……将輝と真紅郎だと、買う気にはならんな。あいつらは何買っても同じ反応をしそうだ」

 

「それは酷すぎますよ。きっと何を貰っても感激しますよ」

 

 元々2人にも買うつもりではあったが、何を買っても反応が同じ様な気がしたのか、蒼はその件に関してはどこか消極的だった。当初は色々と考えたものの、軍の高官との話があった事から、そんな考えはどこか彼方へと追いやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人は帰国の途に就く為に空港へと足を運んでいた。結局の所、さしたる理由が無かった結果なのか、やはり視線を感じる様な部分は無かった。このままチェックインカウンターを過ぎれば、事実上そこはUSNAであってUSNAでは無くなる。手荷物以外の物をコンベアに流し、2人はカウンターで手続きをとる為に並んでいた。

 

 

「ミスターアカギ。貴方は残念ながらここから先へ通す事は出来ない。すまないが我々と一緒に別室に来て貰おう」

 

 パスポートを提示した瞬間だった。出国の為にチェックしていた職員の表情が変わっていた。気が付けば警備員が何人か来ている。遠目では分からないが、その腕周りには些か膨らみが存在している。どうやらこのまま素直に返すつもりが無い事だけは間違い無かった。

 

 

「そうか。しかたないな」

 

 何も知らない人間であれば今の事実が何を意味するのかパニックになる可能性があった。しかし、以前に言われた事実がある以上その可能性を最初から否定していない。これが何かの開始の合図だったのか、蒼は視線だけをアヤに送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺に何の用があるんだ?フライトの時間も迫っている。お前の我儘に付き合う程、航空会社も暇じゃないだろ?」

 

「その件に関しては問題は無い。今の君の処遇は単なるテロリストだ。既に航空会社にも通達は出ている。君が気にする様な要素は無いから安心し給え」

 

 蒼の目の前に居たのはあの時の男だった。当時とは違い、今はスーツを着ている為に軍人である事を隠している。既に周囲には空港の職員なのか、それとも子飼いの部下なのか、屈強な男が周囲を取り囲んでいた。見た目は警備員にも見えるが、明らかにただの警備員が出すには大きすぎる程の威圧感。可能性としては軍人である事は容易に想像出来ていた。

 

 

「なるほどね。で、態々身分を偽装してまで何をそんなに拘っているんだ?アラン准将殿」

 

「ほう。私の名前を調べたのかね。それはそれは……何、話は単純だ。我々の下に就く事を確約すればすぐにでもその情報を修正しようじゃないか。我々は君が持つ魔法特性に大いに関心がある。私の見立てでは、少なくともアンジーシリウス少佐よりも強大な力があるのは把握している」

 

「十三使徒よりも評価をするとはな………それは光栄だが、生憎と俺は誰かの下に就く様な無様な事はしたくないんでな。そんな与太話に付き合うつもりは無い」

 

 事前にリーナから聞かされた内容そのままだった。自分そのものに力は無くとも、それならば有る物を利用すれば良い。所詮は生体兵器の類ならば戦闘機を1機製造するよりもコストは低いなどと言った理論を持っている事を事前に聞いていた為だったからなのか、アラン准将の目は歪んでいる様にも見えていた。

 半ば盲目的に自分の能力だけを信じ、周囲は精々下僕程度にしか考えていない。あまりにも浅はかすぎる人間が軍部の上層部である以上、USNAも大したことは無いだろうと蒼は考えていた。

 

 

「君が言った通り、我々立場であれば余程の事が無い限り君の処遇はどうとでも出来る。何なら今からでも処断する事は可能なんだが」

 

 目の前の男は完全に自分に酔っている様にしか見えなかった。軍部の中でも准将の位だからなのか、それとも挫折を知らなかったからなのかは分からない。しかし、余りにも馬鹿馬鹿しすぎる内容に蒼は呆れる事しか出来なかった。それと同時に一つの案を思いつく。折角やったのであれば行きがけの駄賃程度にはなるだろうと思いついた結果だった。

 

 

「そうだ。テロリストならそれらしい事をした方が良いな。折角だ。好きにさせてもらうぞ」

 

 蒼が何を唐突に言い出したのか、その場に居た人間は誰も理解出来ないでいた。これまでであれば、国家権力をちらつかせながら自分の手駒の扱いをしてきたやり方が一切通用していない。それどころかテロリストの認定を嬉々として受け入れるその考えに理解出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナはベッドの上で転がりながら先日の状況を思い出していた。いくら直ぐに特定できるからと言って、自分の考えを余りにも強く出し過ぎたでのはないかと後悔していた。

 確かに高官の名前は知ろうと思えば直ぐに確認出来る。しかし、一個人の感情をそのまま要り交ぜた事でもたらされる結果がどうなるのかを判断し兼ねていた。かと言って、こんな事を誰にでも相談出来る訳ではない。しかし、口から出た情報は既に戻る事は一切無い。それがどんな結末をもたらすのかを考えるとリーナの気分はゆっくりと沈んでいた。

 まどろむ様に意識が虚ろになりだす。その瞬間だった。何時もの個人用ではなく、軍属用の端末はリーナを呼び出すべく、けたたましく鳴り響いていた。

 

 

 


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